時間制限と鎖鎌の弾幕
……まず一言。
明日には多分分かると思いますが、主人公がなんか明らかに悪役になっていました。 確かにそうした方が七章のラストは実に私的に最高の仕上がりになるからいいのですが、妙にレギちゃん&メイルくんに感情移入してしまわないか、それがちょっと心配です。
やったぜ
荒れ狂う鎖鎌を横目に、ガバルドは疾走する。
今度は「目」へ出力を集中させるのではなく、「耳」へ意識を済ませ、化け物の意思を何とか読み取ろうとする。
しかし――、
――こうやって、あとあれであれでして……
予想外なことに、レギウルスの魂の語彙力が余りに低かったのである。
それはまさに、認知症末期の老人のように。
流石にこれにはガバルドも少しばかり焦った。
あの安吾ですらちゃんと言葉を解せているというのに、この男の語彙力といったら。
「うわぁ」
色んな意味でガバルドの衝撃を与え続けるレギウルスさんである。
(「耳」は不要。 「心臓」はもう使っちまった。 やっぱ、一番頼りがいがある異能は「目」
だよな)
これならばどれだけレギウルスの語彙力が低かろうが問題ない。
刹那、世界がスローモーションになる。
まるで嵐のようだった鎖鎌による連撃が亀のように感じられた。
「――おっせぇな」
「――――」
ガバルドはこちらへ飛翔し、爆破する鎖鎌をいなしながら思考する。
最優先事項は言うまでもなく紅血刀の破壊。
だが、現状ではそれは叶わぬ夢となるだろう。
蛇のように唸るこの鎖鎌。
数も多く、しかも爆破する鎌を避けるのは困難を極めるだろう。
だが、それは「目」を使わなったらの話。
ガバルドが「目」へ全神経を研ぎ澄ますと同時に、あれ程荒れ狂っていた鎖鎌が時間でも止まったかのように遅くなる。
この状態ならば回避は容易いだろう。
問題は――、
「オラァ! ――【起動】!」
「くっ……!」
レギウルスが鎖鎌を操り、左右背後前方至る所へ殺到する。
一つ一つを丁寧に躱すのは容易だ。
だが――一番の問題は、この暴力的なまでの物量!
ガバルドは迫りくる幾重もの鎖鎌を食い入るように凝視し、その軌道を最小限の情報で予測、そして活用する。
赤熱した鎖鎌をバットでボールをぶっ飛ばすように吹き飛ばし、明後日の方向に飛んで行った鎖鎌が盛大に爆発する。
一々鎖鎌を断絶するのは面倒だ。
というかそもそもそんな隙は存在しないのだろう。
ならば爆風の方向を逸らせばいいだけのこと。
問題の先送りでしかないが、それでもちゃんと生きている。
それを何度も何度も繰り返す。
ガバルドの命自体は大して問題ではない。
ガバルドが最も懸念する要素。
それは――時間だ。
ガバルドはレギウルスが紅血刀によって傷を治癒している間、元々付けていたリングを新品に付け替えた。
だが、それでもこの勢いならばもって数十分。
果たしてその間にこの強敵の心臓を握り潰すことが可能なのか。
今この瞬間にも時間は刻一刻と過ぎ去っていく。
それがガバルドを更に焦らされた。
鎖鎌の弾幕は、ガバルド自身にとって脅威ではない。
だからといって直撃すればそれなりに傷を負うだろう。
まだ血液のストックが大量にある以上、ここで無駄に時間と魔力を消費するのは避けたい。
だがしかし、迫りくる鎖鎌がそれを許しやし無かった。
ガバルドは、身を深く屈めて襲い掛かる鎖鎌を回避し、軽快なステップを刻んで爆炎から逃れる。
刻一刻と、時間は過ぎ去っていくのを見殺しにしながら。
「クソッ。 時間制限、一体どこで知りやがったんだよ」
レギウルスはまず確実にガバルドの消耗を狙っている。
まるで、ガバルドの弱点――リングの負荷により発生する時間制限――すらもお見通しとばかりに。
このリングを手に入れたのは極最近。
つい先ほどの一幕を除き、ガバルドは最も多く剣を交え、お互い親愛に似たような感情が生まれる程戦ったジューズにすらこの手札は見せていない。
(やっぱ、内通者とやらは確実か。 ……おっと、今はそんな暇なかったんだったな。 こういうことは貴族どもが大いに懊悩すればいい)
生じた雑念を打ち払い、再びガバルドは戦場へ向き合う。
現状、鎖鎌の弾幕を突破することは困難だ。
もしそれが叶っても、かなり時間が消費され、レギウルスと剣を交えている頃には既にリングが負荷に耐え切れず崩壊しているだろう。
ならば――、
「なっ」
次の瞬間起こった現象に、レギウルスは信じられないとばかりに口をあんぐりと開く。
ガバルドが行った行為は実に単純。
逃げたのだ。
これ以上戦線を維持し続けるのは、厳しいと判断し、同時にレアストの傷も考慮した上での行動だ。
人間としては決して間違っていない。
だが、一人の騎士としてそれはどうなのだろうか。
騎士は、何よりも己の騎士としての矜持を重んじる。
その果ての終焉をレギウルスは何度も見てきた。
誰よりも確固たる矜持を持つ騎士、それも彼らを束ねる騎士団長が外見など気にせず闘逃走を選択するなど、誰が想像しようか。
そして、次の瞬間猛烈な憤怒に苛まれる。
自分へ踵を返し、なんでもないよう顔で逃走する騎士団長の姿を見てしまうと、どうも己が侮辱されているのではないかという憎悪が沸き上がる。
レギウルスは別に、逃走を否定しない。
命こそ最優先だと理解できるし、生きていればまた再びチャンスがある。
だが、同時に一人の戦士でもあるのだ。
戦士という概念に泥を塗るようなその行為に、腹を立てないわけがなかった。
「――殺す!」




