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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
一章・「赫炎の魔女」
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幼い王子様











 静かだ。


 心臓は荒れ狂う程けたましく鼓動し、体中から滝のように汗が噴き出ており、腕の筋肉は幾度も酷使したため今にも崩壊しそうだ。

 だが、静かだ。

 まるで他人の視界を借りているように己の姿が客観的に見える。

 

「ハッ! エルフの王もそれなりに体術できるじゃねぇか!」


「――――」


 つい先ほどまで苦戦していた針を通すような精密さを欲求する「天穿」も、今や呼吸するかのように容易だ。

 視界がかつてないほどクリアになる。

 体中の至る所にまで魔力が流れ出、何度も何度もレアストを致死の刃から救った。


「――「天穿」」


「こりゃあ強烈ッ!」


 刹那、光すら超越する勢いで大弓から極光が放たれる。


 だが、それはレギウルスにとって愚行でしかない。

 戦場で同じ技を見せるのは、あまりに致命的なミスだ。

 無表情を装っているが、彼もそれなりに焦っているのだろう。

 そう判断し、レギウルスは落胆するような溜息を吐く。


(この程度か、エルフの長は)


 この程度の相手、誰でも討ち果たせる。 

 足りない。

 もっと、もっと体中の血液が燃え滾るような闘争を。

 それこそがレギウルスの唯一の願い。


 しかし、どうやらこの長は取るに足らない相手だったらしい。


「芸のない男だな」


 だが、その予想は良い意味で裏切られる。


「――【幾星霜】」


 刹那、放たれた極光が弾け飛んだ。


 レギウルスが消し飛ばしたわけではない。

 太陽のような極光を煌かせた矢は、レギウルスの刃に触れる直前、幾千もの細かな矢へと変貌する。


「――誰が、芸のない男だって?」


「くっ……!」


 そして、分裂した細かな矢は煌々と輝き、レギウルスを貫こうと飛翔する。

 飛び散った矢の一つ一つから、思わず身震いするような強大なエネルギーを感じ取り戦慄する。

 予想外の出来事に、目を剥くレギウルスだが、次の瞬間どうしようもない笑みが浮かんでしまった。

 

「――面白いっ」


「――彼らの分まで、せいぜい苦しめ」


 そして、超至近距離から幾千もの矢が放たれた。















――お前は、他とは違う


――その言葉が、脳裏にこびりついて離れないのです


――故に、長耳族の長として、それ相応に振る舞わなければならない。

 

――その言葉が、どうやっても忘れられないのです。


 彼は、心優しい少年だった。


 虫を潰すことも躊躇い、他人にとっては塵芥に過ぎないものの、彼にとってはかけがえにならない大切なモノだった。

 故に、彼は戦うことを拒む。

 

 何故、戦うのだと。

 何故、同じ生物どうして争わなければならないと。

 何故、憎みあうことしかできないのかと。

 そう、何度も何度も誰かに問いかけた。


 でも、誰一人として少年の言葉に賛同してやくれなかった。

 

 誰も彼もが、それは幼さ故の戯言だと、そう断じて一切本気にならずに軽んじ、踏みにじった。

 何故、何故、何故?

 分からなかった、分かりたくなかった、許せなかった。

 

――お前は、他とは違う


 もう誰の言葉かも分からなくなった呪言がフラッシュバックする。

 そうかもしれないと、そう思った。

 この世界は所詮大手多数の意見こそが至上とされ、それ以外の者は「異常者」と疎まれ、蔑まれた。


 やがて、時は過ぎ去る。

 そして、運命は巡り巡り、彼との邂逅を果たした。


「――なんだ。 辛気臭い顔してるな」


「――――」


 まるで刃のように尖った髪が無造作に跳ね飛んでいる。

 その双眸は鋭利な刀のように研ぎ澄まされており、視線で人を殺せそうだった。

 突然幼い自分へと姿を見せたガバルドは、まるで憐れむように、否、懐かしむような顔をしてそう呟いた。


「誰ですか?」


「通りすがりの傭兵だ。 ちょっとした任務で来たんだよ。 ったく、あのクソ上司、もうちょっと楽させろよ」

 

 そう悪態を吐く男には、体の至る所に無数の傷跡が刻み込まれていた。

 それに鞘越しに名剣と否応なしに理解できる剣を帯刀している。

 確かに、戦士といえば戦士らしい風体だ。

 男はばつが悪そうに後髪を描きながら、少年に話しかける。


「……済まないが、ちょっと案内してくれないか? 道に迷っててな」


「は、はい」


 本当は、自分の国に異国の得体の知れない男を案内するべきではないのだろう。

 だが、何故か少年はつい頷いてしまった。 

 何故だろうか。

 自分でも分からないが、それでも結んでしまった約束を破るわけにはいかない。


「ありがとな。 俺としても、無用な騒ぎは好まんからんな。 まぁ、それも無意味な努力なのかもしれないが」


「――――」


「んじゃ、さっさと案内してくれ。 俺の帰りを待つ可愛げのある女房なんていないが、やっぱ故郷が恋しいしな」


「……こちらです」


 少年が男へ踵を返した直後、背後から低音ボイスが聞こえてくる。


「――そういや少年、名前は?」


「……レアストです」


「そっか。 ちなみに、名乗るほどの名は持ち合わせちゃぁいないが、俺はガバルドと言うぜ。 これからよろしくな」


 男――ガバルドは、そう少年へ微笑みかけていた。




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