熊狩り爺さんと殺し屋娘
分かっとるか……此所では山の神と掟が一番なんじゃ……
掟を破った者には死あるのみだ!!荒井がどうとか、そんな奴関係あるか!!
~道央~
~富良野市・富良野西岳ダンジョン某所~
『……アッ、アッラーを信じぬ異教徒め……!』
『じ、じきお前には裁きが……』
「荒井!?誰だそれは!!」
「そんな奴の言う事より、山の掟の方が遥かに重要じゃろうが!!」
「勝手に木を伐採して変な草を栽培しおって!!この罰当たり共めが!!」
熊の毛皮に身を包み、厳つい猟銃を持った老人は、覆面を付けた中東系の男へ銃を突きつける。
「見ろ!山の神はお怒りだ!!」
「霧が出てきたぞ!!」
『バ、バカな……』
「今……山の神をバカにしたじゃろ……?」
「……救い難いにも程があるわ!なら、神様の怒りを鎮めるには一つしかない!」
「生贄じゃ!!生贄!!いつも通りの生贄しかない!!」
老人は問答無用で引き金を引き、男の頭を吹き飛ばす。
そして山刀で首を鮮やかに斬り落とした。同じように、老人は次々と転がっている死体から首を斬り離して行く。
老人は首を岩の上に並べ、手を合わせて祈り始める。
「お鎮め下され……怒りをお鎮め下され……」
すると、立ち込め始めた霧は晴れていき、老人の願いに応えるかのように青空が広がっていく。
「おぉ……!」
「私の願いを聞き入れて下さったか……」
「ありがたや、ありがたや……!」
無論、ただの自然現象である。
だが、老人にとっては奇跡の現れだった。
(……どうしましょうか)
(出るに出られないんですけど……)
アイカは木々の合間に身を潜め、老人の祈りを観察していた。
「──!」
「そこに隠れている不届きな輩、出て来い!!」
(……鋭い!)
(……ここは素直に出ていくべきですね)
老人は藪から出てきたアイカに目を丸くして驚く。
「なんだぁ、可愛い娘っ子じゃねぇか」
「どうしたんだ?道に迷ったか?」
「い、いえ……実は……かくかくしかじかダイハツムーヴで……」
アイカは老人へここに来た理由を話した。
すると老人はアイカへ『付いて来い』、という合図をした。
アイカは軽く頷き老人の後を付いていく。
「……お前さんからは山の神に対する敬意が感じられる」
「若いと言うのに良い心掛けよ」
(えーっと……その山の神って何……?とは聞けない……)
「……お前さん、誰かとケンカして来たな」
「顔を見れば判る」
「……はい。同居人とケンカしてしまいまして……」
「でも相手に非は無いんです。悪いのは自分です。だから……」
「その同居人へ償いをする為、単身山に乗り込んできた、か……」
「度胸は認めるが、まるで準備が出来ておらんな。しかし、若さとは得てしてそういうモノだろうか……」
「こっちへ来なさい。ワシが山のイロハをおしえてやろう」
「あ、ありがとうございます……」
「お。その銃、良く手入れしておるな。感心感心」
「足も腰も強く、体力もありそうだ。良い猟師になれるぞ」
「……確かに猟師になりたいとは思っていますけど……」
「!」
「そうかそうか……!」
老人は笑顔になり、歩くペースを上げる。
(このお爺さん、とんでもない脚の強さをしている……!)
(体力もそこらのレスキュー隊員以上にある……!)
(もしかして……)
「ふぅ。もう少しじゃ」
「歳を取ると坂道がキツくなって敵わん」
(……それは何かのご冗談ですか?)
そして、アイカの視界に小屋が現れる。
「着いたぞ。さぁ、腹が減っただろう。飯の準備をするから待っていなさい」
「仕留めた熊の血抜きが終わってな。丁度熊鍋にしようと思った所だ」
「熊ですか!?」
「わぁ……!」
老人は優しい笑顔で料理に取り掛かり始める。
アイカは小屋の中に荷物を降ろし、老人へ言う。
「解体、手伝いますか?」
「別に構わんが……出来るのか?」
「はい!動物の解体になら、少し自信がありますので!」
老人は微笑みながらアイカへ道具類が入った箱を渡す。
「ならやってみなさい」
「お前さんの腕前を拝見させて貰うとしよう」
アイカは解体用のナイフを的確に入れ、綺麗に皮を剥いで行く。
そしてナイフを研ぎ直しては、ナイフを入れあっという間に皮を剥いでしまった。
「次は骨と内臓ですね!♡」
老人は感心し、思わず頷いてしまった。
「大したモンじゃ……」
「ここまで綺麗に手際よく解体出来るのは、マタギでも中々おらん……」
「お爺さんやっぱりマタギだったんですね」
「なら、山の中で私と会話して良いんですか?山の神様が嫉妬しちゃいますよ」
「ええよええよ。山の神は嫉妬深いが、同時に寛大で度量が大きいんじゃ」
「娘っ子と話すぐらいなら目くじら立てんて」
「敬意を払っている分、寧ろ可愛がってくれるじゃろうよ」
「厳しくて気難しい所もあるけど、基本は大らかで優しいんですね。山の神様は……」
(なんか少しだけイチカさんに似ているような……いや、イチカさんは結構天然入ってる……!)
