虚偽だらけのプロパガンダと愛車(中編)
Q.クラーケンってタコ焼きに出来たりする?
A. 出来るわ。でも私は食べたくないわね。
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=WdSBt_X_ccs&ab_channel=IgnitWacom
~朝の八戸港~
~車内~
「ガァ~~ッ……ぐがぁ~~っ……」
イチカは後部座席で横になり、荷物に囲まれながらいびきを掻いていた。
そして、スマホの目覚ましが狭い車内に鳴り散らす。
「んだよ、うるせぇなぁ、もう……」
「会社を思い出すから嫌いなんだよ、目覚ましは……」
彼女は端末を前の座席に放り投げ、欠伸をしながら目を覚ます。
だが、目を覚ました価値はあった。
「おぉ~~……!」
朝の八戸港を包む朝日は、イチカの乗る白い車を輝くように照らしていた。
彼女は車を降り、朝日に向かって背伸びをする。
「くぁ~~っ……今日は最高の1日になりそうだ……」
「さて、乗船するか!」
イチカはドアを開けて運転席に座り、エンジンを掛ける。
そしてフェリー乗り場へ向かう。
「じゃ、ゴキゲンなBGMでも掛けるか」
彼女はUSBを増設ポートに差し込み、エミネムのラップを流し始めた。
そして乗り場に到着し、列の最後尾に車をつける。
「お~……やっぱりそりゃ青函トンネルは避けるよなぁ」
「今は通行料金まで取られる上に、北海道から持ち帰った物を警官に没収されるって噂もあるからなぁ……」
「逆もまた然りだな。県境に設置された検問でのトラブルや、揉め事が絶えないらしいし。そりゃ皆こっちで行くよな……トンネルを使うのは善良な市民や観光客だけってか」
逆に言えば、ロクデナシ共や反社会勢力達はこちらのルートを好むという事だった。
イチカはタバコに日を点け、窓の外に吹き出す。
「特に私みたいなのは真っ先に揉めそうだし、こっちで正解だわ」
「工具とか満載しているから、言い訳がクソ面倒すぎるし」
そして係員の誘導に沿い、イチカはフェリーへ車を入れて行く。
「ん……?なんだあの黒塗りのSUV(ト○タマーク)の集団は……」
「ヤクザが社員旅行でもしてんのか?」
「……まぁいいか」
彼女は車を止め、船員に車の固定を頼み、上へと階段で上がっていく。
「おー!このフェリー特有の匂い!たまらないなぁ!」
彼女は階段を駆け上がり、ロビーに出る。
ロビーには豪華なソファーやシャンデリアが並び、眺めのテーブル席が窓際に並んでいた。
「すっっげぇ……」
「儲かってるなぁ……」
「メシにしようか、それとも風呂にするか……」
彼女はシャツの襟と腋を嗅いでみる。
「うぉ"あ"ッ!?」
「女どころか人間失格レベルの匂い……!」
「先ず風呂だな!」
イチカは子供のように風呂へ駆け出した。
そして、途中で乗務員のお姉さんに優しく注意された。
~展望風呂~
「おぉ~~~……最高すぎるだろ、この眺め……」
「良し!一番風呂は頂きだ!」
彼女は猛烈な勢いで髪の毛を洗い、備え付けのタオルにボディソープをつけ、腋や股関節を擦る。
「やっべぇ……真っ黒じゃん」
「愛媛の黒アワビより真っ黒じゃん」
「今のウチにキレイにしとこ」
そして彼女は身体を洗い終え、風呂に飛び込もうとする。
だが先客が既にいた。
桃色の髪に金色の瞳の人間離れした外国人の美女が、イチカの裸体をジッと見ていた。
「あっ」
「あの時の……」
「あら。おはよう」
「やっぱり貴女もこの船に乗ってたのね♡」
イチカはそっと風呂に入る。
「え~っと……マルファ、さんだっけ?」
「アンタも北海道に帰るのか?」
「ええ。本州での用事は済んだから、そろそろ会社に戻ろうかと思って」
「どうせ船旅だから、展望風呂付きのフェリーにしたのよ」
「そう言えば貴女のお名前って?」
「香坂イチカ。イチカって呼んでくれれば良いよ」
「こんな短期間で二度も会うなんて、何かの運命でもあるのかもしれないな」
「あら?運命論?」
「アメリカ人のリベラルチックな考えに染まった、今時の日本人にしては珍しいわね。でも私は好きよ、そういう考え方」
「でもイチカって呼びづらいから、イーチカで良い?」
イチカは風呂の縁にもたれかかりながら答える。
「いいよ」
「てかアンタ何人?どう見ても、おフランス人や北欧セレブみたいな感じじゃないし」
「ロ・シ・ア♡」
「わぉ。取り敢えず戦勝おめでとう、って言えば良いのか?」
「そう言えば日本政府は戦争がロシアの勝利で終わった事にビビって、経済制裁を解除したんだっけ」
「だから日本に来てるのか。つーかアンタ元軍人?」
イチカは、濡れタオルを頭の上に乗せながら言った。
「さぁ?どうかしら?」
「諜報員だったりして♡」
「コワ~~……」
「でも、アンタが優しい人ってのは分かるよ」
「……良い人かどうかは知らんけど」
「ん~~……でも、イーチカにだけは特別扱いするかも♡」
「ほら、闘犬みたいな可愛さがあるじゃない?」
犬かよ。私は。
……けどこのロシア女の前に比べれば、私は犬みたいなモノか。
昔、グレてた時に色んなヤバい悪党見たけど……パッと見た感じ、そいつらより完全に存在が上だわ。
「そう、その眼よ♡」
「きゃ~~っ♡噛みつかれちゃう!♡」
「牙が折られそうだから、今日は遠慮しておくわ……」
そして、マルファは立ち上がり、湯舟を出て行く。
彼女のスラッと引き締まった背中には、青い十字架とキリル文字が彫られていた。
(確か展望風呂って、刺青入れているヤツは入浴禁止じゃなかったか……?)
