過去を嘲笑って嘲笑ってその先に
違いました。
なんかガーフィールの声優さん、伊之助さんと別人ですって!
穴があったら入りたい!
爪と拳が激突する。
「ハァアアッ!」
「――――」
己の全身全霊込めた一撃を、メイルは軽々といなす。
どんなに威力があっても容易く逸らされては立つ瀬がないな。
そう自嘲し、そして意識を研ぎ澄ます。
相手は今までにない「逸らし」の名人。
安吾が放ったほとんどの致死の拳はまるで赤子の手をひねるように呆気なくメイルの掌によっていなされてしまった。
集中しろ。
メイルの動きを一手一手観察し、死んでも隙を暴き出せ。
このままでは先に倒れるのは確実に安吾。
打開策がなければ、最悪死ぬ。
「――無駄なのだ。 お前の攻撃は、確かに無駄がない。 完璧なのだ。 だが――だからこそ、容易に読める」
「くっ……!」
そう言われても、この拳は己の誇りだ。
如何にそれが無意味な矜持であっても。
決して、それを揺るがせてはならないのだ。
「――――ッ!」
「――――」
刹那――隙が見えた。
小さな、小さな隙間だ。
ほとんどの者はそれを認識することさ難しい、そんな隙。
だが、研ぎ澄まされた安吾の感覚は確かにそれを確認した。
(今度こそ、絶対に倒す!)
最大量の魔力を込め、インパクトを放つ。
が――それすらも、己が彼女の掌であることの意思表示でしかなかった。
「何度も言ったはず。 ――無駄なのだ」
刹那、電撃のような速度で迫りくる何かが安吾の視界を覆いつくした。
「なっ」
台詞を吐く暇すらない。
隕石のような勢いで放たれた蹴りは、凄まじい勢いで安吾の肋骨へ食い込み、大量の亀裂を発生させると共に吹き飛ばした。
「がはっ」
口元に錆び切った鉄の味がする。
数泊空いて、それが己の血液だとようやく認識する。
次の瞬間、耐え難い苦痛がへし折られた肋骨を中心に安吾を蝕む。
嗚咽、そして胃液と血を同時に吐きだした。
「隙を作るのも、戦術の一つなのだ。 よもやこの程度の初歩な罠に引っかかるとは。 人族も随分と落ちぶれたのだ、なのだ」
「――――」
取ってつけたような語尾と共に吐き出された辛辣な評価と、猛烈な苦痛に苛まれ、顔を歪める安吾。
そんな安吾を嘲弄や侮蔑といった感情が宿った瞳で一瞥する。
しかし、メイルは横たわる安吾を見た途端、思わず顔を顰める。
「――――」
「何故、笑うのだ」
笑っていた。
それは嘲笑のようであり、自嘲でもあった。
不甲斐ない自分自身を憤り、そして己を打ちのめしたメイルを嘲笑う。
くだらない。
あぁ、本当にくだらない妄言だ。
「……どうして、勘違いしたんだ?」
「――――?」
「俺が、一秒前の俺だってことによォ。 戦士の癖に、そんなことも分かんねェのかァ? なァ?」
「……その程度の短期間で成長できるわけ」
「できるさ。 少なくとも、あの野郎ならそうする」
猫背で脱力しながら、安吾は己を侮る不埒者を睥睨する。
そして――、
「術式改変――【主客転倒】ッッ‼」
己の中に長く眠っていた術式を、発動させた。
――人の魂は、外見で決定される
どこでそんなくだらない言葉遊びを聞いたのだろう。
幽霊のように朧気な意識の中でそう思った。
目つきは刃のように鋭く、歯も獣のように荒れ放題。
そんな彼はやがて、クラスで浮き、それこそ本当の獣のように扱われた。
本当は、人一倍優しく、悪意に敏感だった当時の彼は、恐れるような、猛獣でも見るかのような視線に耐えられなかった。
人は醜い。
他者を外見だけで判断し、それを信じて疑わない。
一体それでどれだけ心が打ちのめされたか。
自分は無害だと論じたいが、それすらも嘲笑されそうでできなかった。
『クソッ! クソッ‼』
やがて家が空手の名家であることもあり、彼はまるで何か見えないモノから逃げ惑うように、ひたすらそれに打ち込み始めた。
もともと才能があったのか、彼はどんどん頭角を現し、その拳は日を重ねるごとにどんどん洗練されていった。
体が変われば心も変わる。
平穏を望む彼の魂は、数多の戦いを経て、平和ではなく闘争を求めるようになっていった。
そして彼は――名実ともに猛獣となっていた。
当然、そんな彼に寄り添う者なんていない。
そう、思っていた。
『おいおい、お前、むちゃ力強ぇえのになんだよこのフニフニの筋肉。 もうちと鍛えろよな、安吾』
『はぁ。 そろそろ暴力癖は更生した方がいいんじゃないんですかね』
『やれやれ。 私の部下は本当に問題児が多いな』
だが、この世界には自分のようなどうしようもない猛獣を受け入れ、慕ってくれる大事な仲間がいる。
きっと、現実世界で有り得ないような光景。
でも、少なくとも自分のような臆病者を慕ってくれる心優しい人だってちゃんといるのだ。
だから――、
「いい加減、くだらねェ過去とは決別しねェとなァ――ッッ‼」
「なっ……」
猛烈な勢いで踏み込み、何度も何度も修練を重ね、研ぎ澄まされていた拳になけなしの魔力を込めて、振るう。
変わるのだと、そう決めたのだ。
そんな彼を嘲笑う者は、神ですら存在しないだろう。
「ぐぁっ」
安吾の一撃を直撃し、盛大に吹き飛ぶメイル。
彼女を吹き飛ばした拳を、今までにはない輝きと密度の魔力が包み込んでいた。
その力は投げやりの不貞腐れた根性が生んだような品物じゃない。
誰かを守り、もう二度と自分を受け入れてくれた友人を無くさないための力だ。




