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戦う高校生シリーズ

高校生VS乳酸菌飲料配達営業レディ 〜腹痛上等!! 真冬に現れた『お腹をすこやかにする使者』〜

作者: 一木 川臣

 俺の名前は売木。最近寒いね、寒くない? そうでもないか。


 だって、俺の部屋は暖房がしっぽり効いていて寒さ知らずだからねえ。あ〜あ、今日も寒い寒い、とてもじゃないけど学校なんて行く気も起きやしない。


 ということで、コーンフロマイティ(米国製のシリアル食品)にホットミルクをかけて心も体もぽっかぽかの状態で一日のスタートを切ると致しますか……


 一口食べると幸せが広がるんだ、これが…… くぅぅ!


「やはり本場アメリカ育ちの穀物はワケが違いますなぁ。フロマイティからアメリカンソウルをひしひしと感じるぜ」


 この美味しさはしっかり口に出して実況してあげないと流石にフロマイティとその製造会社であるゲロッグ社に申し訳が立たなくなる。

 ハァ〜 この舌から伝わるアメリカの荒野、鉱山、そして絵にも描けない美しさ。こんなの再現できる食品なんて世の中にコーンフロマイティ以外あるのだろうかねぇ〜



 ドンドンドンッ



 ん? なんだ? 誰かが扉をノックしてるのか……? 誰だよこんな時間に…… 俺は通販なんて頼んでねえぞ。無視だ無視。

 どうせ碌なやつじゃないだろう。そんなの目に見えてる。



 ドンドンドンドンドンッ!!



 なんだよコイツ! インターホン使えよ! わざわざノックなんて古典的な手法を使おうとせずに横にあるボタンを押せよ! 押しても俺は出ねえけどな。



 ドンドンドンドン!!!!! ドンドンドンドン!!!



「うるせーよ! ドンドンドンドンと! 俺の家の扉をぶっ壊す気か! 今は誰もいねーんだから諦めて帰れや!」


 あんまりにもうるさすぎるので痺れを切らした俺はおもいっくそ力を込めて扉を開けた。


 すると目の前には赤い営業服をきた黒髪ぱっつんの小柄な女性が立っているではないか。やっば、明らかにセールスじゃねえか……!


「こんにちは、今お時間ございますか? 売木さんのご家族で是非ともご賞味していただきたい商品がございまして──」


「今間に合ってるんだ! 俺はフロマイティ以外賞味しないタチなんで諦めろ!!」


 相手の会話が全部終わらないうちに扉を閉めようとするが「ちょっと、待って!!」と言われながら無理やり開かされた。


「待ってください売木さん! せめて、最後までお話しだけでも……!」


「嫌だね! 俺は今無茶苦茶忙しくて今にも死にそうだったんだ。セールスの相手なんてしてる暇ないの!」


「嘘つかないでください! 平日のこの時間に貴方みたいな高校生がいるだなんて。明らかに不登校じゃないですか。絶対暇ですよね!」


 こ、コイツ…… なんてやつだ。俺は不登校じゃねえぞ、寒いから学校に行っていないだけで、断じて不登校じゃない!


「やることなんてゲームや漫画以外に何かあるんですか? どうせ勉強もしてないだろうし」


「うるせえな! 暇でも俺は忙しいの、少なくともお前の話を聞いている時間なんてない! ってかなんだよ、初対面の相手にズバズバ言いにくいことを矢の如く放ちやがって」


「図星ですか? 図星なんですね?」


 なんでコイツ煽ってきてるんだよォ! セールスだろコイツ…… 俺が年下だと分かって馬鹿にしてるな……


 こんなやつ、かまってるだけで労力の無駄だ。そっと扉を閉じて……



「だから待ってくださいって! 最後まで話を聞いてくださいよ、売木さん!」


「いやいやいや、俺を煽っておいてそれはねーだろ! ってかセールスなら多少なりとも客にゴマすっていい気分にさせろよ! この展開でよく話を聞いてもらえると思ったな!」


「それはもちろん、耳があれば馬鹿だって話は聞けますからね」


「んだったら他所いけよ! 何しに来たかわかんねえけど、俺は買う気ねーからな。俺を相手するだけ時間の無駄だぞ。おらシッシ」


 俺が手で追い払うとセールスレディは「ぐぬぬ……」と悔しそうに歯を見せる。ザマァみろ、お前なんかが客に物売れてたまるかってんだ! 俺じゃなかったら確実に暴力沙汰だった。むしろ俺の海のように広く、深い心持ちに感謝をしていただきたい気分だ。


 再度扉を閉めようかとノブに手をかけた時、冷たい北風が大きく吹いてきた。おぉ、さみいさみい、こんなところにいたら凍えて死んでしまう。さっさと閉めよう──


「へっきゅん!」


 目の前の女性がくしゃみをした。なんだか格好も寒そうだし、こんな中営業周りなんて大変なこった。同情はしねえけどな!


