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死へのサナギ

作者: きのじ

『死へのサナギ』



「もーいいかい」

 私がそう声を出してもだれも答えてはくれない。

 それはいつものこと。だって、みんな寝てる時間なんだもん。

「じゃあ、あと10数えるね。10…9…8…7…ろーく…5、4、3、2、1、0!」

 始めはルールをまもってゆっくり、だけど最後はいじわるで早く数えてみる。

 なんだか楽しくて思わず笑っちゃう。

 それから、わたしはいつものように、押し入れから顔を出す。

 だれもいない、わたしの部屋。

 月の光だけが照らしてくれていて、少し青い、わたしだけの部屋。

 ベッドの上を見て、いつもわたしと一緒にいてくれる友達がいないことを確認してから、わたしはタナの上や、テレビの後ろ、おひっこしの時に持ってきた段ボールをのぞいてみる。

 友達がよく『かくれんぼ』している場所を見てみたけどいない。

「今日はこってるなー」

 『こってる』なんてむずしい言葉を使いながら、きょろきょろと辺りを見まわしてみる。

 見える場所にはいない。

 最近は見えるところにかくれていることが多かったから、余計に見つけられない。

 色々探してみて、コウサンしようかと思ったけど、わたしはおねえさんだから負けられない。

 見まわしてみても全部探したつもり。

 ベッドにねころんで、どこにかくれちゃったか考え、一つ探していない場所を思い出した。

 ベッドからタレ下がるように、下をのぞき込んでみる。

 なんだか、頭がイタいし、テレビがブレるように目の前がおかしくなったけど、しっかりと見つけた。

 わたしの友達で妹。

 ピンク色のお洋服と体。長い耳にキレイな真っ黒な目。

「あー!こんなところに!みーつけた!」

 わたしが声をあげて指さしても何も言わないのはいつものこと。

 わたしはベッドの下に手をのばして、その体を抱きしめる。

 ふわふわな体は温かいけれど、ひんやりとしていて大好き。

 友達の『ミミ』をしっかりと抱きしめ、「今日もわたしの勝ち」と言ってから「おやすみなさい」とおやすみのあいさつをして、わたしはゆっくりと目を閉じた。

 すぐに眠たくなってきたけど、カタカタという何かが動く音が気になって、ちょっと怖いけど、わたしには友達もいるし、こわくないよ。

 でもなんでだろう。

 ずっといっしょにいる『ミミ』が怖くて…

「―なんで?」

 自然に出た言葉にわたしはいつの間にか泣いていた。

 




「―ねぇねぇ、聞いた?」

 学校に行くといつものようにみんながウワサをしている。

 わたしはどれもキョウミがないフリだけして、しっかりと聞いている。

 話しかけてくれる人がいないから、そんな間に入ってるフリをする。

 いいもん。わたしには『ミミ』がいるし。

「0番ホームって知ってる?」

「ねぇねぇ、知ってる?公園にヘンタイが出たんだって!」

「死神?真っ黒な服着てるのかな?」

「ラビットマスクって…」

 みんなが色々話してる。わたしが知ってるのは0番ホームの怖い話と、あとはヘンタイって言葉だけ。見たことないけど。

 0番ホームには死神が出る―

 そんな話を聞いたことがある。男の人で、ひょろりと高い背に、やさしい人…らしいけど、その人と話すと『あの世』へと連れていかれちゃう―っていう怖い話。

 始めは変な話だと思ってた。

 だって、駅には1番と2番しかないから。

「なにそれ?1番と2番しかないんじゃないの?」

 そうだよね!わたしは心の中で何度も首をタテに振ってみる。

「えー!キモイ!」

 だよね!ヘンタイはキモイよね!とわたしは心の中でその話にもうなずく。

「変なこと話すんだって」

 エッチな話?とわたしは今度は心の中で首を曲げて見せる。

「あいつの所為なのかな?」

 きっとそうだよ!と心の中でいいながら、何の話だっけ?と、わたしはとぼけたくなっていた。

 学校は退屈。なくてもいいけど、この休み時間にみんなの話を聞いているのは楽しい。

 だってジュギョウは退屈だし、100点しか取れないし。

 一回がんばって、99点になるようにしてみたけど、お母さんもお父さんも「めずらしい」しか言ってくれなかったから面白くなかった。

 わたしは『すごい!一点だけ足りない!』って笑うとか『こんな点数』って怒って欲しかったから、面白くない。

 …どうせ、わたしが0点とっても、お母さんもお父さんも忙しいし、優しいから『困らせ』ちゃダメだよね。

 面白くないけど今日も100点とって、何でもないよって…

「もーいいかな…」

 気付いたら言っていた。びっくりして、周りのクラスメイトに聞こえてないことを見てから、わたしはホッと息を吐いた。

 よかった。みんな―ダレもわたしを見ていない。

 


 学校が終わって、校門から出て家へと帰る―

 いつもどおり帰ろうと思ったけど、なんでだろう?足が止まっちゃう。

 キョロキョロとし、クラスメイトが来てないか見てしまう。

 だれもいないけど、白い花がデンチュウの近くに置いてあった。

 お母さんに聞いたことがあったけど、たしか…ジコがあった時に置いてて、『ソナエル』ってイミがあるって言ってた。

 お母さんがかなしそうに手を合わせてて、わたしもよくわからなかったけど、いっしょに手を合わせてた。

 ―わたしには見せてくれない顔をしてた。

 きっといそがしいから…。

「ジコかな?」

 背伸びした言葉を使ってから、わたしはお母さんとしていたように手を合わせ、お母さんの言葉を思い出す。

「どうか、やすらかに」

 わたしはそう言ってからデンチュウからはなれる。

 なんだかチクリとイタイけど、きっとわたしにはまだ分からないことだと思う。

 お母さんかお父さんが帰ってきたら聞いてみようかな?

「ダメ―」

 知っているから。二人ともいそがしいって。

 それから、帰り道にある公園をのぞいてみると、黒い人がいた。

 ベンチに座って、のんびりとしている真っ黒な人…

 フシギな人だったからジッ―見て、ボウハンのブザーをにぎっていると、黒い人がわたしに気付いて笑顔を見せてくれた。

 びっくりした。

 だって、はじめは顔も見えなかったのに、笑顔になるとしっかりと見えたから。

「もう夕方だよ。早く帰りなよ」

 黒い人は暑いのに真っ黒なコートに、ケーサツの人がかぶっているような帽子をかぶっていて、わたしに帰るように言ってくれた。

 なんでだろう?

