アラサー娘人生万馬券
当たり馬券、ありがとな。
~門別競馬場~
~ポラリス☆スタンド~
レイカは目を覚まし、飛び起きて刀を振ろうとする。
だが、手元に刀はなく、彼女は辺りを見回す。
「起きたか、大阪人」
「ブタ肉天そば、冷めちまうぞ」
「……ワイは負けたんか」
「……『ワイ』なんて無理に言わなくて良いぜ、もう」
「地は下町の健気な剣術少女だろ」
「なんで人斬りチンピラみたいなマネしてるかは知らんけど」
「……憧れてたイケメンの先輩に告白してOKもろたと思うてたら、次の休日に輪姦されて家焼かれただけや」
「オトンと寝たきりのオカンは焼き殺されたわ」
「まぁ高っちゃんが助けてくれたんやけどな……」
「誰だよその高っちゃんって」
「コントの相方か?」
「しばくぞ」
「……史上最強のケンカ師にして、大阪裏社会最強の男や」
「筋肉詰め込みすぎて脳みそ足らんくなってるけど、私が支えとる」
「なんだ、もう王子様居るじゃん」
「キン肉星から来てそうだけど」
「……私と高っちゃんはそういう関係じゃないわ、アホ」
「私にとってのヒーローなんや、高っちゃんは」
「ただ、頭にダークって付くだけや」
「ますますキン肉星から来た疑いが……」
「……正直、私も最近疑っとる」
「あの《プロテイン》飲み始めてから、高っちゃんの異常性に磨きが掛かり始めたわ」
「今の高っちゃんは、ミサイル直撃しても傷一つ付かん気がする」
「……ダンジョンアイテムか?」
「せや。高っちゃんは何回も使えるからお得ってだけで、シェイクにして飲んどったな」
「しかも3時間ごとに」
「……名前は?」
「分からん」
「アイテム鑑定士も良いのを探しとるんやが、皆何処かのお得意さんや。メッチャ高い金取ってくるねん」
「まず鑑定用の《能力アイテム》が必要で、更に適性もあるちゅう話や」
「……士業みたいになってるな」
「しかし、正体が分からんものを3時間おきに飲んでるのか(恐怖)」
「高っちゃんはカマドウマや、消費期限切れの豚肉や鶏肉でも生で食える男やで」
「正体不明のプロテインぐらい余裕で飲めるわ」
「まぁ今回はそれがプラスに働いた、って事やな」
「アイテム無くても、生物として普通に強いだろそれもう」
「北斗の拳の世界でも普通に生きて行けそうだな」
「……で。話は変わるが、お前半グレか?」
「……そうやけど、それが何か」
「……いや、静内ダムのダンジョンで、半グレと借金奴隷の一団に会ってな」
「その場の半グレ全員殺しちゃった。てへっ☆」
「……アレお前やったんか!!?」
「って事はクラーケンをタコ焼きにしたのも……」
「刺したのは私だが、焼いたのは別の連中だな」
「タコ焼き1年分かってくらいデカかったぞ、アレ」
「まあそれはいいや。ごめんな、アレはやむを得ない正当防衛だったんだ」
レイカは肩の力を抜き、ため息を付く。
「……ええわもう。どうせアイツらカネと奴隷を持ち逃げして、シマ奪おうとしてたしな」
「お前が殺さんかったら、いずれ私が殺しとったわ」
「私が数字と財産全部管理しとんだから、気付かんワケないやろ。ったく……」
「真面目だなぁ、お前」
「……他に出来るヤツがおらんのや」
「だからいつの間にか、裏切りモンの粛清は私がやる事になったんや」
「一人バックオフィス(※1)かよ」
「そりゃしんどいな。高っちゃんとやらは一体なにやってんだ?」
「筋トレ、セックス、ケンカ、メシ、ダンジョン攻略、クズ共をシメる役やな」
「一人でダンジョン潜って普通に帰ってくるんや、高っちゃんは」
「《烈鬼剣兼定》も高っちゃんが持ち帰って来てくれたんや」
「すげぇな高っちゃん……」
「マジで最強の部類に入るんじゃないか……?」
「ああ!高っちゃんは最強なんや!」
「誰がなんと言おうとも、私の最高のヒーローなんや!」
レイカは笑顔を見せて言った。
イチカはポケットから馬券を出し、レイカへ投げて渡す。
「この当たり馬券、詫び料として受け取ってくれ」
「……そうかい。レースは終わってしもうたか……」
「私の女としての人生と同じや」
「けど、ええんか?一度渡したら返って来ないで」
