第1話 戦闘民族に生まれ
――ある日、俺は死んだ――
◇
妙な夢を見た。
俺ではない誰かが死ぬ夢だ。
ここ最近、ずっと同じ夢を見る。
「ギギィィ!!」
突然、叫び声が聞こえた。
瞬間、現実に引き戻された。
眼前には飛びかかってくる影。
子供ほどの体格、緑の肌、小鬼だ。
そして、その手には剣が握られ俺の頭に振り下ろされた。
避けられない――
ギン、と金属同士がぶつかり合うような音がした。
剣は俺の左腕によって呆気なく受け止められる。
この程度の攻撃では俺の斬撃耐性を突破することなどできない。
「効かねぇよ!雑魚が!」
そして、俺は右手に握られた斧を振り抜いた。
斧は正確に小鬼の首元を捉え――
「ギ」
短い断末魔を残しその首をはねる。
首を失った小鬼は血を吹き出し倒れた。
しかし、俺たちを囲んだこいつらの数は以前大量。
すると、背後から大柄の男が飛び退き、俺と背中合わせの体勢になる。
「おいトール!何ボーッとしたんだぁ!」
「すまん、寝てたみたいだ」
「また、立ったままか!最近多いなぁ!」
声がでかいこの男――エギルは俺と同じアースガルドの戦士だ。
筋骨隆々、腰には毛皮を巻き籠手を装備している。
「な!いつものあれ、やろうぜぇ!」
いつもの、というと首狩り競走のことだろう。
なら、賭けるものは――
「負けたら今日の晩飯を奢る、だろ?いいぜ乗った!」
「よっしゃ!!決まりだ。数え間違えるなよ!」
そう言うと俺とエギルは雄叫びを上げ、小鬼の大群の中に突っ込んだ。
『その首、よこせぇぇ!!』
◇
俺たちの集落は山間地に存在する。
同じように小鬼などの異種族も山間や斜面に村をつくる。
今日、俺とエギルは遠出して魔獣狩りに出かけた。
そして、そこで小鬼の村を発見し略奪しようという話になったのだ。
「結局、まともな食料はなかったな」
「ああ、それに強えヤツもいなかったぁ」
食料庫には乾燥した虫や草しか残っていなかった。
加えて、小鬼の上位種である大鬼と戦えるかもと期待したが、あの村にはいなかったようだ。
しばらく山を下ると巨大な木の杭で囲まれた集落が見えてきた。
俺たちの集落アースガルドだ。
村の門に近づくと門番がこちらに気付いた。
「おう、戦士トールに戦士エギルお帰り!どうだった?」
「小鬼どもの村を見つけたんだけどよ、収穫無しだ。それに雑魚ばっかりだったしよぉ」
そう言ってエギルは不機嫌になる。
「はは、そういうなって約束どおり晩飯奢るからよ」
「お!ということはついにトールに勝ったのかエギル!」
驚く門番。
そうだ、結局、首狩り競走は俺が61、エギルが63でエギルの勝ちに終わった。
「へへ、そうだった!早く晩飯にしようぜトール!」
「それはいいが、まずこの格好をどうにかしないとな」
現在、俺たちの体は小鬼の返り血で汚れまくっているのだった。
◇
エギルとはいったん別れて、家で着替えてから合流することにした。
俺の家は集落の南にある1等地だ。
功績をあげた戦士には首領より褒美が与えられる。
今、暮らしている石造りの家もその1つだ。
最も1人で住むには広すぎるし、寝床としてしか使っていないが。
「お帰りなさいませ。トール様」
玄関には女が立っていた。
銀髪に長い耳、森妖精という種族だ。
アースガルドの集落には戦士階級、市民階級、奴隷階級の三つの身分がある。
そして、捕らえた異種族は奴隷階級として扱う。
戦士の褒美には奴隷も含まれるのだ。
「今晩は外で食べる。着替えるから替えの服を持ってこい」
「はい、かしこまりました」
奴隷は一礼して下がった。
そして、俺は軽く水浴びを済ませてから着替えると村の中心へ向かった。
エギルとの集合場所は戦士階級のみが入れる食事場所「黄金の林檎亭」だ。
店に向かう途中には市場があり、夜にもかかわらず賑わっていた。
すると、店から声をかけられた
「トールじゃないか!久しぶりにうちの魔獣肉、見てかないか?」
「すまん、これからエギルと晩飯なんだ。また今度来るよ」
