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VRMMОで異世界転移してしまった件  作者: 天辻 睡蓮
一章・「赫炎の魔女」
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無と無の内側

ストックが……











「――あー、うん。 ちょっと邪魔だから退いてくれない?」


「断る、外道」


「外道、ね。 言い得て妙だな。 外道って意味じゃぁ、俺もあんたらもそう変わりはないと思うんだがなぁ」


「――――」


「――なぁ、『亡霊鬼』幹部・ヨセル」


「――――」


 俺の言葉に、眼前の青年は否定も肯定もしない。

 つまりそれは何よりも明確な意思表示で。

 ちょっとばかり罠の可能性を疑ったんだが、どうやら杞憂だったらしい。

 俺は目の前で目を剥く青年――どっかの執事、ヨセルへ笑みを見せる。


「何故、そのことがっ」


「猫とか、興味ない?」


「それが――」


「あぁ、知らないならそれでいい。 ただえさえ、色々と狂ってきてるんだ。 生きているだけで盗聴器の役割を果たすとか、そんなクソ機能は勘弁な。 まあ、そういうわけでお前がそれを知る機会はないさ」


「そうですか……」


 少し残念そうに俯くヨセルを俺はジッと観察する。

 その紫紺の長髪を背後に一つに纏めており、引き締まった目元からはいかにも「できる執事」といった雰囲気を感じられる。

 今のところ、武器は持ってないよな。


 でもそれでも、俺ら〈プレイヤー〉のアイテムボックスを持ち歩いている可能性も捨てきれないんで、やっぱ警戒は解けないわな。


「――何の用だ」


「お前こそ、何の用だよ。 本当は分かっているんじゃないか? いや、分かっているよ。 俺がここに何をしに来たかを」


「――――」


 俺はそう麓を見据えながら告げる。

 その言葉を耳にし、沈黙を続けるヨセル。

 

「まぁ、そんなわけでここは俺の尊大な顔に免じて、見逃して頂戴な。 嫌なら嫌でいいけど、そうなったら、お前がどうなるかな?」


「――分かりました。 案内しましょう」


「不要だ。 背後から刺されたくないしな。 理解したのならさっさと消えな。 俺は俺で忙しいんだよ」


「――――」


 踵を返す俺へヨセルは恭しく優雅な手つきで礼をする。

 そして――、


「――――」


「――油断大敵、ですね」


 ――胸から、ナイフが生えていた。

 常人ならそのありえないような非日常的な現象に、思考を停止させるのかもしれないが、どういうわけかその事実をハッキリと認識できた。

 

――あぁ、俺はやっぱり。


「――なっ」


「無駄なんだよ、俺がその程度の事態、想定できないような愚物と思っていたのか? もしそうだとしたらそれはそれで滑稽だよな」


 背後から突き刺されたこと認識した俺は、特に顔を歪ませることなく襲撃者――ヨセルの手首を乱暴に掴み取り、折る。


「――ぁっ」


「俺には、お前が過去の惨劇を防ぐためにここまで奔走していたことを知っているよ。 無論、『亡霊鬼』もだけどな」


「……成程。 だから、僕をここに配置したのか……ッ!」


「そういうこと」


 俺はヨセルへ、飛びっきりの笑顔を見せ――、


「――術式改変」


 











 魔術は、基本的に術師の魂の『色』によって変化する。

 今日この日に至るまでの経緯、記憶、それらの、魂の奥底にまで刻み込まれたモノらが重なることによって、魔術が生れ落ちる。

 

「――――」


 何かが、呟かれた。

 

 数瞬後、それが己の口から出された声色だと理解する。

 そして――、


「――消えろ」


「――――」


 愕然と棒立ちするヨセルへ、俺は労うように、ぽんっ、と掌を触れさせ――構築した魔術を解放する。

 刹那――ヨセルが消えた。

 誇張でも比喩的表現でもなく、本当にただ消え去った。


 まるで、最初からそんなもの、存在しなかったように。


「……呆気ないものだな」


 人を殺した感慨も後悔も罪悪感も、一切存在しない・

 何も、感じない。

 それが魔術を発動させた弊害なのか、それともただ単に素なのか、俺にはまだハッキリと判断することはできなかった。


「――――」


 今はただ、この無がどこか心地よい。


「行くか」


 誰にでもなくそう呟き、俺は山頂を目指し淡々と歩く。

 険しい獣道を水滴で切断し、強引に通行路を作り出す。

 今や霊峰は液化した水蒸気で満たされており、数メートル先ですら朧気だ。

 しかし――どこにいけばいいか、魂が理解していた。


 前へ、前へ。


 無感動にひたすら歩き、そして――辿り着いた。


「ここが、山頂か」


 俺は何と無しにそう呟き、眼下の窪み、否大穴を一瞥する。

 ――本来、許容されない者が侵入することを拒む霊峰。

 その天辺から、俺は大気中に足場を形成しながらなんら躊躇することなく、思いっきり先の見えない暗闇へと飛び降りた。


 果てなき地獄のように、その窪みはどこまでも続いており、俺は落下と着地と繰り返しながら段々と高度を下げ続ける。 

 一体、その一連の動作を何度繰り返しただろうか。


「――――」


 やがて、深淵のような大穴に、底が見え始め、それを適当に展開した火の玉が爛爛と照らし続ける。

 俺は最後の着地の寸前、軽やかに跳躍し空中を羽のように感じる体を行使して一回転し落下の勢いを念入りに殺す。


 トン、というどこか間抜けな音が響き渡った。

 そして火の玉はやがて一点を集中的に照らし始める。

 そして――、


「さぁ――天災の序章、と言ったところか。 そう思わないか? ――『亡霊鬼』さんよ「」


「――――」


 影のように仁王立ちする男へ、そうにこやかに声をかけた。



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