地下室を拡張しよう!(前編)
建設業界は常時人材募集中です。
~道央・新ひだか町~
~イチカの新居~
「あ~……マジで疲れたな……」
「でも、この風呂は最高だぜ。天窓から眺める夜空は本当に最高だ」
「古代ローマ人に感謝だな(※1)」
「ですね。イチカさんの体温も気持ち良いです♡」
「で、これからどうするんですか?イチカさん」
「うーん……取り敢えずダンジョンから持ち帰ったモノの精査と、免許更新の処理(これが膨大なんだ)、地下室増築の申請かな……あっ、移住関係のアレコレもまだ残ってるわ」
「敷地と農地をコンクリートの壁で囲う予定だし、業者とも話し合わないといけないしで……」
「やる事満載なんだよな。誰か料理とか作ってくれると嬉しいんだけど……」
イチカは前に座っていたアイカの肩を優しく揉む。
「あんっ♡はいはいはい!♡私、料理なら一通り作れます!♡」
「和洋中イケます!」
「ありがたい……」
「洗濯もお願い出来るか?」
「はいっ♡イチカさんの為ならっ!♡」
「ありがとうな、アイカ」
「お前に会えて良かったよ」
アイカは全身の色々な場所がキュンキュンし、悶え切った。
~翌日・昼~
イチカは頭に白いタオルを巻きながら、つけ麺にかぶりつく。
「美味っ!アイカの作ったつけ麺美味っ!」
「タレとネギがイイ味出してる!店開けるだろ、冗談抜きで!」
「あっ、このウンパイロウも美味いな!」
「えへへ~♡」
「イチカさんにそう言って貰えるなら嬉しいです!♡」
アイカは薄着にエプロンというエロ若妻スタイルで、身体をくねらせた。
「でもさぁ、どこで料理学んだんだ?」
「独学?素人にしては美味すぎるぞ」
「お料理の専門学校(1年制)行ってました♡」
「調理師免許も持ってるんですよ♡」
「後は独学で研究を重ねた、ってカンジですね♡」
(何の目的で何の料理を研究していたかは、聞かない方が良いな……)
(目の前の豚(?)肉が食えなくなるかもしれない)
「ごちそうさんでした!」
イチカは料理を食べ終えて箸をおき、アイカは皿を下げて行く。
「うし、近くの業者へ打ち合わせに行くか」
「図面とかの書類はあらかじめ私が用意しておいたから、打ち合わせ自体は比較的スムーズに進むだろ」
~日高町~
~A施工会社~
「ウチでは無理だよ、香坂さん」
「地下室の建築に携わった事のある職人は、ウチの会社ではもう2~3人しかいないんですよ」
「彼等は全員ウチの主力なんだ。今、引き抜かれたら困るんだよなぁ……」
「マジかよ。業界の人手不足がここまで深刻化していたとはな……」
「都内もヤバかったが、地方はもっとヤベェな……」
「ちなみに聞きますけど、今年は人が入って来ましたか?」
「はぁ~……香坂さん。これが……半年で若いのが二人も辞めちゃってね……」
「寧ろアンタをウチへ即戦力で迎え入れたいぐらいだよ。今、それぐらい人と現場のやりくりがしんどいんだ」
「ごめんな、香坂さん」
「いや、良いですよ。そういう事情なら仕方ないっすよ」
「最近のゼネコンはやり口が特にヒデェからな(元々酷いが。特に〇島〇設)」
「人が出せないって分かるとどんな事をされるか分からんし、最悪仕事が打ち切られるし……」
担当者は頭を掻きながら笑う。
「そんなんだから人手不足になるんだよ!って言ってやりたいんですよねぇ~……」
「その割には金を出し渋るし、現場監督にはズブの素人を宛てがうしで……」
「やってられないですよ、ホント」
「そうですよね、分かります、分かります」
「いや、なんかお手数おかけしました」
「いえ、また何かあったらウチに来てください」
「社員として」
「それは遠慮しておきます(きっぱり)」
イチカは建物を出て、白いハイエースに乗り込む。
そして、ミネラル麦茶(鶴瓶版)を飲み、エミネムの曲を掛けながら座席を倒す。
「多分……この辺りなら、ドコ行っても同じ気がするんだよなぁ~~」
「まぁ、札幌なら話は別か。しゃあない、札幌行くか」
~2時間半後~
~道央・札幌市内~
「お~!これが例の時計台かぁ~……」
「今度アイカを連れて来るか。こういうの好きそうだしな、アイツ」
イチカはそのまま通りを真っ直ぐ歩き、札幌駅を通り抜けようとする。
その時、広場に人集りが出来ているのが見えた。
「ライブ演奏か……」
「私にはついぞ縁が無かったなー」
イチカが演奏者を覗き込むと、青髪の白人女性がギターを巧みに弾き、聴衆に向かってマイクで歌っていた。
「ホント増えたよな、外国人……」
「ダンジョン効果かな。スキー場とその周辺の町とか大賑わいだって聞くし、なんか東京より余程イイ色しているよな、最近の北海道」
演奏していた女性はイチカに向かって、ニコリと微笑む。
(またヤバい女か?)
