負債と山と固定資産税
私もたった今背負ったぞ、負債を
だから心配はするな(3000万円)
~闇医者の診療所~
『……縫合は終わりだ』
『後は《白銀クロラムフェニコール》を傷口に』
ドクターの言う通りに、アンナはプラチナ色に輝くクリームを持ってくる。
彼女はイチカの背中を優しく撫で回すように、薬を塗り付けて行く。
「えっ、ナニその怪しい塗り薬……」
ドクターは手を洗い、手袋を外しながら日本語で言う。
「私が調合した医療用のダンジョンアイテムだ」
「母国スイスの特許庁で特許を申請しようとしたが、撥ね付けられた挙句、製薬会社が殺し屋と泥棒を送り込んできた」
「コワ~~……」
「で、その殺し屋と泥棒はどうなったの……?」
「人類の未来の為、役立って貰った」
「少々傷んで居たが、臨床には然程問題は無かったな」
「かな~りのマッドドクターだね、こりわ……」
「で、ご前歴は……?」
「チューリヒ大学の病院で外科部長を担当していた」
「薬剤師としての資格と薬学の学位もある」
「ひょぇっ……」
「私なんぞはお目にかかれない程の、眩しいキラキラエリート……」
「……なんでそんな人がこんなクソ田舎に……?」
「……官僚主義と前例主義、そして臆病な癖に傲慢な医療界に嫌気が差しただけだ」
「最早既存の科学や医学では説明が付かない現実が、直ぐそこにある、というのにだ」
「医者の仕事は象牙の塔を後生大事に護る事じゃない。人間の命を救う為に道を切り拓いていく事だ」
「……凄いね」
「私なんかと比べて、遥かに高尚な動機を持ってる……」
「何故娘さんも一緒に?」
「冒険心が人一倍強い、と言っておこうか」
「元々昔の私のように国境なき医師団に参加すると言っていたが、私の移住に伴って新しい世界が見てみたいと」
「親子揃って医者……!?いや、医者ってそんなモノかも……」
「けど、国境なき医師団の方も相当やりがいのある仕事じゃない?」
「……確かに遣り甲斐はあると言える」
「目の前にあったのは本当の地獄だが」
「アフガニスタン、イラク、スーダン、ガザ、レバノン、シリア、ウクライナ……どれも強烈な経験だった」
「……本当に凄くて優しい人なんだね」
「イチカの治療、本当にありがとうございました」
「そう言えば、お名前は……?」
「アインだ。北海道ではそう名乗っている」
「娘はアンナ。二人一組で診療に当たってる」
「レイカとはどうやって知り合ったの?」
「ある男に危ない所を救って貰った」
「剃町というパンツ一丁の男に」
「彼女はその男の仲間だった」
「んん?」
「何処かで聞いた事あるような……あっ!」
「レイやんが言ってた高っちゃんか!」
「奇跡の肉体を持つ男だった……」
「彼が保有していたダンジョンアイテムへ、完全に身体が適合もしていた」
「彼の肉体を物理的に打ち破れる存在は、この北海道には居ないだろう」
「流石に核とかは効くよね……?」
「彼の皮膚や筋肉は、核シェルターの屋根や扉より頑丈だ」
「現行の通常兵器や工具では、一切傷がつかないと思った方が良い」
「何よりワセリン塗れで、刃物や銃弾がスリップしてしまう」
「メイン盾ってレベルじゃねーぞ!」
「高っちゃんを前衛にしてインペリアルクロスの陣形組んだら、ダンターグ戦でも余裕でしょ……」
「全体攻撃には意味をなさないだろう」
「それにダンターグ戦には炎属性の術が有効だ」
「えっ」
「なんでロマサガ2知ってるの??」
「医師団で同僚だった日本人に教えて貰った」
「良いゲームだ、アレは……」
「『ロマンシング サガ2 リベンジオブザセブン』、好評発売中です」
「私のおっぱいにも、アンドロマケーみたいにホクロがあるよ❤️」
「皮膚ガンの可能性がある」
「ついでに切除していくか?」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
その時、イチカがうなされながら目を覚ます。
「……何処だ、ここは……」
「あっ。目が覚めたんですね。おはようございます」
「まだ深夜ですけれど」
イチカの霞む視界に、ハルカのデカパイが映る。