 さっきまでチクリといたかったところを、やさしくなでてくれてるみたいだった。

 ボウハンのブザーから手をはなして、少し考えてみて答えが出た。

「―ヘンタイさん?」

 わたしはそう言いながら黒い人に近づくと、黒い人は大きく笑い出し、

「僕がかい!?君には僕が”ちょうちょ”にでも見えるのかな?見てのとおり翅すらないよ?」

 むずかしい言葉で分かんない。

 『シ』すらない―って何?気になって黒い人に近づいてジッと見てみると、黒い人はやさしい笑顔を見せてくれた。

―こわくない。

 それどころか、イタかったところが、治っちゃったみたい。

 黒い人は両手をフリながらを後ろを向くように背中を見せてくれた。

 『シ』がない…んだと思う!わかんない!

「ほらほら良く見てよ。いや、見なくても分かる程度には…僕は人間だよ。キャタピラもなければ、勿論、サナギになって体をドロドロに溶かして、綺麗な(はね)をつけるなんてこともしないからね」

 黒い人の言葉はムズカシくてわかんない。

 だって、わたしまだ〇年生だもん。イジワル。

 黒い人は笑顔のままわたしをしっかりと見てくれる。

 ドキリ―ってした。本当にムネがハねたと分かった。コワいとかじゃなくて、ここにいたいって思っちゃった。

 黒い人は笑顔のまま、「おっと、難し過ぎたかな?友達はどうしたんだい?」とわたしに聞いてくる。

 ヘンなシツモン―と言いたかったけど、黒い人のトナリに座ってから。

「家にいるよ」

 わたしがそう言うと、黒い人はオドロいたみたいだけど、すぐに笑ってくれた。

「え?家で『かくれんぼ』してたのかい?こんな所に隠れてたら友達も困ってるんじゃないかな?」

 すごいな―って思った。だって、『かくれんぼ』してるのはお母さんにもお父さんにもナイショだったから。先生が言ってたけど『大人は何でも分かる』って本当だったんだ。

 だったら…この黒い人は大人だし、分かってくれるよね!

「だいじょうぶだよ!見つけるのはヘタだから、けどね、かくれるのは上手いんだよ!」

「そりゃあ…まぁ、君が中々…」

 黒い人がコマッタ顔をしてちょっとコワい。

 そう思ってたら、黒い人は笑ってくれて、わたしを指さしながら、

「…かくれんぼマスターだからね!見つけるのは大変そうだよ!」

 コワくない。

 うれしいってこういうことなんだ―

 黒い人が「これでいいかい?」と聞いてきたからしっかりとうなずいてみせると、黒い人もうれしそうに笑顔になってくれた。

 やっぱり大人はスゴイ。わたしも大人になりたい!


―手が。わたしの肩に…


 気付いたら黒い人の手をにぎっていた。

 あわててハナスと黒い人は「怖いかい?」と聞いてくれて、うなずいてしまう。

 こまらせちゃダメなのに、けど…。

「おじさんはケーサツなの?」

 なんでこんなこと聞いちゃったのか分からないけど、黒い人は笑顔のまま。

「僕かい?僕は死神だよ」

―死神?

 黒い人の言葉を思い出していると、ムネが温かくなった。

「死神なの?」

 聞き返すと黒い人はコマッタような笑顔で、

「ごめん。嘘ついた!駅の人だよ」

 駅の人だったんだ…とザンネンに思っちゃったけど、それより―

「あー!ハリセンボンのーます!」

 嘘ついたらハリセンボンだよね!

 黒い人はオドロいて、「ぎゃー胃袋壊れる!」と泣きそうな顔になった。

 なんだか面白くて、ドヤ顔?っていうのかよく分かんないけど、そんな顔をしてみると、黒い人は大きく笑いだした。

「…とでも言うと思ったかい?」

 そう言ってから黒い人は大きく両手を広げ。

「この程度、想定の範囲内だよ!」

 ソウテイ?ハンイナイ?

 よく分かんないけど、きっとスゴイ言葉なんだと思う。

 黒い人は私を見ながら、先生みたいにヤサシイ言い方で。

「僕は君とは約束してないから、ハリセンボンは飲めない!飲まない!飲ませれない!」

―しまった!

 ヤクソクが先だったのにワスれてた!くやしいけど、やっぱり大人は強いな。

 でも、まけてらんないから…

「あはは!そーだね!じゃあ、今度からウソついたらハリセンボンのーます!」

 今度こそヤクソクするために指を見せたら、黒い人は困っていた。

「約束したくないなー。まぁ、いっか!指切り撃ちする?」

 ユビキリウチ?知らない言葉に「なにそれ?」と聞いてみると、黒い人はけんじゅうをウつみたいに指を伸ばして何度か曲げたりしながら、

「慣れればフルオートより正確に早く撃てるよ」

「ふーる…おぅと?」

 また知らない言葉。言ってみたけどよくわかんない。

 黒い人はやれやれと言いながら首をふってから、

「子供との距離は測り難いねぇ…自動愚者とは恐れ入った」

 ぴくりと体がふるえた。

 わたしのキライな…言い方。

 違う。

 わたしのこと…

「わたしのこと…キライ?」

 言っちゃった…。あわてて口を手でおさえたけど、おそかった。

 こわかったけど、黒い人の方を見てみると、こまった顔をしてた。

「ん?そんなことは言ってないけど?」

 けど…ニクイって…。

 言いたかったけど言えなかった。

 落ち着かない。もじもじと足をうごかして、黒い人を見上げてしまう。

 黒い人は笑ってくれた。

 どこかウソっぽいけど、それでもおこってない。ヤサシくてウソのある顔をしてた。

「ああ。大人は難しい言葉を子供に使って、分からないのを見ると優越感に浸る…つまり、自分は偉いと思い込むんだ。なんというか、子供だろ?」

 黒い人は言ってから「(にく)いは『難しい』という意味だよ」と教えてくれた。

 そうだったんだ。ニクイはニクイじゃないんだ、とホッして息をはく。

 ただ、気になったのは…

「大人なのにこどもなの?」

 黒い人がヘンなことを言ってたので聞いてみると、黒い人は満足そうにうなずいて。

「いい返事だ。素敵で詩的な答えだ。大人も子供もそう変わらないよ。ただ、大人の中には自分が大したことなくて、大して偉くないと分かっているから、偉いと思い込んで子供にいい顔をしたいのさ」

