ツンデレ猿
俺の拳を真面に喰らった安吾は凄まじい勢いで吹き飛ぶ。
それこそ、モン●トのように。
「よしっ」
「いや、よしじゃなくて。 確かにスッキリはしましたが、それでもアレでも大事な戦力なんですよ? あれ、もしかしたら死んだのかもしれませんよ?」
「ねえ、月彦君。世の中には、こんな格言が存在する。――『バレなきゃ、犯罪じゃないんです』」
「僕が見てるから犯罪ですね」
「嘘ぉ!?」
責めるなら暴行魔を責めるがいい。
……にしても、そこそこ強かったな。
俺も魔術を使っていなかったが、見た感じ安吾も異能やスキルをほとんど使っていない正真正銘の白兵戦だった。
素の能力は俺より高いな。
レベルはまずまず間違いなくカンストしている。
だが、それでもプレイヤースキルがないと本来のスペックを発揮できないのが現実だ。
安吾はその150パーセントを当然のように発揮している。
素の力が人間離れしている癖に技術も十分。
ナニコレマジで人間なの?
軍人とかがこういうゲームしたら安吾みたいになるのかな?
まさに戦士の理想形を体現したような存在だ。
俺はスタスタと安吾が吹き飛んだ方向へと歩く。
「おい、もう狸寝入りはしなくていいぞ」
「チッ……やはりバレてたか」
「隠すなら「隠形」とかのスキルでも使えばいいのに。 もしかして、お前どうしようもないおバカさんなの? それとも縄文石器時代からやってきた原始人?」
「ぶち殺すぞわれェ」
人を殺せそうな眼差しで俺を睥睨する安吾。
その体は埃こそあるも、特に傷らしい傷はなく、無傷と言っても過言ではなかった。
おそらく、インパクトの瞬間バックステップし、被害を最小限にしたんだろう。
だからあそこまで勢いがあったのだ。
戦闘センスの塊みたいなやつだな。
本当に面白い。
「さてさて。 もう一ラウンドするか?」
「いいや、それは辞退するぜェ。 流石にこれ以上俺の責務をほったらかしにすると、上のお偉いさんに怒られそうだからなァ」
「それは結構。 どうやら猿は人間の上限関係をしっかり理解しているようだ」
「よし、コロス」
まるで獣のように襲い掛かる安吾の拳をひらりと躱し、そしてそのまま腕を掴んで投げ飛ばす。
「はい。 月彦。 さっさとこの原始人を連れて行ってくれ」
「誰が猿だァ! ぶっ殺すぞォ!」
「はいはい。 じゃあよろしくね後輩」
「…………分かりましたよ」
渋々了承した月彦は、そのまま安吾を引きずり戦場へ刈りだす。
安吾も本気では抵抗していないので、一応は賛成らしい。
まるでツンデレだな。
原始人の、しかも♂のツンデレとか誰得だよ。
「――貴様らがツキヒコの言っていた新入りか?」
と、突然俺へと話しかけてきたのは長身の中年だ。
ワイルドな髭が実に美しい。
顔は傷だからだが、だからこそ歴戦の猛者というイメージを与えさせた。
「ん? 誰だよあんぶべらっ」
そして、顔面を拳が覆い尽くす。
「……体罰は犯罪なのでぶほっ」
「何か文句でも?」
「ナイデス。 何もないです」
この世界の住人、もしかして暴力衝動に侵されてない?
俺もそろそろこいつらみたいになるのかな?
そんな漠然とした不安が唐突に俺を襲った。
「自己紹介が遅れたな。 私の名はガバルド。 それ以上でもそれ以下でもない。 ただの戦士だ。 立場としては指揮官だ。 分かったらさっさと跪け」
「断ぶべらっ」
「判断が遅い!」
土下座した。
あれ?
人族側についたのって、もしかしなくても大間違いだったんじゃね?
おそらく、俺の予想だと魔人族側にもちゃんと俺のような〈プレイヤー〉がいるはず。
戦力的にも、邪険にされるなんてことはおそらくないだろう。
そろそろ裏切るべき時なのかもしれない。
「……一つ質問の許可を」
タメ口で話したら絶対に殴られるので俺は渋々ながらも敬語を使い、おっさん――ガバルドへ質問する。
「許す」
「感謝します。 では――現在の戦況を教えてください」
「ふむ……確かに、それは必要だな」
「がはっ。 ではなぜ殴る」
「何となくだ」
アッハッハ、殺意の波動に目覚めそうだよ!
「赤裸々に話そう。 貴様も分かっていると思うが、今は貴様のようなアホに頼らなければならないような事態だ。 まさか「賢者」の休憩時間を狙って襲撃してくるとは……」
「スミマセン、ちょっと事情が理解できまうぼっ」
ちょ、こいつ今ハサミ使いやがったぞ!
一歩間違えれば殺人だったんだぞ!
というか、現実世界で脳天をハサミで貫かれたら誰でも死ぬ。
どうでもいいけど、異世界ににもハサミあるんだ。
「煩い。 つい先日、我が姫君が魔人族の精鋭に攫われたのだ。 もし、姫を人質にでもすれば戦争は終結する。 我らが敗北してな」
「……成程。 で、ガバルド様はその奪還か?」
「正解だ。 だからこそ、先ほども告げたように臨時とはいえ貴様のようなポンクラでも喉から手が出る程欲しているのだ」
どうりで戦争にしては人員が少ないわけだ。
これはどちらかと言うと、暗殺部隊のような編制だな。
こういう作戦の時は月彦のような索敵ができる奴は重宝するだろうな。
「――さて、これを聞いて貴様はどうする?」
「もちろん魔人族にこの値千金の情報を伝えにげはっ」
「死ね」
理不尽の極みッ。