「あの世って私よりデカパイだらけなんだな……」
「まだ現世だよ」
「なら服を脱いで証明してくれ」
「人前で脱げるなら、伊達に陰キャやってねーよ」
「サンドウイッチマンの伊達は脱ぐけど」
イチカは周囲を見回して治療が終わった事をやっと認識し、うつ伏せのまま息を少しだけ吐く。
「痛み、全くねーな……」
「相当腕がいい医者が手術してくれたか」
そこへアインが椅子を出し、イチカの正面へ座って言う。
「私はアイン。お前の施術担当医だ」
「抜糸は明日になる」
「見込みが正しければ、今日の夕方には完治する」
「……早くね?」
「《アスクピレーオスの糸》には縫合個所を元通りにする効果がある」
「だが、効き目が持続するのは1日程度だ。だから塗り薬である《白銀クロラムフェニコール》を使って、自然治癒力を加速させて貰った」
「要は時間稼ぎの為の縫合か」
「……ダンジョンアイテムを外科手術に使う医者は初めて見るな……」
「いや、本職の医者なら世界初か?」
「……私が世界初だろうな」
「だが……医療界において既存の体制では、ダンジョンアイテムを受け入れる事すら覚束ない……」
「……だろうな」
「他の業界でも似たようなカンジだよ」
「けど、アンタは構わず一歩を踏み出した、ってワケだ」
アインは椅子に寄りかかり、軽く息を吐く。
「……代償も大きかったがな」
「だが、それだけの価値もあった」
「しかし……」
「?」
「いや、何でもない」
「治療代の支払いはどうする?」
「現金一括で」
「丁度大金が手に入るアテがあるんでな」
そこへアンナがニコニコしながら請求書を持ってくる。
イチカはうつ伏せのまま、手を伸ばして請求書を受け取る。
「お?どれどれ……」
「まぁ、精々数百万ぐらいだろ……」
「ん……?ケタが一つ多くないかね、そこの桃色スイス人君」
「いえ、正当な治療代です❤️」
「お父さんの腕とキャリア、貴重なアイテム、そして特急駆け込み料金、深夜料金や技術料も考慮してこの金額です❤️」
「更に言うと、支払い能力のある方にはそれ相応に払って貰うのが、お父さんの方針なので❤️」
「しかしだね、それでも一回の治療で3500万は取り過ぎですよ」
「イチカちゃん破産しちゃう」
「マルファから5000万貰っても、1750万はレイやんに渡すだろ?経費や焼き肉代を差し引いて……ぅわ。ねぇ、金額負けられない……?」
「1円も負けません❤️」
「どうしても、とおっしゃるなら、医学の進歩に貢献して貰いますが……」
「いいえ、私は遠慮しておきます」
「……仕方ない、払うしかねぇかぁ……」
そこへ、ハルカのスマホが鳴る。
「あっ。アイカだ!」
「今出るね!」
彼女はスピーカーをオンにし、イチカの顔の傍へ置く。
「どうした?アイカ」
「そっちはカタが付いたのか?」
《……はい》
《お爺さんは無事、星を見届けながら旅立ちました……》
「……残念だったな」
「一回会ってみたかったんだが」
「で、この後どうする積りだ?」
《お墓を作ってあげようかと》
《墓石には、山にあるものを使う予定です》
「……そうか」
「家に帰る前に、一度私も立ち寄るよ」
《ありがとうございます。イチカさん》
《それで……ご相談があるんですけど……》
イチカは嬉しそうな顔でアイカの言葉を促す。
「なになに?言ってみて、言ってみて?」
(((滅茶苦茶嬉しそうだ……)))
《山が欲しいんです。私有地にします》
《他の誰もが立ち入らないように……》
「えーっと……どうしても欲しい??」
《はい》
《お爺さんの大切な想い出を、誰にも汚させるワケには行かないので》
「意思、かなり固い?」
《はい》
《これはイチカさん相手でも曲げられません》
《……ワガママを言ってるのは理解してます。けど……お願いします、イチカさん……!》
「一生負債を抱え込むのと同義だけど、その覚悟はあるんだな」
「固定資産税とか維持費とか凄いぞ、山は」
《……税金と維持費は私が頑張って払います》
「そうかぁ~……」
「でも、私もたった今背負ったぞ、負債を」
「だから心配はするな(?)」