「ほら、寒くなってきたし閉めるぞ。風邪ひかねえようにお前も今日は諦めて帰社したらどうだ?」


 俺が心温まる言葉を差し伸べてやったにも関わらず前方セールスレディはブルブルと肩を震わせていた。


「うぅ…… 寒いです。売木さん…… 助けてください……」


 顔を真っ青にしながら脚もかなりガクガクしている。よく見れば唇が紫色になっているではないか……



「って、そんな同情を誘う手口で家に上がりこもうたってそうはいかないぞ。いるんだよなあ〜 そうやって情に訴える奴。残念だったな、俺みたいな若者じゃなくてもっと年寄りが相手だったらそれが有効だっただろうに」


「うぅ…… さ、寒いよぅ…… ぐすっ……」


 生意気だった先程とは打って変わって泣きそうな顔になり始める。なかなか芸達者な奴だ。まるで本当に寒すぎて泣いてるように錯覚してしまうぜ。本当に残念だ、高齢者相手だったら絶対に効いていたと思うけどなぁ〜


「寒かったら公園の土管を案内してやるからそこで凌いでくれ。段ボールもあるからそれでなんとかしろ」


「な、なんでそんなホームレスみたいな…… うぅ、無理だよぉ」


 声を震わせながらなんとか声を振り絞ろうとする姿がとても上手だ。とても演技とは思えないなぁ。


「もう、だめ…… 私げんか──」


 彼女はそう言い残しふらぁっとよろめき倒れそうになる。


 ごめん、肩貸しちゃったよ。だって玄関の前で凍死されたら困るじゃん。一応俺の家の敷地内だし、公道にほったらかしたら死体遺棄として疑われてしまう。


「おぉ、マジかよ! 死ぬならよそで死んで…… って冷た!」


 ふと触れ合った彼女の手がかなり冷たかった。これはガチで死にそうな奴じゃん。むしろよくさっきまですました顔をしていたなコイツ。


「す、すみません……」


「おいおいおいおい……」



 マジでやむなく、やむなーく俺の家のコタツに案内してやった。




 ⭐︎




「あ、ありがとうございます。生き返りました」


 こたつに入って数分。俺のあげた暖かいお茶とともにセールスレディの息が吹きかえった。


「んじゃ帰ってくれ」


 そんな俺の一言に「コイツマジかよ」みたいな顔される。ふざけるな、それは俺のセリフだ。


「わ、私はまだ死んでます…… もう少しここで……」


「さっき生き返ったって言わなかったか? 長居されても困るんだよ」


 俺の言葉は一方に無視しコタツでわざとらしくぬくぬくし始めるセールスレディ。お前の家かよ。


「売木くぅん…… お腹すいた」


 こたつに突っ伏しながらそんなことを呟き始めたぞコイツ…… なんで俺がこんなやつに飯食わせねえといけねえんだよ!


 あ、そうだ。


「丁度いいや、この前庭で死んでいたネズミが確か下のゴミ箱に……」


「何を食べさせようとしているんですか。こういう時は決まってコーンスープとか暖かい飲み物でしょうが。だから彼女がいないんですよ、貴方は」


 うっわ。命と共にあの生意気な口調も復活してきやがったぞ。なんでこんなにふてぶてしいのか俺が問いたいくらいだ。


「んなもんねえよ! 注文して出てくると思ったら大間違いだ。俺んはレストランじゃねーぞ!」


「仕方ないですね。おや、あそこに美味しそうなフロマイティがあるじゃないですか」


 もう少し遠回しに所望しろや。律儀に人の家の食品を指差しやがって。他の家だったら間違いなく犯罪だぞ。


「あ〜あ、フロマイティ、美味しそうだなぁ〜 お腹すいたなぁ〜」


「ぜってぇやらねえ。あれは俺の宝物なんだ」


「うぐっ、空腹で死にそう」


 こたつでジタバタし始めるレディには大変苛立ちを覚える。俺は茶番に付き合う気なんて全くないんだけど。




 遺憾の意を感じるところであるが、あまりにもうるさいのでフロマイティを与えてやった。贅沢にもホットミルクまで用意しろとか言い出すし、俺はお前の母ちゃんじゃねえんだぞ。