(……見なかった事にしよう、それが一番良い)
イチカは笑顔で手を振るマルファに対して、手を振り返した。
イチカは湯気を大きく吸い、吐き出した。
「ふぃ~~……中々楽しませてくれる旅だな」
「船旅にしたのはある意味正解かも……」
その時、また誰かが浴室のドアを開けて入ってくる。
茶色の髪をキレイに纏め、ササッと身体を洗うと、イチカの後ろに接近してきた。
そしてイチカの視界を手で覆い隠す。
「だ~~れだ?♡」
「え~っと……その声はアイカさん?」
「正~解!」
「流石はイチカさん!」
な?運命論を信じるしかねぇだろ?
「……青函トンネルは使わなかったのか?」
アイカはイチカの隣に座りながら、頬を膨らませて言う。
「だって警察がウルサイですし……」
「特に猟銃持ってますからね、わたし」
「それに警察官を撃ち殺したら面倒ですし。人間って膝を撃ったらワンワン鳴くんですよね。まるで犬のおまわりさんみたいに鳴くんですよ!」
んん??
なんか会話の流れが怪しいぞ?
「えーっと……アイカさん。つかぬ事をお聞きしますが……」
「……既に何人か殺していらっしゃいます??」
アイカは首を捻り、その可愛らしい唇に細長い人差し指を当てながら答える。
「え~~っと……確か101匹くらい?」
「でも、イチカさんなら警察に言わないって知ってますから!ね」
「まあ……私も前科あるし……」
「経歴隠して大学受験したり、会社の面接受けたからな。身元調査までやる企業は案外少ないんだ」
「大体高校も途中退学で、大検受けたし」
「え~~っ!?イチカさん大学行ってたんですか!?」
「てっきり、高校卒業してバンドやってたのかと……」
「今日一番の驚きですね!」
正直、私の方が驚いているよ。
しかも匹ってなんだ?まさか人間と動物の区別が付かないのか??
「……まぁバンドには誘われた事あるけど、私ピアニカも吹けないし……」
「音楽の成績は常に1か2だった気がする。10段階で、4以上に行った事は無いな」
しかし、アイカは熱っぽい眼でイチカを見つめ、彼女に密着して言う。
「イチカさんは楽器は向いてないかもですけど、良い声してるから、ボーカルに向いているかもしれませんよ?」
「私がギターで、イチカさんはボーカルです!」
で、ドラムかピアノがあのロシア女か。
演奏する度に死人が出そうだな。
「でも、それも面白そうだな」
「まぁ考えておくよ」
そう言いつつ、イチカは湯舟から上がる。
「わぁ……」
イチカの割れた腹筋と、脇腹を抉り込むかのような腹斜筋、そして広い三角筋に形の良い上腕二頭筋に、三頭筋が露わになる。
そして、それでありながら丸くて形の良い尻が、アイカのハートを光速で撃ち抜いた。
「はうっっ♡」
「イチカさん、ちょっとやって欲しい事があるんですけど……良いですか?」
「いいよ。何やって欲しいん?」
「こうやって指で銃の形作って、私に撃ちながら言って下さい」
「『セクシーサンキュー』って」
「……?まぁいいけど……」
イチカは指で銃の形を作り、アイカに向けて撃ちながら、彼女を赤い瞳で見つめて言う。
「セクシーサンキュー、アイカ」
「ひゃぅんっ♡」
アイカは鼻血を出しながら、湯舟に沈み込んだ。
~船内・テーブル席~
イチカは自販機で買った『ほやめし』と『うにめし』のパックを開ける。
香ばしい蒸気が、彼女の鼻腔をくすぐる。
「いよっ!待ってました!」
「いただきまーす!!」
彼女はほやを米と一緒に口内へかき込む。
「ホヤァァ……」
そして、更にうにめしをかき込む。
「うにゃぁ……」
ほやの甘みと、うにのとろみが口の中で混ざり合い、塩味とぷりっぷりのホヤが口のなかで踊り出す。
「う~~ん!これは酒が欲しくなるな!」
「ビールか日本酒を買いに行くか!辛口のア○ヒスーパードライでも……」
そして、彼女が立ち上がった瞬間、船全体を衝撃が襲う。
「!!」
イチカは真っ先に『ほやめし』と『うにめし』を確保し、揺れる船内でかき込みまくる。
(何が起きたか知らんが、食えるウチに食えるだけ食っておく!!)
