表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/116

ダンジョン魔人イチカ(後編-①)


観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=tFIf3MjJYX8


~旭浜トーチカダンジョン・地下9F~


『恨むなよ!!恨み言なら天国で聞いてやる!!』


モントヴァンは闇に煌めくアイカの銃口を目ざとく捉え、盾を構えて突進しながら、ランスで突き抜こうとする。

だが、アイカは後ろ宙返りで身を翻し、なんとランスの上につま先立ちに着地し、モントヴァンの頭部へライフルの銃口を後ろ向きに突き付ける。


『さようなら重騎士さん』

『天国に行けるといいですね』


モントヴァンは彼女の常人離れした身軽さと運動神経だけでなく、その言葉にも驚く。


(──!!この女、何故フランス語を!?)

(畜生、俺達の会話は筒抜けだ!!)


モントヴァンは咄嗟に銃身を手で払い、銃撃を躱す。


「──!!重そうな甲冑を着ているのに、なんて早い対応!!」

「確実にオリンピック級か、それ以上(・・・・)……!!」


アイカは素早く跳んで距離を取り、ライフルを構えながらモントヴァンの心臓を狙う。


『ライト級の、それも女相手に試合をしたコトはねぇが……』

『これは殺し合いかつケンカだ!!一切容赦する気はねェ!!』


モントヴァンはなんと、ランスをアイカへ向かって投げつけた。

アイカは華麗なステップでランスを躱し、引き金を弾く。


『おっとぉ!!狙いがバレバレだぜ!!』


モントヴァンは盾の分厚い部分で、咄嗟にライフル弾を受け止める。


『幾ら素早かろうが、もうこの距離なら逃しはしねェぞ!!』

『うおぉぉぉぉ!!』


モントヴァンは盾でアイカを押し潰そうとする。


(……!避けないと……)


その時、アイカの足元へ二発の銃撃が正確に加えられる。

アイカはバランスを崩し、横向きに転んでしまう。


闇の(・・)お嬢さん。お転婆なマネはここまでだ』

『大人しくして貰おう』


モントヴァンは盾でアイカを軽く(・・)押さえつけに掛かる。

だが、スーパーヘビー級はありそうな彼の体重、そして盾と《重戦闘甲冑メルカバー》の重さで、アイカの華奢な骨格はたちまち悲鳴を上げて行く。


「ぁぐぅぅっ……!」


アイカは胸と肺を圧迫され、息が出来なくなる。

ロベールがモントヴァンの所まで素早く駆け寄り、アイカの手足へ拘束具を嵌めて行く。


『細いのになんて力だ……!!』

『まるでバネそのもの……!!』


ロベールは藻掻くアイカに四苦八苦しながらも、拘束具を着け終わる。

モントヴァンは自分を睨むアイカに言う。


『そう睨むなよ。俺がマウントを決めてしまえば、例え国一番の力持ちでも逃れられねえ』

『総合やMMAじゃここからパウンド打つんだが、生憎ここはリングの上じゃねぇし、何より女を殴るのはラインバウトとヴェルナールが許さねぇんだ、アイツらに感謝しろよ』


アイカは甲冑の面を上げたモントヴァンの顔を見て、驚く。


『……!!お前は……!!』


『……良く知っているな、そんな細っこいクセに格闘技が好きなのか?』

『そうだ。UFC(※1)ヘビー級チャンピオンのロルフ・モントヴァンだよ、俺は』

『まあ()だが。地下試合での賭博絡みで、UFCを追放されたからな。折角常勝だったのによ』


平良一尉は押さえつけられ、拘束されたアイカを見て驚く。


「何故……この階層に日本の民間人が……!?」

「しかも()から……だと……!?」


ラインバウトは平良へ剣の切っ先を向ける。

そして日本語で、彼に向かって言う。


「サムライよ。あのご婦人を連れて帰れ」

「貴殿等自衛隊は何の為(・・・)にある」


「……ッ!分かったような口を……!」

(しかし……仮にも日本国民である彼女を放置して、自衛官の俺は戦い続けられるのか……!?)


しかし、状況と時間が彼の行動の選択肢を、少しずつ狭めて行く。


(……ッ!やはり、敗者に選択肢など無い……!)

(《魔女》相手以外に、またこの現実を突き付けられるとは……!!)

(このままでは、この国は……俺達は……!!)


その時、アイカが涙を浮かべ、暗闇に向かっていきなり叫ぶ。


「イチカさん!!その足音はイチカさんですよね!?」

「ごめんなさい……私……私……酷いコトを……!」


全員が通路の暗闇へと目線を向ける。

長身で黒髪赤目の女が、虚ろな瞳でその場の全員を眺めて来た。


「……アイカ。一体どういう事だ、これは」

「なんで押さえつけられているんだ」


ロベールは慌てて、たどたどしい日本語で彼女に向かって言う。


「コノ女性ガ襲ッテ来タノデ、ワタシタチハ抗戦シマシタ」

「傷ハツケテイマセン、シカシ拘束ハシマシタ」


「……先に手を出したのはアイカか」

「済まなかった。でももう解放してくれ。金なら幾らでも払う」

「私はアイカと一緒に家へ帰りたいんだ」


モントヴァンはイチカの立ち方や歩き方、姿勢を見て、彼女が格闘技経験者である事へ即座に気が付いた。


(あの女……相当やる(・・)な……柔術系か?)

