奥義、冗長、そして
――『自戒』という概念が存在する。
これは、一定の範囲内で魔力回路を制限する代わりに、それにより生じた余剰分を他の代物に明け渡すというモノ。
例えば、レギウルスがようやく宿った魔術行使を放棄し、代わりに身体能力強化へ心血を注いだように。
――奥義・『迅』。
それは、正に『剣聖』の最終兵器だ。
これも、『自戒』の一環。
刀身を伸長するという行為以外に、それこそ必要最低限の身体強化さえも忘却し、ただただ『斬る』ということに没頭する。
そうすることにより生じるのは一切合切を割断する絶刃だ。
あるいは、ガバルドの魔術にさえ匹敵する。
それが、ハイトの身に宿った『剣』の魔術により適用範囲をより広大にすることにより、最大の殲滅兵器と化すのだ。
無論、弱点は存在する。
それは浪費魔力の甚大さだ。
それこそ、アキラの『天衣無縫』にさえ匹敵してしまう程の魔力を消費しない限り、この御業を繰り出すことはできない。
故に、此れは『奥義』なのだ。
ハイト・メイカ――『剣聖』が繰り出せる、最高峰の一閃。
「――ぁ」
意識が、吹き飛ぶ。
とてもじゃないが度し難い魔力の奔流に呑まれ、いわば脳震盪のような現象が偶発的に生じ、レギウルスの意識を刈り取る。
だが――それでも、寸前のところで踏みとどまった。
歯を食いしばり、全身全霊で現世へ帰還を果たす。
「――気合ぃ!」
『紅血刀』を行使。
それにより八つ裂きにされてしまった血肉は瞬く間に再生する……だが、レギウルスの顔色は依然としてよろしくない。
(メイセは!?)
土煙がベールとなり、真面に長髪の輪郭を認識することができない。
もはや肉眼では捕捉不可能だと察し、レギウルスは舌打ちしながら意識を研ぎ澄まし、その気配を探ろうと――。
「後ろ!」
「おや」
し、直後に肉薄するその気配を察知。
嘆息。
レギウルスは肉食獣のような相当に低い姿勢で身を屈めることにより、薙ぎ払われたその一閃を回避する。
そのまま、息を乱しつつもバックステップ。
岩盤が隆起する勢いで跳躍し、それによりなんとかハイトから距離をとる。
「……今のは、一体全体どんな大道芸なんだよ」
「奥義です。それ以上も、以下もない」
「教える気がねぇなら初めから言え!」
「はて。なんのことやら」
「――――」
本当に何も理解していないように、どことなく愛嬌さえ感じられてしまう仕草で小首を傾げるハイトが酷く憎々しい。
だが、着目すべき観点は、そこではない。
(さっきの一閃……完全に初見だぞ?)
単純な話だ。
時間は誰しも平等。
つまり、レギウルスが六十年前とは段違いの身体能力を獲得しているように、『剣聖』も相応に成長したのだ。
それまでこれといった変化が見受けられなかったからこそ、その事実に気づかなかった自分自身へ嫌気が差す。
「……メイセは」
「死にましたよ」
「……ああ、そうか」
「?」
冷淡に、端的に返答するレギウルスに、ハイトはどことなく怪訝そうな眼差しを向け、頭上に疑問符を浮かべる。
「彼は仲間なのでは?」
「そりゃあそうだけど……生憎、今は感傷に浸る暇なんてないんだよ」
「ああ……確かに、それもそうですね」
と、どこか愉快げな笑みを浮かべるハイト。
そう、所詮これは下らぬ時間稼ぎだ。
そもそもの話、ハイトがレギウルスへ真理をわざわざ告げるようなことをしても発生するようなメリットはない。
故に、ほとんど戯言と認識して申し分ないだろう。
そもそも、メイセの場合『転移』の術式を持っているので、それを併用すれば容易くあの暴虐の体現ともいえる光景から撤退できる。
――そして、その逆もまた然り。
「――――」
もはや、確証なんて無いのだ。
レギウルスのようにはんば不老不死のような存在とは異なり、メイセは多少遺脱した存在でこそあるが、紛れもなく人間。
こういった事態を回避するための魔術でも会得している可能性も十二分に考えられるのだが、そうでない可能性も同様だ。
レギウルスが欲するのは確信だ。
