死の刃
「獣宿――【牙突】‼」
「――――ッ!?」
そして、莫大な魔力の奔流が、渦を巻き互いに衝突し合って熱エネルギーがどんどん暴走していく。
凄まじい衝突音と共に――レギウルスの左腕が弾け飛んだ。
「ちっ……仕留めそこなったか」
「――――」
レギウルスはアキラの拳が紅血刀へと衝突する寸前、ほとんど反射的に強引にも標準をズラしたのだ。
だが、それでも目的は済んだ。
左腕が弾け飛んだことにより、当然双剣の片割れが引力に従い地面へ金属音をまき散らしながら落下する。
二つの紅血刀を破砕することはできなくても、それでも一つの剣を回収することは叶った。
アキラはすぐさま足元に転がり落ちた紅血刀を拾い上げ、アイテムボックスに収納しながらもなお、レギウルスへと猛攻を叩き込もうとする。
「くっ。 しつけぇなぁ!」
「生憎、犬のようなストーカ能力が俺の売りなんでな。 余程の図太さがないかぎり何百回も降られたら諦めるさ」
「何を――」
「お前には関係ないよ」
そう嘆息し、アキラはようやく腰の鞘から戒杖刀を抜刀する。
あくまで獣宿は打撃専用。
刀などの武器を媒介にするとまずこっちが破損する。
手りゅう弾のように刀の破片が飛び散って大惨事になることに比べて、無手などハンデですらない。
紅血刀の片割れを叩き落すのに使用した獣宿はおよそ二回。
後たった一度で決着をつけなければならないのだ。
だが、今この瞬間に限ってそれは実に容易なことだ。
推し量るに、レギウルスの吸血行為にはあつ程度の隙が生じてしまう。
だからこそ、吸血時にはアキラから距離を取ったのだろう。
だが、果たしてこの超至近距離で吸血行為を行えるのだろうか?
到底、不可能。
「ハァアア‼」
「くっ……!」
水平に薙ぎ払われた刀身をなんとかしゃがんで躱す。
だが、その動きは明らかに精彩を欠いている。
双剣には、幾つか有利な点が存在する。
例えばその一つが純粋な物量故に生じる手数の差異。
手数が非常に優れている双剣ならばあるいは、アキラの猛攻を耐えることもできたのやもしれない。
だが、それは有り得ない未来。
手数という絶対有利を失い、更には重症の傷により激痛に常時苛まれている手負いのレギウルスを、仕留めきれないはずがないのだ。
大地が下降する勢いで踏み込み、水平凪ぎ――と思わせ唐突に停止し、鮮やかな軌跡を描きカーブする。
「ぐはっ」
「その状態で、何分耐えられるかな?」
「――――ッ!」
やがてアキラの絶え間のない猛攻により、刻一刻とレギウルスの強靭な肉体に裂傷が増産されていく。
獣宿ほどの威力はない。
だが、それでも吸血行為が不可能な現状、一滴の血液が命運を左右する。
刻一刻の、レギウルスの勝利は圧倒的な暴力によって塗りつぶされていく。
たんっ、と軽やかに跳躍し、鋭利な刃で無造作に、それでいて冗談のように正確無比に頭部・心臓・腸へと強烈な刺突を繰り出す。
レギウルスは死力を尽くし頭部へと狙いが定まられた刃を首を傾げるような動きで回避し、次いで心臓へ目掛けられた刃を紅血刀で弾こうとする。
だが――
「――蒼海乱式・〈水弾〉」
「くっ……!」
どこから飛び出たのかいつのまにやら数滴の水が宙を悠々と舞っており、レギウルスが戒杖刀を弾こうとした刹那光を超えた速度で激突し、無理矢理軌道をずらす。
「ぐぅううううう‼」
「ハァァッ‼」
幾度と交わしてきた刃により鍛えられたレギウルスの本能が、何とか身を捻り急所の負傷を必死に回避する。
だが、急所ではないとはいえ重傷は重症。
肝臓をあっさりと貫かれ、再度レギウルスは盛大に地面を深紅に染め上げる。
無遠慮にアキラは突き刺した刃を引き抜き、間髪入れず斬撃をなんら躊躇することなく、いっそ機械的に振り払った。
「うおおおおッッ‼」
「――――」
レギウルスは死力を尽くし、追尾する水滴の弾丸すらも抜き去りなんとか迫りくる刃を弾き返すことに成功する。
だが、それでも猛烈に己が不利なことには変わりはない。
体の限界を大きく上回る動きをした罰としてとんでもない激痛に苛まれる。
だが、それでも。
「――散れ! 〈煌爆鎖〉ッッ‼」
「――――」
懐――推定アイテムボックス――から取り出した鎖鎌を、自分もろとも爆破させ、凄まじい爆風が吹き荒れる。
だが、これでレギウルスの目的は果たされた。
たった一瞬の暇。
それさえあれば、レギウルスは再度全治できるのだから。
類稀な身のこなしで空中を彷徨い、軽やかに着地しアキラがこちらへ向かってくる前にすぐさま吸血を――、
「――残念」
「なっ――」
体が、切り裂かれる。
この、短い生涯で何度も何度も味わって、それでもまったく慣れてくれない激痛がレギウルスを襲う。
「残念ながら、俺に魔法魔術の類は効かない。 せいぜいその魂に刻み込んで、来世は上手くやれよ」
「――済まない、メイル」
己の敗北を漠然と理解したレギウルスは、その刃に身を委ねようと――、
「――諦めるのは、まだちょっとばかり早すぎるのである」
寸前、鋭利な三爪が戒杖刀の軌道を無理矢理逸らしていた。




