表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

願違い

作者: 瀬口利幸

ある日の夜、運動会を1週間後に控えた小学5年生の直樹は、UFOを流れ星と勘違いして、

「脚が速くなりますように」

という願い事をしてしまう。

そして、願い事をされた宇宙人は、直樹の願いを叶えようと努力する。


「あ~あ・・・運動会か・・・」

小学5年生の直樹は、アパートの自分の部屋の窓から、大好きな星空を眺めながら溜め息をついた。

直樹の通う学校では、一週間後の日曜日に運動会が行われる。

そして、直樹は、全員参加のクラス対抗リレーに出場する事になっていた。

しかし、直樹は、それが憂鬱でしょうがなかった。

なぜなら、直樹は、クラスで一二を争うほど脚が遅く、今まで一度も、人を追い抜くという経験をした事が無かったからだ。

「あ~あ・・・脚が速くなりたいな~・・・」

そんな事を呟いていた直樹は、夜空に、ある物を見つけた。

「あっ !! 流れ星だ !!」

直樹は、慌てて両手を握り合わせ、

「脚が速くなりますように、脚が速くなりますように、脚が速くなりますように」

夜空を輝きながら移動する物体に、必死にお願いした。



「艦長 !」

「どうした ?」

「今、地球の子供に、流れ星と勘違いされて、お願い事をされました」

「えー !! ・・・気を付けろよ ! 馬鹿 !」

「すいません・・・」

「スピード出し過ぎるから、流れ星と間違われるんだろ」

「すいません・・・つい・・・」

「お前、この間、免停くらったばっかりだろ」

「はい・・・」

「知らねえぞ、免許取り消しになっても」

「すいません、本当に・・・で、どうします ?」

「どうしますって、何をだよ ?」

「子供のお願い」

「あのなあ・・・俺達は地球征服に来てるんだぞ」

「じゃあ、無視しときますか ?」

「そうだな・・・って、そんな事出来る訳ないだろ ! ・・・子供のお願いだぞ !」

「ですよね・・・さすが艦長 !」

「ananの好感度ランキングにも影響するだろうし・・・」

「入る訳ないでしょ ! 存在自体が疑われてるんですから・・・。おかしいでしょ・・・我々がananの好感度調査でランクインしてたら」



月曜日の放課後。

直樹は、近所の小さな公園に一人で来ていた。

公園には遊具も無く、数年前に建ったビルのせいで日当たりも悪くなり、今日も、直樹以外は誰も来ていなかった。

そんな場所で、直樹はストップウォッチを手に、公園の端から端まで、全力で何回も走っていた。

そして、その光景を、公園の外にある街路樹の陰から見守る二人の男がいた。

ピッ。

「ハア、ハア、ハア・・・」

走り終えた直樹は、ストップウォッチを確認する。

「駄目か・・・全然伸びてないな・・・」

「もっと、腕をしっかり振った方がいいな」

「えっ !?」

直樹は、背後から突然話し掛けられドキッとした。

振り返ってみると、そこにいたのは、三十代と二十代くらいの見知らぬ二人の男だった。

「こういう風に」

と言いながら、三十代の男が、腕の振り方を実演してみせた。

「えっ ? ・・・こう ?」

直樹は、若干の不信感を抱きながらも、男の腕の振り方を真似してみた。

「そうそう・・・それで走ってみて。タイムは、俺達が計ってあげるから」

三十代の男は、直樹から受け取ったストップウォッチを二十代の男に渡す。

直樹は、言われるままにスタート地点に向かい、三十代の男の合図と共に走り出した。

そして、腕の振り方を意識しながら、ゴールまで走りきった。

「ハア、ハア、ハア・・・」

直樹が、呼吸を整えながら男達に近付いていくと、

「8秒16」

二十代の男が、ストップウォッチを見せながら言った。

「やった ! 記録が伸びた !」

直樹は、小さくガッツポーズをした。

