ダンジョン半グレゴブリン
モンスターより、人間の方が余程モンスターっぽい
~静内ダムダンジョン・B1F~
イチカとアイカは暗視装置を付けながら、暗闇を歩いて行く。
ダンジョン内は配管や配線が剥き出しになり、薄気味悪い暗さとジメジメした匂いが支配していた。
『……メモメモっと……』
イチカはシステム手帳へ、丁寧にダンジョンの平面図を書き、そこに情報を付け加えて行く。
アイカはそれを感心したように覗き込む。
「マメですね、イチカさんは……」
「よく言われる」
「お父さんと源さんには褒められたよ」
「学校の連中と会社の連中には嫌われたけど」
「源さんって……?」
「会社入った時、最初に私の面倒を看てくれたベテラン社員さ。厳しい事で有名だったけど、公平な人だった。職人や作業員にも慕われてたんだ」
「現場の事故で、作業員庇って死んじまったけどな」
「『丸の内クオリア』ってイカしたビル出来ただろ?アレは源さんの設計が元になっているんだ」
「スゴい……私もそこの展望台に行きました」
「とても景色が綺麗で、なんだか優しみを感じる空間でした」
イチカはアイカの肩をいきなり抱き、笑って言う。
「今度一緒に行こうぜ!」
「展望台のバーで、夜飲むと最高なんだ!」
(イチカさんとバー……おっぱい……)
(導き出される答えは一つ……!)
アイカは鼻息を荒くしていると、突如3匹のウサギ型モンスターが現れた。
「──っ!アイカ!!」
「分かってます!!」
アイカは即座にソードオフショットガンを構えると、モンスターを次々とハチの巣にしていく。
だが、一匹のウサギが最後の力を振り絞り、アイカへ突撃してきた。
イチカは常人離れした反射神経で、モンスターの角を掴むと、モンスターを地面に思い切り叩きつけた。
「思ったよりタフで素早いな、コイツら」
「力もある」
イチカは持っていた鉈で、モンスターへトドメを刺した。
「……これ、まだザコですよね……多分……」
「深層行くとスゴいのが出て来そうです」
「多分クラーケンレベルのボスは普通に出て来る、と思った方が良いな」
「その内スタンピードが発生して、犠牲者沢山出るぞ。突然変異体が出ないとも限らないし」
「しかし、それを抑えきる武力が、北海道には自衛隊の機甲師団ぐらいしかない」
「……えっと……何故ですか?イチカさん」
「米軍が居るじゃないですか」
「……これは余り知られてない事でもあるんだが、米軍は基本的に北海道から上へ入って来れられないんだよ。米軍専用基地は千歳のみだし、これも相当慎重な話し合いの上で設置されたんだ」
「これはヤルタ会談の秘密協定とソ連の北方領土侵攻が関係している。つまり、津軽海峡より上から入って来たらアメリカと、ソ連の後継国であるロシア連邦が戦争になる可能性があるんだ」
「クラーケンの討伐だって、正直政治的・地理的にはギリギリのラインだ。マルファがクラーケンの討伐を自力でやろうとしたのは、北海道近海で米軍に動かれたく無かったからだろうしな」
イチカはウサギ型モンスターの角を、のこぎりで切り落としていく。
「うわぁ……日本政府の意思なんて完全無視ですね。完全に緩衝地帯じゃないですか……」
「でも、アメリカはもう内戦寸前ですし、北海道でロシア軍とバトる余裕は無いかもですね」
「……だな。あの戦争でロシア軍は名実共に世界最強レベルの軍隊になった」
「この状況で連中と極東の島国で戦争になってみろ、亡国一直線だ。海兵隊や海軍の上層部がそれを認識していないワケがない」
「多分、自衛隊もほぼ同じ認識だろ」
「……イチカさん。そういえば、あのマルファって女、一体何者なんでしょうね……」
イチカはウサギの皮をまるっと剥ぎ、アイカにもナイフを渡す。
「……FSBか対外情報省か、元特殊部隊員か、それともロシアンマフィアの幹部か」
「もしかしたら、その全部かもな」
「恐らく、シロヴィキ(※)の超エリートだ。多分あるぞ、北海道侵攻」
アイカは驚いて、思わずイチカの方を見る。
イチカは少し息を吐き出しながら言う。
「……まぁ、すぐに、ってワケじゃないさ」
「それに戦争になるかどうかも分からないから、ヨタ話程度だと思えば良いよ」
「案外親切な人達があっさりと主要都市を制圧しちまうかもな」
アイカは首の辺りに切れこみを入れ、モンスターの皮を剥ぐ。
イチカはモンスターの腹を引き裂き、内臓を取り出して捨てる。
「まあ別に手に職あるから、統治者が誰になろうが私は一向に構わないけどな」
「寧ろパイプラインを北海道まで引いてガスが安く使えた方が、私としては助かる。ガス発電もあるから多分電気代も安くなるぞ」
「統治者が変わって困るのは、忠誠心と勤勉さと真面目さだけでぶら下がってきた連中だろう。だからしきりに相手の脅威を喧伝し、どっぷりとイデオロギーへ浸かり、自らの保身と組織の保存に努めるんだ。これも世の常だな」
アイカはウサギの肉を真空パックに詰めて行く。
「確かに。もしそうなったら、私も狩猟かモンスター退治で生計立てようかなって」
「ぶっちゃけ誰が上になっても、同じだと思いますし」
「皆にそう思われて困るのは、今の体制で上に居て、美味しい思いしている人ですからね」
「まぁ、そういう事だ」
「……良し!肉は全てパックに詰めたか?」
「はい!しっかり入れておきました!♡」
「目玉は……アレ?なんか宝石みたいに光ってますけど……」
