アッラーアクバル富良野(前編)
全く鈍い連中じゃ
~道南~
~新ひだか町・イチカハウス(仮)~
「……アイカが電話に出ません」
「どうしたら良いでしょうか、ハルカ先生」
「そんな事を聞いて来る様な脳みそしているからでしょ」
「……でも電波が繋がらない、ってのは気になるなぁ……」
イチカはスマホをソファーに放り投げ、寝転がる。
「……マルファがくれた座標では、基地局のカバー範囲だったハズなんだがな……」
「まさか電波が通じない系のダンジョンか??」
「特殊な電磁場が発生しているか、空間が捻じ曲がっているか、電波妨害されているかの三択だな」
ハルカはコンソメパンチ味のポテチを頬張りながら、腰を左右に動かす。
「ふふふ……遂に呼んじゃいますか?ロベール君を……!」
「来るのはロベールじゃねーよ、スケベスキー先生」
「期待が昂ぶり過ぎて腰が動いてんじゃねーか」
「……でも連絡取った方が良いかもな。専用の通信アイテムか機器を手に入れられるかもしれない」
イチカはカードを取り出し、ヴェルナールへ電話を掛ける。
「もしもし、香坂イチカだ」
「今から1時間後に教皇猊下をブチ殺しに行くぜ」
《ははっ。いきなりジョークから入るとは相変わらず油断が出来ないな、レディ》
《……しかし随分と連絡が早かったな。何かあったか?》
「アルプスの奥地とでも繋がるような通信機が欲しい」
「マルファの出した課題にツレがハマった可能性がある」
《──!》
《あれから接触したのか、《魔女》と》
「ああ。婦警のコスプレして家に直で乗り込んできた」
《ジョークにしてはキツ過ぎるぞ、レディ》
「事実なんだよなぁ、コレが……」
「多分次もコスプレしてくると思うから、写真送ってやるよ」
《……興味が無いと言えばウソになるが、遠慮しておこう》
《彼女は間近で見てこそ、魅力が増す女性だ》
《遠く離れた場所からでは、彼女の本質は見えにくい》
「アッチの方も百戦錬磨ですなぁ」
「プレイボーイとしてのご意見は?」
《……正直《魔女》はオトせる気がしない。彼女は決意と覚悟を持って自分の事業に当たってる》
《栓を抜けない年代物のヴィンテージワインと同じだな、彼女は……》
《……おっと。話が逸れたか。通信機だな。直ぐに手配しよう》
「お幾ら万円?」
《日本円で1台75万。2台で150万円だ》
《ダンジョンアイテムの《コスモイリジウム》を組み込んでいるから、軍用品よりも高くなっているが……》
「……オーケー。決めた。それを買おう」
「購入を決めておいてなんだけど、割引システムとか無い?最初に潜ったダンジョンで、スーパーボールみたいなの拾ったんだけどさ」
《……《血魂》だな。水や牛乳等に溶かして飲むと、身体能力が上昇する事が確認されている》
《正直今のレディには必要ないな》
「……たし蟹。今の私は重戦車と綱引きしても簡単に勝てる気がするし」
「まぁ、割引が出来るならしたいって所だよ。手元には今《血魂》とやらが7つある。小さいのが6個、デカいのが1個だ」
「どの位割り引ける?」
《そうだな……50万円と行った所か》
「小さいのが1個5万円で、デカいのが20万円かぁ……」
「なら、小さいの4個売るわ。だから払うのは130万だ」
《取引成立だな、レディ》
《今日中には取引担当を向かわせる》
「助かったよ、プレイボーイ」
「今度はロベールをこちらに寄越して欲しい」
「若いオスを待ち切れないご婦人を抱えてしまって……」
《ははは!》
《分かった、なら今回はロベールをそっちへ行かせよう》
