ダンジョン魔人イチカ(中編)
観賞用BGM:https://www.youtube.com/watch?v=pa68fhuSifA
~旭浜トーチカダンジョン・地下10F・階段~
「まさかこんな上手く行くとはな~」
「この容器、売ったら幾らくらいになるんだろ」
「もしかして……億単位だったりして!」
「でもまずは祝勝会ですからね!」
「買取り先を探すのは、その後でも遅くありません!」
「……ああ!」
「思ったより上手く行ってるな、ダンジョン利用……」
「この調子で行けば、いつの日かホームセンターの会社ごと買えるかもな!」
本来の目的を完全に忘れたイチカとアイカは、珍しくきゃいきゃいとはしゃぎながら、階段を上がって行く。
だが突如、アイカは足を止める。
「……上から銃声がしました」
「でも、自衛隊の銃ではありません……!別のグループです!」
「……まさか、自衛隊と他の探索者達がバトってやがんのか……!?」
「しかし、軍隊と正面からやり合うなんて、そいつらもマトモじゃないな……」
イチカの言葉に、アイカが階段の先の闇を見て言う。
「イチカさん……もしかしたらダンジョンに眠ってるアイテムは、私達の想像を遥かに超えるような影響を、現代の社会に及ぼすかもしれません」
「いえ、もう既に及ぼし始めているかも……」
「……怖い事言うなよ……と、言いたい所だが……」
「自衛隊があそこまで本気になっているし、裏ではマルファみたいな正体不明の怪物達が動き始めているし……」
「多分半年後の日本は、私達が知るような『現代日本』ではなくなるな……」
突如、アイカがイチカの方を振り返って言う。
「イチカさんは、ダンジョンが現れる前の世界が好きですか?」
「……私は正直好きじゃありませんでした。私という存在は、既存社会の枠から大きくはみ出してしまった……」
「でも……ダンジョンが現れてからは、イチカさんというかけがえのない存在と巡り会い、優しく受け入れて貰って、楽しい人生を送らせて貰っています♡」
「イチカさんはダンジョンが現れる前の世界が好きでしたか?」
「いえ、無理には答えてくれなくても良いんですけれど……」
「嫌いだったよ」
イチカは即答した。
その答えに、アイカは思わず身を震わせた。
「何度自分の命を自分で断とうとしたか分からない」
「でも、まだ死ねないからまだ生きているんだ……」
そう言いながら、イチカはリボンを付けた大人しそうな少女の画像を、アイカに見せる。
「わぁ……!かわいい……!♡」
「この娘……イチカさんに良く似てますけど、もしかして……」
「そう、私だよ。中学1年生くらいで、入学式の時だったかな……」
「父が撮って送ってくれたのをまだ持ってる」
「で、これが1年後の私だ」
イチカは画像をスワイプする。
そこには髪が伸び切り、虚ろな眼とやつれた表情を向ける少女が居た。
「私はたった4カ月でイジメを受け始め、10カ月経つ頃にはすっかり不登校になっていたんだ」
「何を言ったのがマズかったのか……私の存在自体が気に入らなかったのか……今でも良く分からないけど、私の存在は名門校のお嬢様達のプライドを甚く刺激したらしい」
「多分だけど、私は何でも出来過ぎた。けど、塾にも行かなかったし、特に習い事もしてなかった。どんな謙虚な態度を取っていた所で、学校での人権自体を無視されるのは時間の問題だった」
「イチカさん……」
「教師達も見て見ぬふりさ。イジメの主犯達の親は、学校へかなりの寄付をしていたからな」
「父の抗議もなしのつぶてだ。私がコミュニケーションを苦手だったのをいい事に、随分好き放題されたよ」
「結局転校した。でも、もう私は人前へと出れなくなってたんだ……」
イチカは足を止める。
「正直……今でも人前に出るのは怖いんだ。信じられないだろう?」
「……実は虚勢を張っていないと、私はロクに人と眼を合わせる事も出来ない」
「だから、私は逃げたのかもしれない。色々なモノから逃げる口実として、プレッパーを選んでるだけなのかもしれない……でも、新しい土地に来れば、世界が変われば、堂々と生きて行ける……そんな気がしただけなんだ……」