(何かそういうオーラ放ってんのか?私……)
《そこの黒髪長髪で背が高くて、赤い瞳のお姉さん》
《私が一曲弾いてあげるから、歌ってみないかい?》
(そらきた)
(しかも日本語ペラペラっすね)
しかし、期待の目線がイチカに集中し、到底彼女が断れる状況では無くなってしまった。
(畜生、状況作るのがクソ上手いなこの女)
イチカはフードを被った青髪の女の前まで歩いて行き、マイクを受け取る。
「本当に良いのかよ、私で」
「ふふっ。私の目に狂いはないのさ!」
「思った通り良い声しているじゃないか!ジャンルは何がイイ?」
ふと、イチカはサングラスを掛けた彼女の目元を覗き込む。
「アレ?アンタ……!」
「しーっ!ここにはお忍びで来ているんだから……!」
「ファンにバレたら、観光どころじゃなくなっちゃうんで……!」
「なら仕方ないな」
「Slayerの『Angel Of Death』で」
「80年代メタルかい!?イイね!」
「ドラムは無いけど、合わせてみせようか!!」
イチカはマイクを持ち、聴衆に向かって言う。
《今日は集まってくれてありがとう》
《ここでは一度しか歌わないから、良く聴いて行け》
《曲はSlayerの『Angel Of Death』》
突如、流麗でありながら、激しいギターの旋律が広場を包み出す。
そして、イチカのハスキーでありながら、地獄の天使のようなシャウトが広場全体を攻撃する。
《あああああああああああああ!》
《ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!(※2)》
青髪の女性も、立ち上がりながら激しい指使いを繰り出す。
聴衆達は圧倒され、暫く立ち尽くしていたが、通り掛かりの女子高生達が叫びながら歌うイチカを見てはしゃぎだし、一気に場が盛り上がる。
そして、イチカは汗だくになりながら歌い終わり、マイクを青髪の女性へ渡した。
「キミ、私にプロデュースされてみないかい!?」
「素材もルックスも超良いし、レッスンすれば絶対光るよ!」
「しっかり宣伝すれば、初週150万ダウンロードはカタい!」
「……アンタ音楽プロデューサーだったか?」
「まだ普通に第一線バリバリの現役だろ」
「……キミだけには教えておこうかな。オフレコだよ?」
「私は数年の内に表舞台を退いて、プロデューサー業をやろうと思ってるんだ」
「実を言うと、観光じゃなくて資金集めに日本へ来たのさ。向こうでやるとバレるからね」
「そうか……勿体ない気がするが、それがアンタの選択なら私には止める権利も義理もないな」
「好きだったよ、アンタの曲」
青髪の女性は背伸びし、イチカの耳へ囁くように呟き、名刺を彼女のズボンへそっと入れる。
「ふふっ。どうも♡」
「これからもDonaをよろしく♡」
「気が向いたら、私に連絡してね」
女子中高生や女子大生、OL達の嬌声が止まず、イチカを次々とスマホで撮影していた。
イチカは手で退けるようにして『やめろ』と合図をするが、興奮し切った彼女達は逆に嬌声を上げる始末だった。
「ほらほら、解散だ解散!」
「帰って勉強しろ、勉強!」
「「「キャ~~!♡♡」」」
(ダメだこりゃ)
(逆効果だ)
イチカは逃げるようにして、その場を足早に去って行く。
青髪の女性は笑顔でその後ろ姿を見送っていたが、突如彼女のポケットに入っていたスマホが鳴る。
彼女はギターを抱えながら、通話に出る。
『お?ベルトランかな?』
『もしもし、Donaですけど』
《よう!元気そうだな!》
《今大丈夫か?》
『うん。大丈夫だけど』
『そっちはどう?』
《まぁボチボチって所だな》
