憧れの英雄
マック旨し
「――オラァッ‼」
「――――ッ‼」
猛烈な勢いで何かが激突する。
レアストは咄嗟に、片腕に握られていた大弓を構えた。
結果的に、それが彼の死神の鎌から遠ざける行為となった。
刹那、腕を中心に肉が抉られ、今にも全身から血が噴き出してしまいそうな、未知の感覚を味わう。
レアストは驚異的なセンスで背後へステップし、なんとか激烈な威力を減衰させるが、それではまだ有り余る。
「――ぅっ、く」
苛まれる激痛に頬を歪めながら、おそるおそる本能的に閉られいた瞼を開き、その化け物と再度対峙する。
化け物――レギウルスの片腕に握られた剣が深々と大弓に食い込み、今この瞬間も断ち切ろうとしている。
激痛の正体は、どうやら大弓とレギウルスの剣が衝突した際に発生したものか。
レアストが持つ大弓はこの大樹の幹をふんだんに使用したものだ。
そう簡単に両断されることはないだろう。
だが、この化け物の力量を考慮すると――、
(拮抗は、そう長く続きそうにないらしい)
今この瞬間も大弓はミシミシと嫌な音を響きせている。
大弓が断ち切られるのも時間の問題か。
否、それだけではない。
レギウルスの得物は双剣。
今大弓に食い込んでいるのは、あくまで片手剣に過ぎず。
それを理解した瞬間、体が本能に突き動かされるままに動く。
「――「天穿」・【極天】ッッ‼」
「――――」
そして、大弓から最小最低限の動作で光り輝く大矢が放たれた。
それも、先刻の「天穿」の比ではない勢いで、レアストの寝首を左腕の刃で描こうとする化け物へ直撃する。
その反動でなんとか致命的な刃から逃れ、空中で何度も回転しながら勢いを殺し、軽快に着地する。
(……さて、今度はどうだ?)
【極天】はレアストの最終奥義といっても過言ではない大技だ。
その代償に大弓の耐久値はもうほとんど残っていないし、レアスト自身の魔力もすっからからんである。
これで倒せなければ、もう後がない。
冷や汗を流しながら、食い入るようにレアストが土煙を睥睨し――、
「――やってくれるなぁ、エルフッ‼」
「――!? まだ生きていたのかっ」
けたましい無遠慮な大声が響いた。
「クソっ」
舌打ちしながらも、レアストはなけなしの魔力を練り上げ、少なくとも【幾星霜】は発動できる状態にする。
だが、再びレギウルスの姿を見た途端、愕然としたように目を見開く。
「何故、傷がない……!?」
龍艇船の衝突、長耳族たちによる一斉掃射、極めつけはレアストが放てる最高峰の大技、【流星】や【極天】。
これだけのダメージを負いながら、無傷な筈がない。
それは火を見るよりも明らかであった。
だが、何度抉るようにレギウルスを凝視しても、服が幾度もの負傷によってボロボロになっていることに目をつぶれば、無傷そのものだった。
何故、何故、何故。
思い返してみるも、【流星】を喰らった時はちゃんと傷跡は残っていた。
だが、それではこの状態の説明ができなくなってしまうだろう。
(まさか、治癒魔法か……?)
しかしレアストは、己の考えを誰よりも先に否定する。
(否、それはありえない。 妙なことだが、この男からは魔力を感じられない。 全くだ。 魔力がなければ、当然魔法も使えない)
魔人族の加勢、という可能性も当然存在するが、森はエルフの庭だ。
どの位置に誰が居るのか、目をつぶってでも把握できる。
それがエルフたちを統率する長ならば猶更。
治癒魔法でないとしたら……
「……君、吸血鬼か?」
「おっ。 あんたいい勘してるよ。 でも、それは正解であって不正解だ」
「どういう意味なのかい?」
「至極当然。 俺は確かに吸血鬼ではあるが、しかしながら人間でもある。 つまること、ハーフってこったぁ」
「――――」
別に、混血は左程珍しくはない。
文字通り人種のサラダホウルなこの世界では逆にハーフでないことの方が珍しのかもしれないだろう。
しかし、それは味方陣営の種族に限った話だ。
吸血鬼は言うまでもなく魔人族陣営に与する。
そんな吸血鬼と、人族の混血?
絶対に、有り得ない。
だがレギウルスの音からは嘘がこれぽっちも感じられずに、更に困惑することとなった。
エルフは長耳族と言われるだけあって耳も細長い。
それだけではなく、本来聞くことのできない「音」を聞き取ることが可能なのである。
言うならばガバルドの「耳」と似たような機能だ。
だがエルフの耳は虚言を暴くことに特化し、魂の呟きを聞き取ることは困難を極めることとなるだろう。
だが逆に言えば、絶対にエルフの耳は嘘を見逃さない。
だからこそ、余計に困惑する。
「――さて、遺言は?」
「……どうして死ぬ前提なのかな」
「んなのぉガキでも分かるだろうよぉ。 俺は完全無傷でお前は瀕死。 頼りの大弓もさっきの大技で派手に木端微塵だ。 魔力もほとんど感じねぇ。 身体能力もそれほど高くはないんだろうな。 ――分かったか?」
「――――」
確かに、その通りだ。
己が繰り出せる最高峰の大技を出し尽くした今、完全に万策尽きた。
魔力の劇的な消費により視界が揺れる。
そろそろ限界が近いのだろう。
詰んだな、とそうレアストは他人事のように判断する。
「なら人つ。 ――僕のヒーローが、必ず君を殺すよ」
「今までそう吐き捨てた野郎のうち、どれだけがそれを実現できたのか考えてみれば。 じゃあ――死ね」
レギウルスの紅の刃がレアストの首筋を断ち切ろうと唸った瞬間。
「――なんだ、辛気臭い顔してんな」
そして、彼の英雄が躍り出る。




