シグマ①
ANRデバイス「SIGMA」はまず、ゲーム市場を席巻した。
旧来のゲームソフトとの互換性は無かったものの、AlfaBook社の発表と同時にアメリカのThunderboltActivision (サンダーボルト・アクティヴィジョン)社、中国の天星科技社、フィンランドのSUPERNOVA (スーパーノヴァ)社など、世界有数のゲーム会社がソフト開発に取り掛かったのだ。
我々はと言うと、鳴海マヤの《《ご神託》》《しんたく》を得てすぐ、イスラエルに向かった。
彼女の助言により投資で稼いできた僕たちには、しかし「自力で何かを開発する」という機能を持って所持していなかった。
そのためソフトを作ることができるベンチャー企業を買収すべく、彼の国へと渡ったのだ。
日本国内の企業ではダメか? と問うたが、彼女は「イスラエルが伸びるから」と答えて僕の考えを却下した。
実際、彼らの技術力は凄まじかった。
日本の会社が3年はかけるであろう製品を、1年半で作り上げてしまったのだ。
既存のVRデバイスではデモプレイができなかったが、鳴海マヤの「《《偉い人たち》》」のコネクションをもってしてAB社のテスト機を入手し、動作チェックにこぎつけられたのであった。
ベータ版をプレイしてみてまず思ったのが「帰れなくなる」だった。
映画とVRを組み合わせた遊びはこれまでにもあったが、ANRは10分も体験すると、自分が何者なのかわからなくなるほどの没入感を覚えられた。
我々が作ったソフト「Q」は、ANR内での自己の姿を自由に設定することができた。
鳥にも蝶にもなれるのがQの凄いところなのだが、ANRデバイスの超リアルな没入感故に、本当に「そうなってしまった」感覚に陥った。デバイスを外してから暫くは、歩き方を失ってしまったほどだ。
そしてもう一つの目玉機能は、体感時間の操作だ。
現実世界での1分を、ANR内では1秒にも1時間にもすることができる。即ち、残り寿命幾ばくもない人がこの機能を使って時間を引き伸ばせば、彼の認識では寿命が延びたことになるわけだ。
正に「邯鄲の夢」と言ったところだろう。
言うまでも無いが逆の使い方も然り。
現実時間との乖離が大きければ大きいほど設定と認識に誤差が生まれるが、まぁ許容できる範囲だ。製品のクオリティに何ら問題を及ぼすものではない。
さて、我々FV社がこのソフトと、その《《使い道》》を発表すると、当然ながらバッシングが起きた。
倫理的観点から難しい問題であることは重々承知しているが、寝たきりで過ごすのか、最後の一瞬まで人生を楽しむのか、どちらが良いか……みたいな話をして(これも鳴海マヤの言葉を借りてだが)Qの正当性を訴え続けた。
しかし批判がある一方で、やはり需要もあるものだ。徐々に、そして堰を切ったようにあっという間に、Qは全世界に広まった。サービス開始から世界中のシェアを獲得するのに、2年もかからなかった。
更に、このQが日本社会に影響を与えたのはマネタイズ( 収益化) の仕組みだ。
これまでは高齢者の保有する金融資産は数百兆円とも言われ、経済の流れから切り離されていた。
また、介護施設の利用料は保険料や国庫から賄われ......
簡単に言うと、高齢者はお金を使わないため、施設は利益を出せない。介護士の給料が低いのもそんな理由からだ。
そこにあってQの設備導入費は、利用者からキッチリお金を頂く。彼らの口座にプールされていたお金が消費に回される。
つまり、これも簡単に言えば経済が流通するようになるわけである。
以上の点も評価され、サービスの拡大と共に進めていた準備もつつがなく進行し、その年にFV社は東証マザーズに上場した。
12話完結です。