(場数も踏んでやがる。敵に回したら面倒そうだぜ)


ヴェルナールがイチカに向かって言う。


『……レディ。英語は分かるか?』


『……多少。なんだ?解放交渉してくれるのか?』

『アンタ、クリント・イーストウッドに似てるな。交渉役ってよりはガンマン役だろ』

『……まぁいいや。アイカは幾らで解放してくれる?』


ヴェルナールは首を横に振る。


『カネじゃない。貴女が()で取って来た報酬(・・)が欲しい』

『持っているだろう』


『……ああ。持っている。それが?』


『それと引き換えに、あのレディの身を解放しよう』

『ついでにあそこの自衛官も上に連れて行って欲しい。彼は瀕死の状態だ』

『どうだ?悪くない提案だと思うが』


イチカは、血塗れで息も絶え絶えの平良を一瞥(いちべつ)する。

だが、彼女は冷たく言い放つ。


『……アイツらは外国人を勝手に処刑して回っている』

『助ける理由なんてない。どこかで勝手に死ねば良い』


『……案外冷酷だな、レディ』

『同じ日本人として、情は湧かないのか?』


イチカはヴェルナールの言葉を聞き、(あざけ)るような笑みを浮かべる。


同じ(・・)日本人?笑わせないでくれよ』

『99%の日本人……いや、人間を私は嫌いなんだよ』

『あんな奴等、今にでも死んでしまえば良い。私が好きな人間は、いつも人間社会に苦しめられる』


『……では、俺を嫌いになったか?』

『俺は貴女の事が人間として好きになってきたが』

『……話を戻そう。報酬(・・)をこちらに渡してくれ。それは《防衛魔人の遺伝子》という、非常に危険な特級アイテムだ。俺達は聖少女の託宣を受け、教皇の依頼でそれを封印しに来た』


イチカはリュックから青い液体に満ちた容器を取り出す。

ヴェルナールは笑顔を浮かべ、言葉を続ける。


『そうだ。それを俺達に譲って(・・・)欲しい』

『彼女を解放するだけじゃない。それ相応のカネも払おう』

『教皇様との交渉次第だが、カネは幾らでも用意する。アイテム買取りのルートもそちらへ向けて共有する。どうだ?』


イチカはヴェルナールへ内気な、それで優し気で虚ろな笑顔を向ける。


『……そうやって、何人の女を口説き落してきたんだ?』

『アンタ、超イケメンだものな。そこら辺のキャリアウーマンなら一瞬で口説けるだろうよ』

『……でもダメだ。これはアイカと協同して得た、かけがえのない記念品だ。他人には渡せない』


『レディ。君は思ったより感傷的だな。だが、甘やかしてはいけない類の女性なようだ』

『……アイテムを渡してくれなければ、彼女は永遠に解放されない』

『見た所、君の仲間は闇の世界の住人で、罪を重ねて来ている。出す所へ出せば、彼女は永遠に牢獄から出られないだろう』


イチカの口元が僅かに痙攣する。


『私を脅しているのか、傭兵(・・)

『いや、騎士か?それが神に仕える人間のやる事か??』


ヴェルナールは目を僅かに見開き、ラインバウトへアイコンタクトを送る。


(……俺の正体にもう気付き始めたか……!)

(マズい、彼女は頭が良すぎる……!)

(ラインバウト……!このままだと……!)


だが、ラインバウトは彼へ視線を送り返す。


ダメだ(ナイン)

(婦人へ手は決して出さない。そして、出させない)

(これは私の……そして、貴殿と決めた誓いでもあるだろう。……頼む、ヴェルナール)


(……もう、猶予が無い……!)

(彼女は完全に心を決めている……!)

(あのレベルを無傷で捕らえるのは至難の業だ……!!)


(それでも、だ)

(彼女の心に賭けよう)

(もし最悪の結果になっても……私の騎士道に悔いは無い)


彼等がイチカと対峙していると、瀕死の平良がイチカに向かって叫ぶ。


ハーフ(・・・)の女!!それを飲め(・・)!!」

「完全な外国人共の手にソレが渡るくらいなら、ハーフのお前が飲んでしまった方がマシだ!!」

「最初からその積りだろうが、俺達の事は放っておけ!!俺達はもう戦いの為に生きて、戦いの為に死ぬしかないんだからな!!だが、お前は違うぞ女!!お前は新しい日本を……いや、世界を創れる!!」


アイカも叫ぶ。


「イチカさん!!」

「私の全てはイチカさんに委ねています!!そのアイテムなんか無くたって、イチカさんとの思い出はなくなりません!!!」


モントヴァンが二人に向かって怒鳴る。


『テメェら!!何言ってるか分からねぇが、なんとなく意味は分かるぞ!!』

アレ(・・)は今の世界をブッ壊しちまうようなシロモノなんだよ!!』

『封印しねぇと今までの世界がブッ壊れちまうんだ!!』


ロベールは拳を握りながら、英語で叫ぶ。


『ダメです!!それを飲んでは!!』

『貴女が人間でなくなってしまう!!』


(世界が壊れる……?人間で無くなる……?)

(上等だ。今まで私を人間扱いしてくれたのだって、僅かな人間達だったんだ)

(過去も経歴も捨てた。今更人間でなくなったって、世界が壊れたって困りはしない)


イチカは容器の蓋を力ずくでこじ開け、青い液体を一気に(あお)った。



※1 UFC: Ultimate Fighting Championship(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称:UFC)は、アメリカ合衆国の総合格闘技団体。世界最高峰の総合格闘技団体とされている。


お読みくださりありがとうございます。「面白かった」「続きが気になる」「更新頑張れ!」と思っていただけましたら、ブクマ・評価いただけると励みになります。よろしくお願いいたします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