と同時に、シャーペンで心に刻まれていた不信感を消しゴムで消し、消せるボールペンで、新たに信頼感と書き込んでいた。

「あと、地面を蹴った後の足を上げ過ぎだから、地面を蹴ったら、すぐ前に出すようにした方がいいな」

直樹は、三十代の男の指示通り、少し走って見せた。

「こう ?」

「そうそう。飲み込みが早いな・・・それで、もう一回走ってみようか」

「うん !」

直樹は、小走りでスタート地点に走って行った。

そして、スタートの合図と共にゴールまで走りきった。

「何秒 ?」

「7秒86 !」

「やった !! 8秒切った !!」

直樹は、満面の笑みで、ガッツポーズをしながらジャンプを繰り返した。

この瞬間、直樹の心の中では、今度は、簡単には消す事の出来ない油性マジックで、信頼感と上書きされていた。

「凄いな ! ボルトより速いぞ !」

三十代の男が直樹を褒めた。

「そりゃそうでしょ。どう見たって50mもないんだから」

二十代の男が、冷静に言った。

「マラソンの世界記録が2時間ちょっとだろ・・・それと比べたら、もう、比べもんにならない位速いぞ !」

「だから、距離が全然違うでしょ」

「走り高跳びの世界記録が2m40位だっけ ? ・・・それと比べたらなあ・・・もう・・・とにかく凄いぞ !」

「単位が全然違うし・・・比べないでくださいよ。そんなもんと」

「本当 !? ・・・じゃあ、金メダルも夢じゃないって事 !?」

「ほら、その気になっちゃってるじゃないですか」

「ああ、もっともっと頑張ればな」

「じゃあ、他には、どうすればいいの !?」

目を輝かせながら、直樹が聞いた。

「その前に、ちょっと休憩しようか・・・疲れただろ」



ベンチに座っている三十代の男と直樹の元に、二十代の男が、三本のペットボトルを手に帰って来た。

そして、二人にペットボトルを渡しながら、三十代の男の隣に座った。

「ありがとう」

直樹は、受け取ったペットボトルを開けると、一気に、半分ほど飲み干した。

「おじさんて、陸上やってたの ?」

一息ついた直樹が、三十代の男に聞いた。

「まあな・・・」

三十代の男は、曖昧に頷いた。

「凄い選手だったんだぞ ! 色んな大会で優勝して・・・スローナじゃ、知らない人はいない位だからな」

二十代の男が、代わりに自慢した。

「スローナ ?」

「あっ ! ・・・」

二十代の男が、自分の犯した過ちに気付いた。

三十代の男は、直樹に気付かれないように、二十代の男を睨んだ。

「スローナって、どこ ? ・・・外国 ?」

「ああ・・・えーっと・・・アフリカの西の方にあるんだ」

三十代の男が、なんとか取り繕った。

「日本人にしか見えないけど・・・」

「・・・父親の仕事の都合で、中学生くらいから住むようになったんだ・・・」

「へー・・・初めて聞いたな、スローナなんて・・・どんな国 ?」

「どんな国って言われてもなあ・・・」

「有名な場所とかあるの ?」

「有名な場所って言われてもなあ・・・喫茶スローナとか・・・スーパースローナとか・・・」

「喫茶スローナ ?」

「・・・まあ、日本と違って、まだ全然、発展してない国だからな・・・」

「そうなんだ・・・そう言えば、まだ、おじさん達の名前、聞いてなかったね。なんていう名前 ?」

「名前 ?」

「うん」

「・・・上田・・・」

三十代の男が、迷いながら答えた。

「おにいさんは ?」

「・・・田上・・・」

「へー・・・上田と田上か・・・なんか、漫才コンビみたいだね」

「ハハハハハ・・・そうだな」

直樹の尋問から、やっと解放されたと思った二人は、安堵の笑みを浮かべた。

「君は、なんていう名前 ?」

これ以上、余計な事を聞かれたくなかった上田は、攻撃は最大の防御とばかりに、直樹に質問を始めた。

「中山直樹」

「何年生 ?」