「なかなかの味ね。見直したわ」


 満足そうにキリッとした表情でそんなことをほざきだす。今更何しようが、もう取り戻せないぞ。


「なんでそんなに上から目線でいられるんだよ。餓死しそうだったくせによく言うぜ」


「そういえば自己紹介、まだしてなかったわ──」「いい!!」


 俺がレディの言葉を遮ると「?」みたいな表情を浮かべる。


「お前の素性なんて興味ねえし、こっからセールスに展開されそうだし。何も言わずに立ち去ってくれ」


「え、ちょっとせめて自己紹介ぐらいさせて! じゃないと帰らないわ!」


 堂々不退去を宣言しやがって。ただ、今の俺には一番キツいことを言われてしまったためこれを言われると素直に耳を傾けるざるを得なかった。



「私の名前は清水しみず 桃子ももこ。コブラ飲料の営業をやっているわ」


「コブラ飲料? 聞いた事ねえな。あ、今の発言は決して御社に興味を示したものではねーからな」


「安心して、私は人の言葉の揚げ足を取らないタチだから。曖昧返事で契約合意させようなんて気はさらさらないわ」


 安心する要素など一つもないのだが。ってか飲料ってことは何かジュースでも買わされるんか?


「それよりも会社名聞いたことないって言ったわね。弊社に興味を持っていただいて何よりだわ」


「お前、さっき言ったこと全く聞いてねーだろ! マニュアル対応染み込みすぎだろ!!」


 鶏以下の記憶力なんか、コイツは。


「ふざけないで。私はそんな型にはまるようなやわな人間じゃないわ」


「そうだよな! 型にハマってたらこんな状況、普通帰るもんな!!」


 おもいっくそ皮肉をぶちかましてやる。できればこれに怯んで慄いてさっさと立ち去って欲しいという期待も、もちろんこもっているが……


 流石に営業やってる奴の図太い神経には響かなったようでレディは淡々と続けようとする。


「我が社は実は最近立ち上がったばかりのベンチャー企業なの」


「さっさと破綻はたんしろ」


「それで、主な事業は飲料の製造と販売で……」


「不祥事でも起きねえかな。あ、今のこの状況が既に不祥事か!」


「ちょっと! 黙って聞きなさいよ、客風情がゴチャゴチャうるさいわね」


 毒を吐く俺を、暴言で静止しようとするレディ。命を助けた俺がアイツにとって客風情程度になってるなんてあまりにも腑に落ちない。


「主に弊社が販売しているのは『乳酸菌飲料』なの」


 よりにもよって乳酸菌飲料かよ!


 ベンチャーがやる新規事業にしては随分と真新しさがねえんだな。そんなの我が国でぶっちぎりのシェアを誇る会社があるじゃねえか。


 って言おうとしたけどまたアタけられそうなので黙っておこう。


「そして私はその新規開拓営業を任されている! いわば貴方の『お腹をすこやかにする使者』なのよ!」


 バァーンと謎の決めポーズをされる。痛々しくて見ちゃおれん。コイツ…… なんか拗らせてるな。さっきから僅かだがそんな雰囲気を感じたけど。


「だっせえ名前。何が貴方の『お腹をすこやかにする使者』だ。『お腹が満たせない死者』の間違いだろ。現に餓死しそうだったし」


 お、この皮肉には彼女に相当聞いたようで「くっ……」とかなり悔しそうな顔をしている。『お腹をすこやかにする使者』がレディのアイデンティティだったか?


