亀裂を通り抜けるとそこは(後編)
地底にはもう一つの世界があった。
~大亀裂内~
~暴走列車~
列車は暗闇の線路をひたすらに駆けてゆく。
一寸先をライトで照らしながら。
(……もうかれこれ15分以上は走ってる……)
(通電もしてないのにどうやって……)
黒川は、初めて目にするダンジョンの歪んだ環境に唖然としていた。
そして彼はハルカを介抱するレイカへ言う。
「……容態はどうですか?」
「……落ち着いとるが血が足りん」
「斬られた腕はクーラーボックスへ入れたから、なんとかなりそうやがな」
「……何故にクーラーボックスを?」
「酒飲む為やな」
「まぁ結果的には良かったわ」
「さ、酒……」
黒川は血の付いたクーラーボックスへ目をやる。
レイカは彼へ言う。
「……オマエはハルカの何や?」
「……元同級生です」
「地元の」
「ほうか」
「どんなヤツやったんや?ハルカは」
「大人しく目立とうとせず、空気に徹していました」
「自分の描いた絵が晒されてからは特に」
「自分は……あの時晒しを止めさせ、何が何でも彼女を庇うべきだった」
レイカは最前列の座席に座り、タバコの煙を吐く。
「……」
「人に作品見られるの今でも嫌がるからな、ハルカは」
「創作で食っていくには神経が細すぎる」
「商売でやるなら見られて評価され、批評されてナンボなのに、や」
「……自分の内面を他人へ晒す事が怖いんだと思います」
「ハルカさんは」
「……かもな」
「その点はエレナと大分違う所やな」
黒川は座席に寝転がり寝息を立てる、銀髪の長身美少女を一瞥する。
「……彼女は一体何者ですか?」
「スーパーモデル兼ロシアンマフィアの後継者や」
「おっかない《魔女》に社会勉強で修羅場へ放り込まれとる」
「……勝ち組に見えるか?コイツが」
「……いえ全く」
「彼女の背負ってる重圧は常人には想像出来ないモノかと」
レイカはエレナの頬を撫で、髪を整えてやった。
エレナの目元には涙が滲んでいた。
「……」
「オマエの名前は?」
「黒川です」
「JR北海道で運転手を務めています」
「いえ、もう務めていた、というべきか……」
「鉄道員か」
「映画をアマプラで見たで」
黒川は帽子で目線を隠す。
「……そんなに格好良くはなれませんでしたよ」
「第一、私には妻も娘も居ませんから」
レイカはストゼロの蓋を開ける。
「フフ。仕事一筋なんやな」
「カッコええやん」
「天災があっても、反社に詰め寄られても、戦争が起きても運転し続けとる」
「世界一カッコ良い運転手やで」
「……ありがとうございます」
そして、黒川は前方が明るくなって行く事に気付く。
「……どうやら終点が近づいているみたいです」
(……地底なのに昼の様に明るいってどういう事や)
(噂に聞く地底世界か?)
