ラッキースケベに目覚めた俺はラッキースケベを起こせる眼鏡で無双するも、友人のラッキースケベがショボ過ぎて今更彼女が出来なくてももう遅い。
「あ、カワ──ぐおっっむ!!」
他校のゲロマブ(古語)に気を取られ、電柱に思い切り激突してしまった俺、18歳の夏。
夏服はエロスの香り。
夏はエロスの季節。
ビバ、エロス……!!
「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ……」
暑さでやられたのだろうか、アロハシャツを着たババアが自販機の隣で座って笑っている。
「いかにもスケベそうな顔じゃのぅ、お主」
「は!? 俺っ!?」
「左様左様。お主からはスケベを欲さんとするオーラがプンプンと出ておるわい」
「は、はぁ……」
なんだか知らんが失礼なババアだ。世が世紀末なら羅生門で追い剥ぎ程度では済まんぞこら。
「ケケケ、そう血気に滾りなさんな。ほれ、良い物をやろう」
「どうせ饅頭か飴だろ? んなもん要らねーって」
「ラッキースケベが起こせる眼鏡じゃ」
「くれ! 要ります!! 欲しております!!!」
「カカカ! 正直で宜しい」
バッグから眼鏡を取り出し、息を吹きかけ袖でレンズを拭いたババア様は、そっと俺に向かって眼鏡を差し出した。
「まあ、使ってみなされ」
「いいのか?」
「金は要らん。ただし……」
「……な、なんだ」
ババアからただならぬ気配を感じた。あれか、後で恐ろしい目に遭うやつか!?
「後で感想聞かせてくれい」
「……お、おぅ」
「次の発明に活かすからのぅ。頼んだぞい」
「おー」
すっかり拍子抜けした俺は、眼鏡を手に持ったままバス停へ。すっかり忘れていたが、俺は今登校中なのだった。
「……」
バスを待つ間、物は試しで眼鏡をかけてみる。
度は入っていない。
かけた感じは普通の眼鏡にしか感じないが……さて。
「あー、暑」
「──!?」
俺の隣でバスを待っていた他校の女子が、第二ボタン辺りまで外してワイシャツを派手にパタパタしている!!
お蔭様で山間部に御来光が──!!
「暑いよねー」
「──!?」
更にその隣に居た友人らしき女子が、ただでさえ短めのスカートを思い切りパタパタとしている!!
本人は気が付いて居ないが、足下の水溜まりにはハッキリと白い布製のアレが……!!
なんというラッキースケベ!!
「ほ、本物だ……」
思わず声が出てしまった。
この眼鏡ヤバすぎるだろ……!!
この眼鏡のおかげで朝から良い物を見れた。
そして今、世界はラッキースケベで満ちている……!!
「──てな訳よ」
「ふーん……」
あれからラッキースケベの限りを尽くした俺は、二時間遅れの遅刻で登校し、唯一無二の親友である伊月に今日の話をしてやったのだが、イマイチ反応が悪い。
「おいおい聞いてたのかよ!? マジックミラーだと思ったら違ったんだぜ!? しかもその後OLとぶつかって地獄車みたいな状態で階段から落ちたんだけど胸がグイグイ当たるし、病院行ったら──」
「うん。特に興味ないし、それより怪我は大丈夫なの?」
──コンコン
伊月がシャーペンで俺の右腕のギプスをそっと突いた。
「まあ、全治一ヶ月かなぁ!? ハハハ!」
「あ、そう……元気なら良いんだけど」
伊月は年頃のくせに浮いた話も沈んだ話も全く無くて、そもそも女子に興味あるのかすらも疑わしい。
いつも勉強ばかりで、コイツはもしかしたら一生勉強して終わるんじゃないかって感じだ。
前に週刊誌の巻頭グラビアのページを見せたら無表情だったくらいだからな。余程興味が無いのだろう。
「ちょっと祐介、遅れてきた所悪いんだけどさ、ノート提出アンタだけまだなの。早く出してよね」
横からクソマジメ委員長の花岡早紀が首を突っ込んできやがった。いつも真面目面してクソつまんねー奴だ。
「はいはいご苦労さん」
「投げんなし!」
「帰りにどっか行くか──」
ふと目をやると、ノートを持ってスタスタと退散する花岡の背中を、伊月がジッと見つめているのが見えた。
興味なさそうな面してやっぱり女子に多少は興味ありとはな、父さん嬉しいよ。
しかしアイツは止めなさい。がさつで暴力的で絶対に夫を尻で圧殺するタイプだ。間違いない。
「眼鏡、試してみるか?」
「……別に」
強情な奴だ。
自分の欲に忠実になれない奴は信用ならんってバッチャが言ってたぞ?
「使ってみろ」
「……」
煮え切らない伊月の頭に、そっと、眼鏡を開いて挿してやった。登校中に気が付いたのだが、かけなくても頭に置くだけで効果があるのは大発見だった。
「別にいらな──」
伊月の顔付きがすぐに変わるのが分かった。
目が明らかに花岡を捉えていて離さない。
が、花岡に変わった様子は無い。机に座って勉強しているだけだ。
「……起きねぇな」
「ス……」
「す?」
「スケベ過ぎる……」
「は?」
伊月は鼻頭を押さえ、ティッシュを取り出して鼻に詰めだした。
なんだ?