《アイツもそろそろ女の扱いを覚えても良い頃だ》
「サンキュー、プレイボーイ」
「くれぐれも日本のご婦人には気を付けてくれよ。執念深いからな」
《大丈夫だ。慣れてる》
《まぁ刺されない程度に遊ぶさ》
《じゃあな、イチカ》
「おっ、おぅ。じゃ、じゃあな、ヴぇっ、ヴェルナール……」
イチカは電話を切り、僅かに手を震わせながらスマホをポケットに入れる。
ハルカはクッションを抱きかかえ、左右に転がる。
「こぉんの手のひらで転がして来る感覚ぅ!!たっ、たまんねぇ~~っ……!」
「これはやられちゃいましたなぁ、イチカちゃん!」
「うっ、うっせーよ!」
「ドッ、ドキッとなんかしてねぇし?」
「第一、親子程歳が離れてそうだし?」
「普段攻めに行く人間程、受けに回ると弱いってハッキリわかんだね」
「恋愛経験値ゼロか?」
「しょっ、少女漫画で経験積んだから……」
「ハイハイ、未経験ね。かわいそ……」
「……でイチカ。遂に来ちゃたよ、この時が!」
「ロベールへ勝手に触れたら飯抜きだからな、先生」
「我が家において、異性に対する勝手なお触りはNGです」
「ファック。処女拗らせやがって」
「私の婚活邪魔しないでよ」
「もう結婚する気でいるのか(呆れ)」
「アラサーはねぇ!一度チャンス逃したら次は無いんぜよ!」
「今日は市原ハルカの夜明けなんだぜよ!」
「本当に夜は明けるんですか??」
「……細かい事は」
「ええ!」
「末筆ですが、先生の今後のご活躍をお祈りします イチカ株式会社」
「お祈りメールは軽くトラウマだからやめて」
「ホントやめて」
「……でさぁ、先生」
「ムダ毛とか処理した?もし毛がハミ出しているのを見られたら、ロベール君に嫌われちゃうぞ」
「……してない」
「お風呂入って来まーす!」
「あーめんどくせー!めんどくせー!」
「メッチャ笑顔で言うじゃん……」
ハルカはシャツを捲りながら、風呂場へと駆け抜けて行った。
「さて……と!工事の進捗具合でも見に行きますか!」
イチカは身体を伸ばし、立ち上がった。
~夕方~
~道央~
~富良野市・富良野西岳ダンジョン入り口付近~
『《山の老人》などと……大袈裟な』
『アルクーフ司令官は些か神経質なのでは?』
『そりゃ神経質にもなるさ』
『何せあのロシア人共とやり合ってるんだからな』
『ダゲスタンの連中が、ロシアの完全な犬になったのは痛かった』
『まるでモスクワに居る何かを恐れているかのような反応だった』
覆面を被り暗視装置を付けた男達は、次々とダンジョンへ入って行く。
そして畑に辿り着き、周囲を確認する。
『……畑は無事か』
『どうやら大麻草やケシが目当てではないらしい……』
『狙いが分からない……』
『もしかして、本当に首だけが狙いなのか……?』
『……どうやらあの大岩を祭壇に見立てていたようだ』
部隊長らしきクルド系の男は、大岩の上に並べられた首を検分する。
『……精霊信仰か自然信仰の一種か』
『アステカ文明の生贄信仰をも感じさせるな』
『恐らくこの山は老人に取っての信仰対象なのだろう。なればこそ、我々は余計に妥協出来ない』
『唯一神アッラー以外の神は存在しない』
『そして異教徒や多神教徒との衝突に対する答えは、一つしかない』
『『『聖戦だ』』』
男達はM16ライフルとRPGロケット、FPVドローンを携え、高台へと上がっていく。
『……相手は勘が鋭い』
『居場所を見つけ出し、遠くから一方的に殺す方が効率的で犠牲が少なくて済む』
『山岳戦も進歩している。《あの戦争》は我々にも大きな教訓をもたらした』