「別に構わないさ。元から気分転換目当てだからな」
「……仲間と競馬場来て、くだらない事言い合いながら飯食って、レース見られればそれで良かったんだよ」
「馬券が当たるなんて、思ってもみなかった」
「……粋な事言いよるな」
「完敗や」
「そんで、オッズと賭け金は?」
「オッズは1524.8倍」
「賭け金1万円だから1524万8000円だな」
「だからお前に渡すのは、シャツ代と飯代と元手引いた1523万円だ」
「ほぇぇ~……」
「オマエの運、どうなっとるんや……」
「おまけに肝が据わりすぎとるわ……」
「……これでも、『元いじめられっ子系薄幸美少女イチカちゃん』だったんだぞ☆」
「寒すぎて悪寒が走りそうや、そのギャグ」
「あとアラサーがそれやるとキッツイからやめーや。私なら恥ずかしくてまず出来ん」
「……で。なんであのタヌキ気絶しとん」
「血糖値スパイクとアルコールですかね」
「ドカ気(※2)やめろって言ったんだけど」
「まぁ腹までタヌキになるタイプじゃないから平気だろ」
そして、イチカは手に持っていた《烈鬼剣兼定》をレイカへ渡そうとした。
「……この刀が何故お前だけ燃やそうとしなかったか、分かるか?レイカ」
「……その刀も魔法に掛かってるんやろ」
「……この刀にはな、修羅場と戦火を潜り抜けながら『誠』に生き、『誠』の為に鬼になって生き抜いた男の魂が宿ってる」
「人斬りを斬り、京都から北海道に掛けて名を轟かし、壮絶な最期を遂げた男の魂だ」
「だがそんな男も、最初はタダの悪ガキで愚連隊染みた不良剣士だった。『俺とお前は似てる』、だとさ」
レイカは鞘を握って言う。
「……お前、アイテムと会話出来るんか」
「まあでも《あの男》に見込まれたんなら、私の人生悪うないわ」
(メッチャ嬉しいわ!!まさか……まさかのトッシーやで!!超大ファンや!!)
「良かったな」
「……お前のはあの魔女と比べれば、かなりマトモな相棒だよ」
(《グラデニェッツ》は兎も角、《バーバ・ヤーガの盛装》はヤバすぎた)
「魔女……まさかお前あのマルファと会うたんか!?」
「家に直接来たんだよ」
「ミニスカポリスのコスプレして」
「ふぁーーーw」
「想像するだけでオモロいわ」
「どないなっとんねん、お前の周り」
「こんな感じだわ」
イチカはいびきをかき、地面へ大の字になって寝てるアラサーたぬきを指さす。
レイカは思わず笑いこけた。
「はっ、はっ、反則やでそれは!」
「阪神競馬場に居るオッサンやがなもう!」
「しょうがない奴だな、もう……」
「飯食って酒飲んでんだから、その体勢は危ねーって……」
イチカはハルカを抱え起こし、後ろに背負った。
そして、レイカへ言う。
「もうしょうもない悪さしたり、クズから搾取すんなよ」
「刀の中の鬼がキレるぜ?」
「やるならもっとビッグな目標目指すんだな、その鬼みたいによ」
「……せやな」
「下ばかり見ててもしゃあないわ。上見んとな」
「折角の人生や……女盛り満開、大輪咲かしたるわ」
「……!その意気だ、レイカ」
「ここで一句。『人の世のものとは見へぬ桜の花』」
「ココには桜なんぞ咲いておらんやんけ」
「鬼が詠んだ俳句だよ」
「世の中移り変わりが激しいんだ。よって、人生で華を咲かすチャンスなんてのもそう無い」
「だからやり直すなら今、って事さ」
「──」
「その解釈、嫌いじゃないで」
「オマエと逢う事が出来て、ホンマに良かったわ。所でオマエ、『Signal』はスマホに入れとるか?」
「ま、まあ、一応インストールだけ……」
「なら連絡先交換しよや」
「私ら反社はLINEや普通のメール使わんねん。暗号化アプリを使って仲間内でやり取りするのが、この業界のスタンダードなんや」
「テレグラムでもええけど、アレは魔女が覗き放題って噂があるからな。だからコレってワケや」
イチカとレイカは連絡先を交換し合う。
「何か仕事の依頼があれば言うてくれや」
「割引料金で引き受けたるわ」
「逆にこちらから仕事依頼するかも知れへんけど」
「遂にイチカちゃんも闇バイトデビュー?」
「《魔女》と関わった時点でどっぷり闇に浸かっとるから、そないな心配せんでエエで」