 黒い人はためいきをはいて「俺…僕みたいにね」とあきれていた。

 誰に?と思ったけど、きっと聞いちゃいけなんだと思う。

 黒い人はやさしいし、わたしのお話も聞いてくれる。ウソはつくけど、たぶんヘンタイじゃないと思う。

 だから、わたしのことキライになってほしくない。

 わたしのこと―

「なんだい?」

 いきなり声をかけられてびっくりして、言えなかった。

 言おうとしたコトバもはずかしいし、言えなくてよかったと思う。

「―何してるの?」

「シゴトだよ」

 分かってました、とでも言うくらいに早くてびっくりした。

 わたしがまだ言ってるトチュウだったのに。

 黒い人はボウシをとると、わたしにかぶせてくれた。

 おっきな、ケーサツの人がかぶってるような、まっ黒なボウシ。ひんやりとしてて気持ちいいけど、わたしにはおっきすぎるから少しズレちゃう。

 ボウシをまっすぐにしようとしてみたけど上手にできない。

 黒い人がやさしくボウシをキチンとしてくれて、真っすぐになったけど、すぐにズレそう。

「駅じゃないのに?」

 わたしが黒い人に聞くと、黒い人は公園のまんなかを指さして、

「ここも駅なのさ」

 それはウソだってわかる。

 だってデンシャもないし。

「ハリセンボン…」

「ごめんなさい!ハリセンボンは…味が微妙な上に結構食べるの大変なんだ!」

 黒い人があやまってくれた。

 小さいからって、なんでも信じるとおもったら『オオマチガイ』だよ!

 しかたない黒い人に、

「もう!今回だけだからね!」

 ゆるしてあげると黒い人はテれたように笑って。

「はは、ありがとう。さすがおねーさんだね」

「凄いでしょ!」

「ああ。とても」

 黒い人がほめてくれたのがうれしかったけど、少しはずかしかったから下をむいてしまう。

 わたしの足元にカゲが見えた。

 …大きな手のカゲが。

 こわくなって目をギュッとつむってしまう。

「家でお父さんとお母さんはいなくても、友達が待ってるんじゃないのかい?」

 黒い人の声がした。

 びっくりして目をあけると、手はどこかにいっていた。

 よかった―なんて言わないけど、黒い人の方をみると笑ってくれていた。

「そろそろ帰らないとね」

「うん!帰ったら友達とかくれんぼの続きをするの!」

 大きな声で言うと黒い人は小さく笑いながら。

「そうだね。その友達は何者なのかな?」

 ヘンなこと聞いてきたな…なんて思っちゃった。

 だって、黒い人は何でも知ってると思ってたから。

 お母さんもお父さんのことも、友達とかくれんぼしていることも言ってないから。

「『ミミ』っていうの!うさぎのぬいぐるみだよ!」

 黒い人はアゴに手を置いて、「そうかい。ぬいぐるみとねぇ…」と何かかんがえているみたいだった。

 何をかんがえてるのかな?

 聞こうと思ったけど、どこからか、遠くから音楽がながれてきた。

 やさしい音で、ちゃんと聞いたことなかったけど、聞いていると何だかねむたくなってきた。おなかもへってるのに、ふしぎ…。

「おやおや、トロイメライが流れてきたね。お開きかな?」

 ねむたいけど黒い人とお話したくて、目をこすって「トロイメライ?」と聞いてみたけど、上手く言えない。

「…何で?」

「トロイメライは夢とか夢想を意味するんだ。親が心配だから子供に早く帰って来なさいという、合図でもあるんだ」

「…でも。お母さんは…」

 まだお仕事…

「…また明日」

 黒い人の声におどろいちゃった。

「それじゃダメかい?」

 黒い人はかなしそうだけど、やさしい顔をしてた。

「明日…」とくりかえして見て、ねむたいけどがんばって目を開けて顔をあげる。

 顔をあげたら、せっかく、かぶせてもらったボウシが落ちちゃった。だけど、黒い人は自然に手を伸ばしてボウシを手に取って、今度は自分の頭にかぶっていた。

「うん!ヤクソクだよ!」

 大きな声でヤクソクをおねがいすると、黒い人もうなずいてから、せのびをして。

「うーん…楽しみだ。」

「私も!」

 うれしくて大きな声でこたえたら黒い人はびっくりしていたみたいで、目を大きくしたけど。

「…そうかい」

 やさしいエガオを見せてくれた。


 黒い人とさよならして、いつもみたいにコンビニによっておべんとうをえらぶ。

 今日は何がいいかな?

 だいすきなハンバーグもいいけど、だいこんの乗ったトンカツもすきだからまよっちゃう。

 ハンバーグの方が安いし、タマネギも色がついたのが入ってるしこっちにしよう!

 あまったお金はお母さんにかえさないといけないけど、お金は大事だし!

 いっぱいかえした方がお母さんもたすかるよね。

 今日のごはんをもって家にかえって、カギをあけてドアを開けると友達がわたしをまっていてくれた。

「あれ?」

 ぬいぐるみの『ミミ』がわたしをまってたみたいで、クツをぬぐところですわってまっていてくれた。

「こんなところにいたら”かくれんぼ”にならないよ?」

 わかってるけど、『ミミ』をだきあげてしっかりとだきしめてあげる。

 わたしはおねーちゃんだもん。『みみ』はわたしとはくらせなかったけど、『ミミ』がいるからさびしくない。

 『みみ』の分まで『ミミ』のおねーちゃんをしてあげないとね!

「もしかして、オニがしたかったの?」

 黒い人みたいにイジワルをいってみて、そうじゃないことくらい分かってる。

 わたしがおそかったから心配してくれたんだよね。

「もう!さびしがり屋さん!おねーちゃんがいっしょにいてあげるからね!」

 『ミミ』をだいてごはんを食べるヘヤにいっしょに行って。

 ごはんを食べるヨウイをしてから、『ミミ』がさびしくないようにオヒザにすわらせてあげる。

「そうだ!お話してあげるね!今日ね、公園でヘンタイさんにあったの!ヘンタイさんなのにヘンタイじゃないし、むずかしい話ばっかするんだけど…面白い人なんだよ!」

 『ミミ』はこたえてくれないけど、それはぬいぐるみだからしかたない。

 わたしはいつもみたいに『ミミ』におはなしをしてあげて、ごはんがおわったらいつものように『ミミ』といっしょに『みみ』に手を合わせてあげた。

 『みみ』と会いたかったなぁ…なんて、言っちゃダメ。きっと、お母さんもお父さんも泣いちゃうから…。




 つぎの日―

 気づいたら公園にむかってはしっていた。

 学校でどんなベンキョウしたかおぼえてない。わたし、ワルイコになっちゃったのかも?

 ちゃんとベンキョウしないと、いい大人になれない、って言われてるのに黒い人と会いたくておぼえてない。

 黒い人いるかな?

