『傲慢』
「――――」
視界を太陽すら霞むような極光が覆いつくす。
距離の問題もあるだろうが、まず第一にその弓矢に込められた魔力があまりに尋常離れしすぎてそう錯覚してしまうだろう。
レギウルスはそう判断する。
が、行動にこれといった支障はなし。
そもそもレギウルスには定型された武術などは一切習得していないのだ。
ただ、勝利を。
相手に致命の一撃を。
ただそれ一心で研ぎ澄まし、極められたレギウルスの武術は、まぎれもなく「本能」と呼ぶべき品物であった。
故に、どのような状況であろうと数多の死線を潜り抜けたことにより培った闘争精神と野獣が如き勘が万象を対応し、打開策を弾き出す。
――魔術には、様々な種類がある。
火魔法、水流魔法、土砂魔法、聖光魔法、治癒魔法……。
しかもただえさえ多重の世界が存在するこの時空にて、存在するありとあらゆる魔術を数えるとキリがないのだろう。
しかし、そんな多種多様極まった魔術にはタイプが分けられている。
例えば、治癒魔法。
この魔法は、大気に溢れる魔力に干渉し、他者の傷を癒す魔法である。
だが、当然武器として扱うのは少々厳しいと言わざるを得ないだろう。
だが火魔法などの七属性魔術はどうだろうか。
七属性魔術は活性化させた魔力を強引に現世に顕現させ、武器、時には盾として自由自在に操作可能な魔術だ。
このように、魔術と言われても一口では表しきれない。
一つ一つの荒れ狂う魔法を選別するのは如何に「賢者」であっても至難の業と言えよう。
――が、レギウルスはその常識を打ち破る。
生き残るためには、当然漠然とはいえある程度は放たれた魔法が如何なるものなのか判別するのは必須と言えよう。
故にレギウルスはその手の観察観にたて、今や一瞥するだけで放たれた魔法の能力を理解できるようになっていた。
(それによるとこの魔法は、対象に触れれば一定時間後に消滅するタイプ。 問題はその「一定時間」の間隔だが、それはこの魔力で判断できる)
基本的にこの類の魔法は、込められた魔力量に比例して消滅するまでの間隔がどんどん広くなっていく。
そしてこの極光の凄まじいまでの圧倒的な魔力。
触れれば幾らレギウルスであれ炭と化するのは時間の問題か。
「なら――躱せばいいだけのこと」
刹那、レギウルスは空中を軽やかな身のこなしで舞い、そして一時的に極光の殺戮圏内から脱出する。
一時的。
そう、あくまでこれは応急措置でしかない。
先刻の弓矢は幾ら躱そうが、圧倒的な執念で地獄の果てまでレギウルスを追いかけてきた。
そして、追尾式の弓矢を放った者と、この極光を生み出した人物は明らかに同一人物である。
当然、追尾機能も付与されているだろう。
「だからどうした」
しかし、レギウルスはその不条理を鼻で笑い飛ばす。
結局は猿の小手先技に過ぎない。
この程度の困難を打破できないで、何が『傲慢の英雄』だ。
「――術師の間抜けな面でも拝みに行くか」
そしてレギウルスは、一切躊躇することなく極光を放つ大矢を足場に、高々と宙を踊り舞ったのである。
爆発的な勢いで加速する大矢が不意に停止する。
違う。
この路線上に、己の責務を果たすべき存在は居ない。
それを理解した大矢は、再び極光を放ちながらレギウルスの元へ迫る。
「――――」
レギウルスの顔に浮かんだのは焦燥でも恐怖でもなく、余裕。
たった一つのミスが致命となるこの戦場において、その表情はどこまでも『傲慢』であった。
「遅せぇな」
嘲弄の嘆息。
そして次の瞬間、まるで瞬間移動でもしたかのようにレギウルスの姿が消え去る。
標的を見失った大矢は、困惑故か速度を落とし、虚空を穿つ。
すると大矢は幾度か痙攣し、やがて無残な塵となり、宙を舞う。
レギウルスの狙いは単純明快。
あの一瞬、彼は大矢を足場として利用した。
おそらく、それが接触認定され、のらりくらりと時間を潰されついには魔力が尽き、塵芥と化してしまったのだろう。
おそらく、この男はその現象を故意で生み出した。
――ありえない
己の魔力を媒介にその光景を目にしたエルフの若き長は愕然と目を見開いた。
何故、あの一撃で敵を射抜けない?
この大矢――「天穿」は先ほど無造作に放った塵芥とは明らかに異なる。
それこそ、かの騎士ガバルドでさえ防ぐことは至難の業と言っても過言ではない一撃だ。
それを、彼は余りに呆気なく突破したのだ。
しかも、魔力の流れは凪いでいた。
つまり、彼本来の魔術すらも扱わずに「天穿」を容易く回避して見せたのだ。
驚愕、次いで訪れた感情は納得だった。
(成程ね……)
おそらく、彼こそが忌々しき英雄――『傲慢』なのだろう。
ならばこの不条理も納得がいく。
彼と二度会敵したガバルドは、彼を「化け物」と称した。
その後、話を詳しく聞くがそのどれもが夢物語のようなモノ。
当然、最初は誰もが半信半疑だった。
だが、この光景を見ればガバルドの言葉を妄言と軽んじる者は誰一人として、それこそあの若者でもないだろう。
ならば――、
「やれやれ。 最近はどの子も強くて――疼いてきちゃうね」
若き長はそう舌なめずりすると、再び弓を構え、追撃を行った。