「小学5年生」

「なんで、走る練習してたんだ ?」

「今度の日曜日に運動会があるんだ」

「ふーん」

「僕、脚が遅くて、今までリレーで一回も人を追い抜いた事が無いから・・・」

「でも、なんで、一人で練習してたんだ ? 自分でストップウォッチ持って走るより、友達とか、お父さんやお母さんに計ってもらった方が走りやすいだろ」

「速くなれればいいけど・・・あんなに練習したのに、全然速くなってないなって、友達に思われるのが嫌だし・・・突然速くなって驚かせたいっていうのもあるし・・・この公園なら、誰もいないから」

「お父さんやお母さんは ?」

「お父さんは、いないんだ・・・僕が小さい時に離婚しちゃって・・・お母さんは、仕事で忙しいし・・・」

「そうか・・・」

直樹の話を聞いて、その場の雰囲気が暗くなった。

「ねえ、もっと教えてよ ! 速くなる方法」

直樹は、その雰囲気を変えようと、明るく言った。

「そうだな・・・」

そう言いながら上田が顔を上げると、その場の雰囲気に気を使ったのか、辺りも暗くなっている事に気付いた。

「もう、時間が遅いから、また、明日だな」

上田は、腕時計を見ながら言った。

「えっ ! 明日も教えてくれるの ?」

「ああ、勿論」

「仕事は大丈夫なの ?」

「今、休みを取って来てるから、全然、問題ないよ」

「いつまで ?」

「今度の日曜日まで」

「えっ ! ・・・じゃあ、運動会も見に来てよ !」

「ああ。絶対、見に行くよ」

「やったー !!!」



翌日からは、練習方法を少し変えた。

昨日は直線で走っていたのを、トラックを走る事を意識して、公園の内側を楕円状に走るようにした。

そうすれば、距離も長く出来るし、中央から見ていれば、フォームのチェックもしやすい。

「腕の振りは、後ろの方を大きくして !」

上田は、楕円の中心で、直樹の走りに合わせて回転しながらアドバイスした。

「前に出した脚は、もっと高く上げて !」

直樹は、そのアドバイスを取り入れ、走り方を変える。

「そうそう、いいぞ !」

こうして、直樹と上田達は、毎日、公園で練習を続けた。



そして迎えた、最後の練習になる土曜日。

「ハアハアハア・・・何秒 ?」

その日、何本目かを走り終えた直樹が、田上に聞いた。

「15秒64」

田上は、ストップウォッチを見せながら直樹に言った。

「やった ! 新記録だ !」

「良かったぞ ! 直樹。今までで一番良い走りだったよ」

上田が近寄って来て、直樹の肩を抱きながら褒めた。

「本当 !?」

「ああ・・・ちょっと休憩するか」

「うん」



三人は、並んでベンチに座っていた。

直樹は、田上が買って来てくれたペットボトルを開け、一口飲んだ。

「いよいよ、明日が本番だな」

上田が、直樹の肩に手を置きながら言った。

「うん」

「最初の頃と比べて、全然速くなったよ」

「おじさん達のおかげだね」

「そんな事ないよ。直樹が頑張ったからだよ」

直樹は、照れ臭そうにペットボトルを口にした。

そして、遠くを見つめながら、

「願い事って、叶うんだね・・・」

と、呟くように言った。

「えっ ?」

「この間の日曜日に、部屋の窓から星空を眺めてたら、流れ星を見つけて・・・」

「・・・」

「それで、急いでお願いしたんだ・・・」

「・・・」

「脚が速くなりますようにって・・・」

「・・・」

「そうしたら、おじさん達に会えて・・・本当に、脚が速くなれて・・・」

「そうか・・・そんな事があったのか・・・」

「でも、今から考えると、流れ星にしては動きが変だったなあって、思うんだよね・・・」

「・・・」

「ひょっとして、あれは流れ星じゃなくて・・・UFOだったんじゃないかなって・・・」

「・・・」

「もしかして、おじさん達って・・・宇宙人 ?」

ドキッ !!!