「そうだ。だからこうやってお恵みを下さる」
「そしてワシ等は神様へ感謝を捧げる。神様はそれを観てまた恵みをもたらしてくれる……その繰り返しよ」
「そうやって人は山で生きてきたんじゃ……」
老人は野菜を持って来て切り始める。
「だが最近は、不届きな馬鹿者共が入り込んで来て山を荒しよる」
「山の神様は随分とお怒りじゃ。正直、これから何が起こるか分からん……」
「勝手に木々を切り倒し、訳の分からん葉っぱを育てる畑にするなど……考えるだに恐ろしい事じゃ……」
(……あそこにはケシ畑と大麻畑が併存していた。でも精製工場らしき施設は見当たらない……)
(まさか市街地に……?)
アイカは手早く内臓を取り出し、容器に入れていく。
(仲間が死んだと分かれば、連中による山狩りが始まる)
(……管理の人数から考えて、組織の人員は500人以上。弾はあるけど、山で一人一発は厳しいかも)
(もし中央アジア出身者やコーカサス出身者が主力なら、山岳での殺し合いには慣れている……)
彼女はナイフを水で洗い、研ぎながら周囲の山々を観察する。
(……お爺さんは手練れだけど、流石に押し負ける……)
(それに相手がどんなダンジョンアイテムを持っているか分からない……)
「アイカ」
「今は余計な心配をせんで良い。いざとなったらお前を真っ先に逃がす」
「だから解体に集中するんじゃ」
「……!」
「は、はい!」
「……娘夫婦と孫のようにはさせん……」
「絶対に……」
老人は野菜を鍋に入れながらポツリと呟いた。
「お爺さん……」
「……娘夫婦と孫はな、津波に攫われてしまったよ」
「丘の上に住め、山に戻ってこいと何度も言ったが、二人とも聞かんかった」
「その結果が『無』よ。何もかも無くなってしまった」
「……」
「連中は外の海から来た妖怪共じゃ」
「どれだけ押し寄せようとも、これ以上ワシの大切な物を奪わせるワケにはいかん……!」
老人は拳を強く握り、炭に火をつけ始めた。
~富良野市内某所~
『……どういう事だ……!』
『全員殺されてただと……!?』
『は、はい……全員岩の上に首を並べられてました……』
『遺体の切り口断面は全て綺麗でした。相当な腕の処刑人です……!』
『……確かに麻薬の密売と密造を行っている以上、斬首刑の為にサウジ王家から精鋭が派遣されたとも考えられなくもない』
『だがここは日本の山奥だ。メッカじゃない……!』
『……やったのは日本人の猟師です。しかも老人……!』
『命からがら逃げ帰って来た者が証言しております』
『……まるで《山の老人》だ』
『だが、我々も後には引けん……!既にFSBとあの《魔女》が動いている、ここで止まれるか……!』
『……既にアルファ部隊がウラジオストクとユジノサハリンスクまで来ています』
『《魔女》としては北海道……いえ、自分の活動範囲であるダンジョン諜報の領域に一歩でもFSBを入れたくない』
『しかし幸いな事に、《魔女》は競合者達への対処で手一杯です。アッラーはまだ我々を見放してはおりません』
『だが、《山の老人》は我々の首を差し出せと迫っている』
『最早アラムート(※1)だ、あの山は……』
『もし、老人が一人だけで動いてないとすれば、組織に大きな被害が出るのは確実だ』
『では山狩りの前に調査を……?』
『……仕方がない』
『偵察隊はクルド出身者とアフガン出身者を前に立てろ』
『了解です』
『すぐ手配します』
『アッラーアクバル!』
『……アッラーアクバル……!』
※1 かつてアサシン教団(イスラム教二ザール派)が拠点としてた山城の事。
お爺さんは警察にタダ同然でコキ使われたり、震災で酷い目に遭ったりなどストレスが重なり、少し頭がおかしくなっています。
しかし、アイカには実の娘同然に優しく接してくれます。
後継者がやっと見つかったので。
傍目には微笑ましい光景です。
こうやって技術や知恵は引き継がれていくんだなぁ さくしゃ
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