アッラーアクバル富良野(中編)
ボケモン??
~夜~
~富良野市・富良野西岳ダンジョン~
街灯も無く月明かりすら遮る西岳の暗闇の中で、クルド人の部隊長はトラバサミに脚を挟まれながら、二体の物の怪と対峙していた。
『……!この屍食鬼(※1)共め……!』
「何を言っておるんじゃ、この妖怪」
「ワシゃシゲルなんて名前じゃ無いぞ」
「シゲルと言えばポケモンですかね」
「技選びのセンスがひたすらクソだったのを覚えています」
「ボケモン??」
「ポケモンです。おじいちゃん」
「モンスターボール投げてモンスター捕まえるゲームです。結構流行りましたし、今でも有名ですよ」
「そんな便利なモンがあるなら、なんで売らんのだ」
「銃も弓も要らんがな」
「ゲームの中だからですかね、お爺ちゃん」
「あ~~!そう言えば死んだ孫がやっておったわ!」
「ピコピコパンパンズコズコと!」
「それ本当にポケモンですか?」
「頭にR-18版とか付いてなかったですか?」
「というか本当にゲームでしたか??」
「う~~ん……思い出せん」
「娯楽の進歩に付いていけなんだ」
「ついて行かなくて正解だと思いますよ」
「おっぱいだけ無駄にデカい、行き遅れタヌキが増えるだけですから」
「タヌキは商売繫盛の象徴じゃぞ。乳がデカければそれだけ繁盛するというものじゃ」
「まぁ、人様の畑を荒らしたら容赦はせんがな」
「それに関しては完全に同意、超同意ですね」
「……で、どうします?この獲物」
アイカは、ライフルを握ろうとする男の手を蹴り飛ばす。
「全く。これだからジハーディスト(※2)は油断ならないんですよ」
「常にスキを伺ってますからね」
彼女はライフルを拾い上げ、感触と形状を確かめる。
そして、彼女達を睨みつける男へ言う。
「……アメリカ製のM16ライフルじゃないですか」
「何故イスラム系のテロ組織がアメリカ製の武器を……?」
「──!」
「アイカ!!伏せろ!!」
老人とアイカはほぼ同時に地面へ伏せる。
次の瞬間、男の頭が吹き飛ばされる。
「狙撃……!」
「一体どこから……!」
~富良野西岳ダンジョン~
~アイカ達から3km離れた山中~
『……対象の死亡を確認』
『……それにしても異様にカンが鋭いな、日本人共。まるで野生の獣だ……』
男は緑色の瞳をスコープから目を離し、《マクミラン TAC-50 》を抱え上げる。
そして、木にもたれ掛かりながら酒を飲む男へ言う。
『終わったぞ、ヘイリー』
『CIAへ報告を』
『あー……イヤだなぁ、あの陰険眼鏡と話すの』
『しかも口封じだなんて、陰険レベル500って感じだぜ』
『二度とやりたくねぇわ、こんな仕事』
『……俺達は傭兵だ』
『仕事は選べない』
『だからってなぁ……』
『これじゃあCIAの使い走りだぜ。運び屋時代の方が遥かにマシだった』
『リヴァを見つけて治療したら真っ先に脱けてやる』
『……お前に脱けられると俺が困る』
『今の状況で、お前との繋がりを失いたくない』
『……内戦前夜、第二の南北戦争か』
『今、国中の空気がおかしいからな。だからこそ、早くリヴァを治療してやりたい』
『《独立記念日暴動》で流れが決定的になった。諜報機関や軍の一部、ビックテックやウォール街、都市部のリベラル派は今の政権に対して、国を割ってでも反逆する構えを見せてる。クーデターを起こす積りだ。D-dayは近いぞ』
『……俺はカナダに拠点を移しているが、第二次南北戦争が起きたとして、その趨勢次第では安全を担保出来ないだろう。カナダもメキシコも動乱に巻き込まれる可能性が高い』
『どこか別の場所にセーフハウスを作る必要がある』