「まぁいいわ。貴方にはもれなく弊社新商品の半年契約をしてもらうから」


「ぜってえしねえぞ」


「どうしてよ。しっかりと週に一回私が来て配達するのよ。男だったらこんな可愛い女の子に週一で来てもらうなんて嬉しいことこの上ないでしょ?」


 さも当たり前かのように馬鹿みたいなことを言ってくる。酔ってるだろコイツ……


「んじゃ、喜ぶ男ん所行けばいいじゃねえか。俺は残念ながら年下好み(・・・・)なんで!」


 わざと強調してやる。正直年齢なんてどっちでもいいけど、最も合理的な反論だと思ったので……


「くっ、このアリコンが! 私はとんでもない者と出会ってしまったようね」


 どの口が言うだ、馬鹿たれが!


「とりあえず。断る断らないはさて置いて、一度弊社の乳酸菌飲料をご賞味いただけないかしら。飲んで気に入らなかったら私も諦めて帰るわ」


 正直、すっごく飲みたくない。すっごく飲みたくないけどコイツの口からようやく「帰る」というワードが出てきて今俺は無茶苦茶迷ってる。


『諦めて帰るわ』…… うーん、この言葉。あまりにも魅力的すぎて……


 負けた。



「……分かった。一回ソレを飲みゃいいんだな」


 それで適当に「まずいっ」って言って諦めて帰ってもらおう。


「そうだ、そうと分かれば話が早いぞ少年!」


 俺の言葉に目を輝かせゴソゴソとバックの中から一本の乳酸菌飲料を取り出した。サイズはそこまで大きくないけど、ベンチャー企業の品だけあって店頭では見かけないパッケージをしていた。


「これが我が社で販売している『ヴェノムX(ゼクス)』という商品で──」


 明らかに飲み物につける名前じゃねえぞ! ヴェノムって意味分かって付けてるのか? なんちゅうひどいセンスしてるんだここの会社は。


「ヴェノム……」


 名前からにしてもうやばそうだ。賞味すらも嫌になってくるぞ。


「そう! ヴェノムゼクス! カッコよくないか!? 私が名付けたんだぞ」


 でしょうね! 一会社内にこんな奇人が何人もいてたまるかってんだ。善良な他社員に風評を及んでしまって申し訳ないが、コイツに名付けさせるのはどうかしてる。


 とは言ってのやばそうなのは名前だけあって、中身は至って普通そうだ。


 なんか、目の前で時間が経過するにつれて飲む気が失せてきそうなので俺は勢い任せにグビッと一口で飲み切った。


「ど、どうだ……?」


 まるで合格発表を控える受験生みたいな顔でこっちを見てくる。


 味は…… うーん、不味くもなく美味くもねえかな。薄味なんだよな。簡単に言えばビミョい。やっぱ大手だわ。


「あんまり…… だな。どうも俺の舌には合わなかったようだ」


「そ、そうか……」


 それを聞いてしゅんと萎れてしまうレディ。不合格を食らった受験生のようだ。


「残念だったな。いくら自慢の商品であっても舌に合わなきゃ仕方ねえだろう。ということで諦めて帰ってくれ」


「……分かった。自分で言ったことなんだ……」


 流石に自分で提言したことだったので諦めて帰ろうとこたつに入りながら荷物をまとめはじめるレディ。

 おしゃべりだった先程とは異なり黙って哀愁を漂わせながら片付けているので、どうにも居心地が悪い気分になる。俺の部屋なのに。


 まぁ、俺みたいな高校生相手に営業かけたって見込み無いことなんてはなっから目に見えてたことだろう。


 そしてレディがバッグに荷物を全てしまい。いざ立ちあがろうとした時……


「……」


「ん? 出口はあっちでトイレはそっちだぞ。ちゃんと水に流せよ」


 なんだかぐずってるので俺が案内するも、レディはこたつに身を埋めたまま固まって動かなくなってしまった。


「……だ」


「ん?」


「嫌だ! はなれたくない! 帰りたくないよ、売木くん!」


 ブワッと大粒の涙を流し突如としてわんわん泣き始めた。なんてやつだ! この機に及んで泣き出すなんて。


「嘘だろ、お前自分で言ったじゃねえか。俺の舌に合わなければ大人しく帰るって!! 今更そんなに泣かれて情に訴えるなんて流石に卑怯だろォ!」


「分かってるよ売木くん。あの時は帰るって決めてたの。本当だよ…… でも…… こんな暖かい部屋味わってまたあの寒い外に出るってこと思ったら…… 耐えられなくなっちゃって」