(……とでも思ってるんでしょうねぇ。お爺さんの言った通り、やはり戻って来ましたね)
(既に敵地なのに、わざわざ棒立ちで的になってくれているなんて……あり得ないガバさです)
(教訓は、身に染みてこそ本当に分かります。ネットの向こうには存在しません)
「……ファイア」
アイカの放った弾が、ドローンを抱えていた男の脳天を吹き飛ばす。
男達は一斉に伏せるが、背中を次々と撃たれていく。
『狙撃手の待ち伏せだ!!』
『全員岩場の陰に!!』
生き残った男達は、這いずりながら岩場の後ろへと逃げる。
『……完全に迂闊だった!』
アイカは僅かに微笑む。
「隠れる場所……本当にそこで良いんですか?」
「もう完全に追い込み猟ですね」
茂みの奥から猟銃の発砲音がし、隠れた者達へ銃弾が的確に襲い掛かる。
『わ、罠……!』
岩場から逃げ出した中東系の男達は次々と心臓を撃たれ、倒れていく。
生き残りの者達はバラバラに分かれ、森の中へと逃走する。
「そっちも罠じゃ、阿呆共」
「全く鈍い連中じゃ」
男の一人はくくり罠を踏み、転倒する。
『なっ……!』
『クソッ、こっちなら……!』
「そっちはトラバサミ(※1)じゃ、バカタレ」
「全く簡単過ぎて神様に申し訳が無いわ……」
木々の間から悲鳴が上がる。
それを聞き、残った者達が更に崖の方へと逃げる。
老人は短弓を持ち出し、素早く木へと登っていく。
「今日一日でこんなに生贄を捧げられるんじゃ」
「山の神様も上機嫌だろうて……」
老人は弓をつがえ、絞り切ってから放った。
「一匹」
矢が獲物のこめかみに刺さる。
続けて、老人は矢をつがえる。
「二匹」
M14ライフルを撃とうとした男の心臓に矢が刺さる。
『ガッ……!?』
「三匹」
「四匹」
「五匹……これで終わりじゃな」
アイカはスコープから目を離し、狙撃用ライフルを下ろす。
「……お爺さんの言った通りになった。トランシーバーすら使わなくて済むなんて……」
「やっぱりスゴい、あのお爺さん……狩りの経験値が圧倒的過ぎる……」
アイカはライフルを背負い、斜面を滑り降りる。
「マタギは遙か昔、銃が伝来する前は矢を使っていた、と聞いた事あるけど……」
「そっちでも超一流なんですね。後で罠のノウハウと一緒に教えて貰おーっと」
彼女は老人の元へ行き、獲物達の首を切断している彼に言う。
「お爺さん、凄いです」
「正直私は言われた通りに動く事しか出来なかった」
「……自分の未熟さを痛感させられました。まだまだ知らない事、出来ない事も多いと思いました」
老人は聖戦士達の首を刎ねながらニカッと笑う。
「ワシの言った通りに出来とるだけでも、相当に上出来じゃ」
「そこまで到達出来ん者も多いからな。ワシは久々に楽しくなったよ」
「お爺さん……」
「ほれ。こっちに来なさい。まだ狩りは終わっておらん」
「罠に掛かった獲物の処理がまだ残っとる」
「はい!」
アイカと老人は談笑しながら、罠に掛かった獲物が居る場所へと向かった。
※1 獲物が上に乗るとバネ仕掛けが動き、金属の棘や板で獲物の脚を挟み込む罠猟の道具。
日本やEUでは非人道的だかどうだかと言って禁止されていますが、お爺さんは自作のトラバサミを人に向かって使いました。お爺さんの殺意の高さが分かります。
お読みくださりありがとうございます。「面白かった」「続きが気になる」「更新頑張れ!」「お爺さんヤベェ」「弓の腕も異常でビビった」「山狩りのつもりが、逆に狩られてる……」と思っていただけましたら、ブクマ・評価いただけると励みになります。よろしくお願いいたします。




