ダンジョン魔人イチカ(後編-②)
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=xBQVpUabdNY
~旭浜トーチカダンジョン・地下9F~
イチカの白目が黒くなり、幾何学模様の赤いラインが全身に走り始める。
長い黒髪は生き物のように蠢き始めた。
そして、アイカを押さえつけるモントヴァンに向かって言う。
『おい、そこのデカブツ』
『ライト級の女相手だと物足りないだろう?私ならお前の全力とやり合えるぞ』
『……ハッ!洒落た挑発は嫌いじゃねぇぜ、ハンガリー人!!』
『ラインバウト!!ヴェルナール!!コイツだけは殴らねぇと止まらねぇ!!目を見れば判る!!』
『ったく、昔の不良時代を思い出させてくれやがる!!気に入ったぜ女!!』
イチカはリュックを放り、防弾ジャケットを千切り捨て、指の骨を鳴らす。
『……良く分かったな、私がハンガリー人とのハーフだって』
『母国には東欧系の移民も多いからな!!何となくで区別が付くんだよ!!』
『最も、最近じゃ鬱陶しいイスラム教徒ばかりが増えてやがるがな!!』
モントヴァンは盾を放り、アイカをロベールに任せる。
『全員俺等のジャマするんじゃねぇぞ!!』
『これは何でもありのデスマッチだ!!』
『そしてマジのケンカだ!!なぁ、女!!』
『ああ。その積もりだ』
『そして、お前みたいなのは極めて手強い』
『そこまで分かってれば十分だぜ!!』
『ラインバウト!!ヴェルナール!!今だけは女を殴るが、問題ないか!?』
ラインバウトは剣を地面に突き刺し、ヴェルナールは銃を肩に担ぐ。
『……なるべくなら殴らずに彼女を止めて欲しいが……』
『興奮し切った『ガスコーニュの雄牛』にとって、それは無理な相談か』
モントヴァンは笑いを二人へ返しながら、甲冑の面を下げる。
『さぁ、ケンカ開始だ!!』
モントヴァンはその巨体とは思えぬ素早い身体運びで、一気にイチカの目の前まで接近する。
(──早い!!)
イチカは彼の掴み掛りを手で払い、足を取って彼を転ばそうとする。
だが、モントヴァンは巨岩のように微動だにしなかった。
『ハッハー!!生身だと転がされてたな!!』
『だが、生憎この《重戦闘甲冑メルカバ―》のお陰で、戦車がぶつかって来てもビクともしなくなったぜ!!』
『そらお返しだ!!』
モントヴァンはイチカの胴を抱え込み、彼女を投げようとする。
だが、彼女の身体は根をしっかり張った大樹の如く、ビクともしなかった。
『……!!マジかよ……!!』
『とんでもなく下半身が強ぇぜ!!この女!!』
互いが互いを投げようとし、力が拮抗する。
「ぐ…………ッ!!」
『うおぉぉぉおお!!』
その光景を見ていたヴェルナールは目を大きく見開いて、驚愕の表情を浮かべる。
『なんてレディだ……!!』
『今のモントヴァンはレオパルト戦車すら投げ飛ばすというのに……!!』
『《防衛魔人の遺伝子》をその身に宿したとは言え……元の身体能力と素質が高かったのか?』
『……貴公の言う通りだろうな、ヴェルナール。幾らアイテムが強力でも、アイテムの能力を引き出し切るには、素の能力が必要だ』
『それはアイテムのランクが高くなればなるほど、露わになる』
『《魔女》や《黙示録》を見れば、それは明らかだ。あのご婦人は彼等の居るステージへ、確実に近づいている。それが本意か不本意かは分からないが……』
アイカは笑顔になって、イチカへ向かって黄色い声援を飛ばす。
「キャ~~~っ!!♡♡♡」
「カッコ良いですよぉ~~!♡♡イチカさぁ~~ん!!♡♡」
『ちょっ、ちょっと暴れないで下さいよ……!!』
ロベールは飛び出して行きそうなアイカを、なんとか引き留める。
『そんなの私の勝手です!!』
『今、イチカさんが活躍しているんですよ!?カメラやスマホが使えたら、撮影しまくりたい気分なんですよ!?』
『この童貞騎士!!』
『どっ、童貞じゃありませんよ!!』
『ああもう、日本の女性はこんな女性ばかりなのか!?』
モントヴァンは少しだけ力を抜き、イチカを前へ誘い込む。
だが、イチカは誘いに乗らず、そのタイミングを使って彼の足から身を離し、彼の抱え込みからすり抜けた。
『やるじゃねぇか!!目が生き返って来てるぜ!!女!!』
『ならこれはどうだ!?』
モントヴァンは咄嗟にボクシングの構えを取り、前後左右にフットワークを取りながらイチカへ向けて左右のワンツーを放つ。
イチカはその風を押し潰すようなストレートを、膝を左右に抜きながら躱していく。
(打・投・極、全てにおいてとんでもなくレベルが高い……!)
(総合かMMAのプロ格闘家……しかも王者級か!!)
(マウントを取られたら脱出は難しい……!!)
『読めるぜ!!女!!』
『マウントは取られたくねぇってか!!』
モントヴァンはそのまま流れる様に、イチカの腰へタックルを仕掛ける。
(──しまった!)