何が起きた?
「おいおいおい、急に鼻血出すなって。何が起きたのか説明しろよ伊月」
「あ、ああ……あぁ……」
頭がボーッとしているのか、伊月の目は虚ろだ。
「い、今……早紀さんが髪をかき上げたんだ。そしたら生え際にホクロが……」
急いでティッシュを詰め替える伊月。既に伊月の机は朱に染まっている。事件だろこれ。
しかし、それのどこがエロいのか、俺には理解できない。コイツは思考回路がちょっとアレなのか?
「伊月、そんなんで血塗れになってたら、いつまで経っても彼女なんぞ出来ないぜ?」
「……うん」
「しかし俺はお前が女子に興味があると知れただけで満足だ」
「……ありがと」
伊月は眼鏡を外し、そっと俺に差し出した。
どこか諦めたかのような、少し悲しげな顔をして、伊月は机を拭き始めた。
「いいのか?」
「今更だから」
「確かに今がコレじゃあ、かなり遅いわな」
「うん」
「だけどよ、間に合わないなんて事は無いぜ?」
「……」
「恋は突然に訪れる物さ。ドーンと行け、ドーンとな」
「…………」
踏ん切りのつかない様な顔をして、伊月は俯いた。
何もしないまま終わるなんて、寂しいだろがよ……。
仕方ねぇ。ちょっくら何とかしてやるか!
「──と意気込んだものの、何とかするのはどっちかって言うと、ババアの方なんだよなぁ……」
放課後、足早にババアを見付けた場所へ向かう。ババアに話しかけられた自販機まで辿り着いたが、当のババアは居なかった。
「明日の朝なら居るか……?」
そっとババアが座っていたブロック塀に腰掛けると、向かいにある耳鼻科から見覚えのあるアロハシャツが見えた。ババアだ。
「居るじゃん」
俺はすぐにババアに向かって走った。
「婆さん!」
「はて? どちら様かのぅ……」
「俺だよ俺!」
「詐欺かのぅ」
「眼鏡!」
「わしゃあ眼鏡から持っておるわい」
「ラッキースケベの!!」
周囲の視線が気になり、叫んだ後、咄嗟に自販機の影に身を潜める。夕方前にラッキースケベだの何だのって大声で叫ぶとかアタオカ案件だろが俺よ。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ……わかっておるわいに」
「ババアこのっ……!」
「ふふ、お主の方から急いできたと言うことは、何かあったのじゃろ?」
「……チッ!」
振り上げかけたグーを引っ込め、冷静になるために自販機で何か買うことにした。
「ババアは何飲む?」
「お茶」
「ほれ」
「へへ、ありがとよ若いの」
掴み所の無いババアに腰掛けブロック塀を仕方なく譲り、眼鏡を見せた。
「俺の友人が使ったらラッキースケベがショボすぎた。どうやら使った人のスケベ具合によって起きるラッキースケベが違うようだ」
「ほうほう」
鉛筆で広告の裏にメモを取るババア。しかも書き辛い紙なのか、文字がかなり薄い。
「でさ、この眼鏡……ラッキースケベの具合を変えられないか?」
「刺激的過ぎるのも考えものじゃぞ?」
「それぐれーしねーとよ、アイツはいつまで経っても成長しないって」
「カカカ、そう言いなさんな」
「なんだよ。出来ねーってのか?」
「……予算が無いのじゃ。すまん。代わりにもう一つやるから許してくれ」
「……まあ、良いけどよ」
俺としては今のままでもラッキースケベに問題ないから最高なんだけどよ。なんかアレだな……。
──翌日、俺はラッキースケベ眼鏡を伊月にくれてやった。
「いいの?」
「ああ。もう一つあるからよ」
「なになに? 何の話?」
横から花岡がひょいと顔を出した。相変わらずマナーの無い奴だ。
「あ、伊月君、眼鏡変えたの?」
「え、あ……うん」
「いいなー。私も眼鏡したら、ちょっとは賢く見えるかなー」
「無理だな」
「しね」
二文字でグサリと俺の心をえぐる。まるでショベルカーの如し。
が、その時俺はピンときた。
「やるよ。同じのあるからさ」
「ほんと! 嬉しー♪」
ぴょいと跳ねて喜ぶ花岡。そして伊月はこっそり鼻を押さえている。コイツは日常的にエロスをマキシマムで感じてるのか?
「どれどれ……」
花岡が眼鏡をかけて、クイッと決めた。まあまあ似合ってるのが気に食わん。
「あれ? 伊月君、鼻血出てるじゃない!?」
「え、あ……」
ついに伊月の鼻血がバレた。
「す、スケベ過ぎるわ……!!」
「……は?」
「え?」
花岡が鼻を広げて興奮した。まるで獲物を見付けたカバかサイだ。
「伊月君! スケベ過ぎるわよ!」
花岡がティッシュを手に、伊月の鼻を拭く。
「さ、早紀さんが鼻を拭いて……スケベ過ぎるっ!!」
ドバドバと鼻血が止まらない伊月。
「まるで滝のようだわ! スケベ過ぎるわよっ!!」
止まらない二人。
なんなんだコイツら。
「スケベ過ぎるよ」
「スケベ過ぎるわ」
どうやらコイツらは、これで良いようだ。