グレートマザー達の胎動(後編)
必然に随順する者、これ賢者にして神を知る者なり。
─エウリピデス 「語録」─
~帯広市内~
~車内~
「……ハルカ」
「本当に考え直す気は無いんか……」
「無理だよ……」
「私とイチカは根っこの所では食い合わなかった……」
「イチカを好きになればなる程、心が苦しくなるんだ……」
「イチカを受け入れれば受け入れる程、私の何かが失われていく気がしたんだよ……」
「ハルカ……」
(今まで仲良くバカやれてたのが奇跡だったのかもしれん……)
エレナは市街地へ目を向ける。
電柱が倒れ、脆い家は崩れて道路にはみ出していた。
『これが地震……』
『まるで大地が怒ってるかのようだわ……』
『あっ!亀裂!』
ハルカは地面に走った亀裂を、見事なドラテクで避けていく。
レイカにはその亀裂がまるで呼吸しているように感じられた。
「デカイな……」
(そして深い)
そして目の前に更に大きな亀裂が立ちはだかる。
「……迂回出来ないかな、これ」
ハルカの言葉でレイカは亀裂の淵を目で追っていく。
「余りにも長いわ、コレ……」
「街の端まで続いてるんとちゃうか……」
(まさか……)
エレナは絶句する。
(まるでこれは──)
(ベラベラ洞窟……!)
否。
クルベラ洞窟(※1)である。
ハルカは窓を開け、亀裂の奥底へと目の焦点を合わせる。
「……もしかして新しいダンジョンかな、これ」
「……レイカ」
「もしそうなら頼みたい事があるんだけど」
「……潜る気か?」
「うん」
「そして飛び切り強い人が一人欲しい」
「後撮影用ドローンも」
「対価は私の全財産」
レイカは僅かに手を震えさせながら、タバコを取り出す。
「もし足りんかったら……?」
「私の内臓全部持って行っていいよ」
「今私はこの亀裂を探索する事に全てを捧げたから」
レイカはハルカの答えにゾッとし、怖気を震わせる。
(失うモンが無いだけやったら、こんなムチャな言動が出来るワケやない)
(やると決めたら行動する……)
(ハルカには覚悟と決意から、行動に至るまでのプロセス自体が存在しとらん)
エレナはハルカの言葉こそ分からなかったものの、その意図は感じ取った。
『決意して即行動……』
(パラチェフやヤストレブと全く同じ人種ね……)
(ハマると全く手が付けられない)
(グズグズして動かなくなるレッドアイとは、全く正反対じゃない)
レイカは後部座席で足を組むエレナに、ロシア語で言う。
『……エレナ』
『いっちとハルカ、どっちがリーダーに向いてると思う?』
『決断力や行動力で言えば完全にハリュカよ』
『判断力や思考力はレッドアイが上』
『アレ?もしかして、リーダーが二人居るの!?コレ……!』
『──そうや』
『一つのパーティーに船頭が二人居ったんや』
『……気付かんかった私の不覚や』
『別にレイカさんは悪くないわ』
『そういう事も考えるのが、レッドアイの役割だもの』
『集団の管理に対する考え方がフツーじゃないわ、アイツ』
『いっちは何もかもが普通じゃないからな……』
(……正直いっちの心の闇は……まだ底が全く見えん)
(この亀裂に広がる暗闇のように……)
ハルカはドアを開け、車に寄り掛かる。
(二人で何話してんだろ)
(私もちゃんと勉強した方が良いのかな、言葉……)
彼女は夜空まで伸びるかのような亀裂を眺め始めた。
~ホテル~
~ゲオルグ様の部屋~
イチカ達は椅子に座り、ゲオルグ達と向かい合っていた。
『で、どーすんだよこれから』
『放置するとヤベーぞあいつ等』
『普段ならこーゆーのはスルーなんだが……』
ゲオルグは助けた少女から貰った、『マッシュくん(※2)』のキーホルダーを掲げる。
『事情、変わったぜ』
『イカレた女は好みだが、限度超えてるぞ』
『完全にイッてるなあの童顔女』
イチカはゲオルグとキーホルダーから目を逸らしながら言う。
『……ハルカは私が止める』
『レイカも居るから直ぐに大事には──』
ゲオルグはキーホルダーを懐に仕舞い、グラスを握り潰す。
ワインとゲオルグの血が混じり合い、滴り落ちる。
『……あのな』