上田と田上は、慌てて両手で胸を押さえた。

二人の心臓が、はっきりと「ドキッ !!!」と叫んだように感じたからだ。

壁の薄いアパートなら、隣の部屋にも聞こえていたんじゃないだろうか、とさえ思った。

「なーんてね・・・そんな訳ないよね」

と言いながら、さっきまで真顔だった直樹は、笑顔に戻った。

それを見た上田と田上は、文字通り胸を撫で下ろしながら手を下ろした。

「これ、飲む ?」

直樹が、上田にペットボトルを差し出した。

「えっ ?」

「凄い汗かいてるから」

「・・・ああ・・・大丈夫、大丈夫・・・」

「そう・・・じゃあ、もうちょっと走ってもいい ?」

「もう、今日は、止めといた方がいいんじゃないか」

「えっ ?」

「明日が本番なんだから、疲れが残っても良くないだろ」

「・・・そうだね・・・じゃあ、今日は、これで帰ろうかな・・・」

と言って、立ち上がった直樹だったが、

「あっ、そうだ ! ・・・これ」

ポケットから、二つ折りの紙を取り出して、上田に渡した。

「運動会のプログラム」

「ああ・・・ありがとう」

「一応、裏に、ここから学校までの地図も描いといたから」

裏返してみると、手書きの地図が描いてあった。

「そのプログラム、入校証の代わりになってるから。忘れないでね」

「ああ」

「絶対、見に来てね・・・」

直樹は、二人に手を振りながら帰って行った。

「どうします ? 明日」

田上が、上田に聞いた。

「どうしますって ?」

「運動会、本当に行くんですか ?」

「当たり前だろ」

「本当は、気付いてるんじゃないですかね、直樹・・・俺達が宇宙人だって事」

「そんな訳ないだろ !」

「直樹が、お母さんに話して・・・お母さんが通報して・・・」

「そんな訳ないだろ・・・」

「明日、運動会を見に行ったら、知らない間に、警察や自衛隊に取り囲まれてて、捕まったりなんかして・・・」

「そんな訳・・・ないだろ・・・」



日曜日。

上田と田上は、グラウンドの外にある電柱の陰から、運動会を見学していた。

「思いっきり変装してるじゃないですか・・・そんな訳ないだろ、とか言っときながら」

「一応だよ」

上田は、田上の言葉通り、帽子にサングラスにマスクという、完璧な変装をしていた。

「なんで、スカートまで穿いてるんですか ?」

上田は、足首まで隠れる、ロングの巻きスカートを穿いていた。

「だから、一応だよ」

「おかしいでしょ・・・おっさんがスカートなんて穿いてたら・・・」

「完璧な変装だろ」

「余計に怪しまれて通報されますよ」

「それに加えて、世の中に一石を投じるっていう意味も含まれてるけどな・・・」

「一石を投じる ?」

「ああ・・・おかしいとは思わないか ?」

「何がですか ?」

「女はスカートもズボンも穿くくせに、男はズボンしか穿けなくて。男がスカート穿いたら変体扱いするって」

「しょうがないでしょ・・・女と男は違うんだから・・・取り敢えず脱いでくださいよ ! 目立って仕方ないから」

上田は、渋々スカートを脱いでリュックの中に入れた。

「帽子とサングラスとマスクも」

その言葉にも、素直に従った。

その時、

「5年生のクラス対抗リレーに出場する選手は、入場門に集まってください !」

というアナウンスが流れた。

「始まりますよ ! 直樹の出るリレー」

田上が、上田に言った。

「そうだな」

「そうだな、じゃなくて・・・もっと、近くで見ましょうよ」

