閑話 とある人馬の観察日記・2
「…………」
物陰からそっとラーク様とお姉様を見守る私。
まぁ、あれです。殺したいほど神を恨んだ私ですが、考え直しました。そう、お姉様が恋をしたおかげで、今まで見られなかった可愛らしいお姉様を見られるのだと!
そうとなればお姉様の恋を全力で応援しましょう。
応援するにはまず現状確認をしなければ。お姉様がラーク様とどこまで行っているのか、じぃーっと観察して見極めなければなりません。
決して。そう、決して。たどたどしいながらも積極的にラーク殿をお誘いしているお姉様を見てニヤニヤニヨニヨ楽しんでいるわけではないですから!
……さて。お姉様が恋をしているのがウラド・ラーク様。今代の魔王様です。ちなみに魔王とは世襲制ではなく、種族も関係なく、それにふさわしい『力』を持った存在が生まれるものだと伝えられています。
そんなラーク様はどう見ても女性です。見た目はため息が出るほどの美少女ですし、立ち振る舞いも隙がなくて美しい。性格も穏やかで、見ず知らずの私のために世界樹の葉を使ってくれるような慈悲深い――あれ? 何でしょうこの完璧超人は?
自称は男性。唯一それっぽいのは言葉遣いでしょうか? 何でも前世が男性で、女性として生まれ変わったらしいです。
……前世が男でも、一度死んで、女性として生まれたのなら性別も普通に女性なのではないでしょうか?
と、先日指摘したら悲しそうな顔をしたので男性ということにしておきましょう。私は空気が読める人馬です。
お、二人に動きがありました。スレイお姉様の誘いに乗ってラーク様も散歩に出かけるようです。誘いに乗って背中にも乗るとは中々シャレが効いて――
「――ラーク殿。乗馬なら『乗り心地のいい』私などいかがですか?」
現れたのは族長の娘、ケウ様。お姉様の恋敵です。これは面白くなってきた……いえ、お姉様の邪魔をするとは万死に値します。族長の娘だろうが容赦しません、呪いをかけておきましょう。びびびびび……。
もちろん巫女でもない私の呪いが効果を発揮するはずもなく。なにやら引きつった笑顔でラーク殿を取り合うお姉様とケウ様。やはり面白――いえ、これは大変な状況です。注視しなければいけません。
と、ラーク殿が動きました。行きはスレイお姉様に乗り、帰りはケウ様に乗るということで話を纏めます。
なるほど、扱いは平等に。それが多数の女性とお付き合いするときのコツであるようです。参考になります。……実践する機会はないでしょうが。
◇
散歩に出かける三人について行こうかなぁ、でも見晴らしのいい場所だと追いかけているとバレちゃうよなぁと私が悩んでいると、ふと話し声が耳に届きました。
なんとなく忍び足で移動し、物陰から様子をうかがいます。……なんだか今日はこんなことやってばかりいますね。
居館の庭。地面に置かれたテーブルセットに腰を落ち着けていたのはエリザ様、リュア様、そして氷龍姫様でした。
正式な婚約こそしていないようですが、ラーク様の奥さんだと(ジーン族の間では)見なされている方々です。
「だから、エリザは悪霊じゃろう? 自分を裏切った連中への恨みによってこの世に留まることができた。しかし、今のおぬしはまったくと言っていいほど恨んでおらん。人としてはそれが正しいのかもしれんが、怨霊としてはちとマズいのじゃ」
氷龍姫様がなにやら真面目な話をしています。
悪霊であるというエリザ様の事情は本人から直接聞いたわけではありませんが、それとなく伝え聞いてはいます。
「マズいとは、一体どういうことなのでしょうか?」
私も気になります。盗み聞いていい話題ではないというのは理解していますけれど、それでも、短い間とはいえエリザ様には優しくしていただきましたから。もしかしたらその『マズい』ことに関して私やジーン族で力になれるかもしれませんし。
「うむ。悪霊でも、善霊でも、幽霊はこの世に未練があるからこそ、この世に留まることができるのじゃ。恨みを晴らした悪霊は浄化するのが世の常。それは『恨みが消えた』場合でも同じじゃろう」
「つまり、あの連中をもう一度恨まなければ浄化してしまうと?」
『……エリザは恨めるのかな?』
そんな質問をしたのはリュア様。距離があるので黒板の文字はかなり小さく見えますが、弓兵として鍛えた目のおかげで何とか読むことができました。
「……ラークに叱られそうですわね。では、わたくしは消えるしかないのでしょうか?」
とても穏やかな顔で氷龍姫様に確認するエリザ様。その様子からはやはり微塵の恨みも読み取ることはできません。
ラーク様や、周りの方々との交流は悪霊を『善霊』に変えたのでしょう。
…………。
この世に未練がなくて留まれないのなら、誰かに取り憑けばいいのではないでしょうか? なんだったら私の背中あたりに――いえ、そういうことは、やはりラーク様に譲るべきでしょうか?
と、私がそんなことを考えていると、氷龍姫様が私とよく似た、けれども根幹が異なる解決策を提示しました。
「消えたくないのなら話は簡単じゃ。――恋をすればいい」
「……はぃ?」
「誰かを愛し、誰かのために生きるなら。幽霊だってこの世に止まることができるじゃろうよ」
恨みという名の未練を、恋という名の未練に変えるということでしょうか?
「……、…………ま、まぁ! ラークがどうしてもというのなら! そういう関係になるのもやぶさかではありませんわ!」
と、照れ隠しをするエリザ様。
え? あんなにデレデレなのに今さら照れ隠しするの? え? マジで?
リュア様も同感だったみたいです。
『あれだけデレておいてよくもまぁ。『ツンデレ』にも限度があるだろうに……』
「そうじゃのぉ。別に、ラークに恋をしろとは一言も言っていないのだがな」
ニヤニヤニヨニヨとした笑顔でエリザを見る氷龍姫様とリュア様。うん、正直、あのお二人とは仲良くなれる気がしますね。
エリザ殿の『つんでれ』を存分に楽しんでから氷龍姫様は立ち上がりました。
「よし! そうと決まれば夜這いじゃな!」
なにやらとんでもないことを叫びました。真っ昼間から。




