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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
一章・「赫炎の魔女」
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銀嶺世界の終焉


 テレビのコマーシャルにP丸様が出てて思わず吹き出してしもうた












――声を聞いた。


「――誰かぁ!」


「――――」


 『助けて、助けて』、と。

 ひたすら理性なき獣のように生に縋るその姿は、どこまでも真実だった。

 ――きっと、嬉しかったんだろう。

 嘘なんて何一つない、人間、否、生物本来の魂の叫びが。


 ――気が付けば、現場に駆け込んでいた。


「――遅いなぁ」


 ただ漠然とそんなくだらない感情が飽和する。

 世界がスローモーションになり、つい先ほど道端で拾ったガラスの破片を片手に、滑り込むように彼は割って入った。

 声が聞こえ、駆け付けた路地裏には二人の人間がいた。


 ナイフを逆手に、存在そのものが「武」という概念を侮辱しているような存在と、もう一人、崩れ落ちる女性。

 おそらく、金目当ての襲撃か。

 もしくは女性の容姿や年齢からして体目当てか?


 否、どうでもいいこと。

 なんせその未来は永遠に訪れることのないのだから。


「――ぁっ」


「――――」


 血飛沫が、舞っていた。


 握りしめたガラスの破片が一閃され、大男の寝首を頸動脈ごと裂く。

 そしてそのまま、何ら躊躇することなく空中で大男を蹴り上げた。

 何の冗談か面白い程吹き飛び、小さく痙攣する。

 それもほんの数秒だけで、やがて「静か」になった。


――元々、才能があったんだろう。


 ガバルドも一端の放浪者。

 それなりに体も鍛えているので、一般人程度なら数秒で瞬殺できる。

 だが、この大男は明らかに手練れ。

 それをたった一突きで殺すその手腕は、まさに死神のようだった。


「――――」


 おそらく、初めて人死を見たのだろう。

 愕然と目を見開き、絶命した大男を凝視する女性。

 それを一瞥したガバルドの心中に溢れ出した感情は、困惑だった。


 何故、あの少女は「人助けをしろ」と言ったのか。

 こんなことをしてもガバルドには何の利益も無いはずだ。

 もしかして、誑かされたのだろうか。

 ――否。


 あの少女の顔は、確かにどこかふざけているようではあったが、心の声を聞くと一語一句間違っていなかった。 

 ならば、何故?

 困惑し、しばし熟考しようとするガバルドへ、女性が声をかけた。


「あ、あのっ」


「?」


 何か言葉を探すよう間を置き、女性は言葉を紡ぐ。

 ――その一言が、ガバルドの転機となることも知らずに。


「――ありがとうございますっ!」


「――ぁ」


 それは、余りに至極当然不文律のマナーだった。

 悪いと思えば誤り、助力を得れば感謝の意を伝える。

 だが、一体どれだけの者がその言葉を本心から紡いでいるのだろうか。

 

 女性の魂を探る、嘘はない。

 ――何故、自分は、こうも当然のことに驚愕しているのだろう。

 否、それでは少々言葉足らずだ。

 ――歓喜。


 それが今ガバルドの心中を飽和する感情であった。

 それから数十年。

 彼は、大手多数の人間が、戦場では己を曝け出すことを知った。

 幾多もの戦場を経験し、そして刃を振るったガバルドだからこそ分かる。


 その数十年は駆け抜けるようにあまりに呆気なく、濃密だった。


 だが、激変の数十年間の中で、一つだけ変わらない理屈があった。

 ――人を助ければ感謝される。

 それに気が付けた時、ようやく彼は自分に備わった「耳」が呪いなんかじゃないことに気がついていた。

 

 そして英雄は、今日も戦場と『声』を求めて彷徨い続ける。

















――雪が、降っていた。

 

 どういうわけか、超常の現象の安売りにより、物理法則までもハリボテとなっているようだ。

 雪が積もり、荒れ果てた大地を白く染める。

 吐息も白く濁り、氷点下の世界が広がっていた。

 そんな銀嶺の世界に、鮮血が舞う。


「――ぁ」


 終わりは、余りに呆気なかった。

 スケートスタイルによって何度も何度も加速されたガバルドは、超常的な剣の冴えでジューズの胴体を真っ二つに両断する。

 そして振り返りざまに、もう一閃。

 

 反射的に展開されたであろう電撃ごとジューズの体に真っ赤な一文字が刻まれ、口元から大量に吐血する。

 零れ落ちる鮮血が真っ白な大地を赤く染める。


「――私の、勝ちだ」


「どうやら、ここまでのようだな」


 何かが崩れ落ちる音が背後に聞こえる。

 振り返るまでもなく、ガバルドはこびりついた血を払い、静かに納刀する。

 

「――遺言を、聞こうか」


「あら、優しいこと」


「これでも、十数年の付き合いだからな」


「なら一言。 ――愛している」


「ハッ。 今更だな」


 唐突に囁かれた愛を俺は鼻で笑う。


 これほど滑稽な愛があってたまるか。

 ――だが、死ぬ前に一つ。


「――一つ、聞いていいか?」


「なんでも」


「あの路地裏で崩れ落ちたあの女性――お前だな?」


「――――」


 無言は、肯定の証。

 ジューズは何かを悟ったようにそっと目を閉じた。


「気づいたのね」


「そりゃあそうだ。 なんせ、あれが人生の転機だからな。 忘れるわけねぇだろうが」


「それは、嬉しことね」


 段々とジューズの声が細く掠れている。

 終わりが、死神が近づいている証拠だ。

 俺は瞑目し――言葉を紡ぐ。


「ジューズ」


「――――」


「ありがとな」


「――ぁ」


 それは、かつてガバルドにジューズがかけた言葉だった。

 理解し、ジューズは瞳から一筋の涙粒を流す。

 そして、


「――こちらこそ」


 そう言い残し、安らかな顔で静かに息を引き取ったのであった。




 

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