12年ぐらい遅れて来た私達の青春
英雄は我が身を顧みないからこそ、英雄なのだから
~道東・帯広市内~
~ハルカのアパート~
「……で、今日はここに泊まっていく?」
「私はイヤですよ、なんかヘンな匂いしますし」
「芳香剤とかで誤魔化しても分かりますから」
「横のノンデリ女が、人の部屋でタバコ吸ってる方が問題だと思わないのか?」
「イチカさんは良いんです♡」
「酷いダブスタを見た」
「怖いよこの女」
ハルカは女装オスガキ趙雲の同人誌を回収し、机の上に置いた。
「まぁ……取り敢えず私達は宿取ってあるから」
「今の内に積めるモノは積んでおこうか」
「で、交換しない?LINE」
「いいけど……」
「なんでそんなに前のめりなの?」
「い、いやぁ~~……女同士でLINE交換したのって、アイカと母親ぐらいだから……」
「見た目はクラスカーストブチ抜いてるのに……」
「……もしかしてコミュ力がお亡くなりに……」
「女社会でやって行けずに相当暗い学生時代を送ったのか、ノンデリ女」
「人の痛みに触れたら命のやり取りに繋がる、って『花の慶次』で真田幸村が言ってただろ」
「知らないのか?泣いちゃうぞ、イチカちゃん」
「私の痛みはええんか?泣きてぇのはこっちだよ」
「……ま、良いか。私もこういうの久しぶりだし……」
「ついでだからグループLINEも作っておこうや。ほら、そこの狂犬も参加するんだよ」
ハルカはアイカへスマホを差し出すよう、目線で促した。
「……次狂犬って呼んだら、首の動脈噛み千切りますよ」
「そういう所なんだよなぁ」
「ほらイチカの正妻さん、LINEのQRコードを見せなさいな」
「ん?……どうしたの?」
アイカは少し頬を赤らめ、その小さい唇を動かす。
「も、もう一度その……!」
「あーはいはい。イチカの正妻さん、スマホをお貸し」
アイカは明るい笑顔でスマホをハルカへ渡す。
(……なんとなく操縦方法が分かってきた……)
ハルカはグループLINEの登録を終え、スマホをアイカへ返す。
「じゃ、まずはこのご立派様達を……」
「ゴミ袋ですね☆」
「え?」
「まさか、人の家でオナニーしまくる積もりですか?」
「その積もりだけど?」
「てか、作品創るにはリビドー必要なんだよね」
「……なんかうるさそうなんですよね、貴女のオナニー」
「静かだよ!メッチャ静かだよ!」
「小川のせせらぎだよ!網走川のごとく静逸だよ!!」
イチカはタバコの煙を吐き出しながら言う。
「あのー……」
「家主の意見も聞いて欲しいんですけど……」
「私大家なんですけどー」
「我が家ではオナニーは申請制なんです!!」
「ですよね!?イチカさん!」
「初めて聞いた」
「こうやっておかしなルールが作られて行くんだなぁ いちか」
「相田みつをに謝れよお前」
ハルカは笑いながらため息を付き、トートバッグへご立派様を放り込んだ。
~深夜~
~道南・北海道虻田郡ニセコ町~
~マルファの別荘~
《少佐。私、どんな気持ちで焼かれて行ったと思います?》
《でも後悔はしていません。祖国の為にも尽くせました!私の死がキッカケで、少佐はGRU(※1)で上り詰めるコトが出来ました!今では少将なんですよね!?ロシア連邦英雄にもなれましたね!流石は私の先輩です!!》
《マフィアの大頭目にも見込まれて、次期首領とまで言われているらしいじゃないですか!!何でもデキましたからね、先輩は!!》
(違うの……!ナスターシャ!!私は、私にとってはアナタこそが……!!)
《何を言っているんですか、先輩!》
《味方の命をも生贄にして敵を焼き尽くし、敵の心胆を凍り付けにする《魔女》!》
《それが貴女じゃないですか。占領下のオデッサで、私の灰を一生懸命探してくれたじゃないですか!》
(貴女の灰は見つからなかった……でも、葬儀は私が貴女の故郷で主宰して……)
《それで終わり、ですか?先輩》
《違いますよね?私を焼くよう命令した連中が、まだのうのうとこの世で息をしています》
《ポーランドより遙か西、海を超えて大西洋を渡り、虚栄の都で腐敗した繁栄を謳歌している連中が》
(もう終わりにしましょう、ナスターシャ!)