光が列車を覆う。
眩しさが収まると、そこには植物と水に覆われた都市の廃墟があった。
「水の上を線路が……!?」
「まるでアニメ映画の世界だ……」
列車は水しぶきを上げながら、街の中を走っていく。
黒川は体験した事の無い状況に唖然とする。
レイカは思わずタバコを落とす。
「マジでどういうこっちゃ……」
「何度か変なダンジョンは見たが、これは飛び抜けとるで……」
高っちゃんはプッシュアップを止め、列車の屋根から辺りを見回す。
「プール付き……これはスポーツジムや!」
高っちゃんは水面へ飛び込み、列車と並行して泳ぎ始めた。
半グレ達は窓を開け、写真を撮り始める。
エレナは彼らの騒ぎで目を覚ます。
『何よ……うるさいわねもう……!』
彼女は起き上がり、周りを見渡す。
『な、なにコレ……!?』
『なんかのテーマパーク!?』
『ところがどっこい』
『現実や』
『着いたで、ダンジョン』
『ふああぁ~~……』
『来て良かった……!』
『凄くキレイ……』
彼女は水面を何かが走っているのに気づく。
緑色の巨大なカンガルーが水面を飛び跳ねていた。
『み、見て来て良い!?レイカ!』
『アカンで』
『あのモンスターがどんな性質を持っとるか分からん』
『すまないが我慢や』
『ちぇ~……』
エレナは窓を開け、身を乗り出しながら笑顔で頬を膨らませた。
~ハルカ達がダンジョンにたどり着いてから数時間後~
~道東・大樹町・幸町地下~
~ダンジョン中華・紅火鍋~
『……で』
『日本に来たのに中華か?』
ヨハンはサングラスを取り、溜息を付いた。
『嫌だったらバカ王国に帰ってくれても良いんですよ』
『オランダ人達との会食が待ってますけどね』
『それに頼めば和食でも何でも作ってくれると思いますけどね、ココ』
『……最早何でもアリだなこの国は』
『もう日本というよりは北海道国って言った方が正しいですけどね』
メニュー表を持ったユンユンが出て来る。
『おー!また来てくれたネ!』
『リピーターさんは大事にするネ!』
『そうすればリピーターが新しい人間を引き連れて来て……』
『それがまた新しいリピーターになりますからね』
『商売上手いですね、ユンユン』
『お世辞ありがとネ』
『でも一銭も負けないヨ』
ユンユンはテーブルへメニュー表を置いていく。
イチカはユンユンに言う。
『そういえばあのアメリカ人……』
『確かヘイリーはどうなったの?』
『さっきクエイドからメールあったネ』
『脳に腫瘍あったヨ』
『多分アイテムの影響ネ』
『今日手術するって話ヨ』
『そう……』
『良かった』
ユンユンはエプロンを整えながら言う。
『イチカ』
『ちょっと変わったネ』
『少し大人になたヨ』
『前に来た時のイチカなら、そんなコト聞いて来なかったと思うヨ』
『……』
そして彼女はアイカに向かって言う。
『あの火傷顔とタヌキはどこ行ったネ』
『深くは詮索しないケド、別の用事カ?』
『……まぁそんなトコロです』
(世渡りを心得てますね、このチャイニーズ)
ゲオルグはメニュー表を見て言う。
『……ミートボールはあるか?』
『出来るネ』
『豚肉になるケド』
『人喰いトマトスープに入れてあげるネ』
『ト、トマトが人喰うのかよ!?』
『大きさは普通のトマトの倍くらいネ』
『でも集団で襲い掛かって獲物を食べ尽くすヨ』
『だから栄養価は高いネ』
『ピラニアみてぇだな……』
『……多分だけど豚肉も普通じゃないんだろ?』
『五次元豚ね』
『空間の粒子を食べて育つから、餌要らずネ』
『ただ放っておくと増えすぎて豚で部屋がヤバいネ』
『どうなってんだよ!?このダンジョンの生き物!』
ユンユンは水を注ぎながら言う。
『……植物達は私が改良したネ』
『大陸から命懸けで運んで来たヨ』
『正直私の子供達にも等しいネ』
『家畜はこのダンジョンに元々住み着いて居たのを家畜化したネ』
フェルゼンはユンユンへ言う。
『……元農学者の方ですか?』
『恐らくは植物遺伝子工学を専門にしていたのかと』
『──そうネ』
『実家の村の近くにダンジョンが出来たヨ』
『でもそれは災いを招く扉だったネ』
『研究は進んだ、恐ろしいくらいに』
『その時の私は富と名声に目が眩んでいたネ』
