決死の三分間
――何もかも感じる。
主の鼓動も、脈拍も、吐息も、何もかもが手に取るように分かる。
そして二人は一人となった。
「――――ッッ」
視界が猛烈な勢いで移す景色を変える。
半分が戸惑うが、それも一瞬。
すぐさまもう半分に適応し、慣れ、使いこなす。
「――バ せ ロ」
「――――っ」
刹那、視界を熱烈な火炎と爆風が遮った。
火炎はともかく、爆風は有効範囲があまりに広く、しかも一発でも喰らったら戦闘に支障をもたらしかねない。
そう判断するのと、影の鉄壁が展開されるのは同時だった。
「――――」
漆黒の影は、襲い掛かろうとしていた爆炎を弾き返し、そこから得たエネルギーで更に強化される。
そして、爆発が収まった刹那――、
「なっ……!」
「――〈陽炎〉」
影の繭が解け――その中には誰もいなかった。
その事実に目を剥く仮面の背後を、影が覆いつくした。
刹那――かぎ爪が軌跡を描く。
「がはっ」
「――――」
ローブごしに伝わる肌の温もりをギルディウスの鋭利な爪はまるで豆腐でも潰すかのように切り裂いた。
血飛沫が宙を鮮血に染める。
――〈陽炎〉。
新たに会得した、ギルディウスと月彦二人の真骨頂。
影を媒介に、ありとあらゆる場所に現れることが可能なこの技は、凄まじいまでに奇襲・暗殺に向いているだろう。
「くっ……!」
仮面は不利を悟り後方へ飛び去る。
ギルディウスは深追いせず、ただじっと仮面を睥睨し――瞬間、影が蠢き、通行路を埋め尽くしていた。
「――――!」
全方位の、波状攻撃。
これで終わらせる。
そんな月彦とギルディウスの確固たる決意が現世に干渉し、そして愚かな不埒者を貫こうと蠢いた。
影が仮面と激突する刹那――轟音が響き渡った。
世界から音が消えたと錯覚してしまいそうな爆音が鼓膜を刺激する。
奇襲を警戒し、周囲に目を凝らす二人を嘲笑うかのように、仮面を埋め尽くしていた影が何かの拍子に蒸発してなくなる。
一瞬、鳥肌が立ったかのような気がした。
おそらくそれは、人間だった頃のちょっとした名残なのだろう。
しかし今の月彦には、悠長にそんなことを分析する暇は無かった。
(なんだ、この強大な気配は……!?)
莫大な魔力の残滓が荒れ狂い、大地がそれを歓喜でもしているかのように震え上がり、水蒸気が宙を舞う。
その爆発的な力の奔流の中心に、仮面はいた。
今や仮面の全身を赤黒いオーラ―のようなナニカが纏われており、おそらくそれこそがこの異常なパワーアップの起因なのだろう。
「――第二ラウンドってことですか」
「――――ッ」
返答な、一閃の軌跡で十分だった。
影が鋭利な槍を象り、振るわれた大鎌を相殺しようとする。
が、大鎌に触れた途端シャボン玉が弾けるように崩れ、灰となって消え去っていく。
その光景に戦慄しながらも、攻撃の手は緩めない。
「――大蛇」
「――――」
主の勅令に従い、影を媒介にして大蛇が音もなく飛び出す。
だが仮面はまるで後ろに目でもあるかのように、正確無比な斬撃を放ち、たった人ぶりで大蛇の強靭な鱗を切り裂く。
断面を晒した大蛇は瞬く間に消滅していった。
(不味いな。 もうほとんど魔獣はいないぞ?)
召喚術師が使役できる魔獣の数はレベルが上がるにつれて上昇こそするが、それでも限界は存在する。
そして基本、死亡した魔獣はもう戻ってこない。
残る魔獣は、後六体といったところか。
推し量るに、あの急激な強化には何らかのデメリットが存在するだろう。
古今東西、強力な力を行使するには、それ相応の代償が必要となってくる。
それに、あんな手段が、ノーコストで扱えるのならば、最初から使っていればいいだけの話である。
時間制限、自爆……。
まず最も有力な線は時間制限だ。
この世界のスキルや魔法は、名称こそ違えどもともと居座っていた世界とほとんど同じ。
そして前の世界では、「限界突破」なるスキルが存在した。
かなり短い期間でしか得ることができないスキル故に、ほとんどの者がそれを知らないのかもしえないが、これでも月彦はそれなりの古参プレイヤー。
月彦自身は持っていないが、同期の知人はほとんどこのスキルを持っていると記憶している。
その効果は一時定なステータスの倍増だ。
もちろん、それはかなり短時間でも話だ。
これが自由自在に使えるようなら、それはまごうことなきクソゲーだろう。
そしてこのゲームはクソゲーの類ではない。
「限界突破」の制限時間は、およそ三分。
その三分が終わると、まるで力尽きたかのように倒れ、HPは一割に低下し、MPも0となるのである。
もし、仮面の能力がそれに類似しているのだとしたら。
「――最低三分、踊って差し上げましょう」
「――バ せ ロ」
返答は、言うまでもなく爆炎の雨だった。