(北海道を占領して、私の戦いとキャリアをお終いにする)
(後はゆっくりと貴女を弔いながら……)
《終わりませんよ、終われるワケがない。ウクライナで核まで使った貴女が、ここで終われるワケがありません》
《北海道を占領して、それで終わりなワケありませんよ、先輩。もう貴女は呪われている》
《東京、大阪、グアム、ハワイ、アラスカ、シアトル、カリフォルニア……そしてニューヨークです》
「もう……もうやめて!!!」
マルファは汗だくになり、ベッドから飛び起きる。
彼女はシーツの裾を掴み、窓の外を見る。
彼女の鎖骨に汗と涙が流れ込み、僅かに揺れる。
「……夢」
「いつまで私はこの悪夢に……」
そして、彼女はシーツを投げるように折り返し、全裸のまま浴室へ向かって行く。
ボタンを押し、彼女は湯を出し始める。
背中の刺青に湯が掛かり、湯気が彼女のしなやかな裸体を覆い隠していく。
(……まだ朝の4時じゃない)
(気分転換にお酒でも飲もうかしら)
彼女はシャワーを止め、タオルで身体を丁寧にくまなく拭き、バスローブを着てソファーに座った。
「やっぱり似ている……」
「性格は似ても似つかないけど、あの勇敢さと知性、そして雰囲気は紛れもなくナスターシャと重なった……(背格好まで似ているなんて、これはもしかしたら天罰なのかしら)」
彼女はスマホを取り、何処かへ電話を掛け始める。
「ヴァヴィロフ。ちょっとお酒に付き合ってくれる?」
「起きちゃったんだけど、もう眠れそうに無くて」
《分かりました。マルファ様》
《今から車を飛ばします》
「ごめんなさいね。アナタも忙しくて疲れが溜まっているでしょうに……」
《いえ、軍学校時代から私は貴女の手足にございます》
《お好きな時に動かして頂ければ良いのです》
「……ありがとう。何時も助かってるわ、ヴァヴィロフ」
「それじゃ待ってるわね」
~40分後~
別荘の前にトヨタのランクル(※2)が到着し、中から山のような巨体をした男が降りてくる。
マルファは別荘のベランダから、彼に向かって手を振る。
「……待っていたわ、ヴァヴィロフ」
「精神安定剤を飲んでも、お酒を飲んでも眠れないの」
ヴァヴィロフは敬礼し、階段を上がっていく。
「……やはり思い出してしまいましたか、彼女を」
「原因は船で会った、あの混血の日本人女性ですか」
「……流石ね、ヴァヴィロフ」
「……私は彼女の一時的な上官でもありましたので」
「非常に優秀かつ勇敢な女性だった。正にこれからの祖国を背負って立つ人材だった」
「私も貴女と同じ感想を抱いております」
ヴァヴィロフはボトルを取り、グラスへウォッカを注ぐ。
「全ては12年前のオデッサ。そこで全ての運命が変わってしまった」
「最悪の形で歯車が噛み合い、途轍もない犠牲に繋がった」
「軍学校の同期は半分にまで減りました。ここでなら口に出せます。あの戦いは本当に必要だったのか、と……」
「分からないわ……私には分からない……」
「祖国はかつての栄光を取り戻した。けど、私が失ったモノはそれに見合ったモノだったのかしら……」
「私はあの娘と過ごせればそれで良かっただけなのに……」
「……それに関して、私は答えを持っておりません」
「死者にとらわれてはいけない、と言われますが……そう簡単に割り切れる問題でもありませんので」
ヴァヴィロフはグラスを差し出し、マルファはそれに自分のグラスをぶつけて一気に呷る。
そして二人は床にグラスを投げつけて割った。
「「燃え尽きた我が戦友にして大切な部下よ、その行く末に幸あれ」」
ヴァヴィロフは木製のベンチに腰掛けて言う。
「……もう既にご存じかと思いますが、旭川のアメリカ人達を指揮している製薬会社の役員、奴はCIAの軍事工作員です」
「彼等の行動は米軍も支援しています。連中の利益に直結する何かが、あのダンジョンにはあります」
「……これを。先程入った情報です」
ヴァヴィロフは端末を差し出し、ある画像を見せる。
そこには、手足が再生していく傭兵の画像が映っていた。