《良い出会いもあったし、なによりティエラも楽しそうだ》
『ふふっ。イイコトがあったのかな?』
『私もイイコトがあったばかりなんだけどね』
『日本に来て正解だったよ。ベルナルドにはお礼を言いたいね』
《ああ、そのベルナルドなんだが、団員は全員集合しろってさ》
《場所は『ホテルエミシア札幌』。集合時間は16時30分だ》
『……用件は?』
《『魔女』と『戦槌』が北海道に帰って来た。それと自衛隊の極秘作戦部隊が独自に動いている》
《簡単に言うと、それらの対策会議だな》
『……自衛隊は動けないんじゃなかったの?』
《全員ウクライナ帰りだ。まぁ日本人特有のホンネとタテマエってヤツだよ》
《そして、全員自衛隊内部のタカ派だ。中にはバリバリの国粋主義者も居やがる》
《ダンジョンの利権を外国人には渡したくないんだろうな。正直、覚悟キマったサムライやニンジャ共を敵には回したくねぇなぁ……》
『ふ~~ん……』
『なら、旭川を先にどうにかすべきだと思うんだけどね……』
《それはそれで無理だろ。あそこに居るPMC連中はほぼ全員グリーンベレーやデルタ、シールズ出身だぞ》
《加えて、イラクやアフガンで戦って来た、装甲部隊出身者まで居やがる。多分、千歳や三沢の米軍もグルだ》
《恐らく、日本人には何も知らされてない。もしかしたら、自衛隊のカミカゼ共と何処かのダンジョンでカチ合うかもな》
ベルトランは言葉を続ける。
《正直米国人はやりすぎだぜ》
《逆に言えば、旭川のダンジョンにはそれほど凄いモノが眠っている、ってコトだ》
《沖縄の石垣島ダンジョンを中国人の商人に攻略されて焦ってんのさ。あそこで発見された《仙薬》とやらで、中国系のバイオ企業が急速に力を増してるしな》
『盗賊の血が騒いで来ちゃった?』
《はは!まぁな!》
《難易度が高ければ高い程、燃えてくるってモンだ!それにまだ連中すら、あのダンジョンを攻略出来ていない。もしかしたら、出し抜かれた米国人共の間抜けなツラを拝めるかもな!》
《面白くなって来ただろ!?これからが本番だぜ!》
『ふふふ……!そうだね。けど、私もまた暫く裏稼業かぁ~……』
『これも《夢》の為には已む無し、だね』
『じゃ。ベルナルド達によろしく』
そして、青髪の女性は終話ボタン押して、会話を終了した。
※1 天窓を開発したのは、古代ローマ人です。パンテオン方式という建築方法で作られた建物に導入されていました。
パンテオン:列8本からなる巨大な柱で構成されている正面入り口、中に入るとドーム構造の建物。この建物の建造にはローマンコンクリートが使われています。このコンクリートはロストテクノロジーです。一説には現地特有の火山灰を使っていたとか。それでは普及は難しいかもです。
※2 マジでこんな出だしなんです。これにはワリと深い意味が込められています。
歌詞はここには書けないレベルの内容です。
建築業界の有効求人倍率:4.77倍 建設躯体工事の職業:10.11倍
色々とお察しな数字です。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「実際、建築業界の人手不足はヤバい」「一体何の肉を調理してたのやら」「イチカモテモテやな」「Donaさん、かなり有名そう」「Donaさん裏社会側の人だったか」「その中国人商人スゲェけど、もう消されてそう」「アメリカ人はいつも加減を知らないな……」「自衛隊のシビリアンコントロールが完全崩壊してる……」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。