「そりゃ残念、なら次きたときはお前の巨人殺しの武勇伝を聞かせてくれよ!」
「ああ、わかった約束だ」
肉屋の店主と別れた後も市場の店先やすれ違う人から同じようなことを言われた。
俺は少し前に巨人の首をとったのだ。
皆その話が気になるのだろう。
アースガルドの民は皆、戦いが大好きなのだ。
もちろん、俺も含めて。
黄金の林檎亭に着くと、すでにエギルが待っていたようで手をぶんぶんと振っていた。
「遅いぞぉ!トール」
「お前が早すぎるんだって。これ俺の分か?」
席に着くとテーブルには香草が添えられた大きな鳥の丸焼きが2つある。
店でも特に高い食材石化鶏だ。
こんがりと焼かれた肉の香りが食欲を刺激する。
「そうだ、よし!乾杯だぁ。我らアースガルドの戦士に!!」
「アースガルドの戦士に」
互いの杯をぶつけ合い、そしてエールを喉へ流し込む。
酒精が鼻から抜ける感覚はなんとも気分が良い。
するとエギルが俺に言った。
「トールよ。オメェ最近、調子悪いだろ」
「やっぱりわかるか?」
「そりゃわかるさ、戦い好きのオメェが全然集中してなかったもんな。例の夢か?他人が死ぬ夢なんて祈祷師にでもなったんか?」
ガハハと笑うエギル。
確かに、こいつの言うように最近、俺は不調だ。
その原因は俺とは違うヤツが死ぬ夢を見ることにある。
その夢は俺の見たことのない景色のはずなのに違和感がないという奇妙なものだった。
「ま、夢なんていちいち気にしてもしょうがねぇ。腹いっぱいになれば悩みなんて吹き飛んじまうものさ。だから、オレも食うから今日はいっぱいオメェも食え!」
「……今日はおれの奢りなんだけどな」
ともあれ、エギルなりに励ましてくれているのだろう。
こいつはこういう奴なのだ。
その晩はさんざん飲み食いをして別れ、そして俺は眠りについた。
◇
「はぁ……疲れた」
会社に7日間の泊まり込みからようやく解放された。
1つのプロジェクトが終わった解放感よりも疲労感の方が大きすぎる。
いい加減、あんなブラックな企業は辞めようと思うが入るのに苦労したし再就職は気が重い。
駅から家までの深夜の夜道をくたびれながら歩く。
交差点の横断歩道を渡っているその時。
信号無視の蛇行車が俺の方向へ突っ込んできた。
「なっ!!嘘だろ!」
次の瞬間、鈍い音がして視界が暗転した。
何が起きたのか理解できなかった。
そして、次に目を開けたとき俺は横たわっていた。
「あ、あれ、身体が、うご、かない?」
そうして俺はやっと自分が轢かれたことを自覚する。
鈍い痛みが全身を支配し、温かいものが頭から流れているのを感じた。
多分、血だろう。
足の先から熱が奪われ、寒気と眠気が俺を襲う。
「……おれ、しぬ、の、か?」
そして、朦朧とした俺の意識は闇に沈んだ。
命というものはこんなにも呆気なく簡単なのか。
それが俺の中に残った最後の思考だった。
◇
そこで目が覚め、俺はガバリと起き上がった。
そして、思わず顔に手を当てた。
顔は汗でびっしょりと濡れていた。
「……そうか。俺…俺は死んだのか」
あの夢は現実だったということが実感としてある。
そして、理解した。
姿形は違うが確かに死んだのは俺だった。
そして、俺は今も生きている。
つまり、生まれ変わったのだ。
転生したのだ。
この異世界に。
戦闘民族アースガルド最強の戦士トールとして。
「おはようございます。トール様」
自身の現状に納得しかけていたその時、不意に声がかけられた。
ぎょっとして部屋の入口に顔を向けると――
そこには一言でいうなら美少女がいた。
美しい銀髪は左右に結び垂らされ、紫紺の瞳と長い耳はとても神秘的に思える。
思わず、目を奪われてしまった。
しかし、ここで一つの疑問が生まれた。
誰?
読んでくださったあなたに感謝を。
そして、茶柱が立つくらいの幸運がありますように。
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