イチカはバランスを崩し、仰向けに倒される。
モントヴァンはすぐさまマウントポジションを取り、嵐のようなパウンドを仕掛ける。
『オラ!!!早く降参するか気絶しろ!!女!!』
イチカは殴られながらも、その合間を縫うかように呟く。
《深川流柔術、『竹取』》
イチカは素早くモントヴァンの両側頭部を掴み、その巨体ごと捩じり返した。
『──なにっ!?』
そして、マウントポジションが逆転し、イチカがモントヴァンを上から跨って押さえつける形になる。
『女に乗られるのは始めてか?猛牛』
『……残念ながら二度目だ、畜生!!』
『まさかあの女ぐらい強い女が居るとは思わなかったぜ……!!』
アイカが猛烈な抗議の言葉を、モントヴァンへ向かって叫び始める。
『ちょっ、ちょっ、それは私がベッドの上でやられたかったのに!!!』
『ふざけんじゃないですよ~~~!!このデカブツぅ~~~!!!』
ロベールはアイカを抑え込む事に疲れ始めていた。
(な、なんなんだこの女性……)
(もう勘弁して欲しい……)
モントヴァンはイチカを跳ね除けようと、腰や膝を使って藻掻く。
『なっ!?なんだこれは!!』
『起き上がりの力点がズラされちまう!!どんな魔法を使いやがった女!!』
その光景を見ていた平良が呟く。
「古流柔術か……!!」
「まさか実戦で見られるとは……!!」
「しかし、なんという格闘センス……!!」
『これがジュージュツだと!?どんだけパワーの差があると思ってんだ!!』
『こんなの聞いた事もねぇぞ!!』
『東洋の神秘ってヤツなのか!?』
イチカはモントヴァンへ言う。
『……本来の柔術は戦場の中で生き残り、発展して来たんだ』
『そしてそれは、相手が鎧を纏って殺しに来る事が前提だったんだ』
『だから対鎧用の技も沢山ある。今回は、それを対甲冑に応用しただけだ』
『……そういう事か!』
『通りで、ブラジリアン柔術とかとは趣が違うワケだ!』
『……降参だ!俺を殺すなり、あの女を連れて行くなり好きにしやがれ!』
イチカは少しだけ笑みを浮かべる。
『ふっ。私は人間嫌いだが、お前は嫌いじゃない』
『お前は武器を捨てて、本音を出しながら正面から私に向かって来てくれた』
『賞品として、アイカを貰って行くぞ』
『……変わった女だな』
『ああ、賞品はテメェが貰っていけ。後は追わねぇ』
『……気持ちの良い男だな。せいぜい生き残れよ』
『テメェに言われなくても、あのクソ興行主に一撃くれてやるまでは生き抜いてやるよ』
『久々に楽しかった。また闘ろうぜ』
イチカは立ち上がってモントヴァンから離れ、ロベールとアイカの元へ向かって歩いて行く。
『というワケだ、アイカを放してくれ』
『……っ!しかし……!』
『あのデカいのが勝てなかったのに、アイツより弱いお前が勝てるの思うのか?』
『もし戦う気なら、容赦はしない』
『~~~っ……!!』
ロベールは膝こそ震えていたが、目線だけはイチカから反らさなかった。
ラインバウトはロベールに言う。
『ロベール。捕虜を解放しろ』
『……あの《防衛魔人の遺伝子》はこのご婦人へ託しても問題は無いと、私は判断した』
『聖少女様と教皇様には私から弁明しておく』
ロベールは拘束を解き、アイカを手放す。
アイカは放たれた矢のように、変わり果てたイチカへ飛びついた。
『良いのか?ラインバウト……』
『……ある意味ではこれは賭けだ』
『私は彼女の良心に全てを賭けた。それに、世界情勢が今のままでは行き詰るのも事実』
『それに、《魔女》へ対抗する為のカードは一枚でも増やしておきたい』
『……そうか』
『なら、改めて交渉するか』
ヴェルナールは口元を緩め、イチカに向かってカードを投げる。
イチカは振り向きもせず、二本の指でカードを挟むように受け止める。
『ダンジョンで見つけたアイテムを売りたければ、そこに連絡しろ』
『『ヴェルナールからの紹介』と言えば、後は向こうから場所を自動的にセッティングしてくれる』
『良いのか……?交換条件だったハズだが』
『……俺達はお前に未来を賭けた』
『後はせいぜい教皇に怒られてくるさ』
『……やっぱり超イケメンだな、アンタ』
『日本の女であまり遊ぶなよ、サクッと刺されるぞ』
『それを言うのは10年早いな、レディ』
『10年経って行く所が無くなれば、俺の家に来い』
『カードの裏に滞在先と連絡先の一覧が書いてある。何かあったら気軽に連絡してくれ』
アイカはイチカの持っているカードを覗き込み、裏書きを発見する。
「あーっ!?いつの間に!?」
「いや、これは常習犯ですよ、イチカさん!!」
「絶対何人も女泣かせてますって!!うるるる……!」
「何言ってんだよ、アイカ」
「私如き小娘を、あの人が本気で相手してくれるワケないだろ」
『で、そこの白い騎士。何故私に特級アイテムとやらを託すんだ』
『……痛みと弱さを知っているからだ』
『後は何処となく、亡くなった姉に似ている部分があるからか』
『……案外直感的な理由かもしれないが、それだけで十分だった』
イチカはカードをポケットに仕舞い、リュックを拾って言う。
『……そうか』
『アンタ家族は?』
『姪が一人。今はミュンヘン大学の神学部に通っている』
『……偶には姪とあってやれよ』
『死んでからだと会えないぞ』
『……善処しよう、ご婦人』
そして、彼女は平良の前へ立ち、いきなり彼を抱え上げて《妖刀悪鬼村雨》をアイカに渡した。
「取り敢えずダンジョンから連れ出してやる」
「お説教はそれからだ、鬼自衛官」
「……俺はどうなっても良いのでは無かったのか……?」
「お前は別に死んでも良いと個人的に思うけど、もし奥さんと子供居たらそっちが可哀想だろ」
「と、言う事だ。地上に戻るぞ」
「……ッ」
そして、三人はダンジョンの暗闇に姿を晦まして行った。
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