ダンジョン魔人イチカ(後編-①)
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=tFIf3MjJYX8
~旭浜トーチカダンジョン・地下9F~
『恨むなよ!!恨み言なら天国で聞いてやる!!』
モントヴァンは闇に煌めくアイカの銃口を目ざとく捉え、盾を構えて突進しながら、ランスで突き抜こうとする。
だが、アイカは後ろ宙返りで身を翻し、なんとランスの上につま先立ちに着地し、モントヴァンの頭部へライフルの銃口を後ろ向きに突き付ける。
『さようなら重騎士さん』
『天国に行けるといいですね』
モントヴァンは彼女の常人離れした身軽さと運動神経だけでなく、その言葉にも驚く。
(──!!この女、何故フランス語を!?)
(畜生、俺達の会話は筒抜けだ!!)
モントヴァンは咄嗟に銃身を手で払い、銃撃を躱す。
「──!!重そうな甲冑を着ているのに、なんて早い対応!!」
「確実にオリンピック級か、それ以上……!!」
アイカは素早く跳んで距離を取り、ライフルを構えながらモントヴァンの心臓を狙う。
『ライト級の、それも女相手に試合をしたコトはねぇが……』
『これは殺し合いかつケンカだ!!一切容赦する気はねェ!!』
モントヴァンはなんと、ランスをアイカへ向かって投げつけた。
アイカは華麗なステップでランスを躱し、引き金を弾く。
『おっとぉ!!狙いがバレバレだぜ!!』
モントヴァンは盾の分厚い部分で、咄嗟にライフル弾を受け止める。
『幾ら素早かろうが、もうこの距離なら逃しはしねェぞ!!』
『うおぉぉぉぉ!!』
モントヴァンは盾でアイカを押し潰そうとする。
(……!避けないと……)
その時、アイカの足元へ二発の銃撃が正確に加えられる。
アイカはバランスを崩し、横向きに転んでしまう。
『闇のお嬢さん。お転婆なマネはここまでだ』
『大人しくして貰おう』
モントヴァンは盾でアイカを軽く押さえつけに掛かる。
だが、スーパーヘビー級はありそうな彼の体重、そして盾と《重戦闘甲冑メルカバー》の重さで、アイカの華奢な骨格はたちまち悲鳴を上げて行く。
「ぁぐぅぅっ……!」
アイカは胸と肺を圧迫され、息が出来なくなる。
ロベールがモントヴァンの所まで素早く駆け寄り、アイカの手足へ拘束具を嵌めて行く。
『細いのになんて力だ……!!』
『まるでバネそのもの……!!』
ロベールは藻掻くアイカに四苦八苦しながらも、拘束具を着け終わる。
モントヴァンは自分を睨むアイカに言う。
『そう睨むなよ。俺がマウントを決めてしまえば、例え国一番の力持ちでも逃れられねえ』
『総合やMMAじゃここからパウンド打つんだが、生憎ここはリングの上じゃねぇし、何より女を殴るのはラインバウトとヴェルナールが許さねぇんだ、アイツらに感謝しろよ』
アイカは甲冑の面を上げたモントヴァンの顔を見て、驚く。
『……!!お前は……!!』
『……良く知っているな、そんな細っこいクセに格闘技が好きなのか?』
『そうだ。UFC(※1)ヘビー級チャンピオンのロルフ・モントヴァンだよ、俺は』
『まあ元だが。地下試合での賭博絡みで、UFCを追放されたからな。折角常勝だったのによ』
平良一尉は押さえつけられ、拘束されたアイカを見て驚く。
「何故……この階層に日本の民間人が……!?」
「しかも下から……だと……!?」
ラインバウトは平良へ剣の切っ先を向ける。
そして日本語で、彼に向かって言う。
「サムライよ。あのご婦人を連れて帰れ」
「貴殿等自衛隊は何の為にある」
「……ッ!分かったような口を……!」
(しかし……仮にも日本国民である彼女を放置して、自衛官の俺は戦い続けられるのか……!?)
しかし、状況と時間が彼の行動の選択肢を、少しずつ狭めて行く。
(……ッ!やはり、敗者に選択肢など無い……!)
(《魔女》相手以外に、またこの現実を突き付けられるとは……!!)
(このままでは、この国は……俺達は……!!)
その時、アイカが涙を浮かべ、暗闇に向かっていきなり叫ぶ。
「イチカさん!!その足音はイチカさんですよね!?」
「ごめんなさい……私……私……酷いコトを……!」
全員が通路の暗闇へと目線を向ける。
長身で黒髪赤目の女が、虚ろな瞳でその場の全員を眺めて来た。
「……アイカ。一体どういう事だ、これは」
「なんで押さえつけられているんだ」
ロベールは慌てて、たどたどしい日本語で彼女に向かって言う。
「コノ女性ガ襲ッテ来タノデ、ワタシタチハ抗戦シマシタ」
「傷ハツケテイマセン、シカシ拘束ハシマシタ」
「……先に手を出したのはアイカか」
「済まなかった。でももう解放してくれ。金なら幾らでも払う」
「私はアイカと一緒に家へ帰りたいんだ」
モントヴァンはイチカの立ち方や歩き方、姿勢を見て、彼女が格闘技経験者である事へ即座に気が付いた。
(あの女……相当やるな……柔術系か?)