『そんなんだから今回のような事件が起きたんだよ』
『一般人が探索者同士の揉め事に巻き込まれるのは、まぁありがちな話だが……』
『子供を巻き込むのは完全アウトだ』
『それが意図的か無差別かなんて関係ねぇぞ』
『……っ』
『ハルカがあそこまでなるなんて、私にも予想出来なかったんだよ……』
『私にどうしろって言うんだよ……』
イチカは泣きそうな声で言った。
フェルゼンは咳払いし、会話に割り込む。
『一つ宜しいでしょうか?イチカさん』
『……はい』
『アナタはあの親が撃たれた子達に……』
『何をしてあげられると思いますか?』
『えっ……』
『そ、それは──』
イチカは自分の体が硬直し、頭が重くなって行くのが分かった。
目に映るフェルゼンとゲオルグが、彼女の視界の中で遠くなっていく。
硬直するイチカを見て、ゲオルグは溜息を付く。
『……そこが答えられねぇ、ってのがもうおかしいんだよ』
『あの子供達はヒデェショックを受けてる』
『それこそ、今後の人生に影響する事件だぜ』
『他人事だと思ってただろ、違ェぞ』
アイカは冷たく光の無い目でゲオルグを睨む。
『余計な事を言うな』、彼女の目はそう語っていた。
『おい、ワン公』
『クリスティナをそっちの世界へ引き込もうとしてんだろ』
『分かるぞお前』
『……余計なお世話ですね』
『第一、あのたぬきがしでかした事で……』
『イチカさんが一々責任を取る、というのもおかしな話です』
『自分達の世界へ引き込もうとしてるのは、そちらでは?』
『躾が足りねェか?ワン公』
『テメェはクリスティナの成長機会を奪ってる』
『自分が気持ち良い関係を保つ為にな』
アイカの目つきが只らなぬ殺意を帯びて行く。
イチカはそのやり取りに構わず、静かに口を開く。
『親は……死んだの?』
『いや、幸いな事に両方とも生きてる』
『宿泊客の中に医者が居てな』
『取り敢えずはなんとかなってる』
『不幸中の幸いってヤツだな、良かった良かった!』
それに対しイチカが放った言葉は、ゲオルグとフェルゼンを絶句させた。
『なんで両親が生きている人間に……』
『両親が死んでる私が……何かをしてあげなくちゃいけないんだ??』
『お、おい、そういう事じゃ──』
フェルゼンは眉を顰め、拳を握り締める。
『……その言葉』
『あまり気分が良いものではなくてよ……!』
イチカは泣きながら、笑顔を作り始める。
『はひっ、くひっ……』
『ははっ、ぃひっ……』
『わっ、わ、私がお母さんの首吊り死体を発見した時……慰めてくれる人は誰も居なかったよ?』
『おっ、お、お父さんが事故で死んだ時……構ってくれる人なんて誰も居なかったよ……?』
彼女は泣き笑いながら、言葉を続ける。
『ぃひっ……はひっ……』
『なっ、な、何かしてあげられるか?だって?』
『し、し、して欲しいのは私だ……!』
『わ、私ばっかり、し、支払って、み、皆は受け取るだけ……!』
ゲオルグが決然と立ち上がる。
アイカは武器を手に取り、立ち塞がろうとする。
『どけワン公』
『どかないですね』
『イチカさんを泣かすとか、もう殺すしかありません』
しかしゲオルグは《M99カリュドーンライフル》の銃口を素手で掴み、退ける。
そして彼はアイカの横を通り過ぎてイチカの肩を抱え、彼女を持ち上げた。
『なら……俺がお前に何かしてやるよ』
『お前に良いモン見せてやる』
『……フェルゼン。今回はこっちが優先で良いか?』
フェルゼンは肩を竦めたが、その表情は柔らかだった。
アイカがゲオルグの頭部に銃口を突きつけ、怒鳴る。
『どこへ連れて行く気ですか!!』
『私のイチカさんを連れて行くなっっ!!!』
『……オイコラ、テメェワン公……』
ゲオルグはゆっくりと、無言でアイカの方を振り返って行く。
『マジでいい加減にしねぇと……』
『心臓まで喰っちまうぞ』
『今のテメェは狩る側じゃねぇ……』
『狩られる側だ』
ゲオルグの鋭く青く光る瞳が、アイカの心臓付近を射抜く。
彼女は、人間のソレを遥かに超える威圧感に包まれる。
「……ッ!……ッ!」
(か、体が震えて動きません……!)
