目には目を
猛烈土煙が宙を舞う。
ガバルドは全力でジューズから距離を取り、少しでも余波が直撃しにくい地点へと駆け抜ける。
そして――、
「――油断、したな」
「なっ――」
刹那、心臓から鋭利な剣が生えていた。
その様子を愕然と凝視するガバルド。
途端、彼は何が起きたのか、ほとんど直感的に理解した。
ガバルドは驚きに目を見開きながらも、戦士としての本能がこれ以上の接近を拒み、苦痛に苛まれえる体を気力と根性でなんとか動かしてジューズと距離を取る。
数十メートル程の距離が開き、ガバルドは憎々し気にジューズを睥睨した。
「まさか――」
「そのまさか。 私はインパクトの直前、魔力の給与を遮断し――魔術を解除したんだよ。 ちなみに土煙は偽装」
「クソがっ」
そう悪態を吐くガバルドの口元から、大量の血液が流れ出た。
貫かれたのは紛れもなく心臓。
この位置では――もう助からないだろう。
そしてガバルドは――なおも立ち上がる。
貧血によりおぼつかない筋肉を無理矢理酷使し、万力の握力で剣を握るその姿は、まさに不撓不屈。
まるでゾンビのような生命力とタフさに、ジューズは恍惚の表情を浮かべ、まるで恋する少女のような眼差しで彼を見つめた。
「――それでこそ、英雄!」
「残念なことに、まったくその通りだ」
打ちのめされ、叩き潰され、なおも立ち上がる。
故に、彼は英雄扱いされるのだろう。
それを理解したジューズは思わず舌なめずりをする。
早く、早く一つになりたい。
だが、今やどうでもいいと軽んじていたその過程ですら凄まじい快感を感じてしまう。
「さぁ――愛し合いましょう」
「――殺し合いの間違いじゃなないか?」
寝言は寝て言え、そう言外に伝えるガバルドを愛おしげに、まるで愛撫でもするかのように刮目するジューズ。
「ウォーミングアップは、お終いにしよう」
「――――」
剣を優雅な手つきで構え、ガバルドがそう宣言する。
その仕草一つ一つを愛し気に見つめていたジューズも、周囲に幾十ものの雷針を展開し、迎撃の準備を整える。
ガバルドとジューズ二人の距離はおよそ十メートル。
何の障害もなければ、この程度の距離一足で移動できる。
が――ジューズが妨害しない理由は、今のところない。
彼女は近接戦にも長け、なおかつ強力な魔術も扱える。
そんな彼女が選ぶ最善の行動は、おそらく遠距離射撃。
ひたすらガバルドと距離を取り、隙が生じれば雷針で突き刺す。
そういう算段なのだろう。
そして現状、特にこれといったアーティファクトや異能を持ち合わせていないガバルドに、それを拒む資格はなかった。
「心臓」の異能は攻撃用ではない。
あまり不本意ではないが、今回発動する異能は「目」と「耳」。
これさえあれば、どんな困難も乗り越えられるだろう。
事実、彼はこれまで何度も詰みの状況を打破してきた。
ならば――今回も、結果は必然。
そう己を鼓舞し、ガバルドは戦意を剥きだし、ジューズへと疾走していった。
「――目には目を。 歯に歯を、か」
異国の同胞から聞いた慣用句をそう小さく復唱する。
癪な小僧だが、このようなタイミングでは役に立ってくれるようだ。
ガバルドはなけなしの魔力を左腕の魔力に込める。
――ガバルドは、元来魔術の類の才に恵まれなかった男だ。
魔力自体は豊富にある。
ただ、本人の技術がそれを行使することを拒んでいるのだ。
故に彼は無能と蔑まれ、その劣等感を胸にこれまで生きてきた。
『――魔力は、ある。 あんた、ちゃんと努力はしたんだろ?_才能が悲しいほどないっていう線もあるが、それだとこの大量の魔力な一体? 回路になんらかの異常があるのか?』
小僧のぼやき声が脳裏によぎる。
――言うならば、これは一種の腫瘍だ。
本来、魔力は血管とは別の回路を伝い、現世に干渉する。
故に、問題はその回路なのだ。
『賢者』によると、魔力回路に石のような異物が詰まって、それが魔力の制御を狂わせ、彼に魔の力を奪い取ったのだろう。
――熱い
外的な要素ではなく、体が燃えるように熱い。
それこそ、あの龍の吐息がぬるま湯と錯してしまうほどに。
――熱い
それでも、疾走するこの足は絶対に止めてはいけない。
前へ、前へ。
圧倒的な熱量によりもはや平衡感覚すらも狂い、それでもなお正確無比にこちらへ向かう雷針を迎撃する。
――熱い
体が今にも燃え尽きそうで、思考を放棄してしまいそうになった。
だが――それでも。
ガバルドはちらりと横目で倒れつくす少女を確認する。
不本意ながら、この戦いの引き金となり、最もたる被害者である。
――熱い
自分が英雄とか、ヒーローとかそんなけったいな存在じゃないことくらい、とっくの昔に理解していた。
それでも、自分が今止まれば少女の儚い命はあまりに呆気なく崩れ落ちるだろう。
せめて、『声』を聴くまでガバルドは足掻く。
そして――彼は己に課された不条理を打ち砕く。
「――〈氷結の祭壇〉」
それは、魔の神に愛されない男が放つ、精一杯な言葉だった。




