スライムを奢った罰
スライム舐めんな!
莫大な魔力が互いに衝突しあい、猛烈な勢いでエネルギーを爆発させる。
「獣宿――【牙突】」
「――――」
背後、探し求めていた気配が。
レギウルスが滝のように冷や汗を流しながら、紅血刀で背後の少年を切り払おうとする寸前――耐え難い衝撃が猛威を振るう。
過去、三度巨人の強烈な打撃を真面に喰らったことはあったが、そのどれもがこの威力に劣っている。
凄まじい勢いで放たれた殴打は、レギウルスの強靭な筋肉を抉り、骨を軋ませ軽々と水平に吹き飛ばした。
「がはっ、ぁ」
「――――」
あまりに威力に嗚咽する度に口元から盛大に血液が溢れ出し、味覚を錆びた鉄の味が大いに刺激する。
流星のような勢いで吹き飛ばされたレギウルスは、受け身すらも真面にとることができずに地面へと直撃。
鼓膜を破るような破砕音と共に、大地が深々と抉られる。
不意に、レギウルスの脳裏にある一文字がよっぎった。
「――ぁ」
――それは、久しく感じていなかった「死」の予感。
死ぬ。
魂が否応なしにそう叫び散らす。
今の一撃で咄嗟にガードに回した左腕は使い物にならなくなり、だらんと力なく惰性でぶら下がっている。
激突によって生じた衝撃で体も満身創痍。
紅血刀がなければ今頃レギウルスは死に絶えていただろう。
「――〈朽血〉」
紅血刀に常時ストックしていた血液がレギウルスの体に染みる。
レギウルスは吸血鬼と人族の混血である。
吸血鬼とは、夜を己の縄張りとし人々の血を吸い生きながらえる禁忌の存在。
その血は今もレギウルスの中にしっかりと流れている。
だが、それでもレギウルスはハーフ、つまり、混血だ。
故に完全に吸血能力を継承することができずに、己の肉親――『英雄』の紅血刀を媒介にしか吸血が不可能なのである。
もし、先刻の一撃を紅血刀で防御すればまず間違いなく破損していたのだろう。
これだけで済んでいること自体が奇跡か。
「――――」
ボロボロだった四肢が力が再び活性化する。
だが、問題は体力面だけではない。
微弱な足音を確かに響かせながら、まるで幽鬼のような足取りでレギウルスへと進んでいくアキラ。
この少年に、果たして自分は勝てるのだろうか。
紅血刀にストックされた血液は無限に等しい。
これだけの血液を削りきるのは神であっても不可能だろう。
負けることはない。
だが同時に勝利もあり得ないのだ。
『傲慢の英雄』として名を馳せたレギウルスをたった一撃で瀕死に追い込んだこの男が弱者なわけではない。
長年培ってきた戦士としての勘が叫ぶ。
――絶対に勝てないと。
「――遺言は、あるか?」
「ハッ。 毛ほどにもねぇよっ」
「そうか。 ――なら、死ね」
なけなしの勇気で虚勢を張るが、その仮面は次の瞬間あまりに呆気なく剥がされる。
――消えた。
そうとした表現できないような現象が再び巻き起こる。
感じろ。
微弱な足音、ほんの微かな吐息、心臓の鼓動。
己の神経を研ぎ澄ませ、世界がスローモーションとなり視界がクリアになる。
いわばアスリートでいう「ゾーン」と呼ばれる状態に入ったのだろう。
凄まじい緊張感はやがて抜け落ち、後は必要な思考に裂くほんの少しのリソースだけが残る。
「――――」
視認することが叶わないのならば、五感で感じればいい。
そしてレギウルスの人外の直感ならば、それは十分以上に可能だ。
耳を澄ませ、思考を研ぎ澄ませろ。
足音、足音、吐息、足音、鼓動、足音――瞬間、ほんの微弱な気配を察知。
「ここかっ――!」
常人であれば見逃すであろうその気配も、限界まで意識を研ぎ澄ませた今のレギウルスならば容易い。
レギウルスは大地が陥没するほどの勢いで踏み込み、紅血刀を全身全霊で薙ぎ払う――!
だが――
「なっ……スライム!?」
感触は、ある。
だがそれは極めて薄く、まるでゼリーでも殴っているかのように手ごたえがまったく感じられなかった。
目を剥き、驚愕をあらわにするレギウルスの視界が捉えたのは――一匹のスライムだった。
どこにでもいる、ただのスライム。
「――集中してたら、引っかかるよなぁ。 俺でももしかしたら騙されるかもな」
「クソっ……‼」
慌てて体制を立て直そうとするが、全力の薙ぎ払いがほとんど障害なく放たれたため、遠心力に従いバランスが崩される。
そしてその隙を、少年がに逃がすわけがなかった。
「獣宿――【獅子】」
「――――」
もはや断末魔さえも聞こえない。
猛烈な勢いで放たれたアキラの拳は、レギウルスの胴体へ直撃した直後爆発でもしたかのように何かが爆ぜ、強固な肉体を無遠慮に抉る。
アキラの殴打を直で受けてしまった胴体にぽっかりと大穴があき、更にそこから大量の血液が溢れ出した。




