鳥鍋とSNSとアラサーと青年騎士
嘘だと思うんなら見てみ、コイツのスマホの画面を
~夜~
~道南~
~新ひだか町・イチカハウス(仮)~
「……というワケで今日は鳥鍋です」
「刻み葱と塩ダレで味付けしてあるから、アラサーの胃にも優しい一品だ」
「はいはいはい!白米は!?」
「沢山用意してあるぞ、たっぷり食え……」
「ただ、炊飯器を開けるごとに、ウェストが0.5cm増えていくと思いなさい」
「増えないねぇ!漫画描いている内に頭使ってカロリー消費するから!」
「お前、マトモな運動とかしないしてないだろ」
「……す、ストレッチとかウォーキングとかはするから(震え声)」
「だと思ったぜ。だからこんなモンを作ったんだ」
イチカは複合機の上に置いてあった紙を、ハルカへ渡す。
「トレーニングメニューだ。お前は多分後方支援が中心になると思うけど、最低限逃げる体力と筋力は必要だからな」
「無理な食事制限なんざしなくて良い。必要な筋肉まで落ちるし」
「糖質制限ダイエットとかはほぼ宗教だからアレ。てかダイエットが目的じゃないんでな」
「この私にファンスタグラムで美しい腹筋を見せつけろと……?」
「今からパリピになれってか?この万年ヒッキーのアラサーに……!」
「Don't worry be Muscle women」
「徐々に慣らして行くから。な?」
『ロベールもその方が良いと思うだろ?』
ロベールはジャケットをハンガーに掛けながら答える。
『ええ。まずは最低限の筋力と体力が無いと、ダンジョンでは生き残れませんから』
『ダンジョンで犠牲になるケースにおいて、身体能力の不足に起因した物がおよそ3割を占めています』
『だからと言って身体能力だけでも切り抜けられない。事前の準備、頭脳、体力・筋力、戦闘能力、サバイバル能力の全てが要求される、シビアな環境です』
「だとよ。聞いてた?先生」
「え、英語の成績は10段階中4でした!」
「……英会話の訓練も必要だな」
「アイカも出来たハズだから、帰ってきたらアイツに教えて貰え」
「やだやだ!ロベール君が良い!」
「マンツーマン!マンツーマン!」
「餌をあげすぎたかな、このタヌキには……」
「すっかりワガママになってやがる……」
そして、ハルカはメニューを見ながら言う。
「というか、いつの間に作ったの?コレ」
「お前が風呂場でプレジャーしている間だよ、ドエロスキー先生」
「これからは筋肉を虐めて乳酸でプレジャーするんだな」
「おぉぅ……」
「ちょっと試しに腕立て10回くらいしてみてくれるか?」
「両足は揃えて、顎か胸どちらでも良い。床につけるんだ」
「で、できらぁ!」
ハルカは腕を捲り、意気込んで両手を付く。
「いーち……」
「あの~…大分腕がプルプルしていらっしゃいますが……」
「にぃ~……」
『……こ、これは……』
「さぁぁ~~ん”!」
「もう何もかも限界って感じの顔だな……」
そして5回目が終わった時、アラサーたぬきの腕は慣れない乳酸地獄に襲われ、限界を迎えた。
「はい」
「現在の最高記録、5回です」
「寧ろ5回まで出来た事が驚きだな。えらい!」
「これが私の……全力全壊……!」
「というワケで、頂きます!」
ハルカは全速力で炊飯器から米を盛って席に着き、鍋をつつき始める。
「えらくない!」
イチカは彼女の脇腹を摘まむ。
「だ~いぶ、ぷにってますよ」
「ぷにぷにです。今お前ががっついた肉と米はここへ行くんだ」
「それにこのペースだと、ロベールとあのクソ大工の分がなくなるだろ(あと私の)」
「ふぁい」
「ひゅいまひゅえん」
「……というワケだからロベール、そしてそこのクソ職人」
「早く飯食った方が良いぞ」
『で、では……!ご相伴に与ります!』
「……ふん」
ロベールと女職人は席に着き、鍋をつつき始める。
ハルカがイチカの腹の辺りを箸で指して言う。
「そういうイチカはどうなのさ~」