イチカは今までは違う大人しそうな、それでいて内気で優しそうな表情をアイカに見せる。
「……こんな私に幻滅したか?アイカ」
「いつでも私を切ってくれて良いぞ、お前の才能はこんな女の為に使われるべきじゃない」
「ははは……あの時マルファの誘いに乗って、悪魔になり切れば良かったのかもしれないな……」
その時、乾いた音が階段に響き渡った。
「アイカ……」
アイカは泣きながら、その華奢な手でイチカの頬をもう一度はたく。
「ウソでもそんな事は言わないで下さい!!二度と!!」
「周りや社会がどんなに貴女を否定しても、貴女だけは私の好きな『香坂イチカ』を否定しないで下さい!!」
「だから二度と……悪魔になり切れば良かった、なんて言わないで!!!」
アイカはイチカを振り切り、泣きながら階段を駆け上がって行く。
「アイカ……ごめん……」
「私はどうして……いつもこんなに不器用なんだろうか……」
イチカは重くなった足で、階段を上がってアイカを追い掛けて行く。
~旭浜トーチカダンジョン・地下9F~
鋭い剣戟の音が、空洞内にひたすら木霊する。
平良一尉は既に致命傷を身体の色んな場所に負っていたが、ラインバウトには傷一つ付いて居なかった。
平良も達人かつ、戦場での実戦経験を積み上げてはいたが、目の前の現代聖騎士は完全に格が違っていた。
『……惜しい。だが急ぎ過ぎた……』
『剣そのものとなるには、時間が足りなかったな』
『トドメだ、サムライ。その壮烈なる魂よ、永遠に……』
その時、ラインバウトに向かって通路の奥から複数の発光と共に、銃撃が放たれる。
『──!!』
彼は素早く身を翻し、《至聖剣デュランダル》を一閃する。
青い閃光が、自衛隊員達を武器ごとバラバラにしていく。
「──ッ!!お前達、だから追い掛けて来るなと言ったのに……!!」
「このバカ野郎共が……!!」
平良は膝を付き、妖刀を地面に刺しながら尚も立ち上がろうとする。
彼は吐血しながらも、ラインバウト達を見据え、猛烈な殺気を放ち続ける。
「神も仏も居ないダンジョンで……俺は神の使い走り共に殺されるってワケか……」
「ガボッ……!ダメだ、視界が霞む……!《百薬》による負荷と戦闘でのダメージが、身体の限界を完全に超えている……!」
「だが俺は死ねない……!!あの《魔女》とアメリカ人共、そしてお前等を殺すまでは……!!」
その光景にロベールは震撼する。
『何がここまで……彼を……!』
『最早意地と執念だな……』
『もう気持ちだけで動いてるんだよ、アイツは……』
その時、モントヴァンの頬を銃弾が掠める。
彼は甲冑の面を即座に降ろし、盾とランスを構えた。
『新手の狙撃だ!!射線と方向からして相手は自衛隊員じゃない!!』
『しかもかなりの腕だ!!お前は伏せてろ、ロベール!!』
『ヴェルナール!!援護を!!俺が新手と闘る!!』
アイカはライフルのコッキングレバーを引きながら、鼻歌を歌い、闇に紛れながらモントヴァンへ引き金を弾く。
モントヴァンは咄嗟に盾を自分の眼前に構えた。
銃弾は盾を抉り取り、モントヴァンの頭部を掠めた。
『──!!』
『なんて手練れだ……!!人を撃つ事に慣れ過ぎてやがる……!!』
『しかも、この狙い方は軍人や警官じゃねぇ……!!』
ヴェルナールが狙撃銃を構えながら言う。
『暗殺者か、殺し屋か、それとも殺人鬼か……』
『何れにしても、このまま放置すれば厄介だ。アフガンでもそうだった』
『モントヴァン。俺が援護するから、近接でケリをつけろ』
『分かった!!』
『ただ、手加減は出来ねぇぞ!!後で告解を聞いてくれよ!!ヴェルナール!!』
『ははは!聞く耳が残ってればな!』
モントヴァンは盾とランスを構えながら、弾が来た方向へと駆け出して行く。
アイカはライフルをバトンの様に回しながら、涙の跡が付いた笑顔で微笑む。
「イチカさんを悲しませるような存在は、残らずこの世から排除しないと……」
「私のイチカさんから笑顔を奪うような存在は……!」
闇に溶け込んだハポンのアタランテは、獲物に狙いを定めて駆け出した。
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