イチカはアイカからモンスターの目玉を受け取り、しげしげと眺める。
「……何かの報酬かもな」
「取り敢えずは持ち帰って調べるが、後で詳しいヤツにも鑑定して貰うか」
その時、通路の奥からガラの悪い男達が金属バットやナイフを持って、イチカ達の所へ向かってくる。
「……モンスターよりタチが悪そうなのが来たな」
「アイカ。注意しろ。コイツらはさっきコンビニで撃退した連中より、遥かに人を傷つけ慣れている」
首と腕に入れ墨を入れた男が、仲間を引き連れ、イチカ達の前に立ち塞がる。
さらにその後ろには、彼等に付き従う作業服の男女達が見え隠れしていた。
「姉ちゃん。ソレ、渡しな」
「入場料や。帰る時もソレを取ったらワイらに渡せや」
関西の半グレ集団か。
流石に裏社会の連中は動きが早いな。
既に搾取のシステムを構築している。
「嫌だと言ったらどうなる?」
「(ひーふーみー……9人か)」
男はナイフをチラつかせ、笑って言う。
「風呂に沈んでもらうか、肉便器奴隷になって貰うだけや」
「安心せぇ。使用後はキッチリ内臓売り飛ばしたるさかい」
イチカはアイカに目配せする。
そして、イチカは男に見えないよう、マチェーテをそっと取り出しながら言う。
「後ろのそいつらは、借金奴隷か?」
「せや」
「こいつら返すアテも無いのに、ワイらから金借りよったんや」
「せいぜい肉盾として、役に立って貰わなアカンねん。後で作業もさせられるし、一石二鳥のアイデアやろ?」
イチカは男に言う。
「なら、お前らはここで生かしておく理由が無いな」
「幸いサツの目もない」
「へ?おかしくなりよったんか?姉ちゃ……」
彼女は素早く距離を詰め、男の懐に潜り込むと、素早く腹と脇、そして喉を刺して斬り抜いた。
男の仲間が即座にバットでイチカに殴り掛かろうとするが、イチカは素早く後ろに下がって躱し、彼の手首を斬り落とした。
「アイカ!!」
「待ってましたよ!♡イチカさん!♡」
アイカのソードオフショットガンが火を噴き、半グレ達の頭と手足を次々と吹き飛ばしていく。
そして、怯んだ半グレ達の喉をイチカが刺し、斬り抜いていく。
「……良し、終わったな」
イチカは頬に付いた血を、袖で拭い、半グレ達の服を剥がしていく。
そして、彼等は皆同じデザインの入れ墨を、それぞれ違う場所に入れていた。
「……こいつ等は下っ端か、せいぜい中堅だな」
「まだまだ上に居るぞ、幹部達が。組織がなるべく武闘派でない事を願うしかないな」
「まるでゴブリンだからな、こいつら。かなり厄介だ。今の内に数を減らせて良かった」
一方、アイカは死体から財布や時計を剥ぎ取り、楽しそうに死体漁りをしていた。
「ふんふんふ~~ん♡」
「わっ!これブルガリの時計じゃないですか!♡ラッキーです!♡」
「あっ、この手首ジャマですね!♡(スパーン!)」
作業服の男女達はへたり込み、アイカとイチカに対して怯えていた。
イチカは彼等の方を見て言う。
「今すぐ北海道から本州へ逃げろ」
「そして、私達の事を警察や半グレ達に喋ったら、お前等もこのゴブリン達みたいになる」
「ここで見た事は忘れて、これからは真面目に生きるんだ。とっとと消えろ」
作業服の男女達はイチカ達を避けながら、慌ててダンジョンから逃走して行った。
アイカはイチカに言う。
「後始末、どうします?」
「……時計とかの貴重品はその場に置いていけ」
「取るなら現金だけだ」
「後はお前が良く知っているだろ、アイカ」
「ふふ……♡そうですね♡」
「じゃあ、15分程待っててください♡」
アイカは死体からスマホ集めてコンビニの袋に入れ、半グレ達の服を残らず剥いでいく。
そして、服とコンビニの袋を抱えると、入口へと戻って行った。
~15分後~
「お待たせしました!♡イチカさん!♡」
「服は燃やして、スマホは叩き壊して粉々にした後、川に放り込んでおきました!」
イチカは、アイカの頭を撫でながら言う。
「お疲れ。肉と骨はモンスターが、貴重品は探検者が処理してくれるだろ」
「下への入り口があったぞ。さ、下へ行こうか」
「はい!♡♡」
二人は下を確かめながら、慎重に下の階へと降りて行った。
※シロヴィキ:ロシアの政治ジャーナリズム用語で、治安・国防関係省庁の職員とその出身者をさす。
半グレなどとは比較にならないレベルの、高スキル高学歴高戦闘力のインテリマフィア達です。
マルファお姉さんやヴァヴィロフは、その中でも更に高レベルのエリート達です。人権とか民主主義とかそんな戯言は、まず彼等に通用はしません。
借金する側も相当なクズなんだよなぁ。
普通半グレから借金なんかしないですから、大方ギャンブル中毒者でしょう。
多分、半グレ側は最初に借金奴隷の行先を追跡するかと。
にしても、アイカはイキイキしてますね。
彼女がまともに生きられる場所は、もうダンジョンの中だけでしょうね……
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「怖すぎるだろこの北海道」「半グレのやり方が、完全にゴブリン」「イチカの判断が早すぎる」「アイカかわいい」「死体漁りやめろ」「二人共戦闘力高いな……」「解体作業が手慣れすぎている」「正直、借金奴隷達は幸運だった」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。