『それがこの北海道ってワケか』
『……だがよ、ロシア人の動きが超怪しいぜ』
『北海道は第二のドンバスやクリミアになるかもな』
ヘイリーは通信機を取り出す。
クエイドは狙撃銃を背負い、双眼鏡で周囲を確認する。
ヘイリーは言葉を続ける。
『EUでも、たまげた事に教皇が実質的な支配力と指導力を急速に高めてる。まるで中世に逆戻りだ』
『EU議会は最早司教会議(※3)染みている。確実に《聖少女》の影響だろうな』
『そして、移民の追い出しを始めてる。確か、移民達の向かう先はカナダ・オーストラリア・日本を始めとしたアメリカの子分達だな』
『……今のアメリカとその同盟国では最早……』
『だからCIAとそのお仲間達は焦ってんのさ。自分達が玉座から引きずり降ろされるのが近い、って事が分かってんだよ』
『旭川ダンジョンの攻略を急いでんのもそういうこった。戦争にはカネが掛かるし、技術的な優位性も必要だからな』
『まぁ、一番ヤベェ状況なのは中欧だけどな……ダンジョンアイテムが最悪の形で利用されてるぜ、アレは……おっ、やっと出やがったな、陰険眼鏡』
通信機の先から、冷たく高圧的な声が聞こえ始める。
《……聞こえてたぞ、《ジャンパー》》
《だが、今はお前の下らない言動に構ってる余裕が無い。次の仕事だ》
『そろそろ休暇寄越せよ』
『こちとら働き詰めだ。エジソンもビックリの過重労働だぜ』
『1日8時間労働は常識だろ?』
《却下する。ダンジョンの攻略が終わるまで、お前に自由は無い》
《そういう契約のハズだ、《ジャンパー》》
『ファック。これだから役人はイヤなんだ』
『いや、今はCOO(※4)様か。レッドネック(※5)には発言権なんかねぇってか』
《お前の出自は関係無い》
《《契約》の範囲内でそう決まっている。それが全てだ》
『殆ど強制だったじゃねぇか、あの契約は!』
『微罪で懲役40年の判決を下して、ムショへブチ込んだ挙句、リヴァは確保しているなんて言うもんだからサインするしかなかっただろーが、あんなん!』
『しかもADXフローレンス(※6)に移送してまで契約迫りやがって!一生忘れねぇぞ、あのクソ刑務官共のツラは!』
ヘイリーは一通り叫び終わると、赤茶色の髪をかき上げ、ため息を付いた。
『ハァ~……で、その仕事の内容とやらは?』
《ロシア人だ》
《《魔女》が旭川に攻めて来る》
『Holy Shit !!』
『もう潮時だろ!魔女の婆さんとそのイカレ部下共相手に生き残れるとは到底思えねぇよ、クソッタレ!』
『前なんか空飛んできやがったからな、マジで死ぬかと思ったぞ!』
《……だが、それでも戦って貰う。《魔女》に対抗出来るのはお前だけだ》
《《ジャンパー》。お前には到底分からないだろうが、この事業にはアメリカの未来と繁栄が掛かっている》
《今の政権の公約が全て実現すれば、我々は覇権を失う。もしそうなれば……発生するのは無限のカオス、延いては亡国だ》
『……大統領へ暗殺者を何人も仕向けておいて良く言うぜ』
『お前らの行動が一番世界をカオスに陥れてるだろ。バカ共を扇動なんざしやがって』
『そんなにディストピアが作りてぇのかよ。お前らの統治なんざ、俺はゴメンだ』
《……お前はアメリカで最も不自由な男だという事を忘れているな、《ジャンパー》》
《お前は『何処にでも行けるが、何処へにも行けない』》
《リヴァの命運は我々が握っている。それを忘れるな》
ヘイリーは通信を切り、通信機を木へ投げつける。
『この陰謀屋が!!クソッタレめ!!』
『リヴァを取り返したら、真っ先にブッ殺してやる!!』