 公園をのぞくと、黒い人がきのうと同じようにベンチにすわっていた。

 うれしくて、はしっていくと黒い人が歌っているのが分かった。

「ジェムロニョン!フィーアルィー…ジェムロニョンクヮティーリボン!ジェムロニョン、フィーアルィー、ジェムロニョン、ジェムロニョン!オ!パッキャマラードー!パッキャマラードー!パーオーパーオーパーーオ!パッキャマラードー・パッキャマラードー・パーオー…」

 何の歌かわからないけど、聞いたことある!

「ヘンタイさん!こんにちわ!」

 あいさつを元気いっぱいすると、黒い人は「オーパ…ヘンタイ?」とこまった顔をしていた。

 黒い人はわたしをみると、

「また一人で来たのかい?ここにはヘンタイも出るから気を付けなよ?」

「おじさんのこと?」

 わたしが聞くと、黒い人はきのうみたいに両手をふって、

「何度も言うけど、僕は虫じゃないし、ちょうちょでもないよ。ましてや君に何かしたかい?」

 黒い人は、なんで”ちょうちょ”じゃないなんて言うのかな?見ただけでわかるのに?

「変なお話してくれるよ?」

「…そうか。僕はヘンタイなのか…」

 きのう見たいに黒い人のとなりすわって。

「ねぇねぇ、何の歌?聞いたことある!」

 わたしが聞くと、黒い人は「ああ。玉ねぎの歌だよ。玉ねぎ好きかい?」なんて聞いてきてくれて、ボウシもかぶせてくれた。

 きょうもお話してくれるんだ―

 うれしくて、大きな声で、

「うん!あのね、白いのはべーってなるけど、茶色いのは好き!」

「そうか!いいねぇ!茶色…となると油で揚げた玉ねぎかな?玉ねぎを食べるとライオンになれるからね。でも、ライオンは玉ねぎを食べられないのは自虐で皮肉だね。まぁ、犬も食べられないからね。どっちもどっちかな」

 黒い人もタマネギがすきみたいで、うれしそう。

 ライオンとかイヌは分かるけど、ジギャクでヒニクってなんだろう?食べ物なのかな?

「お弁当に入ってるの!ハンバーグのお弁当にも入ってるよ!」

 きのう食べたごはんを思い出しながら言うと、黒い人は楽しそうに。

「…そうか。僕も好きだよ。なんなら僕は生でそのまま齧りつくけどね」

 タマネギをそのまま?

 ウソだ!

「ハーリセンボン!」

「嘘じゃないから飲まないよ!」

 黒い人のウソをみやぶったと思ったのに。

 でも、ウソだと思う。タマネギはニガイし、生だったらなみだがいっぱい出るし。

「むー!じゃあ今度持ってくるね!食べられなかったらハリセンボンだよ!」

「いいだろう。僕は今日から玉ねぎを食べられるように練習しておくよ」

「約束だよ!…ってあれ?」

 なんかおかしい気がする?

 タマネギを食べる練習―?

「細かいことには気にしない。君がアイム・レディ・ナウになったら分かるよ」

 あいむれでぃなう?

 よく分かんないけど、黒い人はいつもヘンなこと言ってるし…まぁ、いいや!

 黒い人は手をあげると、エイエイオーするみたいにあげて、

「オ パッキャマラードー パッキャマラードー パーオーパーオーパー オ パッキャマラードー パッキャマラードー パーオーパーオーパー」

 楽しい歌につられて、わたしもいっしょになって手をあげて。

「ぱっきゃまらーど、ぱっきゃまらーど、ぱおぱおぱー!」

 大きな声で歌うと黒い人のボウシがおちちゃった。

 黒い人はボウシをひろってから、わたしにかぶせてくれてからハクシュしてくれて。

「上手いじゃないか。まるで歌姫の歌だ。これはお金を支払わなければいけないかな?ショーに入るには見合ったホウショーが…とこれは黒歴史を繰り返すことになるな。今日も月光蝶である…なんてね」

 上手い…って言ってくれてうれしい。

 だって歌うのはすきだけど、はずかしいから『ミミ』にだけ聞いてもらった…ことしかないから。

「お金は大事だよ。毎日500円までって決まってるんだよ」

「500円か。僕は1回分だね。掛け算は習ってるかい?」

 カケザンはまだ早いけど、お父さんからもらった本でベンキョウしたし、

「うん。九九も言えるよ!」

 これはジマンできるから、黒い人にムネをはってみせると、黒い人はまたハクシュしてくれて。

「まだ習ってないのに勉強熱心で偉いね。まぁ、偉くてもお金持ちとは限らないからね。頭の悪い僕は、かしこい君の3倍も1日に使ってるしね」

 3…ばい?

 わからないけど、なんかひっかかる。

 思い出そうとしていると「5×3は?」と黒い人に言われてピンときた。

「ごさん…15!」

「正解だ。僕はお金持ちだからね。つまり僕は3だ」

 黒い人がほめてくれてうれしいけど、ちょっとはずかしい。だって、黒い人がおしえてくれなかったら、きっと分からなかったから。

 あれ?でも―

「わたし5だよ?」

 わたしは1日500円の『5』なのに?黒い人は『3』?

「おっと負けてしまったね。僕は案外貧乏なのかもしれないな」

 黒い人は大きく手を広げて、小さく笑い出した。

 ほめられたワケじゃないけど、何だかうれしい。きっと、ほめられるのは、わたしじゃなくてもうれしいんだ。

「えへへ!だって、お母さんとお父さんががんばってるもん!わたしお金持ちだよ!」

「負けちゃったね。君はお金持ちだ。それだけ愛されているんだろうね」

 アイされている…その言葉が少しこそばゆい。でもキライじゃない。お母さんとお父さんとはあんまり会えないけど、わたしのことアイしてくれてるって分かってるから。

「ぱっきゃまらーど、ぱっきゃまらーど…」

 はずかしくて、黒い人から目をそらして歌っていると、

「それ、フランスの言葉なんだ」

 黒い人の声にびっくりした。

 それに…フランスってたしか、外国だよね?

「ハリセンボン、のむ?」

「嘘じゃないから…勘弁してよ」

 ウソだと思ったけど、よくわかんない。

 ニホンゴっていうコクゴは習ったけど、『ぱっきゃまらーど』ってニホンゴだと思う。

 黒い人はゆびをふりながら、

「一緒に一歩ずつ進もう…そう意味になるんだよ。」

 一緒に…

 

 手が…わたしをつかんで…


 どこからか音楽がながれてきた。

 きのう聞いた…トロイメライ…

 いつの間にかアセが手におちていた。体が…ふるえる。

 こわくて…ボウシをりょう手でつかんでいた。ナミダが出ていた。

 どうして?