「えっ !? ・・・大丈夫か ?」

「大丈夫ですよ。特に変わった様子も無いですし・・・早く早く」

上田は、田上に急かされ、正門にある受け付けに向かった。



上田と田上は、保護者席の後ろに辿り着いた。

そして、それを待っていたかのように、タイミング良く、直樹達が入場して来た。

「遠くて、良く見えないな」

上田が、ぽつりと言った。

「さっきまで、電柱の陰で見てた人の言うセリフですかね」

保護者席は一杯で、これ以上、前に行く事は出来ない。

間もなく、リレーが始まった。


直樹は、一番右の列の真ん中くらいに座っていて、リレーが進むにつれて、前の方に移動して行く。

ふと左を向くと、右から四番目の列に、翔太が座っていた。

翔太とは去年同じクラスで、やはり脚が遅く、直樹よりも少し遅い位だった。

翔太が、前を走ってくれるような展開になればいいな・・・

そうすれば、初めて、人を追い抜けるかもしれない。

そんな事を考えながら、直樹は、リレーの成り行きを見ていた。

すると、リレーが進むにつれ、どんどんと、直樹の希望通りの展開に近付いていった。

と同時に、直樹の精神状態にも変化が生じてきた。

その変化は、翔太の4組が1位、直樹の1組が2位になり、いよいよ自分の順番という場面になった所でマックスになった。


「なんか、様子が変ですね」

立ち上がって、スタート地点に向かおうとしている直樹を見て、田上が上田に言った。

「ああ・・・」

直樹は、右腕と右脚を同時に出しながら歩き、何も無い所でつまづいていた。

もし、これがゼスチャーゲームなら、百人が百人、「緊張」と答えただろう。


初めて、人を追い抜けるかもしれない。

しかも、追い抜けば1位になれる。

そういう展開になった事が、直樹の緊張をマックスにまで押し上げていた。

そんな状態でスタート地点に立った直樹の元に、バトンを持った選手が近付いて来る。

翔太がバトンを受けて走り出した。

そして、すぐに、直樹もバトンを受けた。


「うわー ! 駄目だ ! ・・・」

走り出した直樹を見て、田上が天を仰いだ。

緊張のせいで、今まで上田が教えてきた事を全部忘れ、元の走り方になってしまっていた。

いや、それ以上だったかもしれない。

自分より少し遅い位の翔太との差は、スタートした時点で、わずか2、3mだったが、その差は、縮まるどころか、逆に、広がりつつあった。

やがて、直樹は、上田達がいるコーナーに差し掛かった。

居ても立ってもいられなくなった上田は、保護者達を掻き分け、保護者席の一番前に歩み出た。

「直樹 !!! もっと腕を振って !!!」

上田の声に、直樹は、ちらっと振り向いた。

「もっと脚を上げて !!! 蹴った足は、すぐ前に !!!」

その上田のアドバイスで、それまで最悪だった直樹の走り方が、徐々に良くなってきた。


直樹の視界に捕らえられた翔太の背中が、だんだんと近付いてくる。

もう少し・・・

あと少し・・・

そして、とうとう、コーナーの出口付近で翔太に並んだ。

よしっ !

直樹は、残る力を全て脚へと注ぎ込んだ・・・

すると、ふっと、翔太が、直樹の視界から消えた。

あれっ ?

翔太君、どこ行っちゃったんだろう・・・

えっ !? ・・・

ひょっとして ! ・・・

追い抜いたって事 !! ・・・

直樹は、やっと、自分が成し遂げた快挙を理解する事が出来た。

やったー !!!

初めて、人を追い抜いた !!!