「……それと一つ警告しておく事があるわ」
「何だ?」
レイカはブタ肉天そばを啜りながら言う。
「《シルバー・ステイシス》のリーダーであるベルナルド、通称《黙示録》には気ぃ付けや」
「アイツは青年実業家兼やり手の探索者として、雑誌や記事にも取り上げられとる」
「だが、実態は中南米や南ヨーロッパで急速に勢力を伸ばして来とる、新興巨大カルテルの首領や。ソイツが日本、それも北海道に直属の部下達を連れて乗り込んで来とる」
「……市場開拓にでも来たのか?」
「ああ。だがソイツらが扱ってるのは麻薬やない。ダンジョンアイテムやそこで獲れる素材、そして武器やな」
「イチカ。気をつけぇや。ダンジョンアイテムほど人間を狂わすモンは無いで」
「タイではアユタヤダンジョンを巡って内戦状態に突入しとるし、オランダの巨大IT企業が魂の電子化に成功して、世界のIT市場を飲み込み始めとる。もうじきBaceBookは買収されるとちゃうんか」
「いやぁ~乱世乱世!」
「乱世じゃ無い時期なんて、人類の歴史で存在しないやろ。……話が逸れたわ」
「とにかく銀髪の美青年には気ぃつけや。敵対したらホンマ皆殺しやから」
「……分かった」
「画像も共有出来るか?」
「それがな……撮ったと思ったら消されとるんや」
「アイツの部下がダンジョンアイテムか何か使うて、スマホのデータ操作しとんのやろな」
「コワ~~……」
「私もホンマに怖いわ」
「多分隠れ家もバレとるな。もうホンマ気疲れ凄いわ」
「マルファとそのベルナルドって奴、どっちが強い?」
「個人的な感想で良いからさ」
「……今はマルファ。1~2年後はベルナルドやな」
「そら実績ならあの魔女やが、潜在能力ならアイツの方が上やで」
「《魔女》は完成され切っとるからな、ある程度実力は読める。だが、あの銀髪は何処まで伸びるか分からへん。とにかくセンスが異常や」
「ふ~ん……なら、私と比較してどうだ?」
「直観的な感想やが、色んな意味で共通点多いで」
「今私はこう思っとる。『イチカかベルナルド、どちらかがダンジョン業界の覇権を握る』と……」
「《魔女》はオマエに賭けたようやな。私もオマエに賭けたわ。全BETや」
「……嬉しいな。私をそこまで評価してくれているのか……」
「アホ。まだ勝負は始まってもおらんで」
「レースはこれからやイチカ。私らも再スタートや」
「……ああ!」
イチカは拳を突き出し、レイカの拳と合わせた。
「……それでレース場を馬と一緒に併走してるあのパンイチの男、もしかしてアレが高っちゃんか?」
「は???」
「ま、マジや……な、なにやっとんねん、高っちゃん……!」
高っちゃんはレイカに気付き、ポージングを取りながら大声で言う。
『ごめん!!レイやん!!!スマホ落とした!!!』
『このバックダブルバイセップス(※3)で許してくれ!!!』
「……しゃーないなもう、高っちゃんは……」
「こうなると思って位置情報アプリ入れておいたから、後でゆっくり探しに行こうや」
そして刀を受け取り、イチカの方を振り返りながら言う。
「当たり馬券、ありがとな」
「近いウチにメシ奢ったるわ」
「楽しみにしてるよ、レイカ」
「他の連中も一緒で良いか?」
レイカはニッと微笑み、レース場へと飛び降りて行った。
※1 基本的に顧客と関わることがない職種・業務を総称した呼び名。経理・財務、人事・労務、法務、総務、IT関連などの部門が、これに相当します。
つまり、レイカはワンオペ事務担当です。高っちゃん(剃町)には何が何だか分かっていません。
クズ共もクズが故にアテにならないので、レイカも半ば外部業者に投げたりしています。
※2 ドカ食い気絶の略。
※3 僧帽筋と締まった大臀筋、広背筋と三角筋後部とで奏でる筋肉ハーモニー。最も難易度が高いが、最もセクシー。
お読みくださりありがとうございます。「面白かった」「続きが気になる」「更新頑張れ!」「鬼ってそういう意味か!」「イチカの運と度量が凄すぎる」「レイカとのやり取りが良い」と思っていただけましたら、ブクマ・評価いただけると励みになります。よろしくお願いいたします。