 なにか…わすれてる…

「おや?トロイメライか…まるで夢見心地だったかい?子供の情景というのは早いね」

 黒い人はそう言いながら、ボウシをかぶっているところだった。

 終わり―

「また明日―かな?」

 明日…。

 顔をあげると真っ赤な夕日が見えた。黒い人をさがしてみたけど、見あたらない。

 さびしくて、ただじっと自分の手を見つめていると、

「何をしてるんだ?ほら、早く帰らないと」

 黒い人の声が聞こえて、あわてて顔をあげると、黒い人は公園の入り口に立っていた。

 手をふって「またね。友達によろしく」そう言って、黒い人はわたしの家とはちがう方向に歩いてい行った。

「またね!」 

 聞こえてるかな?なんて思ったけど、きっと黒い人はわたしがそう言うと分かってるから、聞こえてなくてもダイジョウブ!

 わたしはランドセルをしっかりとせおってから、家へと帰る。



 家についてドアを開けながら、「ただいま!」って声を出したけど、ヘンジはない。

 代わりに『ミミ』がちょこんとおでむかえしてくれてた。

「あー、また!勝手に出て来ちゃだめでしょ!」

 わたしは『ミミ』をかかえあげて、そのふわふわの体に顔をこすりつけ、

「今日ね、公園でまたヘンタイさんと会ったの!すっごく面白い人だよ!明日もいるかな?いるよね!だって、『また明日』ってヤクソクしてくれたし!」

 うれしくて『ミミ』にいっぱいお話しを聞いてもらって、それから―


―おぼえてない。





 体がフワフワする。なんでだろう?

 ユメを見てるみたいで…なんだかキモチワルイ…

 公園に行くと…黒い人がいつものようにベンチでまっていてくれた。

「おや?これはこれは…」

 黒い人もわたしに…てくれた。

 はしって行きたいけど…なんだか体がイタイ。

 黒い人は小さく笑いながら、わたしのところまで来てくれて、わたしを見つめてくれた。

 なんだか、泣きそうな顔だった。

 黒い人はボウシをとると、わたしにかぶせてくれる。


 真っ暗…だけどこわくない。

 きっと、やさしい歌が聞こえるから。

 何の歌かわからないけど、ずっと聞いていたい。

 ねむたいけど…目を開けると、ぼんやりとした先に黒い人が見えた。

 ねむっちゃってたみたいで、よくわかんないけど、「おはよう」と言ったのといっしょにセナカがイタクなった。

「おはよう。御寝坊さん。」

 黒い人の声が聞こえてきたけど、いたくて、こわくて…サムイ…。

「―もういいかい?」

 黒い人の声…なのに、もっとちがう声がわたしの頭にひろがる…。

 カゼをひいたみたいでキモチワルイ。はきそう…。

「もう、大丈夫だよ。」

 黒い人のやさしくて、かなしそうな声が聞こえてきた。

 でも…もう、おそいって分かってる…なのに…。

「ヤクソクだろ?今日もお話ししようか」

 ―ヤクソク…

 目を開けると、黒い人の顔がしっかりと見えた。

 ユメをみた後みたいなフワフワした感じがまだする。

 だけど…

「ヘンタイさん…こんにちわ!」

 大きな声でアイサツをすると黒い人は泣きそうだけど、やさしくうなずいてくれた。

 黒い人はすこしだけ何かかんがえていたけど、大きく手を広げて、

「はいヘンタイです!今日もお日柄もよく、出会えて光栄ですよ素敵なお嬢さん。Il fait du soleil.mademoiselle…C'est un mot terrible(※素敵なお嬢さん。良い天気ですね!お口は悪いですね)」

 聞いたことのない言葉…きっと外国の言葉だと思う。

 どういうイミなのかな?なんて思っていると黒い人は大きな声で笑って、

「おっと分からなかったかい?まぁ、僕は意地悪だから、教えてはあげないけど!」

「えー!ヘンタイさんのケチンボ!」

 わたしがおこっていると、黒い人はイジワルに笑って、

「こらこら、レディがそんな悪いこと言わない。特にヘンタイなんてレディが使わない方がいいよ。そのことを踏まえて僕の事をなんて呼ぶ?」

 よくわからなかったけど、ヘンタイって使っちゃダメなのかな?学校のみんなは使ってるのに。

 考えてみたけど…ヘンタイのかわりが思いつかない。

 テレビで見た言葉だと…

「…ボケナス?」

「すまない。酷くなったね。もう、ヘンタイでいいです」

 ボケナスはもっとダメなのかな?

 だけど、いつもみたいに黒い人がお話してくれてなんだかうれしい。

 明日も―


 明日なんてあるの―?


 ―まーだだよ…。

 聞いてよ…

 目の前に…光が…

 イタイのに…どうして?タスケテくれないの?

 わたしが…わたしを見て…


「―落ちてるよ」

 黒い人の声が聞こえて、何か…ボウシをかぶせてくれた。

 びっくりしたけど、ボウシをかぶってるとアンシンする。頭がちゃんとここにあるみたいで。

「今日は暑いからね。ちゃんと水は飲んでるかい?」

 黒い人はそう言いながら、まだフタがしてあるペットボトルをわたしにくれた。

 シンピンのペットボトルの中には、水が入っていてひんやりとしてキモチいい。

 のんでいいのかな?

 のみたいけど、手に力が入らない。

 黒い人を見てみると、黒い人はわたしからペットボトルをとると、フタをカンタンにあけてくれた。

 黒い人はわたしにペットボトルをもう一度にぎらせてくれてから、またいつもみたいに。

「子供は残酷だ。僕自身からヘンタイ宣言しないといけないとはね。今年こそサナギになって、ちょうちょになろうかな?」

 また、ちょうちょの話してる…。

「ねぇ、ヘンタイさん。今日はどんなお話してくれるの?」

 わたしが聞くと黒い人はニコニコと笑いながら、

「そうだね。ヘンタイらしく、ヘンタイのお話でもしようかな?」

 ヘンタイのお話?

 考えてみたけど、男の人と女の人がチューしてるところを思い出した。

「エッチなお話?ママがまだ早いって言ってた。チューしてるとこ見てたらママが怒ってテレビ消しちゃうの」

 黒い人はわたしに「おませさん」って、またむずかしいことを言ってから、

「エッチではないね。エッジは利かせるつもりだけどね」

「なにそれ?いっしょ?」

「…デカルト、カント、ショーペンハゥエル、じゃなかったね。デモクラシーではなく、フロイトの夢判断的には一緒だけど、君にはまだ早いね。さすがにフロイトだって、君みたいな子がエッジを夢みた所でエッチだとは分類しないだろうし。そうなると、彼に必要だったのは君みたいな子だったんじゃないかな?」

 黒い人がまたムズカシイこと言ってきた。

 デカなんとかルーって何だろう?