(それがプレッパーとして生き残る秘訣だ!!)
そして、メシを食い終えたイチカの目線の先で、デカいタコの触手が蠢めき、窓に張り付く。
「ダイオウイカか?」
「にしては少しデカいような……」
普通の乗客達はパニックになっていたが、一部の乗客達は平然としていた。
ほぼ砂糖の紅茶を啜っていたマルファは、指を鳴らして部下達に指示を出した。
彼女の周りに侍っていた厳つい男達と美女達は、次々と車輌甲板内へ降りて行く。
「これは……イチカさんに私のウデを見せ付けるチャンス!?」
「本当にこの船に乗って正解だった!」
アイカも車輌甲板内へ向かい、駆けていく。
そして船長からの放送が、船内に響き渡る。
《情報を確認した所、今この船を襲っているのは、函館ダンジョンから脱走したクラーケンの可能性があります!》
《既に米軍へ救助を要請しました!!航行には問題無いので、どうか皆さん慌てず騒がず、落ち着いた行動を……》
マルファは紅茶を啜りながら、花の形をしたチョコレートをつまんで言う。
「アメリカ人の到着まで間に合うワケないじゃないの」
「それに海兵隊を呼ばれても困るのよ、こちらとしては」
「全く、軍事音痴も甚だしいわね。どれだけボケているのかしら」
マルファは車輌甲板から駆け上がってきた部下から、AK-12アサルトライフルを受け取り、コッキングレバーを引いた。
イチカは銃を構えているマルファと、その部下をデッキで発見し、声を掛ける。
「撃つのか?それ?」
マルファは笑顔で言う。
「当たり前じゃない」
「貴女も使う?」
「う~~ん……デカイ銛みたいなのは無い?」
「私にはそういうのが性にあってるんだけど」
「金なら言い値の二倍で出す」
マルファは部下の一人に合図を出し、商品を取りに行かせた。
そして、クラーケンの触手が窓を叩き割り、観光客達に絡みつく。
「撃ちなさい」
マルファとその部下は一斉にクラーケンの触手を撃ち、押し返す。
「第二波、来るわ」
「備えなさい」
クラーケンは船体に絡み付きながら這い上がり、その巨大な目玉で乗客達を睨む。
「お~~!」
「タコ焼きにしたら美味そうだな。もしかして、クラーケンってタコ焼きに出来る?」
「出来るわ」
「商品としてはアリかもしれないけど、私は食べたくないわね」
マルファは窓越しにクラーケンに向かって、アサルトライフルを連射しながら言った。
目玉に弾が当たったのか、クラーケンは動揺し、激しく暴れ出す。
船体も大きく揺れたが、マルファとその部下は全く姿勢を崩さなかった。
(絶対、工作員か特殊部隊出身者だろ……こいつら……)
(身体の軸がブレなさすぎだって)
そしてマルファの部下が戻ってきて、イチカに大型魚用の銛を手渡す。
「サンキュー!」
「これで私も戦える!」
そこにアイカがやってきて、イチカの肩を叩く。
「ん?……アイカじゃん」
「うぉっ!?でっけ……」
アイカはゴツい対戦車ライフルを、クラーケンに向かって構える。
「あのー……明らかに猟銃免許の範囲を超えている気がするんですけど……」
「イチカさん……」
「愛は免許を超える!!」
愛で免許は超えられるのかぁ~~
なるほどな、知らなかったよ。
「イチカさん!元オリンピック候補の腕前をご覧あれ!!」
轟音と共に、弾丸がクラーケンの触手の根元を撃ち抜く。
暴れていたクラーケンの触手が、一本だけ項垂れる。
「……!!触手の根元が弱点の一つってワケか!!」
「マルファ。タコの脳ミソってドコだ?」
「眼の後ろ。多分クラーケンの弱点もそこでしょうね」
「ふふっ♡やる気ね。お手並み拝見と行こうかしら」
「……ああ!!ゴールは見えた!!」
「サンキュー!!」
イチカは銛を持ったまま、クラーケンに向かって駆け出して行った。
ここまでお読み下さりありがとうございました。
「やっと風呂入ったな、良し」「ほやめし美味そう」「うにめし美味そう」「展望風呂入ってみたい」「何があっても先にメシをかき込むのは、正にプレッパーだな」「マルファお姉さんが完全にヤバイ人だった」「それ以上にアイカが無法すぎる」「モンスターが脱走してるとか、もう色々とお察し」「免許とかもうそういうハナシじゃねーだろ!!」
と、どれか1つでも思って頂けたら、ブクマ・評価・感想頂けると励みになります。