(場数も踏んでやがる。敵に回したら面倒そうだぜ)
ヴェルナールがイチカに向かって言う。
『……レディ。英語は分かるか?』
『……多少。なんだ?解放交渉してくれるのか?』
『アンタ、クリント・イーストウッドに似てるな。交渉役ってよりはガンマン役だろ』
『……まぁいいや。アイカは幾らで解放してくれる?』
ヴェルナールは首を横に振る。
『カネじゃない。貴女が下で取って来た報酬が欲しい』
『持っているだろう』
『……ああ。持っている。それが?』
『それと引き換えに、あのレディの身を解放しよう』
『ついでにあそこの自衛官も上に連れて行って欲しい。彼は瀕死の状態だ』
『どうだ?悪くない提案だと思うが』
イチカは、血塗れで息も絶え絶えの平良を一瞥する。
だが、彼女は冷たく言い放つ。
『……アイツらは外国人を勝手に処刑して回っている』
『助ける理由なんてない。どこかで勝手に死ねば良い』
『……案外冷酷だな、レディ』
『同じ日本人として、情は湧かないのか?』
イチカはヴェルナールの言葉を聞き、嘲るような笑みを浮かべる。
『同じ日本人?笑わせないでくれよ』
『99%の日本人……いや、人間を私は嫌いなんだよ』
『あんな奴等、今にでも死んでしまえば良い。私が好きな人間は、いつも人間社会に苦しめられる』
『……では、俺を嫌いになったか?』
『俺は貴女の事が人間として好きになってきたが』
『……話を戻そう。報酬をこちらに渡してくれ。それは《防衛魔人の遺伝子》という、非常に危険な特級アイテムだ。俺達は聖少女の託宣を受け、教皇の依頼でそれを封印しに来た』
イチカはリュックから青い液体に満ちた容器を取り出す。
ヴェルナールは笑顔を浮かべ、言葉を続ける。
『そうだ。それを俺達に譲って欲しい』
『彼女を解放するだけじゃない。それ相応のカネも払おう』
『教皇様との交渉次第だが、カネは幾らでも用意する。アイテム買取りのルートもそちらへ向けて共有する。どうだ?』
イチカはヴェルナールへ内気な、それで優し気で虚ろな笑顔を向ける。
『……そうやって、何人の女を口説き落してきたんだ?』
『アンタ、超イケメンだものな。そこら辺のキャリアウーマンなら一瞬で口説けるだろうよ』
『……でもダメだ。これはアイカと協同して得た、かけがえのない記念品だ。他人には渡せない』
『レディ。君は思ったより感傷的だな。だが、甘やかしてはいけない類の女性なようだ』
『……アイテムを渡してくれなければ、彼女は永遠に解放されない』
『見た所、君の仲間は闇の世界の住人で、罪を重ねて来ている。出す所へ出せば、彼女は永遠に牢獄から出られないだろう』
イチカの口元が僅かに痙攣する。
『私を脅しているのか、傭兵』
『いや、騎士か?それが神に仕える人間のやる事か??』
ヴェルナールは目を僅かに見開き、ラインバウトへアイコンタクトを送る。
(……俺の正体にもう気付き始めたか……!)
(マズい、彼女は頭が良すぎる……!)
(ラインバウト……!このままだと……!)
だが、ラインバウトは彼へ視線を送り返す。
(ダメだ)
(婦人へ手は決して出さない。そして、出させない)
(これは私の……そして、貴殿と決めた誓いでもあるだろう。……頼む、ヴェルナール)
(……もう、猶予が無い……!)
(彼女は完全に心を決めている……!)
(あのレベルを無傷で捕らえるのは至難の業だ……!!)
(それでも、だ)
(彼女の心に賭けよう)
(もし最悪の結果になっても……私の騎士道に悔いは無い)
彼等がイチカと対峙していると、瀕死の平良がイチカに向かって叫ぶ。
「ハーフの女!!それを飲め!!」
「完全な外国人共の手にソレが渡るくらいなら、ハーフのお前が飲んでしまった方がマシだ!!」
「最初からその積りだろうが、俺達の事は放っておけ!!俺達はもう戦いの為に生きて、戦いの為に死ぬしかないんだからな!!だが、お前は違うぞ女!!お前は新しい日本を……いや、世界を創れる!!」
アイカも叫ぶ。
「イチカさん!!」
「私の全てはイチカさんに委ねています!!そのアイテムなんか無くたって、イチカさんとの思い出はなくなりません!!!」
モントヴァンが二人に向かって怒鳴る。
『テメェら!!何言ってるか分からねぇが、なんとなく意味は分かるぞ!!』
『アレは今の世界をブッ壊しちまうようなシロモノなんだよ!!』
『封印しねぇと今までの世界がブッ壊れちまうんだ!!』
ロベールは拳を握りながら、英語で叫ぶ。
『ダメです!!それを飲んでは!!』
『貴女が人間でなくなってしまう!!』
(世界が壊れる……?人間で無くなる……?)
(上等だ。今まで私を人間扱いしてくれたのだって、僅かな人間達だったんだ)
(過去も経歴も捨てた。今更人間でなくなったって、世界が壊れたって困りはしない)
イチカは容器の蓋を力ずくでこじ開け、青い液体を一気に呷った。
※1 UFC: Ultimate Fighting Championship(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ、略称:UFC)は、アメリカ合衆国の総合格闘技団体。世界最高峰の総合格闘技団体とされている。
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