 それにまたエッチって言った。黒い人のヘンタイ!

 黒い人はゆびを曲げてクネクネと動かし、グーにしたり、今度は手をひろげたりしながら、

「変態というのは虫が幼虫からサナギを経て、蝶なりカブトムシなりの成虫の姿になることだよ。芋虫と蝶々は全然違うだろ?」

 イモムシとちょうちょが同じ虫なのは知ってる。リカで習ったから。

「幼虫がサナギになり、一度自分の体を溶かし、そして、サナギの中で幼虫の時に持っていなかった羽や、角を得る。こういうのを変態というんだ」

「そうなんだ。」なんて言いながら、ヘンタイってそういうイミなんだ…って知らなかったから、ちょっとくやしかったし、もっとベッキョウしなきゃって思った。

 黒い人はいつもの笑顔でわたしを見てくる。

 きっと分からなかったことがバレてる…。

「…もしも、そのぬいぐるみがサナギなら…一体何が生まれるのだろうねぇ?」

 いつもの声じゃなかったから…わからなかった。

 黒い人が言った…なんて思わなかった。

「―え?」

「君の友達…ぬいぐるみだったかな?ぬいぐるみや人形には昔から魂が宿りやすいからね。魂の器になり易い…と言えば分かるかな?」

 『ミミ』には…『みみ』が…。

「君みたいに大切にしている子のなら、良い魂が宿るのだろうね。まぁ、君に似た好奇心が旺盛で、元気過ぎて…ちょっと口が悪いのだろうけど」

 そうだよ。ゼッタイ。『ミミ』はいい子だもん。

 それに、お母さんとお父さんが泣きながら、『みみ』はきっといい子だったって…

「でもね…その器に卵を産み付け、中から食い破る…そういう『ハエ』もいるんだよ。」

 黒い人の声が耳をふさいでるのに聞こえてくる。

「空を舞う、美しい羽を…生まれる前にもぎ取り、食い破り、摘み取る。それが生きるためなら仕方ないかもしれないのだけどね…」

―やめてよ! 

 わたしの声が聞こえてきた。

―タスケテ!

 わたしは…何で?

「いったい、何が隠れているんだろうね?」

 黒い人の声で、アレが見えた。

 『ミミ』の顔をした…

「違うもん!」

 さけんでいた。だって、ゼッタイにチガウ、から!

 あんなバケモノ―わたしの友達じゃない!わたしのイモウトじゃない!


 目の前が…テレビみたいにゆれた。

 手がわたしをつかんでた…おっきな手がはなしてくれなかった。

 にげたけど…タスケテって―言ったのに、ゼンゼン聞いてくれなかった。

 まだ―って言ったのに…


 頭に何かが乗った。やさしくて…ひんやりとしてる。

 …見なくても分かる。

 黒い人のボウシだ。

 顔をあげると、黒い人はやさしく笑ってくれていた。それだけで泣きたくなる。

―どうして?

 言いたいけど、何をしてほしいのかぜんぜん分からない。思い出したくない。

「虫は苦手かい?まぁ、女の子だしね。この話は止めようか」

「うん…」

 わたしがうなずくと、黒い人は「じゃあ、これで終わりだね」と話をやめてくれた。

 だけど…お話をしてくれなくなった。

 セミの声が聞こえる。なのに、黒い人は何も言ってくれない。

 黒い人がまたお話してくれるのをまってたけど、黒い人はジッと公園の入口をコワイ顔で見てた。

「ねぇ、お兄さん…」

「ヘンタイだよ?」

「わたしの『ミミ』…大丈夫かな…」

 言ってから、ムネがイタクなった。

 わたしの大事な友達で…イモウトの『みみ』の代わりに来てくれた『ミミ』が…。

「怖がらせちゃったね。夏は暑いから怪談で肝を冷やすのが日課でね。隕石を落とし、地球を寒くするような肝を試すことはなしない…と、これはとある子の言葉だね」

 黒い人はいつもみたいなヤサシイ顔じゃなくて、少しかなしそうだった。

「大人として忠告しておくよ。」と黒い人は言ってからわたしをゆびさして。

「君は独りぼっちだ。たった、一人でする『かくれんぼ』は危ないよ」

― 一人ぼっち。

 そんなの…わかってる。

 『みみ』がいてくれたら…きっとさびしくなかったのに…。

「―うん」

 しっかりとうなずいてみたけど、ナミダがこぼれた。

 学校でも、家でも、わたしをダレも見てくれない…。

 そんなの分かってる。

 見つけてくれるワケがないって―わかってる。

「強いな。君は―」

 つよい?誰が?

「…君は独りぼっちでもね、友達が多い子とそう大して変わらない」

 顔をあげると、黒い人は空を見上げてから、わたしを見てくれた。

 笑顔だけど、なきそうな顔をしてた。

「皆に囲まれて幸せとか、一人の方が幸せとか…そういうのじゃなく、こうして見ず知らずのヘンタイだって君が寂しそうにしてたら心配するし、笑顔だと安心する。人間ってのはそういう小さな関わりや思いやりを持って生きている。交差点ですれ違う人が疲れた顔をしていたら気になるし、見ず知らずの人が堪えきれなかった涙を溢してたら見守ってしまう。猫が助けを求めたらそっと手を差し伸べたくなる。声を掛けられずとも、案外人は皆を思いやって生きているのさ。」

 黒い人はゆっくりとイキをはいてから。

「誰にも見つからないように、関わらないように生きる…かくれんぼのような人生をしていたって誰かがきっと見つけてくれているのさ。関わってくれなくても」

 黒い人はきっとやさしい人だと思う。

 むずかしくてよくわかんなかったけど、わたしのことをシンパイしてくれてるのはわかるよ。

 黒い人はこまった顔をして、「難しいかい?」って聞いてきたから、「うん…」と答えたら黒い人は大きく笑い出した。

 何がおもしろいか分からないけど、黒い人が言ってたみたいに、笑顔だと安心する。

 黒い人は少しの間笑ってから、今までで一番やさしい顔で。

「なら、俺…僕から君に一言あげよう。」

 そいってから、わたしをゆびさして…。

「『みーつけた』」

 …みつけてくれた。

 目があつい。ナミダがこぼれてくる。

 同じ言葉なのに、あたたかくて、こわくない。

「ほら、次は君が鬼だよ。」

 黒い人に言われてあわててナミダをふいてから、

「うん!じゃあ、10数えるね!」

 わたしが答えると同時に、やさしい音楽がながれてきた。

 ねむたくなる、やさしい音楽…トロイメライ…。

「…でも、もう帰らなきゃいけない時間だ。ほらトロイメライだよ。」

 トロイメライはかえる合図だから…。 

 黒い人は立ち上がると、首をまわして、

「…だから今度は君が僕を見つけてくれ」

 よくわからなかった。だって、黒い人は…ここにいるから。

 黒い人はしゃがむと、わたしの目をしっかりと見て。

「君が10数えている間に僕は帰るから、かくれんぼの続きはまた今度だ」

―本当?