(わ、私が……こ、殺される……!?)
アイカは生まれて初めて、狩られる側の恐怖……
それを味合わされた。
『ペットシッター頼むわ、フェルゼン』
『噛みついて来たらブン殴っても構わねぇ』
『こんな狂ったワン公は初めてだ』
『りょーかいですわ❤️』
『いってらっしゃいまし❤️』
フェルゼンは部屋を出ていく、ゲオルグとイチカへ向かって手を振る。
「~~~っ!!」
「イ、イチカさんを連れて行くなぁっ!!!」
アイカは狙いを定め、ゲオルグに襲い掛かろうとする。
しかし、フェルゼンに回り込まれてしまった。
『私と仲良くしませんか?アイカさん❤️』
『もっとお話しすれば、私達きっ~~と仲良くなれますわ❤️』
『遠慮しますよ!!この無駄肉ヴァルキリー!!』
アイカとフェルゼンが対峙している内に、ゲオルグはイチカをお姫様抱っこしながら屋上に向かっていく。
イチカの視界にだだっ広い帯広の夜が入って来る。
ゲオルグは夜空を見上げながら言う。
『……そういう事か』
『お前は心の悲鳴を誤魔化しながら生きてきたんだな……』
『なら口に出して叫べば良い』
『空でな』
ゲオルグは夜空に向かって叫ぶ。
《来い!》
《『ベイヤードセイバー』!!》
《女の涙が待ってるぜ!!》
彼の声と共に、夜空に巨大な光臨の束が現れる。
光臨の中から真っ白な機械の足が見え始めた。
イチカの紅い瞳に、白亜の巨大ロボットが映し出されていく。
『……こ、これは……』
『俺の愛機だ』
『本当は子供とフェルゼンしか乗せねぇんだぜ?』
『ベイヤードセイバー』は着地し、コクピットのハッチを開く。
《イエス・マスター》
《御用命とあれば地の果てまでお連れ致します》
ゲオルグはイチカを抱えたまま、ハッチに向かって跳ぶ。
イチカはゲオルグの青い瞳を下から見て言う。
『なん……で……』
『私を──』
『さぁ、何でだろうな……』
『お前が助けを求めてたからじゃねぇかな』
『まぁ細かいコトは乗ってからで良いだろ』
彼女はゲオルグの肩にしがみつく。
そして彼の首元へ顔を埋めた。
(……やれやれだぜ)
(俺にはフェルゼンが居るってのによ──)
彼は口元を緩めながらコクピットへ乗り込んで行った。
※1 コーカサス山脈西部のアブハジアに存在する、地下2,000メートル以上に広がる洞窟。
深さとしては世界第二位。
※2 帯広のご当地キャラクター。
ダメだなー
ゲオルグがイケメンすぎるわ、コレ。
イチカも完全に甘えちゃってるし……
その分アイカが割りを食った感じ。
ゲオルグに取っては、彼女ですらペット感覚なんでしょうね。
彼はアイカを『手の掛かる犬』ぐらいに見てる気がします。
この状況を見て1番キレるのは誰かって言ったら……
そりゃもうマルファお姉さんでしょうね。
今までの仕込みや関係性を吹き飛ばしかねないので。
マルファお姉さんは今は頼もしすぎる味方ですが……
基本的にイチカを独占する為だったら、何でもやる人です。
ゲオルグの行動は彼女に挑戦しているのも同然なので、マジヤバい。
ただ、ゲオルグがマルファに素直に負けてやる図も思い浮かばない。
コイツは人間としての強度が高すぎる。
ついでに言うと、マルファとの性格的な相性は最悪でしょうね。
面白くなってきたぜ。
そしてハルカですが、遂に巡り会ってしまった、という感じです。
エレナは果たして生き残れるのかなぁ……
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」「ハルカは運命に走らされてるなぁ」「確かにハルカの言う事も分かるが……」「エレナ、相変わらず地理苦手だな」
「イチカの過去が想像以上だった」「イチカの素が出て来た気がする」「最初からメンタル崩壊してるじゃん、イチカ……」「犬の躾かよ」「王子マジでカッコ良いぜ……」「マルファと渡り合えそう、この王子」「コレ……ガンダムじゃん!」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。