「ただの寒がりじゃねえか! 会社に戻ればいいじゃねえかよ!! 今日は寒いんで明日やりますって言えねえのかよ」


 こたつを濡らされても困るのでとりあえずティッシュは与えてあげる。


「それができたら、苦労しないよぉ…… そんな帰る会社があったら、あたしもこんなにならないって!」


 もう滅茶苦茶だ。澄ましたキャラも崩壊してるぞ。


「助けてよ〜 売木君!」


「落ち着け落ち着け! お前は情緒不安定か!」





 ⭐︎




「うぅ…… ごめんなさい、心配かけてしまって」


 ひとしきり泣いてようやく落ち着いた。


「お前もアレか? 営業成績が全くで上司に詰められているってやつ……」


 この前、夏に保険会社のレディが来たときもそうだった。上から詰められてゼロ成績だったら殺されるってやつ。営業は大変だ。


「そうなんです…… 憧れのベンチャー企業に就職したと思ったら何故か営業に回されて、今に至るまで全く契約が取れないといった状況で……」


 そりゃそうだろ。あんな営業でどうやって顧客が契約に至るというのか。


「でも、それ以上に今日のこの寒さがとても耐えられなくて…… こんな暖かい環境を味わっちゃっただけに、自分の惨めさが一気に押し流れてきたって感じ…… つらいんだよぉ、寒い中新規開拓するの」


 メソメソし始めるレディだけどその気持ちはめちゃくちゃ分かる。めちゃくちゃわかるけど……


「そうとは言っても…… お前、それは流石にずるいぞ。散々引っ張っておいて泣きつくなんて。こんなん契約しない俺が悪者になっちまうじゃねえか」


「そうですよね…… すみません。私もまさか離れ間際にここまで情が乱れるなんて思ってもいなくて……」


「大体、俺が契約しないのってお前のことが気に食わないどうこうより、俺は決定権がねえんだよ。今日は親いねえし俺は未成年だし」


「分かってます。でも、ここの居心地がとても良くて……」


「でもここにいたらいたで契約取れねえぞ…… あと親が帰ってくるまで待つとかもナシだからな。最近ちょっと別の事で俺は痛い目を見てるからそればっかりは勘弁してくれ」


「うぅ…… 世知辛いです……」


 またもこたつに縮こまってしまうレディ。相当限界だったんだな。


「もう私無理だ…… 本当に体が動かないよ…… あの寒い中でまた回るって考えるとそれだけでもう体が拒否反応なんだよ。加えて会社は私の居場所なんてない…… 今日がゼロだったら間違いなく私深夜までやらされちゃう……」


「諦めるなよ。まだ午前中だぞ」


 ここにいればただただ無駄に時間だけが過ぎていくというのに……


 レディは虚な目でぼーっとして動かない。


「うぅ…… 私ってなんなんだろうね。一生懸命やってこのザマだよ。ほんと馬鹿みたい。成績がずっとゼロのままで挙句の果てにこんな高校生に慰められて…… 何やってるんだろ……」


