2
次の日。
目が覚めると死体は消えていた。
死体だけではなくて、あれだけの血も全部消えていた。
包丁は綺麗で床に転がり、昨日のままの服も血の跡はひとつもない。
そしてなにより、アイツも消えた。
幻なのに、架空なのに、殺したら消えた。
訳が分からなくて、むしろ混乱してしまう。
あの血は幻、アイツも幻。
それはたった一夜で証明されたけれど、幻のくせに本当に死んだというのだろうか。
……なにごともなく、身支度をして仕事へ向かった。
なにごともなく帰ってきた。
いつも隣にいて、騒がしくなにかを言って笑ってた幻は消えた。
ふと、旧友に連絡を取り、その事を言ってみた。
「やったじゃん。やっと消えたんだ」
まったくの善意の声が、スマホの向こうから響く。
善意が降り積もる。
「良かったね」「心配してたんだよ」口々に、俺の幻を知る人達は言った。
「やっと私たちの仲間になれたね」
ハッとして、声の方を振り返る。
しかし、そこには誰もいなかった。
「また幻聴か?」なんて、空気を和ませるためだろう。
旧友たちは笑った。俺も笑った。
ああ、なんて、気味の悪く寂しい世界だろう。
結論から言うと、俺はイマジナリーフレンドがやっぱりまだいるように振舞った。
やっとできた彼女は早々に俺に別れを告げて消えた。
それでも俺はずっと、幻が見えるふりをした。
幻の影を踏まないよう避けて歩いて空を見上げる。
綺麗な入道雲だな、と隣へ声をかけた。
空っぽな隣席は、記憶の中の笑顔を引きずって、言葉を予測させるのに、その声はもう聞けない。
幻の幻を追う人は、狂気か正気かどちらだろう。
春の折、花吹雪の中に、誰かの姿を見たような気がして。
「桜を見に行こう」
誰もあの血の生暖かさを知らない。
俺が友達を刺し殺したことも、なにも。
終わり