龍艇船の本当の使い方
良い子は真似しちゃダメです
雲の付近に足場を形成し、跳躍。
雷光が如き速度で飛び舞い、次々と襲い掛かる電撃を躱していく。
追尾しようが力づくでへし折ればいいだけの話だ。
体力なんて幾らでも補給できる。
常に全身全霊で。
いつ何かを間違えて取りこぼしてしまうか、分からないのだから。
「――――」
双剣で紫電を弾き、蹴り飛ばす。
魔力の質からして、相手の数はそう多くないはず。
それならば、向こうがつきるまで踊ってやるのも本望である。
「――と、敵は考えているだろうね」
大樹の頂上で悠然と矢を構えるレアストはそう呟いた。
その吐露にまる賛同でもするかのように頷く側近。
何故、これ程にまで手数が多いのか。
おそらく、それに気が付くのも時間の問題であるだろう。
故に――なるべく早急に準備を進めなければ、こちらに勝機はない。
はぁ、と気だるげに溜息を吐くレアスト。
「準備は?」
「およそ七割が完了しています」
「そうかい。 死ぬ気でやれ。 もしこれに失敗したら、亜人国は滅ぶぞ」
「了解」
側近の気配が消えた。
どうせ向こうの確認に奔走しているのだろう。
あの少年は、かつてレアストが「優秀そうだな」と拾った子供だ。
初めは初々しさがあった彼も今や立派な側近。
その事実に喜ぶべきか嘆くべきか。
保護者のような立場であるレアストからしたら複雑な話である。
「……今は関係ないか」
その件で感慨に耽ることは、まだ許されていない。
この英雄――『傲慢』が通った道は例外なく、焼け野原と果てるらしい。
あくまで一人歩きした空虚な妄想。
しかし――火がないところに煙はたたない。
もしそれが誇張だとしても、事実『傲慢』の被害は凄まじい。
それこそ、次代の『英雄』だと謳われる程に。
そんな相手に油断する方が愚かの極みである。
最大限の警戒と、できるかぎり熱烈な歓迎を。
それが森人族の長・レアストにできる精一杯だった。
(そろそろ「天穿」を使うか?)
そう考え、すぐさま否定する。
アレは消費が激しく、またクールタイムが異常に長い。
あくまで。あれは追い打ちをかけるために切り札だ。
ただえさえ咄嗟に彼に見せてしまったのだ。
その弊害がどのようなものかは、見当はつかないが、それでもなるべく自分の切り札に慣れて欲しくない。
「砲撃班、魔力よりも数を優先してください。 今大事なのは彼の行動を限定し、誘導することですから」
「御意」
忠実な部下が頭を恭しく下げ、弓から幾多もの矢が発射される。
その矢一つ一つが貧弱な自分たちにとって致命傷になり得る類である。
優秀な部下を横目に、レアスト自身も大弓を構える。
どうせなら、少しでもダメージは増やしておきたい。
魔力をチャージし、弾丸が如き速度で加速していき、空高くへと飛翔する。
と、その時。
「――長。 準備が整いました」
「――――」
音もなく、背後から感情を押し殺した声が聞こえる。
その声は淡々としていながらも、僅かに震えていた。
それもそう、この作戦によって亜人国の命運が決まるのだ。
誰でも緊張するだろう。
だが、それでも弱音だけは決して吐かない。
その姿に泣きたくなるような衝動にかられるが、なんとか耐え、指示を出す。
「――『傲慢の英雄』の吠え面、拝もうじゃないか」
「――――」
「さぁ――作戦開始だ」
違和感。
ほんの小さな、小石程度の違和感だ。
それが何なのかハッキリとしないが、それでも不気味な感覚がする。
何かを見落としていると。
そう本能が叫んでいるように思えた。
だが、生憎のことレギウルスは理解を己から拒んだ。
戦術が何だ。
自分はただ、何も考えずに暴れればいい。
それに、小さな違和感を拭い去るために思考を割くのはあまりに不合理だ。
故に『傲慢』は凄惨な笑みを浮かべながら、幾多もの矢を捌く。
刹那、凄まじい轟音が轟く。
「――――ッッ!?」
目を剥くレギウルスは、反射的に音源へと向く。
音源は、かつて〈老竜〉が封印された山の周辺だ。
(まさか、〈老竜〉絡みか?)
否、それはあり得ないだろう。
もう既に〈老竜〉は活動を停止しているだし、あのけたましい宗教団体らしき奴らもレギウルス自身が叩き潰したはずだ。
つまり、轟音の正体は別。
この状況ならば、それは必然。
「クソっ!」
そう悪態を吐いた時には、何もかもが遅かった。
「――おいおい、幾らなんでもこれは大判振る舞いすぎであろうがぁ」
宙を浮くレギウルスを、巨大な影が覆った。
それは、龍のシルエットに酷似した巨大な飛行船である。
飛行船との距離はまさ目と鼻の先である。
(成程! どおりで術師が少ないわけだ!)
おそらく、あの凄まじい手数はレギウルスをこの場所に固定するため。
あの極光を浴びて、大樹の弓矢班たちが本命だと勘違いをしていた。
――が、実際は逆。
真の狙いは、この巨大な飛行船をレギウルスへ直撃させることだったのだ。
周囲には気を配っていたが、このような巨体は見えなかった。
おそらく、なんらかのスキルや魔法を利用したのだろう。
そう理解し、それでもなおレギウルスは凄惨な笑みを浮かべた。
それがどうした。
その程度のこと、諦観に値しない。
「ハァァアアアアッ‼」
そして、巨大な飛行船と鋭利な二刃が轟音と共に激突していった。