確かに『賢者』――そして、憐れな被害者たる『聖女』アリシアが生存しているという事実の裏付け。
その情報の有無で、相当戦局も変動するだろう。
「余所見なんて、余裕ですね」
「愚弟相手だからな」
「はっ」
ハイトはどことなく嘲弄するかのようにレギウルスの軽口を鼻で笑い、ジェット機もかくやという速度で急迫。
(……馬鹿正直な刀身、じゃねぇよな)
あの『剣聖』が、そんな、生き恥のような蛮行を実施するとは、到底レギウルスには思えなかった。
「――残念でした」
「っ」
加速。
そしてハイトは、突進の動作を即座に中断し、縦横無尽に洞窟内を駆け回る――なんて、面倒なことをしやしない。
脚力を重点的に強化し、一陣の風と化す。
「!? おいおい、嘘だろ!?」
「現実を見ろ、ですよ兄者」
『剣聖』を誰よりも知り尽くしているからこそ思わず引っかかってしまったその罠に、思わずレギウルスは歯噛みする。
猛烈な勢いでハイトはレギウルスの懐へ入り込み、そして強烈に岩盤を砕いた。
「――『嵐吹雪』」
「名前オシャレ!」
傍目かた見れば、たった一突き。
されど、実際に対面し、そして常軌を逸した動体視力を保有するレギウルスにとって、繰り出されたそれはそんな生半可な刺突には見えなかった。
一突きに思えるそれは、されど数万もの刺突に匹敵する代物。
強烈な勢いで、しかも毎回毎回微妙に位置をズラされたおかげで砲弾でも通り過ぎたようにレギウルスの胴体に風穴が刻まれる。
だが、レギウルスとて無抵抗な筈がない。
レギウルスは、それまで空を握っていた左腕を存分に振るう。
殴打、ではない。
それは、遠距離攻撃――即ち、投擲の動作。
「ッ」
「――――」
急迫するそれ――毒々しい液体がこれ以上なく塗りたくられたその短刀を、ハイトは懐の『剣』の形状を魔術により変質させ、迎撃する。
だが、それでも微かな隙を構築することはできた、
「ふんッ!」
「っ」
正に、それは荒れ狂う嵐風。
片割れが紛失してしまっているのにも関わらず、振るわれるその斬撃の密度はもはや結界を彷彿とさせてしまう程だ。
それには流石のハイトも気後れしてしまっていたのか、刺突を中断し、端的に後退し一旦間合いから離脱する。
そのまま、魔力を脚部分へ集束させた。
(魔術攻撃に移転する心算か……!)
ハイトはレギウルスのようにただただ愚直に肉弾戦で敵を粉砕するような、そんな不器用な人間性ではないのだ。
生来の魔術は、ちゃんと健在。
『剣』を自由自在に操作できるその魔術が猛威を振るってしまい、なおかつ距離が離れてしまえばレギウルスとて無事では済むまい。
更に、憂慮すべき事項は、もう一つ。
(……そろそろ、血液のストック枯渇するな)
それすらも、相手側の策略の一環か。
この環境――つまり、魔力を行使する度に『龍』が発する瘴気が猛威を振るってしまい、筋肉が張り裂ける『祠』において身体強化を維持し続けるなんて、それこそ新手の自殺としか思えないような蛮行である。
だが、レギウルスにはそれは容易だ。
なにせ、レギウルスには血液のストックが存在する限り無尽蔵に肉体を再生させる宝剣『紅血刀』が存在するのである。
負傷する度に再生。
精神の摩耗は、まだ持ち前の根性論でどうにかなる。
されど、血液のストックという現実問題の前で、そういった気概なんて所詮は児戯でさえないのである。
(長期決戦は不毛……刹那で決定打を放つ!)
そのためにも、今この場で『剣聖』が安全策を実施させるワケにはいかないのだ。
だが、敏腕さでは明らかに『剣聖』の方がレギウルスを上回ってしまっているのだ。
――間に合わない。
そう、肌で感じた瞬間――ようやく、ある気配を察知した。
それにレギウルスは渋面のような、それでいてどことなく晴れやかな矛盾した表情で、不敵な笑みを浮かべる。
「――やっちまえ、メイセ」
アカン!
修正作業が間に合いませんでした! 誰だよ「明日投稿する」って言った馬鹿タレは




