心底嫌悪する存在は、誰?
パッパッパッラパパパラパッ的な音楽を聴きながら書きました。 いや、そんなファンキーな内容じゃないけど。
「――やれやれ。 どちらかと言うと非戦闘員な僕に、あんまり期待しないでくださいよ?」
「ほざけ」
その言葉を合図に二つの勢力が激突する。
棒立ち状態の月彦へと、地を這うが如き体制で接近する刺客たち。
彼らの長である仮面は月彦と同じくただそこに棒立ちするだけだ。
アキラや安吾から聞いたのだが、この仮面が扱う技は火炎。
それこそ溶岩ですら容易く蒸発させるだけの術師だ。
今は鳴りを潜めている理由は知らないが、好都合である。
月彦は冷静に目の前の状況を整理する。
(あんまりギルディウスは消費したくない。 今のところ仮面は動いていない。 多分、ギルディウスを消耗させたいんだろう)
ならば――、
「来い――大蛇、九尾」
月彦の勅令に従い、魔法陣から九つの尾を持った妖しい狐と、八つの頭部を保有する大蛇が出現した。
彼らは主の殺意に喝采するかのように咆哮をあげる。
「さて――お手並み拝見です」
「死ねぇ!」
直後、鋭利な刃を片手に握りしめたローブ男が月彦のもとへと到達する。
月彦は焦ることなく淡々と九尾に命令し、
「――九尾、焼き尽くせ」
「――――ッッ‼」
九尾が吠えると同時に七つの尾から凄まじい熱量を持った炎が浮かび上がる。
最も火炎に親しい長の部下だからこそわかる。
アレに触れては駄目だ。
あの猛烈な熱量は、容易く生物の柔肌を焼き尽くすだろう。
突撃してきたローブ男の脳内に警鐘がけたましく鳴り響く。
だが――止まれない。
慣性の法則に従っていたこともある。
だが、この引力はもはや強引に引き付けられているようだった。
――逃げられない。
そう理解した刹那、ローブ男は灰となった。
「――大蛇は万物の引力を操作します。 こうなるのも、必然の結果でしょう」
「クソガッ!」
仲間の死に姿を見てしまった同胞が堪え切れない悪態を吐き出す。
慣れているはずだった。
だというのにこみあげてくるこの激情は一体何なのだろう。
(意外と、心に来ますね)
その姿を一瞥し、月彦はどこか達観したような心境になる。
不思議だ。
同胞を殺された時は、あんなにも憎かったのに、今ではそんな感情など一切無く、逆に悦楽すらある。
「あぁ。 成程」
そして月彦は漠然と何故戦争が今に至るまで続いていたのか、理解した。
負の連鎖。
それこそが戦争の要因だ。
同胞を殺された憎しみは、決してそう簡単に忘れるモノではない。
憎悪が体を突き動かし、刃が振るわれる。
その刃が他者の命を奪い取ったその時――抗えぬ連鎖が始まってしまうのだ。
「納得しましたよ」
「貴様――今更泣いても絶対に許さんぞ!」
「命乞いはしない予定なんで杞憂ですよ」
どこか達観した心境で、月彦はローブの掃討を開始した。
「――――」
音がしない。
視線を感じた。
思わず反射的に振り返ると――目が合った。
驚愕と後悔に蝕まれ飛び出た、もう二度と機能することのない目玉と。
「おぇっ」
それの重みを意識した途端、何かが腹の奥底からこみ上げてくる。
嗚咽し、胃液を無造作に吐き出した。
戦いの最中では凪いでいた心が、突如として限界を迎えたのだ。
月彦とて学生。
必然、その精神は幼く、人殺しをした経験なんて一度も無かった。
これが、初めて。
そして今回が最後である可能性は、きっともうないのだろう。
「――――」
敵が、居る。
今までずっとこちらを伺っていたローブが、こちらへと向かってきたのだ。
月彦は腐りかけの魂を無理矢理突き動かし、目の前の仮面と対峙する。
「――――」
ギルディウスは今も傷一つない状態だ。
戦いには、なんら支障を齎さないだろう。
だが――もう、これ以上月彦は人の命を奪いたくなかった。
「――帰って、くれ。 これが戦争なのはわかっている。 所詮、正しさの押し付けあい。 でも――もう、僕は誰かを嫌いになんかなりたくないんだ」
「――――」
不意に、仮面の足が止まった。
そして、何かを思考するような姿勢を取る。
その姿は、どこかで見たことことがあるような気がして、目をこすってみるがやはり思い出せない。
「――モ エ ロ」
「――――ッッ‼」
刹那、燃え滾る火炎の弾が月彦を襲った。
その光景を目に移した瞬間の、月彦の泣きたくなるような顔は、きっと生涯忘れることなどないのだろう。
そして――、
「――穢せ、ギルディウス」
「――――ッッ‼」
主の勅令に恭しく従い、そして周囲一帯に暗黒を展開する。
展開された暗闇は、影を照らす火玉を優しく包み込み――殺す。
暗黒が消えた時には、もう火玉はその空間に存在していなかった。
「――済まない」
そう、誰かに謝罪をし、月彦の意思に従ってギルディウスは猛然と仮面へと向かっていった。




