グレートマザー達の胎動(中編)
散々人を生贄にして来た連中って……
いざこういう時に黙っちゃうんだよね
~ホテルの外~
~駐車場~
「ハ、ハルカ……!」
「ちょっと待て……」
レイカは走ってハルカの肩を掴む。
しかし、ハルカは振り向かずに喋り出す。
「レイカ……」
「私達ってさ……いわゆる”底辺”じゃん」
「サラリーマンのオジサン達から白い目で見られるような」
「ま……まぁ……」
「け、けどそれは考え……」
「過ぎじゃないよ、レイカ」
「私達はヒエラルキーの底辺……それか外にはみ出しちゃってるんだ」
「システムの犠牲になるか、その外で野垂れ死ぬか……」
「選べる選択肢は実質それだけ」
「……」
ハルカは超高級外車に乗って避難しようとする家族を、忌々しげに眺める。
「あの車さ……」
「工場や農園で幾ら一生懸命働いても、手に入らないよ」
「ここら辺じゃ、あんなん乗ってるの医者でも居ないし」
ハルカはハンドガンのスライドを引く。
「つまり私達はあいつらの生贄なんだよ」
「あいつらが幸せに気持ち良く過ごす為の……」
エレナは道に迷いながらも駐車場に出る。
『あっ……!』
『レイカさん!ハリュカ……』
「だから次はあいつらの番だと思わない?」
レイカは嫌な予感に身を震わせる。
「ハ、ハルカまさかオマ──」
銃声が駐車場に響く。
男の足がハルカの銃に撃たれ、その家族の悲鳴が響き渡る。
エレナは予想外の事態に動揺し、手足を震わせて硬直してしまった。
「車のキーくれない?」
「足が必要でさ」
ハルカは男の前に歩いて行く。
そして屈み込み、笑いかける。
しかし、彼は足を押さえながら妻に言う。
「け、警察を……!」
「110番……」
ハルカはニコッと微笑む。
もう一発銃声が響く。
「私はキーをくれるかどうか聞いたんだよね」
「足が欲しいなんて言ってないよ」
男はもう片方の足も撃たれ、のたうち回る。
「お、お前達!早く逃げろ……!」
「そしてホテルのフロントか警備に……」
男の妻は娘達を連れてその場から逃げ出そうとする。
ハルカは彼の妻を背後から撃ち抜く。
「さぁ、次は誰が生贄になる??」
男は口をパクつかせ、娘達は必死に逃げる。
ハルカは冷たい目で男を見下ろす。
「散々人を生贄にして来た連中って……」
「いざこういう時に黙っちゃうんだよね」
「娘の為に自分が生贄になるか、それともあの子達を生贄にするか……」
レイカはハッキリとその目で見た。
ハルカの根本的な変質……いや、正体を。
彼女はアイカにやったのと同じように、四つん這いになって男へ顔を近づける。
《早く選ばないと全員供物にしちゃうよ?》
また地震が起きる。
だが、先程よりは小さい物だった。
「よ、余震か……!?」
「さっきよりは小さいけど……」
「いや、そんな場合じゃ……」
男は震えながら上着から車のキーを取り出した。
そして、まるで供物でも捧げるかのようにハルカの前へ置いた。
「なんだ、出来るじゃん」
「最初からそうしてれば良いんだよ(ニコリ)」
ハルカは笑顔で車のキーを受け取る。
娘達が呼んだホテルのスタッフや、警備員が何人か建物から出て来る。
彼女はそれを見て狂ったように笑い声を上げる。
「あはははは!!」
「もうこのホテルには居られないよねぇ!!」
ハルカは車に乗り込み、車のエンジンを始動させる。
そして窓から笑顔で顔を出し、固まってるレイカとエレナへ言う。
「レイカ!!エレナ!!」
「私ならバカにしないよ!!」
「そして私は皆が最優先!!イチカ以上に!!」
レイカは震えながらも、ドアに手を掛ける。
「ど、どうしちゃったんや、ハルカ……」
「こ、こんなのダメや……!」
「でもこっちに来てくれたよね?」
「レ・イ・や・ん❤️」
レイカは何かを振り切るように、車の中へ乗り込んだ。
残されたエレナは一人オロオロする。
『わ、私はどうすれば……!』
『無許可でレッドアイの元を離れたら先生が……』
『でもフェルゼンが……』
ハルカはエレナに向かって笑顔で言う。
『エレナ!!』
『ダヴァイ!!』
ハルカはそれ以外にロシア語が思い付かず、反射的に叫んだだけだった。
しかし、エレナに取って……
生まれて初めて自分の能力が必要にされた。
そんな気がしてしまった。
(ハルカは私を……私そのものを必要としてくれている……!)
