一騎打ち
向かい来るは8本足の異形の人馬。
俺が槍を取り出したのとほぼ同時、横から走ってきたケンタウロスに抱きかかえられた。危うく槍を取り落としそうになるほどの勢いだ。
「……ケウ?」
「申し訳ありませんラーク殿! スレイのやつ、妹を殺されて正気を失っているようです!」
スレイと呼ばれた8本足の赤髪のケンタウロスから全速で逃げながらケウが謝罪してくる。
とりあえず、俺を抱き抱えたままでは走りにくいだろうからいったん槍を空間収納に戻し、それからケウの背中へと移動する。かなり揺れているが、座り心地はいい。
「ま、妹を殺されたんじゃしょうがないわな」
「そう言って貰えると助かります! まったくラーク殿は皆を治療してくれたというのに! いくら妹が死んだとはいえ、無関係の者を――」
「その件だがな。リュアが『世界樹の葉』を使ってくれるから、たぶん妹さんも生き返るぞ?」
「ま、まことですか!?」
「リュアはできない仕事を引き受けはしないだろう。……スレイってやつに説明したら止まってくれるか?」
「完全に暴走状態ですので、そもそも人の話を聞かないかと……。すみません、他の者が鎮静薬を塗り込んだ矢を撃ち込みますので、それまで一緒にお逃げください。筋肉質な私の背中などでは不快でしょうが……」
「不快なんかじゃないさ。むしろいい乗り心地だぞ? ずっと乗っていたいくらいだ」
「…………、……そ、そうですか」
首の後ろまで赤くしたケウ。うん、何を口説き文句っぽいことを口走っているんだろうな俺は? 女たらしか? 実は女たらしだったのか?
俺が衝撃の事実から逃れるように後ろを振り向くと、ちょうど3人のケンタウロスが8本足――スレイに矢を撃ち込もうとしていた。
スレイは馬の下半身まで覆う黒い全身鎧を着込んでいるのだが、ケウの様子からするにジーン族の戦士なら鎧の隙間を狙って矢を撃ち込めるのだろう。全速で駆けながらの射撃として考えれば驚異の練度だ。
3人がほぼ同時に矢を放つ。
瞬間、スレイが動いた。
正確にはスレイの背中。先ほどまで妹をくくりつけていた黒い『霧』が脈動し、飛来する矢をすべて叩き落としたのだ。
「ほぉ、見事なものだな」
「感心している場合ですか!?」
ケウがツッコミを入れている間にスレイが反撃。3人のケンタウロスは足を負傷して戦線から離脱した。その様子を見て他のケンタウロスが追撃をはじめるが、距離があるのでしばらく追いつくことはできないだろう。
と、スレイに新たな動きがあった。
欠損した両腕の代わりに、黒い『霧』が両目を覆った眼帯とベルトをはずそうとしているのだ。
「バカな! アレを使う気か!?」
ケウの焦りとスレイの呪文詠唱が重なる。
「――聞け八百万の生命よ」
その声音に総毛立つ。
生命としての直感か、あるいは今までの経験から来る勘か。
嫌な予感に震える身体を必死に押さえつけながら俺はケウに問う。
「アレってなんだ?」
「……我々は『死神の瞳』と呼んでいます」
「それはまた物騒だな」
そんなやり取りの間にもスレイは両目を覆うベルトを一つ一つ外していく。
「効果は言葉の通りです。即死効果の邪視。魔眼と言った方が分かり易いでしょうか?」
「相手を見ただけで殺すと?」
「えぇ。視界に収めただけで効果が発動しますので、普段は味方を巻き込まないようああして眼帯で覆っているのですが」
「…………」
にわかには信じがたいが、冷や汗が止まらないケウの様子と、俺の直感が事実だろうと告げてきている。
(たしかケルト神話に似たような神様がいたな。見ただけで相手を殺す魔眼持ち。名前も同じくバロールだったか)
視界に収めただけで相手を殺すという。スレイの眼帯が外されれば、俺を乗せているケウも巻き込まれるだろう。
俺はケウの背中を軽く叩いて、言った。
「ありがとう。ここまででいいよ」
「へ?」
驚き振り向こうとするケウ。彼女が俺を見る前に転移魔法を起動。ケウだけを離れた場所に転移させた。
ケウのいなくなった地面に着地。槍を取りだし、スレイと相対する。
本当は俺も転移魔法で逃げたかったのだが、そうすると『死神の瞳』の力を解放したスレイが獲物(俺)を探して周囲を見渡すかもしれないからな。その際、他の者が視界に収まったりしたら大変だ。
ここは俺がスレイの視線を惹きつけるしかないだろう。
スキル『即死無効』を持つ俺なら、たとえ凝視されても死なないからな。……死なないよな? あの創造神の言葉だからちょっと不安だが……。
大丈夫だよー、と空から声が降ってきたのでとりあえず信じる。もしも死んだらあの空間で今度こそ殴ってやる。……いかんな。『死』に対する恐怖心が薄れている。
こちらの勝利条件は『死神の瞳』を持つスレイを大人しくさせること。無理なら気絶させて、最悪殺すしかないか。あまりやりたくはないが、しょうがない。
槍を向けた俺を認識してスレイが足を止めた。最後のベルトを外しながら高らかに謳う。
「――産まれ生きゆくものならば、死に至らぬ道理なし」
それは生命が持つ宿命。絶対に逆らえない運命。反論なき道理。――あるいは概念。
死への運命を早める彼女は、きっと神にも等しいのだろう。
スレイの眼帯が外される。
その下にあったのは、血を啜ったかのような赤い瞳。
俺と同じ、赤い瞳。
死の運命からは逃れられない。
死という概念を否定することはできない。
普通なら。
「――死神の瞳」
スレイが『死』という概念を叩きつけてきて。
「――即死無効」
俺が、即死無効という概念で対抗した。
暴走状態にあっても自らの『力』に自信があったのかスレイが目を見開いて驚いている。
「さて、」
一歩踏み出す。
「そんな生まれ持った『チート』で決着を付けてもつまらんだろう? 武人と武人が出会ったのだ。ここは一つ、互いに鍛え上げた技で雌雄を決しようじゃないか」