「まさかタプタプお腹であんな偉そうな事を……」
イチカはシャツを捲り上げる。
そこには柔らかく女性的でありながらも鍛えこまれた腹筋と、抉りこまれた腹斜筋があった。
「残念ながら、綺麗なシックスパックと腹斜筋です」
「甘かったな、先生」
「す、隙が無さ過ぎる……!このノンデリ女……!」
『す、凄い……!とても良く鍛え込まれているように見えます!』
『さ、流石はイチカさん……!』
「……!」
ハルカはスマホを取り出し、イチカへ言う。
「アカウント作ってフォロワー、増やしてみない??」
「企業案件来るレベルだって」
「イチカ美人なんだしさ、いっちょバズってみない??」
「え~?めんどくさいから却下で」
「余計な仕事増えて、ダンジョン潜れなくなるじゃん」
「大体SNSとか一々管理出来ないし……変なヤツにつき纏われてもイヤだし……」
「やっぱり根っこは私と同じ陰キャだってハッキリ分かんだね」
「世の男達を惑わすフィットネス美女になれたのに、それを足蹴にするとは……」
「根っからの陰キャですなぁ」
「う~ん……なんというか、第三者からの好意を素直に受け取れないんだよ……」
「な~んかウラがあるんじゃないかって……」
女職人は、鶏肉を口の中へ放り込むと、水を飲んで言う。
「……意気地ナシ」
「本当は怖いんだろ、人に評価されんの」
イチカの瞼が僅かにピクつく。
彼女はスマホのロックを解除し、ハルカの膝へ投げる。
「……ハルカ」
「アカウント作れ」
「今の言葉でかなりキたぞ、私は」
「よし来た!」
「ファンスタの女王にしてやるぜぇ~~!」
『な、なんだかとんでもない事に……!』
イチカは女職人に向かって、酒瓶のフタを開けながら言う。
「……私は一度やると決めたら、頂点取りに行くまで止めないからな」
「覚悟しておけよ」
「もし来週までにフォロワーが10万人超えたら、お前……水着になって街歩け」
「フン……!やってみろ……!」
「10万人超えなかったら、私の好きなように工事させて貰うから……!」
「ああ。いいぞ」
「とびきりエグいの着せてやるから、今からダイエットしとけよ」
『こ、これがジャパニーズ江戸ケンカ……!』
「ロベール君、日本文化結構誤解してない??」
そして、ハルカはスマホを構え始める。
「何枚か写真を撮らせて貰うよ」
「その後画像編集ソフトで少しレタッチするから」
「……というワケで、さっきのようにシャツ捲って」
イチカはまたも見事で美しい腹筋をさらけ出した。
「良いねぇ~!」
「次は髪をかき上げる感じで!」
彼女は長い黒髪を下から流すように搔き上げる。
「こうか?」
「そうそう!」
「次はズボンを少し下げて!」
「……何か雑誌の撮影みたいだな」
「居るよな、こういうカメラマン」
5分程撮影は続き、ハルカはほくほく顔で、ロベールの隣に座る。
そして、ロベールと自分を含めて連写した。
「おい!先生ェ!どさくさに紛れて何やってんだ!」
「テメー一線越えたぞ……!」
『まぁまぁ……良いですよツーショットぐらい』
『別に何か減るワケでも無いですし……』
イチカは英語に切り替える。
『甘いぞ、ロベール』
『お前はこのアラサー女の欲深さを見くびっている』
『今、コイツはお前とのツーショットを、自分のアカウントに上げようとしているんだが……目的は分かるか?』
『い、いえ……』
『既成事実を作ろうとしてんだよ』
『明日には結婚している事にされるぞ』
『そっ、そんなバカな事が……』
『あるんだなぁ、これが』
『嘘だと思うんなら見てみ、コイツのスマホの画面を』
『恐らくあり得ねぇ光景が広がってるから』
ロベールは恐る恐るハルカの頭上から、スマホの画面を覗き込む。
イチカも隣から画面を覗き込む。
《今日は私の彼氏のロベール君と、鍋をつついて宅飲みでぇす♡》
《ちなみに入籍間近なんで、今日は一緒のベッドで早く寝たいかな♡》
