神様が嫌う人
いろいろと因縁があるガバルドさん
「――おい、護衛。 あんたはレアストのガキを守れ」
「言われずとも、ですよ! 貴方も避難した方がいいのでは!?」
「いんや、あくまでこれは想定内。 ったく、ガキの姿しやがって随分と人使いが荒い賢者様だな……」
ガバルドはそう悪態を吐きながら、剣を鞘から抜き、炎の海へと自ら向かう。
その足取りには恐怖はなく、まだ幼いレアストには、その姿がまるでヒーローのように感じられた。
「ガバルドさんっ」
「安心しろ、ガキ。 俺は無礼千万で傍若無人な帝王にも負けず劣らずのクソ野郎だが、生憎救える命を見捨てるような真似はしねぇよ。 お前はさっさと逃げろよ。 巻き込まれてもしらないからな
」
そう素っ気なく手をひらひらと振るうガバルドだが、レアストにはどうもまだまだ幼い自分を気遣っているように思えた。
だが、一つ、どうしても聞きたいことがある。
理性ではなくほとんど咄嗟に、レアストの口からその言葉が出た。
「――どうやったら、ガバルドさんみたいに誰かを救えますか?」
「んなの俺に聞かれたってな。 自分でも偽善臭いし似合ってないのは分かるけど、俺は自分が誰かを助けたいから救うよ。 まぁ、ちょっとした私欲とかもあるんだけどな」
「――――」
そう淡々と語るガバルドの眉間が少し歪んでいたが、少なくともレアストには彼がいつものように法螺話を嘯いていないと感じられた。
「それに、こんなことを聞いたってしょうがないっしょ。 救えって言われたから助けましたじゃ、格好悪いだろ?」
「そう、ですね」
「んじゃあ俺はもう行く。 さっさと逃げろよ?」
「――はい」
「いい返事だ」
ガバルドはそう笑い、火炎荒れ狂う場所へと駆けていった。
「――彼は、一体何なのでしょうね」
「――――」
護衛の男と並走するレアストが、そう唐突に問う。
その問いかけに護衛の男は、しばらく押し黙り、やがて意を決したように再度口を開いた。
「――別に、何者でもないと思いますよ。 一方通行な正義を語るわけでも、どうしようもない極悪人でもない。 ただ、自分の意思に従って生きる、どこにでいる一般人なんじゃないですかね」
「――――」
「まぁ、彼の場合、我を通すのに必要な力量を十分以上に持ち合わせているから厄介なんですけどね。 普通だったら夢物語と断じられるようなことも、彼のような存在なら鼻で笑って叶えてしまいそうです」
レアストは、何も言わない。
レアストが彼と共に過ごした時は、あまりに短くひょっとしたら刹那にすら劣る程度なのかもしれない。
だが、それでも分かることだってきっとあるのだ。
「――僕も、あんな大人になりたいですね」
「……レアスト様なら問題なさそうですが、間違っても彼のように無礼にならないでくださいよ? 胃痛で死にます」
「善処しますよ」
手厳しい意見に思わず苦笑するレアストが、軽やかに段差を飛び越え、万が一の時への避難所へと向かう。
――一瞬、黒いローブを纏った人影が居た気がする。
黒ローブの男からは、本来生命から感じるはずの音が、何も感じられなかった。
刹那――護衛の男の胴体から黒塗りの刀身が生える。
「――ぁ」
「……失敗しましたね。 警戒するべきでした。 あの無礼者に伝えておいてください。 ――悪くなかった」
視界が、真っ赤に染まった。
きっと、自分は神様から心底呪われているのだろう。
「――行かないで」
「――――」
レアストはただ懸命に護衛の男の腕を握りしめる。
レアストと何度も笑いあった護衛の男の胸元から盛大に出血し、今も潮吹きのように真っ赤な水滴が飛び散っている。
護衛の男の目は虚ろで、見えない何かに微笑んだ気がした。
やがて、一瞬大きく痙攣し、口元から塊といっても過言ではない量の血液を吐き出し、息断えた。
――自分に、ガイアスのように誰かを救える特別な力があったのならば
そんなどうしようもない後悔と叱責に支配される。
どうして、どうして。
そんな幼稚で稚拙な感情だけが飽和する。
――足音が、聞こえた
すり寄るような、踏みにじるような。
本能的に嫌悪感を催促するような、そんな音だ。
「――可哀そうに。 坊や。 生きていること自体が、可哀そうだ」
「――――」
次の瞬間、レアストの中で何かが弾けた。
誰かを憎むことを最大の禁忌と捉え、見知らぬ誰かを救おうとするあの背中に憧れた少年は今――どうしようもなく、憎い。
何度も何度も激情が爆発し、今まで一度たりとも感じたことのない、一生縁がないと本気で思っていた「殺意」が燃え滾る。
――気が付けば、体は動いていた
レアストは護衛の男に深々と突き刺さった黒塗りの剣を一切の予備動作なく引き抜き、疾風の如き速度で黒ローブへ接近する。
突然の豹変に慌てた黒ローブだが、腐っても歴戦の猛者。
咄嗟に上位魔法により障壁を展開する。
だが――甘い。
「――「天穿」」
「なっ……」
レアストが握りしめ、振るった剣は豆腐でも斬るかのように黒ローブが展開した障壁を木端微塵にする。
そして勢いを一切減衰させず――深々と、剣が杭のように黒ローブの胸へと突き刺さっていた。
――なんだ、簡単じゃないか
それが、誰よりも殺しを憎んだ男の殺しだった。




