紅血刀
自分でも、レギウルスの鋼鉄と化した筋肉を貫けるとは思えなかった。
レギウルスの肌はこれまで戦ってきたどんな相手よりもなお固く、それこそ龍すらも霞んでしまう程である。
確かに、ガバルドは龍を切り裂いたことはある。
だが、それは豆腐と鉄骨ほどの差があった。
無理だ。
ガバルドには、絶対に斬れない。
だからこそ――、
「――貫け、レアスト!」
「――「天穿」・【極天】‼」
止めは、最も信用のおける人物に託したのだ。
「ったく、『賢者』も国家もクソガキも、人使いが荒いな」
「それを君が言うんですか?」
「別にいいだろよ。 というか、なんで今更敬語なんだよ。 あん時はともかく、今は立場的にはお前の方が上だろ?」
「私も、相手は選ぶんですよ」
「どういう意味だ」
苦笑するレアストからは幾筋もの血流が溢れ出ており、いつ死んでも左程驚かない自信がガバルドにはある。
自分に、治癒魔法を発動していることを差し引いても、誰かに似たその根性は称賛に値するだろう。
(あのガキも、随分と立派になったものだ)
だが、そんな感慨に浸る時間すらもあの化け物は許しやしない。
「――ガバルド君、殺せたと思いますか?」
「……お前の意見は」
「僕の【極天】を真面に喰らったあの男は、瀕死の重傷を負っていました。 それならば無傷ではない、はず――」
「はず、ね……」
「――ですが、彼は一度私の【極天】や【流星】を喰らっても無傷でした。 いえ、厳密には傷が癒えた……」
「――――」
ただ単に自己回復能力が異常なのか、それとも魔法でも使ったのか。
しかし後者の可能性は無いと信じたい。
彼からは魔力が一欠片も感じられなかったし、煌爆鎖とやらのアーティファクトにも小細工がされていた。
つまり彼は魔法が使用できないのだ。
理由は不明。
魔力が一切感じられないことから、ガバルドのように魔力回路に異常があるという可能性は消される。
「それと彼、自分のことを吸血鬼と人族のハーフって言ってましたよ。 ……にわかに信じ難いですがね」
「吸血鬼……」
ふと、脳裏にレギウルスが握っていた双剣がよぎった。
あの深紅の刀身の双剣、どこかで見たことがある気がする。
記憶のを探り、懊悩し――ようやく、見つかった。
「おいおい……クソ帝王。 あんた、死んだんじゃなかったのか」
思い出した。
かなり昔のことだし、そろそろ中年と呼ばれる年齢だ。
脳がそれなりに衰えていてもおかしくない。
だが、その衰えが余りに致命的な事態を招くとは、想像だにしていなかった。
「クソッ! 鎖じゃなくて、あの剣を破壊するべきだった! レアスト! あいつが生物を斬った時、出血しなかったか!?」
「え、えぇ。 でませんでしたよ? それがなにか……」
ガバルドの剣幕に怯えるレアストだが、そんなことはどうでもい。
最悪だ。
完全に、武器破壊の優先順位を間違えた。
否、まだだ、まだ遅くはない。
「レアスト! 今すぐ「天穿」を――」
「――残念。 ゲームオーバーだ」
刹那、化け物が遥か彼方から舞い降り、そのまま斬撃を叩き込んできた。
――何かが、吸われる。
その刀身に触れた瞬間、自分の体温がどんどん冷たくなり、活力が奪われたようなそんな感覚があった。
直後、耐え難い苦痛に苛まれる。
ガバルドはこれ以上事態を悪化させないため、必死に力を振り絞りレアストを背負って化け物――レギウルスから距離を取る。
「クソッ」
元々魔力枯渇や数多の傷により疲弊しきっていたレアストの体は、レギウルスの一撃が決定打となり力を失う。
――死んではいない。
だが、それは今現在鼓動をしているというだけで、これからも生きていけられるという証明にはなりやしなかった。
(クソっ。 どうして紅血刀を、よりにもよってこんな奴が持ってるんだよ!)
紅血刀。
かつての帝王の愛刀として名を馳せた双剣だ。
紅血刀を駆使する帝王に随分と苦戦させられ、挙句の果てに土下座までして隙を生じさせたのは苦い経験である。
その能力は「吸血」。
切り裂いた対象の血液を刀身が吸い取り、その血液は所持者の生命へと変換される。
しかも、血液はストック可能。
それがどれだけ面倒なアーティファクトなのか、ガバルドは身をもって知っている。
帝王との戦いは難航を極め、一歩間違えれば敗北していたのは自分だっただろう。
ストックされた血がどれほど残っているかはさておき、これは長期戦になりそうだなと冷や汗を流す。
「おっ。 もしかして、気づいた?」
「非常に残念なことだがな。 一体、こんなモンどうやって手に入れた? 死んだ帝王様からもらったのか?」
「お前にわざわざ教える義務はねぇよ」
「そうかいっ」
紅血刀の吸血を止める唯一の手段。
それは紅血刀の武器破壊である。
事実、帝王もそうやって倒してきた。
どうして自分の手で壊したはずの紅血刀が今も健在なのかはさておき、紅血刀の破壊は帝王以上に難航を極めるだろう。
「――だが、やるしかないよな」
そう静かに呟き、ガバルドは疾風と化しガバルドへ疾走した。