 声が出なかったのは…きっとねむたいから。

「また遊んであげるよ」

 目を閉じていく中でも…黒い人のやさしい声が聞こえて…こわくなかった。

「うん…」

 お外なのに、ねむたくて…もう。




 目を開けると…まっくらだった。

 おかしいな…なんて思っていると、大きな手がわたしの口を押さえてきた。

 ワケが分からなくて手をふったり、足をバタバタさせたけど、手がさらに強くわたしを押さえてきた。

 苦しい。息ができない。

 目の前がくらくなっていく…。夜より…もっとくらくて、サムイ…。

 手が何かに当たった。

 あたたかくて、ふわふわしている。

 『ミミ』だ―。

 コワかったけど、いっしょに寝ていた『ミミ』を―タスけたい!

 思いっきり口を開けて大きな手にかみつくと、男の人の声が聞こえた。

 あわてて『ミミ』をだきかかえて、にげだすと、たおれるような音がした。

 ヘヤから出て外へのドアに向かいながら、

「『ミミ』だいじょうぶだよ!おねーちゃんが、まもってあげるから!」

 『ミミ』がこわがらないように、声をかけたけど…『ミミ』はわたしの声を聞いてくれなかった。

 しゃべってくれないのは、いつものこと。

 だけど、ふわふわな体、いつものお洋服…なのに、『ミミ』には大きな耳も黒い目もなかった。

 そこに、あったのは白いワタだけ…。

「―どうして?」

―なんで?

 どうして…『ミミ』の頭がないの?

「おーい…だいすきなかくれんぼかい?」

 ギシリ―と音がなる。ゆっくりと、ゆっくりと…わたしの部屋から何かが下りてくる。

 こわかったけど、それより『ミミ』が、どうして?

「もーいいかい?」

 声が近くで聞こえてきた。

 ふりかえると、暗くてよく見えなかったけど、おっきな体をした、『ミミ』の顔をした…バケモノがのそりのそりと歩いていた。

 先生とよくにた大きさなのに、『ミミ』のバケモノ…

「どこかなー?」

 楽しそうに、ヨダレをながしながら、キョロキョロと首を回して…わたしをさがしていた。

 かくれることもできなくて、ただ、そのバケモノを見ているしかできなかった。

 バケモノは、近くにあった机に気付かなかったみたいで、よろめいた。

 だけど、たおれなかった。

 『みみ』をかざってるブツダンに手をかけて、『みみ』のシャシンを―

「やめてよ!」

 気づいたら声を出していた。

 こわいのに…でも、『みみ』はわたしのイモウトだから…これ以上…

 バケモノの首がゆっくりと、わたしの方へと向いてきた。

 息が…出来ない。

「『みーつけ…』」

「来ないで!」

 あわてて手に持っていたものをなげつけたけど…ぽふりとバケモノにあたっただけで、ユカに落ちた。

 わたしのなげた『ミミ』じゃ…

「―『ミミ』?」

 何をしちゃったのか分からなかった。わたし…大事な友達を…。

 バケモノは気にもしなかったけど、『ミミ』の体をふんでバランスをくずして…ブツダンの方へとたおれた。

 『ミミ』の体から白いワタが飛び出して、ふわふわな体がぺちゃんこになる…。

 ブツダンからハイとか、よくわからないカザリとかが落ちていく。

 『みみ』のシャシンも落ちて…ガラスのわれる音がした。

 お母さんと、お父さんが大事にしてた…わたしの大事なイモウト…

 『みみ』がなくなった日…ずっとお母さんもお父さんも泣いてて…それから、わたしを見てくれなくなった。

 『みみ』はわたしのセイで―

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

 ニゲたい…。

 家のドアをあけてとびだして、まっくらな道へとにげていた。

 わけがわからなくて、イキができないくらいムネがいたい。アシがいたい。ペチャリと水をふんだ音がする。

 お母さん、お父さん…ごめんなさい。

 大事な『ミミ』も、お母さんとお父さんが本当に大事にしてた『みみ』のシャシンもこわしちゃって。

 おねがいだから…おこらないで!

 わたし…いい子にしてたよ!

 ずっと100点とったよ!ベンキョウガンバったよ!

 さびしくても、がまんしてたのに…なんで、どうして!?

 わたしから、大切なものを…ゼンブ…

―返してよ!

「『もー…いいかい?』」

 声が…すぐ後ろからした。

「い、いや…ま…まだ!」

 声が出ない。

 あのバケモノの手がわたしのカタをつかんで…

―みーつ…


 手をダレかがとって、わたしをひっぱる。わたしといっしょくらいの小さな手。

 つめたくて、黒い人のボウシみたいな…やさしい手。

 手の先には、わたしより少し大きい、女の子がいた。

 女の子は泣きそうな顔をしてた。きっと、あのバケモノがこわかったんだと思う。

 気づいたら、その子にだきついていた。『ミミ』をだきしめるより強く。

 女の子もわたしをしっかりと、だきしめてくれた。

 ふるえているわたし…をやさしくなでてくれた。

 

 目を開けると、『ミミ』が見えた。

 体をおこしてキョロキョロとまわりをみたけどダレもいない。

 アセをいっぱいかいちゃった…。

 あのバケモノもいないし、女の子もいない。

「―へんなユメ」

 なんて言いながら『ミミ』をだきしめて、わたしは目をとじた。

―ユメじゃないよ…

 そんな声も聞こえてきたけど、わたしは聞こえないフリをして、見えないようにフトンの中にカクれた。




―次の日…なんだと思う。

 

 学校のことを思い出せない。

 だけど、いつものように…公園にむかう。

 公園の入口から中をのぞいてみたけど、ベンチにはダレもいなかった。

 黒い人がいない―

 それだけでさびしい。だって、わたしを見てくれるのは…見つけてくれるのは黒い人だけだから。

 まっていたら…来てくれるかな?