「……再生技術ね」
「もうここまで進んでいたなんて……」
「恐らく……ダンジョンで得たアイテムを、技術的に複製・利用した物かと思われます」
「そして、アメリカ人達はまだダンジョンの半分も攻略していない。その意味はお分かりかと」
「……最奥に眠っている報酬は、死者の蘇生、もしくは不老長寿、そして万病を治療するアイテム、そのどれかである可能性が高いわね」
「製薬企業ならどれも絶対に欲しいし、CIAや米軍としても絶対に手に入れたい。しかし、これは《氷漬けの巫女》とも、《防衛魔人の遺伝子》とも性質が違いすぎるわ」
「……どんな対価を必要としているかも分からない。《終末機甲アポカリュプシス》や《聖少女》以上の危険性がある」
「マルファ様の予想をお聞かせ願えますか……?」
「我々は、次の目標を変えなければならない可能性が出て来ました」
「この情報は早晩モスクワにも伝わりますので」
「……使用対価は恐らく人命。というより生贄ね」
「アメリカ人らしいわ。他者を犠牲にして自らの繁栄を追い求める、その価値観に相応しいアイテムよ」
「……死者を蘇らせるのは今を生きている人間に対する侮辱だし、不老長寿は強欲の行き着く果て。それに万病は治療出来ても、精神の病は治せない。……ヴァヴィロフ」
「ハッ」
「旭川を陥とす。準備を」
「あのダンジョンは水の底に沈めて凍らせる事にしたわ」
「……非常に賢明かと」
「直ぐに準備を」
「それと《軍事演習》の日程も前倒しするよう、モスクワに伝えて」
「第二のナスターシャは絶対に出させない」
「それと私は日が昇ったら出掛けるわ。用が出来たの。イーチカと平良に会って来るわ」
「……!!」
「前者はともかく、平良は危険な男です。お考え直し下さい」
「……でももう、大丈夫な気がする」
「どんな危険な目に遭っても、イーチカが何処からか現れて私を助けてくれる。そんな気がするの……」
「それに平良は……もう私が銃を突きつけた時の彼じゃ無い。そういう気もするわ」
「……マルファ様がそう仰られるのなら……」
「いざという時はご連絡を。ヤストレブがアフリカから本国に戻ってきております」
「何か有った時は、奴をハバロフスクから向かわせます」
「ふふっ。もう一人の英雄勲章受章者だけど、私とはまるで毛色が違うわね、彼は」
「ハッ。空軍時代は相当な問題児で、何度も査問に掛けられかけていた記憶があります」
「あの性格では教官も事務方も務まらない。故に戦争が終わった後は民間軍事会社を通して、海外の戦場に投入するしかありませんでした」
「しかし、あのアイテムに適性があったとは……」
「《ケストレル》。ヴォルゴグラードの地下鉄ダンジョンで見つかった、マッハ20で飛ぶ黒鉄の隼……」
「頼もしいわね。もし来るとすれば……彼は初めてになるのかしら、日本」
「……出動の機会が無い事を祈ります」
「今の時点で米軍にケンカを売られたら堪らない」
「それならそれで、私は良いと思うわ」
「英雄は我が身を顧みないからこそ、英雄なのだから」
マルファは椅子にもたれ掛かり、朝日の方向に向かってボトルを掲げた。
※1 ロシア連邦軍参謀本部情報総局。読み方はゲーエルウー。参謀系統を通した情報の収集のほか、スパイ活動、SIGINT、偵察衛星や特殊部隊の運用も管轄しています。
マルファお姉さんとヴァヴィロフは、元スペツナズかCCO(特殊作戦軍)出身の可能性もあります。二人ともかなりのエリートです。
※2 トヨタの傑作クロスカントリー車。自動車泥棒にも大人気。
ヴァヴィロフの言葉が真ならば、作中では2026年という事になります。
なので、こちらの世界とは数年のズレがあります。
にしてもイチカはモテモテですね
マルファはイチカをモノにする為なら、核でも使いそうです。
多分一番イチカに執着してんじゃないかな、この人。感情がクソ重すぎる。
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