「天穿」の真髄
「――「天穿」・【幾星霜】ッ!」
「――来いっ!」
全神経が研ぎ澄まされていくのを感じる。
まるで、自分が木にでもなったかのような、そんな不思議な感覚である。
だが、思考は限りなくクリアであった。
対峙する化け物の動きの一つ一つが鮮明に分かる。
分散していった矢はそれぞれが異なる意思を持っているかのように不規則な軌道を宙に描き、飛翔する。
(煌爆鎖じゃぁ無理か)
煌爆鎖は、あくまで遠距離専用。
このような超至近距離での猛攻に対応するのは少し厳しいだろう。
しかも相手はエルフの長。
そこらの有象無象とは明らかに違うと培ってきた直感が警告する。
並大抵の迎撃で退けるのは不可能。
ならば――、
「――お前の血は、どんな味だ?」
「――――」
刹那、双剣が踊りだす。
目にも留まらぬない連撃は、何一つ空振ることなく正確無比に幾多もの致命の矢を切り刻んでいく。
その剣筋はどこまでも洗練され、無骨であった。
斬る、斬る、斬る。
「うぉおおおおお‼」
「もっとだっ。 もっとっ!」
分裂した矢の大群はあっという間にほとんどが両断され、無残にも灰となって空高くへと舞い上がっていく。
だが、まだだ、まだ。
レアストは再度大弓から太陽が如き熱量を放つ極光を放つ。
「――ぶっ飛べ」
「ほうっ」
極光は【幾星霜】のように分裂するが、それが戦場においての禁忌を犯す行為でないと次の瞬間証明される。
爆せた。
ただ、それだけ。
幾千にも分裂した矢は、レギウルスの間合いへと到達した瞬間周囲へ莫大な熱量を無遠慮に放ちながら、爆裂したのだ。
元来、魔法魔術という行為には無駄が多い。
本来ならば、魔法なんて無骨であるべきだ。
最大限の魔力を、最高峰の効率で発散させる。
だが、その行為を平然と行うことが可能な者は一体どれだけいるのだろうか。
魔術も然り。
基本的に、生物は一人一人特有の『色』をもっており、術式改変は、それを引き出す術なのである。
赫狼の、『火炎』、ガイアスの『水流』、サファアの『桜花』。
それぞれが独特の『色』を持ち、それが多彩な魔術を生み出している。
魔力は有限。
限られた魔力を最大限の効率で放つには、まずこの『色』を抜け落とし、魔力のリソースを確保するべきだろう。
無骨で、それでいて最高峰の魔術。
だが、魔術の域へ到達した者は皆この行為が不可能となる。
『色』を自覚していない――システムにサポートされている間――は、まだ一握りの可能性が存在した。
しかし『色』を見てしまった者は、強力な魔術を得る代わりに最大効率での魔法を放つことが不可能となる。
だが、レアストは未だシステムに頼り、そしてまだ己の『色』も見たことがなかった。
故に、この奥義に辿り着くことができたのだろう。
囁くように、叩き出すように、吠えるようにレアストが叫ぶ。
「――「天穿」・【流星】ッッ‼」
「――――‼」
刹那、大樹を猛烈な爆炎が包み込んだ。
「げほっ」
爆炎が猛威を振るい、一斉に爆発した矢は手榴弾のように周囲へ飛び散り、その柔肌を引き千切っていく。
レアストのような貧弱者がこれを喰らえば、きっと影さえも残らず消滅していっただろう。
何とか安全圏に避難しながら、黒煙が吹き乱れる大樹の頂上をどこか切ない心情でレアストが見据える。
「――済みません、父様」
先刻の爆裂により、大樹は尋常ではないダメージを負っている。
もしこれであの化け物が絶命していたとしても、この大樹が元に戻るとは限らない。
己の父親や先祖たちが必死に守り続けた大樹を過失とはいえ、レアストは踏みにじってしまったのだ。
後悔はある。
だが、それでも太古の歴史と民の命、どちらを優先すべきかは、長ではなくとも自明の理であろう。
しょうがなかった、そう言い訳するつもりはない。
きっと、レアストはこれからも同じ過ちを何度も何度も繰り返す。
だから、その過ちを一度でも減らせるように、魂にまで自分の痴態を刻み込み、戒める。
それが、長としての覚悟、否、義務である。
「――終わったか」
そう、安心しきったように呟くレアストは、目撃する。
「嘘だろっ……!?」
「――――」
神に見捨てられ、己を育んだあの二人すらも忘れ去られた、その男の鼓動を。
全身からおびただしい程の血がぶちまけられており、もはや立っていられるのが異常なほどの重症だ。
いつ死んでも、可笑しくはない。
だが化け物は――笑っていた。
心の奥底から、叫びだすように。
次の瞬間、黒煙を吹き飛ばしながら暴虐の化身が吹き飛んでくる。