直樹は、心の中でそう叫びながら、歓喜の余韻に浸っていた・・・

しかし、次の瞬間、直樹の横を、何事もなかったかのように、二人の選手が、平然と追い抜いて行った。

差し引き、マイナス1。

あんなに頑張って、やっと一人追い抜いたのに・・・、こんなにもあっさりと二人に・・・。

直樹は、人生の厳しさを痛感した。


上田と田上は、ガックリと肩を落とす。

「ちょっと ! 見えないんだけど !」

後ろにいる保護者から注意され、上田は、やっと我に返った。

「あっ・・・すいません・・・」

上田は、頭を下げながら田上の所に戻った。

「残念でしたね・・・」

田上が、上田に言った。

「ああ・・・せめて、最初から、あの走りが出来てればな・・・」



クラス対抗リレーが終わった後も、上田と田上は、同じ場所で運動会を眺めていた。

「懐かしいですね、運動会」

田上が、上田に言った。

「ああ・・・」

「俺達の頃の運動会と、変わらないですよね・・・場所は違っても」

「そうだな・・・」

その時、

「おじさん !」

急に、背後から声を掛けられた。

二人が振り向くと、直樹が笑顔で立っていた。

「おう・・・直樹」

もっと落ち込んでいるかと思っていたが、意外と元気そうな直樹の笑顔を見て、上田は安心した。

「見ててくれた !? ・・・僕が、他の子を追い抜く所」

「ああ。ちゃんと見てたよ・・・良かったな !」

「うん ! ・・・でも・・・ごめんね・・・その後、すぐ二人に抜かれちゃって・・・」

さっきまでの笑顔は消え、直樹は、下を向いた。

「まあ、練習を始めて、一週間も経ってないからな・・・」

「せっかく、おじさん達に教えてもらったのに・・・」

「気にするなって、そんな事・・・良く頑張ったよ、直樹は」

上田は、直樹の肩を抱きながら慰めた。

「・・・全然、怒ってない ?」

「怒る訳ないだろ」

「本当 ?」

「ああ・・・その代わり・・・」

「その代わり ? ・・・」

「これからも、練習続けろよ・・・そうしたら、もっと速くなるから」

「・・・うん !」

直樹は、上田を見上げ、笑顔で頷いた。

その時、

「綱引きに出場する選手は、入場門に集まってください !」

というアナウンスが聞こえてきた。

「あっ・・・僕、出なきゃいけないから、行くね」

「ああ」

直樹は、笑顔で手を振りながら、反対側のコーナー付近にある入場門に向かって走って行った。

やがて、人陰に隠れ、直樹の姿が見えなくなる。

しばらくして、

「・・・帰るか」

上田が田上に、呟くように言った。

「えっ !? ・・・最後まで、見ていかないんですか ?」

「ああ・・・別れは苦手なんだよ・・・直樹に泣かれても困るし・・・」

「・・・」

「それに・・・」

「それに ?」

「これ以上いると、俺達の任務に差し支えるしな・・・」

「・・・もう、充分、差し支えてるでしょ」



その日の夜。

夕食を食べ終えた直樹は、ソファーでテレビを見ながらくつろいでいた。

その時、玄関の方から、カタッ、パサッという、郵便受けに何かが届いた様な音がした。

「何かしら、こんな時間に・・・直樹、ちょっと見てきて」

皿洗いをしていた母が、直樹に頼んだ。

「うん」

直樹が、玄関に行って確認してみると、郵便受けに入っていたのは、A4サイズくらいの茶封筒だった。

宛て先には、直樹の名前だけが書いてあった。

しかし、切手は貼られていない。

裏返してみると、差出人の所には『上田』

そして、その横の住所には、『夜空』とだけ書いてあった。

直樹は、急いで自分の部屋に駆け込み、封筒を開けた。

すると、中にはノートが入っていて、脚が速くなる為のトレーニング方法が、事細かく書いてあった。

一通り、ざっと目を通した直樹は、そのノートを抱きしめながら、窓から夜空を見上げた。



「艦長 !」

「どうした ?」

「また、流れ星と勘違いされて、お願い事をされました」

「えー !! ・・・またかよ !! 気を付けろって言っただろ ! 馬鹿 !」

「すいません」

「で、なんて、お願い事されたんだよ」

「・・・また、あの、おじさん達に会えますようにって・・・」

「・・・」

「・・・どうします ?」

「・・・まあ・・・その内な・・・」














評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです。 武力での侵略ではなく外交準備のための諜報活動であれば、直樹は良き現地協力者になれそうですね。 将来は星間大使になるとか……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