帝王はクズだもんっ
「――王国騎士(笑)筆頭ガバルド。 ただいま参上致しました」
「――――」
周囲が愕然とした表情で自らの長へ、恭しく跪く男を凝視する。
男の存在そのもに驚愕しているのではない。
彼は王国から正式に派遣された騎士、ということになっている。
実際は度々重なる無礼な言動により蒸発していった騎士叙勲の件は数知れず、他にも様々な悪行を働いた男だ。
例えば、帝国制圧の際に王城ごと燃やし尽くし、更にそれに飽き足らず帝国のトップであう帝王を暗殺したりと。
どこからどう見ても極悪人である。
ちなみに、それの半分はデマだ。
別にガバルドは故意で王城を焼き尽くしたわけじゃないし、帝王暗殺に関しては魔人族の幹部がやったことだ。
しかし、なんやかんやあり噂に尾ひれがつき、彼らの反応を見れば他国にまでその悪名が知れ渡っているのは明白である。
(まぁ、全部が全部嘘ってわけじゃないんだけどな)
ガバルドの無礼千万な振る舞いに関しては事実だ。
誰に対しての経緯を払わず、適当に扱う。
そんな彼が今も王国の重鎮となり、激務に追われる毎日を送っているのはひとえにその圧倒的な戦果だろう。
帝国制圧はもちろん、「グリューズ大航海」の際には、迫りくる魔人族から何万人もの民を守ったという。
細かな功績はもはや数えきれない。
そんな彼が自分たちの国へ来訪したのだ。
つまり、それだけの危機が迫っていると。
当代長はごくりと唾を呑み込む。
「さて、騎士ごっこはお終いだ。 こっからは無礼講ってところで」
「……長への不敬、目に余るぞ」
「――良い」
長の護衛が、傍若無人なガバルドの振る舞いに、まるで己が忠誠を誓った長が侮辱されているような気がし苛立ちをあらわにする。
だが、長は護衛を静かに制した。
「して、使者殿。 要件は?」
「――端的に言う。 この樹海に、謀反を企てる不埒者がいる」
「ほう。 何故、そう確信できる?」
「――――」
ガバルドの返答を聞き、長はそう静かに問いかける。
だがその双眸はとてもじゃないが老人の弱りきった品物ではなく、まるで獲物を定める肉食獣のようだった。
護衛とガバルドを案内した少年がその形相に思わず怖気づく。
だが、ガバルドは遠慮などせずいっそ清々しいほど堂々と告げる。
「うちの『賢者』様がの仰せだ。 詳しいことは分からんが、幾度も国を救ってきた『賢者』の言葉だ。 無視できると思いう?」
「笑止千万。 それが虚言でないと、どう証明する?」
「俺に聞かれてもな。 勘違いしないで欲しいが、あくまで俺は使者だ。 国の面倒くさい事情なんでご存じねぇよ」
「――――」
「でもなぁ。 ――俺が嘘を吐くと思うか? 疑うなら、お前のその目で確かめろ。 お前が、見極めろ」
「そうか――」
一泊。
長は、王の威厳を周囲に放ち、堂々と宣言する。
「よかろう。 使者殿の滞在を許可する」
「長っ! それはあまりに――」
「不安材料は数えきれないほどある。 だが――貴様が成してきたこれまでの戦果が、その言葉を肯定した」
「――――」
不満は、当然ある。
何故このような得体の知れない異国の、それも名の知れた極悪人の滞在を許可するのか。
理解できないが、これまで長の直感が外れたことは一度も無い。
今は長への忠誠と、その勘を信じて護衛は押し黙ることにした。
それから、緩やかに時は流れていく。
護衛は、当初懸念していた事態は、どうやら杞憂であると思い始めていた。
「ガバルド様、帝王とは何のことでしょう?」
「……帝王ってのは、ぶっちゃけクズの極み。 平気で部下をぶち殺すし、自分以外は全員クズと勘違いしていやがるクソ野郎。 あんなクズ、多分世界で二人もいないだろうなぁ。 二度と見たくねぇ」
「ちょっとやめてください! 何嘯いてるんですか!」
適当な法螺話を嘯くガバルドへ、彼の監視兼護衛を任された護衛の男は心底焦燥しながらつめよる。
「嘘じゃないもん! あいつ試しに土下座したら何の躊躇なく踏んできもん! しかも平気で人のプライバシー侵害してくるんだもんっ。 というかなんだよあの双剣! なんで血吸って回復できるんだよ! マジであいつクズだなぁ!」
「んなわけないじゃないですか! 帝王はねぇ、帝国歴史最優の王と言われた男なんですよ!?」
「その最優とやらが、クズなんだよっ!」
しかし、ガバルドは何度護衛の男に嘘を吐くなと言われても何度も何度も知られた歴史とは違う知識をレアストに吹き込んでいた。
余談だが、帝王クズ説はまごうことなき事実である。
帝国制圧の際、ガバルドはあの苦い歴史を魂に至るまで刻み込まれた。
「帝王、クズ、マジ死ね」
「あぁもう!」
「――――」
いつものように言い合っている二人を、レアストはどこか愛しむような眼差しで見つめている。
その視線に気づき、二人はどうも気恥ずかしい気持ちになった。
「……今度から、嘘は言わないでくださいね」
「わかった分かった。 あと、何度も言うけど帝王マジでクズだから」
和解する二人を、レアストは慈母のように微笑む。
「ずっと、この日々が続くといいですね」
「それ、フラグ」
刹那、大樹が燃え上がった。
「はっ?」
思わず呆気にとられる護衛とガバルドは、愕然と眼前で今も猛烈な勢いで火炎を吐き出す大樹を見詰めていた。