(お金にキチッとしてるのはその名残りですかね)
ヨハンはメニュー表を捲りながら言う。
『そして、そういう人間は得てして妬みと恨みを買う』
『地元の有力者と政府上層部が結託して、お前は研究成果を奪われそうになった』
『……官僚主義の強い地域という事が仇になったな』
『官僚という人種は飛び抜けた才能を持った成り上がり者を、特に嫌う』
『私やゲオルグが自由にやれるのは王族かつ貴族で、連中を権威や人脈で抑え込めるからだ』
『だが、一代の成り上がりでそうは中々いかない』
ゲオルグは水を飲んで言う。
『……あのオランダ野郎の受け売りだが』
『『才能が無く、勉強しか出来ない奴が官僚になる』んだとよ』
『ちと極端な言葉だし、官僚にも才能あるヤツ居ると思うけどな』
『オックスフォードの工学部を主席で出てソレを言うんですから、堪らないですわよね』
『しかも飛び級で』
『多分兄貴やクリスティナより勉強出来るぜ、あのオランダ人』
『マジで宇宙人と会話してるんじゃないかと錯覚したレベルだ』
アイカは目を丸くして驚く。
『イチカさんより……ですか?』
『世界は広いですね……』
『兄貴やクリスティナが国一番だとしたら、ソイツは世界トップクラスだ』
『全く気の遠くなるような話だぜ』
『大方食事会もソイツが企画した事だろ』
ヨハンはメニュー表を閉じる。
『……出なくて正解だったか?ゲオルグ』
『……多分な』
『兄貴の会社は王国最大の軍需企業だ』
『勘だが、絶対アイツ裏でなんか企んでやがんぜ』
『正直ネオナチ共やロシア人共より、アイツの方が余程ヤバい気がする』
『誰もその事を言わねェのが更に不気味だよ、俺は』
イチカはゲオルグの袖を引いて言う。
『……ゲオルグ』
『それって一体誰なの?』
『ラロシェル・ファン・デーフェンテル』
『《エグレゴロイ》って名前聞いた事あるだろ?』
『BaceBook買収した企業だよ。ヤツはその創業者さ(袖を引いて来るのかわいいな)』
『ニュースでも何度か……』
『最近結構有名になってきた気がする……』
『最近じゃ各国の要人や企業家を抱き込んで何か進めてるっぽいな』
『あんな胡散臭いヤツをどうして皆信用しちまうのか……』
『マジで分からねェぜ』
ゲオルグはわざとらしく手をクルクルと回転させた。
ヨハンは相槌を打つ。
『……私もだな』
『私は奴の本音を見た事が無い。そういう人間は信用出来ない』
『流石の見識……流石は我が弟ゲオルグだ』
『お兄ちゃんポイント5点!』
『海外でポイント制度流行ってるんですかね?』
そしてユンユンは言う。
『注文は皆決まったネ?』
フェルゼンはメニュー表を閉じ、笑顔で言う。
『超ドカ盛りソースカツチャーハン(※1)と超ドカ盛りチャーシューメン(※2)をお願いしますわ!』
『あとピーチパインの金砂糖漬け特大サイズ(※3)をお願いしますわ!』
『『『え?』』』
『……これくらい普通の量でなくて?』
『『『ノー普通』』』
ヨハンはユンユンに言う。
『私は『五次元豚の四川式うま辛ソースかけ雲白肉』を』
アイカも続く。
『私は麻婆ミネラル豆腐セットで』
『イチカさんは?』
『……『オシャレ広東式中華セット』で』
『かわよ』
『かわいいですわ』
『かわ』
『あんまり媚びるなよ女ァ!』
『そんな事をしても弟は渡さないからな!』
イチカはメニュー表で赤くなった顔を隠した。
※エグレゴロイ → ヒント:エグリゴリ
※1:大人5人分。7000キロカロリー。
※2:大人5人分。6000キロカロリー。
※3:1800キロカロリー
合計、14800キロカロリー。
やっぱり『ムー』愛読してるだろ、レイやん……
ここまでお読み下さりありがとうございました。
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「この世界ヤバい奴が多すぎる」「ヨハンの社会的立場凄すぎ」「うおっ……これは食べ過ぎ……」「イチカかわ」「ヨハンお兄ちゃんはさぁ……」
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宜しくお願い致します。