(それに……)
エレナはホテルを振り返る。
『フェルゼンをアッ言わせて見せなきゃ……!』
『冒険して強くなってやる!』
『そして……先生にも私を認めて貰う!!』
彼女は勢い良く車に乗り込んだ。
『行きましょう!!』
『ハルカ!!レイカさん!!』
「そうこなくちゃ!!」
「アクセル全開!!」
ハルカはアクセルをベタ踏みし、障害物も何のその。
高級外車は広い駐車場を駆け抜けて行く。
ハルカは嬉しそうに叫ぶ。
「今日は門出なんだよ!!」
「本当の意味での!!私の!!」
「いや、私達の!!」
彼女は窓からハンドガンを出し、ホテルや車に向けて無差別に乱射する。
複数の銃弾が通報した少女に向けて直進する。
『やらせるかよ!!』
飛び降りてきたゲオルグが少女の前に立ち塞がり、弾を受けきった。
『か、完全にイカレてやがるぜ、あのアマ……!』
『近くに居たのが俺じゃなきゃこのガキ死んでたぞ……!』
『ヴァンパイアめ!トンデモねぇモノ拾ってやがった!』
怯えた少女はゲオルグの後ろ姿を見つめる。
彼の身体からは血が染み出していたが、たちまち出血が治まって行く。
「お、お兄さん……だ、大丈夫で……」
『心配するな』
『俺は不死身だ』
『礼なら10年後美人になって言いに来てくれ』
ゲオルグは笑いながら子供の頭を撫でる。
しかし、彼は想定外のダメージを喰らっていた。
(……ヤベェ)
(掠っちまった)
(あの童顔女……殊殺し合いにかけちゃあ……)
(ヴァンパイアやワン公より上かもしれねぇ……!)
フェルゼンも飛び降りて来てゲオルグへ駆け寄る。
『だ、大丈夫ですか!?ゲオルグ様!!』
『……大丈夫だ』
『1時間ありゃ何とかなるダメージだ』
『アイテム手に入れたら、手が付けられねぇぞアレ……』
水着メイド姿のイチカは二人の横を走り抜ける。
「ハルカ!!」
『オイオイ!』
『その格好で出てきたのかよ!』
『させたのはゲオルグ様ですわ!』
『ワリィ』
ハルカはバックミラーにイチカが映るのに気付く。
そしてマガジンを放り捨て、新たに装填する。
「なんで……なんで……」
「なんで今更追ってくるんだよ!!」
ハルカは何度もクラクションを叩く。
「遅いんだよ!!」
「もう遅いんだから!!」
「何もかも!!」
そして彼女は車を停車させ、ドアを蹴り開ける。
イチカは彼女と対峙した。
レイカとエレナは慌てて外に出る。
「……ごめん。気付かなくて」
「何に?」
「いつの間にか私はハルカの自尊心を傷つけてた……」
「レイカの弱い部分に気付かないフリをしていた……」
「いっち……!」
レイカは身を乗り出したが、ハルカに制止された。
「他には?」
「……え」
「私が言った事のオウム返しだよね、それ」
「何も分かって無いよ……マジで」
「高度な数式が解けて色んな言葉をペラペラ話せても、人の気持ちは全く理解出来ないんだね」
ハルカはイチカへ銃口を向ける。
イチカの紅い瞳が収縮する。
「私さ、さっき一般人撃ったんだ」
「車のキーを私に捧げなかったから」
「ついでに弾バラ撒いたら、あのバカ王子にも命中したよ」
「私はこういう時だけ運が良いんだろうね」
「一般人を巻き込んだ、だと……?」
「いや、ワザと撃ったのか……!?」
「ハルカ……!」
「さっすが元上級国民様は言う事が違うねぇー」
「何かに巻き込まれて犠牲になる……」
「そんなの底辺や裏社会の日常茶飯事でしょ?」
イチカはハルカの背後を見る。
そこに立っていたエレナとレイカの目は、ハルカの言葉を肯定していた。
ハルカは言葉を続ける。
「さっき……弾があの金持ちの足に食い込んで……」
「穴を開けた。妻子の悲鳴が響いた時……」
「快感だった」
「そう、麻薬的な……」
彼女は涙を流しながらも、歯軋りして笑みを浮かべていた。
イチカはその様子に空恐ろしさを覚えながらも、口を開く。
「……警察に行けとは言わないし、言う積もりも元からない……」
「け、けど、お前は明らかに一線を……」
「一線……?」
「この世のドコにそんな区別あんだよ……!」
「そんなのイチカの頭の中にしか無いって……!」
「……その区別が無ければコミュニティも生活も……」
ハルカは引き金を引き、放った銃弾がイチカの黒い髪を掠める。
「私をちゃんと見て、イチカ」
「私は奴隷じゃ無い」
「もう私達を抑え付ける面倒な枷は無いんだよ」
「……こんなやり方……何時までも続かない……」
「そしたら、そしたらハルカは……」
彼女は自嘲気味に目線を上げる。
「……晴れて死ねるってワケだね」
「私には何も無いんだよ」
「だから死ぬのは全く怖くない」
「そして後は得るだけだから」