《式場はどうしようかな~~?私は白い教会✝が良いかなーって思うんだけど(汗)☆》
『コレはヤベェって……』
『嘘でも100回言えば本当になると思っていやがる……!』
『だが、夢を見るのはそこまでだ、先生』
イチカはハルカの手からスマホを没収する。
そして、スマホをタップし、記事を削除する。
「ホイ削除完了」
「あーっ!何しやがんの!ノンデリ女!」
「そりゃこっちのセリフだ」
「記事の捏造は良くないぜ、先生」
「色んな所が悪い大人になっちゃうからな」
「ぐっ……!」
「私は悪い大人だったのか……!」
「ささやかな夢を見ようとしただけなのに……!」
「いや、思いっきり実現させようとしてたよな??」
「ロベール君にも人権と選択の自由があるんで」
「学校でも習ったでしょ?憲法。来月改正するみたいだけど」
「い、生きる望みを無くした……!」
「なんて時代だ……!」
イチカは唖然とするロベールに向かって言う。
『な?油断してるとヤバい事になるだろ?』
『これがヴェルナールやラインバウトだったら、写真は撮らせて無いと思うなぁ、多分。モントヴァンなら今頃スマホをブッ壊してる』
『このスマホがもしダンジョンアイテムだったらどうする?今頃お前は死んでいたかもしれないぞ』
『──!』
『常在戦場とは言わないし、人の良さだって武器だ』
『だけど、そこに付け込んでくるヤツはワンサカ居る。今回はまだ可愛いケースだったけどな』
『多分こういった事への対処も含めて、ヴェルナールは勉強の為にお前を遣わしたのかもな。いやぁ~信頼されちゃってるなぁ、私~』
『……イチカさん。醜態を晒してしまいました』
『お叱りと処分はなんなりと』
『叱らないし、処分なんかしないよこの程度で』
『寧ろ身内の無礼を謝りたい気分だ』
「ホラ!このスケベダヌキ!頭下げろ!」
イチカはハルカの頭を掴み、ロベールへ頭を下げさせる。
「あっ、アイムソーリー……!」
「おかしい、こんな事は許されない」
「許されないのはお前の欲望だろ」
「次やったら接近禁止令出すからな」
「そっ、それは困る……!」
「なら一から関係をちゃんと築くんだな、ロベールと」
「優しい優しいイチカちゃんからの大チャンスです」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「もう共用の風呂場でプレジャーは致しません!」
「……も~う。ホントに良い根性してるなぁ、お前……」
「ったくあまあまだな、私……」
「ホラ、先生。チャンスを逃す気か?翻訳してやるからさ」
ハルカはロベールの両手を握り、目をキラキラさせながら言う。
『私……時々自分の欲望に負けておかしな事してしまうんです』
(うんうん良いぞ、先生)
『婚期焦ってて、同年代にも見栄を張りたくてついSNSで虚勢張っちゃうんです』
『ついでに承認欲求も真っ盛りなんです』
『だから申し訳ありませんでした』
ロベールはハルカの体温(+手汗)を手から感じながら言う。
『いえ……こちらこそ未熟者でした』
『結果貴女に恥をかかせてしまった』
そして、ハルカはロベールへ顔を近づけて言う。
『いいえ。私は気にしてません』
『元はと言えば、私が悪いんですから』
(……この流れは悪くないぞ……!)
(イケる!イケるぞ……!まさかのミラクルか!?)
『だから……』
『不束者ですが、ワンナイトラブ宜しくお願いします!』
イチカはハルカを後ろから抱え、彼女をバックドロップで軽く気絶させた。
お読みくださりありがとうございます。「面白かった」「続きが気になる」「更新頑張れ!」「欲望剥き出しのアラサー怖い」「イチカはなんだかんだで良識あるな……」「負けず嫌いな所好き」「先生ヤバい」「オチのバックドロップ良かった」と思っていただけましたら、ブクマ・評価いただけると励みになります。よろしくお願いいたします。