 そんなことを考えて、ベンチにすわると、おシリにやわらかいものがふれた。

 びっくりして、あわててベンチからはなれると、昨日…夢に出てきたあの女の子が目をまん丸にして、わたしを見つめていた。

 あの女の子はベンチからたちあがると、『どうぞ』ってベンチをあけてくれて、公園の入口の方へと走っていこうとする。

 あわてて、その手をつかんで。

「あの…黒い服のおにーさんを見てないですか!」

 わたしが聞くと女の子は、泣きそうな目をしていた。

「遊ぶ約束してたの…」

 なんで…この子に聞いたのか分からない。だけど、黒い人といっしょで、この子もわたしのことを見てくれるから。

 みんなとチガウ気がするから。

 頭にふんわりと、何かがのった。

 女の子がわたしの頭をなでてくれていた。

「え?」

 女の子は泣きそうなやさしい笑顔で、ただ頭をなでてくれていた。

 黒い人のボウシといっしょで、安心する。こわくない。

 …でも、ナミダが止まらなくなった。

「あのね…わたし―さびしい。かくれてるの、もう…いやだよ…。ひとりは…いや!お母さんも、お父さんも…わたし、いい子にしてるのに!いい子にしてたのに!どうして!?なんで『みみ』は…わたしのイモウトは…なんで…!」

 女の子に甘えるみたいに、だきついて…泣いて、泣いて…ずっと、声を出した。

 女の子はそんなわたしを、ずっとやさしくなでてくれていた。

 どれくらいたったか分からないけど、ヤサシイ音楽がながれてきた。

「トロイメライ…」

 口からその名前がこぼれた。

「―帰らなきゃ。」

 女の子からはなれて、ナミダとかハナミズでぐしゃぐしゃになった顔を手でふいてると、女の子がこまった顔をしてた。

 見ていると、女の子の白いワンピースがわたしのせいでよごれていた。

「ご、ごめんなさい!」

 あやまってから、ハンカチを取り出したけど、女の子は手だけで『大丈夫』って、気にしていない言ってくれているみたいだった。だけど、わたしのセイだし、お気に入りだけどハンカチを女の子にムリヤリわたすと、女の子はこまった顔をしたけど、大事そうにうけとってくれた。

 それが何だかうれしくて、

「あのね…また、あそんでくれる?」

 わたしが聞くと、女の子は小さくうなずいてくれた。

「ヤクソクだよ!ユビキリげーんまーん!」

 わたしが歌うと、女の子もゆびをだしてくれ、しっかりとからませて、

「…ウソついたらハリセンボンのーます!ゆびきった!」

 歌いおわって、もう一度だけ女の子と顔を合わせてから、わたしはいつもみたいに家へとかえることにした。

 黒い人はおしゃべりで、あの女の子はぜんぜんしゃべってくれない。だけど、二人ともやさしいから…わたしを見てくれるから。

―もう、さびしくないよ。




 夏の夕暮れ―。

 蝉が鳴き、真っ赤な夕日に照らされた舗装された道。

 そんな中、浮世離れしたような黒いロングコートを纏い、駅員の帽子を被った男が佇んでいる。

 手には花束を持ち、公園から飛び出していった、陽炎のようにゆらめく少女を、物鬱気な表情で見つめる。

 熱せされたアスファルトから立つ蜃気楼…その向こうへと消えていくその影に呆れるような息を吐く。

「これはいらなかったか」

 男は呟きながら、懐から一枚の切符を取り出し、にぎり潰した。

 それと同時に公園からワンピースを着た女の子が出てきて、男をジッと見上げた。

 男はワンピースの女の子に気づくと、ヘラヘラと、まるでバカにするように不敵に笑いながら「こんなところにいたのかい?」と、茶化すような言い方をし、女の子は不服そうに頬を膨らませた。

 女の子はそっぽを向きながらも、陽炎のむこうを見つめ、既に見えなくなっているカゲを見つめていた。

 男は小馬鹿にするように、吹き出しながら。

「気に入ったのかい?なら、仕方ないね」

 男が茶化すように言ったものの、女の子はふわりとターンをし、男を見上げた。

 笑顔で男を見上げ、まるで『ウソばっか』や『お見通し』とでも言わんばかりのその表情に男は肩を竦め。

「どんなにかくれんぼが上手くたって、今のあの子程、上手には隠れれないだろうし、あの子はいつ鬼になれるかな…」

 男が弱った…とでも言わんばかりに呟き、陽炎の先を見つめる。

「いや…きっと無理なんだろうな。」

 ぽつり―と男がこぼした。

 悲しむような、憐れむような…それでも、嬉しさの滲んだような声色。

 女の子は俯き、ただジッと静かに目を閉じ、両手を組んでいた。まるで祈るように。

「不服かい?僕の言葉はいつだってハイド&シークさ。真実なんて語らないし、偽りの自分に都合のいい真実を見つけるだけだよ」

 男が誰に言うでもなく、空か空気に向かって呟いたものの、女の子は気にしていないように、男の手に持つ花束からコスモスを一本抜き取り、香りを嗅いだ後に胸に抱く。

 男はやれやれと口に出しながら頭を掻き、

「見透かされているのも辛いね。君程、鬼に向いている子もいないだろうな。まぁ、君は本物の『オニ』だからね。鬼を演じなくていいのは羨ましいね」

 女の子は腰を折り、男もそれに合わせてゆっくりと腰を折り、枯れた献花の隣、電柱の傍にコスモスの花束を供え、女の子もその花束の上に、ハンカチに包んだコスモスの花を一輪供えた。

 男は手を合わせ、女の子は手を組み、暫くして二人は目を開けて立ち上がる。

 女の子は満足そうに、それでも悲しそうに花を見つめ、男は興味なさそうに背を向けながらも目を向けてしまう。

 男は少しすると歩き出したが、女の子が立ち止まっているのに気づき、

「あの子には、コスモスだけど、君にはデンドロビウムがお似合いだね?」

 男の言葉を聞いた女の子は思い出すように上を向いて顎に手を当てていたものの、すぐに怒ったように頬を膨らませた。

 男はそんな女の子に背を向けて歩き出しながら「俺には…コルチカムかな?」と呟きを溢した。

 女の子がついてきたのを見てから男は、帽子を一度深く被り直し、

「よい旅まで…しばし『かくれんぼ』を楽しんでくれ。」

 そう言い残すと、二人は夕暮れから宵が降りてきた町へと消えていった。


―真実はいつだって、人それぞれ。人にあった答えがあり、他人はそれを知らない。

 真実はかくれんぼ。サナギから生まれたのはいったい?



 答えなどどこにもありません。

 ただ自身の思ったことこそ答えです。

 少女が何者なのか、『死神』を嘯く者は何者なのか?

 そんな緩い気持ちで読んでいただければ幸いです。

 文字数も少ないので、流し読みでもしていただければ幸いです。

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[一言] 夏のホラー2021から参りました。 なんだか不思議な物語ですね。読むことはやめられないのに、どんどん迷子になっていくような、そんな感覚になりました。 読解力不足なのかもしれないのですが、気に…
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