 作り笑顔を作ろうとするけど、とても見るに耐えなかった。


「はぁ〜あ、どうしようかなぁ……」


「即座に帰れなんて言わねえから、自分自身で覚悟が固まったら帰ってくれ。俺はそこでゲームしてるから……」


 正直、今の俺でどうこうできる状態でないくらい精神的に参ってる。なんとかできるのは時間ぐらいだろう。



「あ、そうだ!」


 俺がゲームの電源をつけたと同時に突然大きな声を上げ、俺は身を起こした。


「売木君! 売木君がいるじゃない」


「待て、それ絶対よからぬ考えだろ!」


 もうすでに悪い予感しかいない。大体こう言った時に俺の名前が出てくることは相場が決まっている。


「ちょっと待って。まだ私は何も言ってないわ」


「もう大方予想がついてるんだよ!」


 俺の反駁にレディは「黙って聞いて」と指示してきた。


「売木君ならきっと、契約が取れると思う。だから…… 私の代わりに……」


 思った以上にふざけた内容だった。流石に俺はここまで予想していなかった回答だ。まさかの、俺を代わりに新規開拓させるという鬼畜極まりない発言であった。


「無理無理無理無理!! こんなクソ寒い中俺を回らせる気なのか!! それが命を助けた俺に対する仕打ちなのか!? もう一回考え直してくれ」


 こんな寒さじゃ俺もすぐに凍えて死んでしまう。俺なんて他の同世代より遥かに脆弱に仕上がってるんだぞ、その辺りを配慮していただきたかった。


 まして俺なんて営業経験のないごく普通の高校生だ。あまりにも無茶な発言につい大きく拒絶してしまう。


「お願いします! 一生に一度のお願いです。人を助けると思って! 1件だけだから、1件だけで私は救われるの!」


「お前その一件に齷齪あくせくしてるじゃねえか! 俺が出たところで無惨な結果に終わるなんて分かるだろう?」


 追い込まれすぎて自棄やけになってるなコイツ…… 俺が何度も拒絶してもコタツの机に額をつけて繰り返し頭を下げられる。客にそれやらせる度胸があるコイツをここまでにさせるなんて、なんちゅう会社だ…… 俺自身も恐れ慄いてしまった。





 ってことで。




「ここに判子押させりゃいいのね? あと支払い方法を確認して契約と……」


「そうです。本当に物分かりがいいですね。ただのアリコンじゃないのは認めます」


 諦めて俺が外に出ることになった。ついでにコイツも生意気な口調に戻ってるし、現金な香具師やしめ……


「んで、今日中に1件の半年契約を獲得すればいいんだな?」


「はい、その通りです。私はここでゲームをしながら待ってますので、レベルを上げてほしいキャラとかありますか?」


 マジで明らかにおかしいだろこのやりとり。ツッコミどころ満載だけど、俺はもうツッコむ気にもならなかった。


「レベルとかは大丈夫だ。そのデーターにあるキャラで討伐クエストをマラソンしてレアアイテムを回収してくれ」


「了解しました。あ、そこのおやつとか食べても大丈夫でしょうか?」


「いいよ。けど全部食うなよ、俺の分も残しておけよ」


「ありがとうございます、では車には気をつけてください」


 そう告げられた後俺は玄関を開けて外に出る。すぐさま恐ろしいほど冷たい北風が俺を襲いかけてきた。


「さっぶ!!」


 寒さ対策で何枚も着込んだはずなのにこの寒さだ。この調子だ10分ももたないだろう……



 にしても、どーすんだ。流れに任されて俺が契約を取ることになったけど、改めて考えても無茶すぎる。よその家にピンポンして商品説明するんだろ? このご時世に話を聞いてくれる人なんているんかいな……


 そんな疑問をよそに北風は容赦なく俺にダメージを与えてくるので、逃げるように塀へ身を潜める。


 きっついぞ、これ…… 取れなかったら俺は夜も営業させられるのだろうか…… ってかなんで俺がこんな事やってるんだよ、アイツは暖かい部屋でゲームしていて何かの間違えだろ。


 ダメだダメだ、怒っても契約が取れるわけじゃない。落ち着け落ち着け、1件だけでいいんだ。冷静になれ……



 寒い中、何か方法はないかと思いを巡らせる。



 あ、そうだ。あの人の家に行けばよくないか?



 凄い妙案が一瞬のうちに思いつき無意識のうちににやけてしまった自分がいた。けど、それも理解できる程、自分は天才ではないかと錯覚してしまう程の素晴らしい案が出来上がってしまった。


 これは、いけるかも……


 思いついた時には既に俺の足は動いていた。さっさと終わらせて帰ろう、帰ってゲームしよう。









 確か、この時既に、俺の頭の中ではゲームで一杯だった。それほど俺の頭に浮かんだ案が絶対的すぎて、契約獲得に関して何も懸念がなかったからである。



 なお、俺が契約獲得した後に、認知が危うい高齢者に無理な契約をしたということでクーリングオフ沙汰になったのはまた別の話である。



アメリカンソウル:売木が米国産シリアル食品を食べたときに感じた一つの感情。極めて定義が曖昧であるが、アメリカの荒野、鉱山と言っていることから今回では恐らく西部開拓時代における「フロンティア精神」のに近似するものを表現しているのかと思われる。

 当然日本人である売木はアメリカンソウルという物を抱いてはいないが、稀に見る「映画的な風景」が彼の脳裏によぎったのであろう。何れにしても彼の言動に対していちいち深入りしない方が良さそうだ。

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[一言] 売木くんシリーズwww 面白かったですd(≧▽≦*) 応援してます♡٩(๑>∀<๑)۶♥Fight♥
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