《イチカさん……!》
《本当に……本当にありがとうございます!》
《で……お幾らですか?負債……》
「3500まんえん!」
「治療代、3500まーんえん!私の3500まーんえん!」
《(絶句)》
《あと幾つ墓が必要ですか?》
《今からその闇医者の所へ向かいますよ(ジャキッ)》
そこへレイカが割り込んでくる。
《待て待てアイちゃん!》
《さっき命の尊さを学んだばかりやろが!》
《あっ、そうでした……》
《いつもの悪いクセが……》
《やっぱ根はええ子やなぁ、アイちゃん》
《で……いっちゃん。カネ、貰うのワイは待っても良いで》
《そもそもワイが紹介した闇医者やし……》
「「!?」」
ハルカとイチカはあり得ない言葉に絶句する。
「こ、この典型的守銭奴が……『金貰うの待っても良い』、だと……?」
「絶対になんかウラがある……!」
《よ~~う分かっとるやんけ、タヌキ……》
《報酬(1750万円)の支払いを待つ代わりに、ワイはある権利を貰う……》
《……まさか大阪女……》
《『いっちゃん1週間独占権』》
《これでどうや》
《嗅ぐも愛でるも、撫でたりおっぱいやケツ揉むも、ぜ~~んぶ自由や!》
《イチカさん、ちょっとだけ待ってて下さい》
《もう一つ墓作りますから》
《墓碑に刻んであげますよ。『彼氏面クソ三白眼大阪女ここに死す』、と》
《奇遇やな》
《ワイも墓碑に刻もうと思ってた所や。『狂犬胸なしサイコ女ここに死す』、と》
「アイカ……私の為に争わないで!(きゃるっ)」
「私……レイカさんの言う通りにするしかないんです……私はあの人に買われたんです……」
「じゃないとイチカちゃん治療代払えないんですぅ、きゃっ♡」
「キッツ……」
「これが27歳の姿?」
「30歳独身で女装オスガキ本書いている奴には言われたくない定期」
「明日の朝刊載ったぞテメー!」
アンナは呆れた顔で彼女達のやり取りを聞き、思わずため息を付く。
『本当に私より年上なんでしょうか、この人達は……』
『正直中身は10代の学生と変わらないだろう』
『だが、塞ぎこんでいるよりはずっと良い』
『医師にとって、患者とその周りの人間が楽しく笑顔になっている事、それが一番だ』
『そ、そうかなぁ……』
戸惑うアンナを他所にアインは椅子にもたれ掛かり、再び眠りに入った。
アインは本物の凄腕医師かつ、薬師ですね。
ただ、医学界における未来の開拓が、全てに優先するだけです。
マイルドなブラックジャックかつ、ボンドルド並みの探求心を持ち合わせてるドクターKって感じ。
3500万を命の値段としては安いか、それとも高いか。
個人的には相場より少し高いなぁ、位の感じがします。
生命保険の受取金平均が大体2200万円くらいなので。
今、イチカはレイやんに1750万円の負債、残り1750万円をそれぞれ二等分して、875万円の負債がアイカとハルカにある状態になっています。
残りの1500万を三等分して一人500万だとして、イチカ自身の取り分を治療費から差し引いても、イチカは平均一人当たり1000万の借金を負う事になりました。
つまり、イチカちゃんは3000万の負債を三人に負っています。
そして、これは経費とか山の購入費用諸々を除いた単純計算です。
マルファお姉さんの温情ボーナスに期待しましょう。
次回、お姉さんの家庭訪問があります。
新しいコスプレにも期待してて下さい。
お読みくださりありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」「更新頑張れ!」「ドクターが覚悟キマり過ぎてる」「アンナ良い子だけど容赦は無い感じ」「3500万の治療費笑った」「仲間に対して3000万の借金は草」「山を買うとは思い切ったな、アイカ」「レイやん人生エンジョイしてるな……」「レイカとアイカの独特の関係性が良い」「4人の成長を感じる」「次回が非常に恐ろしい」
と一つでも思っていただけましたら、ブクマ・評価いただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