『……落ち着け、ヘイリー』
『クエイド……知ってるよな、俺のアイテム《バッカスウォーク》の対価は……』
『脳の寿命か過去の記憶。そのアイテムを使い過ぎれば、ヘイリー……お前は廃人になる』
『リヴァとの記憶も消える。だが、トーシアはお前を廃人にするまでコキ使う気だ』
『クエイド、お前の言う通りだ!ああクソ、畜生……!』
『あんなアイテムに適性があったばかりに……!』
『俺はもうガキの頃に住んでいた町の名前すら思い出せねぇ……!』
その時、クエイドの通信機に何者かから連絡が入る。
《ふ、ふ、ふ、ふ~~♡クエイド、元気にしてたか?》
『……何の用だ、エスティア』
『仕事中だ。後にしろ』
ヘイリーは苦い顔をする。
『うげ。来たな、女版カジンスキー』
『正直コイツこそ、ADXフローレンスにずっと入れておくべきだろ』
《相変わらず的外れな事言うねぇ、この底辺アル中は》
《テッド・カジンスキーは爆弾魔だろ?それにカジンスキーは、現代社会に対する抗議の意味合いで罪を犯したんだ。私は単に、色んな事へ興味がありすぎて罪を犯してしまってるだけさ》
《もっとも……それが罪と言える程のモノかは分からないケドねぇ。ふ、ふ、ふ……》
『エンパイアステートダンジョン焼却事件は充分すぎるだろうが。中に何人居たと思ってんだよ』
『なぁ、クエイド。悪い事言わないから、このハーレイクインのなり損ないと付き合うのだけはやめておけって』
『絶対にまたヤバい事件起こすから』
クエイドはフードを被り、荷物と狙撃銃を背負う。
『しかし、探索の戦力としてCIAとJCS(※7)が認めている以上、同僚として付き合わないワケには行かない』
『特に今の状況ではな』
『流石は元デルタ。上の考えにとても忠実だな』
『仕事人の鑑だ、心の底から尊敬するよ』
『この女がマーゴット・ロビーに似てたからじゃないんだな』
『皮肉はよせ、ヘイリー』
『エスティア。何か考えがあって連絡を取ってきたな?』
《ん~~!♡流石は私のクエイド!♡》
《トーシアのヤツ、出し抜けるかもねぇ。ふ、ふ、ふ……!》
《けどまずは取り敢えず、《魔女》の攻勢をどう凌ぐか。それを考えなきゃあねぇ》
ヘイリーはクエイドの肩に手を置く。
『エスティア』
『……後で直接聞かせろ、その話』
『今行く』
二人は背景へ溶け込むようにワープして行った。
※1
砂漠に住んでて、人間の死体を食ったり、子供を誘拐して食ったりする怪物。姿を自由に変える事が出来る。
※2
聖戦主義者。ジハードという言葉は『苦闘・抗争・努力』という意味を持ちます。イスラム過激派ですね、端的に言えば。ジハーディー・ジョン、お前は今何処で何をやっている……
※3
語源は「ともに歩む」という意味のギリシア語。
要はカトリック教会版国連総会みたいなモノです。もっと分かり易く言うと、カトリック株式会社の支店長達と役員が集まって討議するイベントです。
※4 最高執行責任者。CEOの決定した経営方針に従い業務を執行する責任を負う代表者の事。
※5
南部の強い日差しの下で野外労働する白人は首すじが赤く日焼けしていることから、この言い方で呼ばれるようになった。要は白人のブルーカラーをバカした言葉。
ヘイリーは没落した労働者階級の、酷い家庭環境で育ちました。
※6 アメリカで一番脱出が不可能で、一番人権が保障されてない刑務所。ヤバい犯罪者達のショールームです。
※7 アメリカ軍統合参謀本部。説明は不要かと。
屍グール → シゲル
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