バイオレンス・ラブトレイン(後編)
……発車まで乗客を待つのは運転手の義務ですから
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=XPYXZCvc3ko
~暴走列車車内~
「……追って来ないね」
「でも絶対にまたやって来る」
黒川は徐々に列車の速度を落として行く。
「……まさか自衛隊が銃を向けて来るなんて……」
「彼等がダンジョンを攻略してる、って噂は本当だったんですね……」
「つい最近までは外国から来た探索者を、勝手に処刑してたらしいよ」
「現場指揮官がバリッバリの国粋主義者だったから」
「しかもウクライナで実戦を重ねてたって」
彼はハルカの言葉に目を丸くして驚く。
「そんな話は聞いた事が……」
「テレグラムには、ハリコフで血だらけになって戦う自衛隊員の動画が流れてる」
「帰れなかった隊員も多いみたいだね」
「彼等が現代日本人の倫理観を持ってると思わない方が良いよ」
「……凄まじいですね」
ハルカはイチカによって、平良達が比較的大人しくなった事は言わなかった。
それは彼女自身の決意を鈍らせない為でもあった。
「……これから黒川君はどうするの?」
「キミが命を懸ける程、私の値段は高くないよ」
「……終点までこの列車を連れて行きます」
「普段走ってるレールなのに、どこまで続いているか分りません」
「そして仮眠もどれだけ取れるか……」
「……探索が終わるまで待ってくれる、ってコト?」
「……発車まで乗客を待つのは運転手の義務ですから」
「上への言い訳はなんとか考えておきますよ」
ハルカは流れる線路へ目線を落とす。
「……ありがとう」
「余分にアイテム拾ったらあげるよ」
「……お詫び代わりじゃないけどさ」
「ダンジョンのアイテムってどれだけの価値があるんでしょうか」
「もしかしたら家が建てられるかもしれませんね」
「……モノによっては……」
「世界すら買える」
「私はそう思ってる」
黒川は冗談めかす。
「ならハルカさんがこの北海道を買って下さいよ」
「アイテムを手に入れたら、ですが」
その時、後方から爆発音がする。
ハルカはレイカへ電話を掛ける。
「何が起きたの!?レイカ!」
《16式機動戦闘車や!!》
《追い掛けながら弾ブチ込んで来とる!!》
《連中ここで戦争おっ始める気や!!》
「……対策は出来る?」
《……エレナに頼んでみる!》
《飛行能力を持ったアイテム使いが居て助かったわ!》
《車両に飛んで来たのは私と高っちゃんでナントカする!》
電話が切れる。
ハルカの視界端に何かが、列車と並走しているのが映る。
それはアイテムで鬼人化した自衛隊員だった。
「──優秀過ぎだって!!自衛隊!!」
ハルカは銃を構え、窓から撃ちまくる。
しかし、その自衛隊員は弾丸を全て避け、先頭車両に取り付いた。
ハルカは運転席のドアを蹴り開け、客車部分に乗り込む。
「黒川君!!」
「運転席で伏せてて!!」
彼女は叫びながら、窓の外の隊員へ向かって撃ちまくる。
弾はやっと隊員へ当たったが、彼は構わず窓を突き破って車両へ雪崩れ込んでくる。
「テロリストに拉致された民間人1名を発見!!」
「これから奪還に移ります!!」
《了解!!》
《こちらも後部車両の制圧を開始する!!》
ハルカは隊員に向かって銃を撃つが、人外の反射神経でまたも躱される。
赤い皮膚の鬼と化していた隊員は日本刀を抜き、彼女へ向かって来る。
「そんな化け物になってまで戦争がしたいの!?」
「お前等は一体誰のカネで戦争しまくってると思ってるんだよ!」
「私達一般市民のカネだろ!!」
「お前達は市民じゃなく反社だ!!」
「反社の戯言など誰が聞くか!!」
「俺達は善良な市民を守る為に闘っている!!」
その時、一人の半グレが走って来て隊員へ飛び蹴りをかまそうとした。
しかし避けられ、袈裟斬りにされてしまう。
「ごあっ!!」
「……っ!」
ハルカが握るハンドガンの銃声が響く。
しかし──
「覚悟しろ!!」
「その命貰った!!」
ハルカは左腕で自分の心臓を庇った。
そして彼女の腕は斬り飛ばされ、座席の上に落ちた。
「──ぐぅぅぅ~~っ!!」
更に一閃が彼女へ襲い掛かるが、彼女は転がって斬りかかりを回避する。
ハルカの血が車両の床を紅く染めていく。
(負けるか──)
(絶対にここで負けて堪るか──)
(私はこの探索に全てを賭けてるんだ──)
彼女の眼には刀を持った自衛隊員ではなく、自分を笑うイチカが映っていた。
彼女は激痛と朦朧とする意識を抑え込みながら、斬られた腕まで這って行く。
そして──
「フゥッ……フゥッ……フー……」
斬られた左腕を咥え、ハルカは隊員の前へ立ち塞がる。
その場に居た彼女以外の全員が凍り付いた。
彼女は斬られた左腕を掴むと、そのまま皮と肉を食い千切った。
「……!!」
「こ、コイツ気が……!」
自分自身の血で紅黒く染まった顔を、ハルカは敵に向ける。
明らかに目の焦点は眼前の隊員ではなく、もっと遠くの物を視ていた。
彼女はニヤケながら、動揺で固まる隊員へ言う。
《私に自分の肉を食い千切らせたね》
