親友になりたい
「親友になりたいってさ、残酷な言葉だよな」
哲也が言った時、僕はまた彼一流の、名前に相応しい哲学かなとそう思った。
僕の下宿先に、哲也が缶ビールといくつかのつまみを持ち込んで、いつものように呑んでいた。外は冬の小樽らしい様相で雪が降りしきり、今夜もまたぐだぐだ吞みながら二人、ここで眠りこけるんだろうなと予想しながらプルタブを開ける。暖房をガンガンに効かせて、ビールを呷るのは快楽だ。金がかかるけど。
「良いじゃん。それだけ仲良くしたいってことだろ?」
「ちげーよ」
そう言って、哲也はするめいかを、七味唐辛子をかけたマヨネーズにつけて貪った。
「美香がそう言ったんだ」
「――――……あー」
それで僕にも合点が行った。
美香ちゃんは、哲也の幼馴染で、哲也がずっと恋している相手だった。それはもう大事にし過ぎて、賞味期限切れになるくらいの惚れようだった。だが、つまりは、玉砕してしまったらしい。
「告ったの?」
「ん」
あああ。
降りしきる雪よ。黒に散る点描よ。我が哀れな親友に救いあれ。
あ、それでビールの本数がいつもより多いんだな。いいじゃん。とことん付き合ってやろう。それにしても見る目ないなあ、美香ちゃん。
哲也はその後、大学のバカみたいに長い夏季休暇を使いバーレーンに行った。美香ちゃんのことを吹っ切りたかったのだろうことは容易に察しがつく。時々、哲也から便りがあったが、それは、こっちは太陽の光が噛みつくように痛いだの、女たちが黒い布を纏っているが、その禁欲的なところが存外悪くないだの、そうした他愛もないことばかりだった。
僕は哲也が熱波に恋を蒸発させようと四苦八苦させている間、彼女とあちこちに出かけてデートした。だが、張り込んで予約した夜景煌めくレストランで、僕が差し出した四角いプリンセスカットのダイヤの指輪を差し出した時、彼女はそれをじっと見つめ、やっぱり貴方とは親友でいたいの、と言った。僕の心に凍てつく風が吹きすさんだ。母親の形見の指輪を親父に内緒でくすねてきた指輪は、レストランのシャンデリアに虚しい輝きを放っていた。
無性に哲也に会いたくなった。
ラムさんに捧ぐ。