「目」
デスっ!
――それは、歓喜するように、呻くように、叫び飛ばすように。
「――――ッッ‼」
莫大な魔力によって構成された龍が産声を上げた。
その咆哮は大地を震わせ、どこまでもどこまでも響き渡る。
その威容は、まさしく「龍」。
かつて何度も何度もこの世界を滅ぼそうとした存在の体現だ。
「クソがっ」
「さぁ、考えろ! 私を、私を、私だけを‼」
「最近の若者はこれだから」
ひたすら狂気に吠えるジューズを無視し、ガバルドは、何とか打開策を捻りだそうと懊悩するが、中々答えがでない。
アレに触れれば、まず間違いなく死ぬ。
しかしだからといって切り裂くことは到底不可能だろう。
ならば、どうすればいい?
考えろ、考えだせ。
ガバルドの手札は大きく四枚。
長い年月を経て冴え切ったこの剣、そして不本意ながらも会得してしまった「目」と「耳」、「心臓」の能力。
そして三つ目は――この年でも未だに健在な、この脳味噌。
「――一か八かだ、こなくそっ」
「――――」
そう悪態を吐きながら――ガバルドは前進した。
一瞬何をしようとしているのか理解できなくなり――直後、閃いてしまった。
「まさか――」
「目には目を。 どっかの誰かさんのお言葉だ」
「――――ッッ‼」
この賭けは余りに無謀だった。
そもそもある前提条件を達成していなければこれは成立せず、そしてそれが成立したとしても成功できる可能性は限りなく少ないだろう。
だが――、
「今更、危機がなんだっていうんだよ! 今、ここで動けないで、何が騎士だッ! 何が団長だッ!」
「そう来るか――! やっぱりダーリンは最高だなぁ!」
「無闇な告白なんぞ、知ったことか」
ガバルドはそう吐き捨て、どんどんジューズとの距離を詰めていく。
その背後を猛烈な勢いで追い続ける雷龍。
ガバルドが編み出した作戦――それを一言で言ってしまえば自爆だ。
だが、自爆するのはガバルドではなく、ジューズ本人。
おそらくこの竜も追尾式の魔術が付与されているだろう。l
なんせこれ程の魔力量だ。
この魔力の塊を自由自在に操る、という行為を行うには途方もない魔力の冴えと、莫大な魔力が必要となるだろう。
そしてジューズはどちらかと言うと近接タイプ。
『賢者』のような、徹底した魔術師タイプでは決してないわけだ。
ならば当然、アレを自由自在に操っているのではないのだろう。
そして考えられるのは術師の意思ではどうしようもない追尾式。
これならば大した魔力消費もなく、彼女でも扱えるだろう。
ガバルドが描いた構図はこうだ。
まず、ガバルドが雷竜に追いつかれないように、されど引き離し過ぎないように疾走し、ジューズへと誘導するのだ。
最終的にはジューズが放った雷竜が術師本人に衝突し、自爆するという流れだ。
(やっぱ、読みはあたっていたな)
おそらく、ジューズはもうガバルドの真意を正確に推し量っている。
なんせ、彼女こそが自称ガバルドの最もたる理解者なのだから。
しかし、それでも雷龍が消えることも失速することもない。
つまり――ガバルドは賭けに勝ったのだ。
そして、二人の距離、およそ五十メートル。
あと少し、あと少し。
だが――、
「ならば私も! それ相応の試練を、与えようぞ!」
「チッ」
――その一歩があまりに遠い。
背後に迫る厄災と死の体現者の濃密な気配を肌で感じながら、ガバルドは前へ前へと大地を踏み砕いて進んでいく。
しかし、そんなガバルドへジューズが数十本ものの雷の槍を放った。
流石に先刻の龍ほどの威力はないとはいえ、それでも真面に喰らえば致命傷になりかねないだろう。
だが、龍よりかは迎撃のし甲斐がある。
「ハァァアッ‼」
「――来い!」
――世界が、スローモーションになる。
ガイアスが今に至るまで生きているのには様々な理由が存在する。
その中の一つ――三つの異能だ。
つまり、ガバルドは多くの世界が混雑するこの世界の異端人。
故に、これまで何度も死線を潜り抜けることができたのだ。
――「目」
それがガバルドの二つ目の異能である。
これの発言に気が付いたのは、初めて剣を握った時。
遅い。
この世界も、空気の流れも、光すらも。
「――――」
最近では意図的に発動できるようになった異能を使用し、凄まじい集中力をもって生へと縋りつく。
ガバルドは猛烈な集中力で何一つ無駄がない、いっそ優雅なほどに無骨に戦場を駆け抜け、舞い上がる。
「あぁ、だからこそ貴方は私に愛される!」
「――うっせぇよ」
狂人の愛の囁きに耳を傾けることなく、ガバルドは竜巻のように宙を舞い、体中に巡る幾数万の神経を駆使する。
――人は、生と死の挟間に立つと、爆発的に力を発揮する。
そして――、
「――生憎、ゲームオーバーってやつだ」
「――――」
視線と視線が、交差する。
刹那――膨大な魔力の奔流がジューズへと衝突した。




