■■■と■■■■
ちょっと長目です
『――聞こえているか、■■■』
『当然当然。 この俺が脳内にあんたのありがたき御言葉(笑)を永久保存してやってるよ。 牛買ったら金よこせ』
『お前のどこに聞き手の才能がある』
『さて、そんな与太話はさておき。 ――来てるんだろ、「傲慢」が』
『――――』
『予想するとエルフほぼ全滅。 お前が俺に連絡する暇があるってことは、討伐でもしたのか、惨めに逃走したのか』
『……逃げるのは、慣れている』
『あっそ。 で、状況は?』
『レアスト……長耳族の長が瀕死の重傷を負ってる。 今ポーションを使ってやってるが、いつ回復するか分かったもんじゃない』
『そうか』
『それともう一つ。 お前の予想は正しい。 長耳族の兵士や護衛たちは、呆気なく絶命したそうだ』
『ふーん。 まぁ、実力的にしょうがないんじゃない? ■■■■でも、逃げたんでしょ? なら、別に彼らが悪いわけじゃないよ』
『――――』
『もしかして、お気に召さなかった?』
『……いいや、何でもない』
『――で、僕にそれを知らせたってことは、彼に伝えていいってことだよな?』
『あぁ。 理解が早くて助かる』
『全く。 全く。 君も彼も彼女も皆人使いがあらいね。 本当だったら、もっと『怠惰』に過ごせたんだけどなぁ』
『御託は良い。 さっさとお前の責務を果たせ』
『へいへい。 君も君で頑張るといいさ。 まぁ、別に君が死のうが、「あの時」に勝る悲哀なんて当然沸き上がらないだろうけどね』
『ハッ』
『僕相手に口が減らないのは、彼らを除けば君くらいなんじゃないのかな』
『いい加減、俺にもその「彼ら」っていう野郎を教えてくれてもいいんだぞ』
『アハッ。 無理無理。 吐き気がする』
『――――』
『――余りに、調子に乗るなよニンゲン』
『――――』
『勘違いするな。 僕は、あくまで彼女に頼まれて君と契約を結んだだけだ。 本当ならば君のような塵芥と同じ空気を吸うことすらも憚れる』
『ハッ。 空気なんて、■■■が吸えるわけないだろ』
『君は君で、本当に昔から変わらないね、■■■■。 あの時から、ずっと』
『失礼な。 ちゃんと猫かぶりは覚えたさ』
『やれやれ。 ……そろそろ、別れの時が近いようだね』
『ちゃんと伝えろよ。 俺が死んだら、お前がいう彼女とやらのお願いも遂行できなくなっちまうんじゃないか?』
『根拠はあるのかい?』
『――無い』
『アハッ。 本当にニンゲンは無邪気で愚鈍でどうしようもなく愚かだなぁ』
『そいつは結構。 じゃあ、俺はそろそろ現実に向き合うことにする、■■■』
『健闘は、祈らないよ』
『ハッ!』
背後から身震いするような、濃密な殺気が放たれる。
何とかその殺気に足が鈍らないように気丈に振る舞うガバルドが、全方位を氷結させスケートの要領で滑走する。
レギウルスの進行方向上にちょっとした嫌がらせとして氷塊を吐き出してみるが、そのことごとくが一掃された。
(まぁ、この程度じゃな)
そもそも無尽蔵の生命を持つレギウルスだ。
今更被弾を気にすることはないのだろう。
だが、それでもほんの数刻の隙間を作り出すことはできる。
そのたった数秒が、今ガバルドを生かしているのだろう。
背後の轟音に冷や汗を流す。
一歩間違えれば彼の死は忽ち決定されるだろう。
だが、時間は幾らでも有る。
ガバルドの「目」――否、脳は超高速で思考し、一秒を数分にまで引き延ばし、最適解を導き出す。
幾筋も「間違った回答」が浮かび上がり、即座に選択肢から除外され消去法で選び出した。
だが、それでも限界がある。
最も単純な話、ガバルドは人間であり、それ故に体力の限界もある。
人は全力疾走を持続させることが可能な時間は平均十秒。
そのラインを超えると、体力がどんどん減衰し、疲弊しきった身体能力では全力を維持し続けるのは困難となるだろう。
必然、ガバルドにも限界はある。
ある程度ポーションを使用すれば誤魔化すこともできるが、ポーションの効果は使えば使う程効かなくなる。
ガバルドが力尽き、レギウルスの紅血刀によって両断されるだろう。
そうなる前に、前に。
「――無駄、無駄、無駄! 俺から逃げ切れるとでも思っていたのか!?」
「さぁな」
荒れ狂うレギウルスを無視し、ガバルドは特に気にした様子もなく、淡々とポーションを口にする。
「――【超新星】」
「無駄ァ‼」
ガバルドの詠唱に応え、周囲の魔力が一斉に集束し、禍々しい渦巻きを描き隕石のような勢いで衝突する。
だが、それでもなお、届かない。
氷の隕石がレギウルスに触れた途端、木っ端微塵になる。
だが――届いた。
刹那、宙を荒れ狂う鎖鎌へ数多の弾丸が正確無比に直撃し、破砕する。
目を凝らすと鎖鎌を破壊したのは鉛玉ではなく、どこまでも透明な数多の水滴であった。
蠢動する水滴は一つに圧縮され、再度吐き出される。
猛烈な風圧と共に、水滴の弾丸がレギウルスへと襲い掛かった。
「――――」
レギウルスは首を傾げるように弾丸を回避するが、その表情は引き攣っている。
鎖鎌の破片が、宙を舞い散る光景を目にしたガバルドは、いっそ清々しい表情で快活に笑いだした。
「――遅いんだよ、クソガキ」
「おいおい。 救援にきた味方に、随分な仕打ちだな」
土煙が晴れると、そこには一人の少年が立っていた。
風にたなびく鮮やかな蒼髪はまるで海洋のようにどこまで済んでおり、いっそ芸術品だと言われた方が納得できるだろう。
彼は和服と洋服がごちゃ混ぜになったような服装をしており、その腰には静謐な雰囲気がここまで漂う刀と、禍々しい気配を無遠慮に振りまく、幾重もの包帯によって舗装された太刀がぶら下げられている。
少年はレギウルスへ挑発でもするように――、
「――さぁて。 落とし前は、つけさせてもらうぞ」
少年――アキラは、嘲笑うような凄絶な笑みを浮かべた。