イチカはハルカの首に掛かって揺れる、銀色の十字架を見つめて言う。
「ベルナルドを得る為に全てを捨てる気なのか……」
「ハルカ、お前はどうかしている……」
「正気じゃ無いんだ……!」
ハルカはまたも引き金を引き、今度はイチカの肩を掠める。
「正気なんかクソ食らえだよ!!」
「もしイチカのメンタルが回復したら……」
「あの人は必ずイチカを選ぶ……!」
ハルカはイチカへ訴えかけるように叫び続ける。
「だって私がイチカに勝てる所なんか、何一つ無いんだから!!」
「そしたら私はゼロどころか、マイナスなんだ!!」
「いや、私はまだマイナスから這い上がれてないんだ!!」
「せめて『ゼロ』に向かって行きたいんだよ!!」
今度は轟音が響き、ハルカの髪を僅かに抉る。
「ここまでです、アホたぬき」
「どんな理由があれ、イチカさんに手を出すのは許しませんよ」
ハルカは銃をホルスターへ仕舞い、物陰で銃を構えるアイカへ向かって言う。
そして彼女へ向かって手を広げる。
『──!?』
『ア、アイツ相手に……む、無謀すぎるわよ!!』
アイカは引き金へ再び指を掛けるが、震えて撃てなかった。
(──今まで1番簡単な獲物なのに……!)
(何故ですか……!)
(どうしてですか、山県愛歌!!なぜ何時も通りが……!!)
「……ここで撃てないのが、実にアイカって感じだね」
「私なら撃てたよ」
ハルカはイチカ達へ背を向け、再び車へ乗り込もうとする。
「ハルカ……!!」
「バイバイ、イチカ」
「今度は夫を連れて会いに来るから」
「……楽しかったよ、ありがとう」
彼女は車に乗り込み、ドアを閉める。
レイカとエレナもハルカに続いて車へ乗り込んで行く。
「レイカ!!」
「……悪い、いっち」
「私は暫くハルカに付いていく……」
(こんな状態のハルカを放ってはおけん……)
『エレナ!!』
『先生には宜しく、レッドアイ』
『私、強くなるまで戻る気はないって伝えておいて』
(向こうに居ても、どうせ不快なモノ見せられるだけだわ)
車は唸り声を上げ、その場を猛スピードで去って行った。
ヴァヴィロフセンサーは割りと正確だったようですね。
アイカよりもサドだ、ハルカは。
筋と年季の入った変態はやはり侮れない……
という冗談はさておき、ハルカの本音が全開ですね。
ハルカはイチカを深く理解してますが、イチカは彼女の事をそこまで理解してなかった。
寧ろハルカの矢印の方が大きかった。
そういうサインが出てた所はあったんだけど、イチカは全然気付かなかった。
かなりクソボケですね……
レイカは迷った末にハルカへ付いて行った感あります。
アイカが引き金を引けなかったのは、恐らく人生でコレが初めて。
エレナはフェルゼンと同じ空気吸いたくない、ってのと……
後はイチカへ嫉妬にも近い不快感を抱いてるってのがあります。
自分は何をしてもマルファに能力を評価されなかったのに、イチカは僅かな期間で彼女の寵愛を得てしまった。
隣に居るだけで、自分の積み重ねを否定されていく気がしてしまう。
しかし、実を言うとバカ王子に対してはそれ程悪い感情を持ってません。
クラスのおバカな男子ぐらいの感覚です。
1番思考や感情が分からないのが姉のフェルゼンの方だな、と。
必要だと決めたら、あっさり妹を殺しに掛かりそうな雰囲気もあります。
バカ王子はこのイカレたメス共が全員好きなんだろな、と。
リーダーとしてなら、イチカよりも度量は完全に上ですね。
何より、メンタルの強靱さが群を抜いてる。
多分、ヤストレブやベルトランよりメンタルが強い。
しかし、そうでなきゃ乗客の命を預かって、毎日のように荒れた空は飛べない。
一応彼の本業はパイロットなんだ、良く忘れかけるけど。
イチカは彼から学べる事が沢山ある。
子供のヒーローにもなれるし、絶対故郷では人気がある。
ただ、下半身と兄貴の制御がね……英雄色を好む
彼の兄貴については事前に言っておきますが、ゲオルグ原理主義者です。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「面白かった」「次も期待している」「最後のリミッター外れた感ある」「ハルカ怖い……」「レイカが完全に振り回されてるこの状況がヤバい」「ハルカはクリティカルヒット連発するのが怖い」「エレナの覚悟を感じる」「王子マジでカッコ良いぜ……」「イチカ一行もう全員メンヘラだろ」「アイカが引き金を引けないって事態がもう深刻」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。
宜しくお願い致します。