《もうお前は私へ命を捧げるしかない》
《いや、お前だけじゃ済まさない──》
彼女の横に何処からか靄が集まり、女の形をとった。
ハルカは何かに操られるように、隊員へ向かって手を翳す。
《お前の命を──》
《没収する》
隊員の手がしぼみ、急速な勢いで枯れていく。
まるで蒸発していくかのように彼の肉体が枯れて霧散して行く。
隊員はその場から逃げようとしたが、車両から脱出する前に彼の肉体は消え去ってしまった。
「へっ……」
「ザマァミロ……」
ハルカはフラ付きながら、座席に倒れ込む。
黒川は駆け寄り、彼女の腕を制服の袖で縛る。
「……一体何が起こってるんだ……」
「市原さん、貴女は──」
彼は自分の手に付いたハルカの血を見つめた。
~札幌市某所~
~平良の家~
白髪の若い女がハチマキを締めながら言う。
「……ダメでしょ」
「まだ身体が回復し切ってないじゃない」
「取り敢えず!よーちゃんは寝てて!」
机の上に置かれたスマホからは、男の声が響く。
《し、しかし……》
「私が出る!」
「それで解決でしょ!」
「指揮も私が執る!」
《ま、待て!キリエ!》
《お前はもう妊娠してるだろ!》
《何か月目だ!》
「2か月目」
「だからヘーキだって」
《というか、そもそも隊員じゃないだろう……!》
《指揮権も無い筈だ!》
《第一、部隊行動や戦術だって……》
キリエは軍用ブーツを履く。
「大丈夫だよ」
「よーちゃんの部下から教えて貰ってるから」
《な……!?》
彼女は鏡を見て前髪を直す。
「よーちゃんが知ってる事は……私全部知ってるよ」
「病室でロシア美女とお話してたでしょ(余りにも美人で嫉妬しちゃう)」
「私、ぜ~んぶ把握してるからね」
《……敵わないなお前には……》
《……分かった》
《けど無理はするな》
《聞く限り、今回の相手は今までと質が違い過ぎる》
「……あの聖騎士達よりも強いの?」
彼女は巨大な薙刀を立て、息を吐く。
『よーちゃん』と呼ばれた男が返答する。
《いや、そういう事では無いが……》
(……そこまで知ってるのか)
(もうお手上げだ)
「じゃあ何?どういう事なの?」
「勘の鋭いよーちゃんがそこまで言う、って事は何某かあるハズ」
《……相手は裏社会の人間だ》
《しかし、良く居るタイプの連中じゃない》
《報告を聞く限りでは、20代後半ぐらいの女達が主導してたと》
《しかもアイテムを使って来てる》
《決して油断はするなキリエ》
キリエはスマホをベストのポケットへ入れる。
「……世の中が大分おかしくなって来てる気がする」
「投資家だって何時まで続けられるやら」
「諭吉さんや渋沢さんが、意味を持たない所まで来てるかもしれないね」
「そうなったら町でも作ってみる?」
《……悪くないかもしれないな》
「……冗談で言ったんだけどなぁ」
「よーちゃん変わったね」
「でも今のよーちゃん超大好きだよ」
彼女は通話を切る。
彼女はベランダから飛び降り、軽やかに着地する。
そこには自衛隊の輸送ヘリと隊員達が待機していた。
「状況は?」
「大体の事はよーちゃん一尉から聞いてるけど」
キリエは薙刀を持ちながらヘリに乗り込む。
女の隊員が答える。
「……あまり良くありません」
「特に飛行能力を持った銀髪ギャルと、弾が効かない黒マッチョが厄介です」
「銀髪ギャル??」
「黒マッチョ??」
「なんかもう字面だけで面白そう」
ヘリが札幌の空へ発進していく。
「《夜叉姫薬》は?」
「ハッ!」
「2日分を揃えております!」
「取り敢えず敵の足止めに専念して」
「ダンジョンの性質によっては、いきなり強力なアイテムを得る事もあるから」
「先に奥へ乗り込まれるのが一番良くないの」
「了解しました!」
女性隊員は現地部隊へ連絡を始める。
「夫が留守なら、留守を守るが妻の務め」
「よーちゃんが居ないからって好き勝手にはさせないから」
キリエは札幌の街を見下ろしながら言った。
とんでもねぇ若妻だぜこれは……
戦国時代の方ですか?
よーちゃんの正体は例の一尉です。
そしてハルカが凄まじ過ぎる……
斬られた自分の腕を食い千切るのは、もう狂気レベルMAXです。
全登場人物中トップクラスの狂気です。
そりゃアーデルハイドもニコニコしちゃうよな。
修羅場を潜り抜けて来た半グレや、歴戦の自衛隊員でもそりゃ動揺する。
もう脳内イチカが彼女の精神を浸食してる。
そしてもう列車は「何か」の勢力範囲に入ってます。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」「黒川は人が良すぎる」「列車と並走してくんの怖すぎだろ」
「凄まじいの一言に尽きる」「狂気に溢れたハルカ好き」「こんなの自分でも動揺する」「ちょってまて何が現れたんだこれ」
「一尉、よーちゃんって呼ばれてんのか(ニヤニヤ)」「とんでもねぇ女丈夫」「なんだこの嫁」「良妻かつ賢妻すぎる……」「メッチャ手強そう」「なぁこれ鬼よ……」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します