貴方は何処
激痛、暗転、激痛、暗転、激痛、暗転。
繰り返す。何時までも。
「――――」
思い、出した。
そもそも、どうしてこんなにも鮮烈な光景が綺麗さっぱり抜け落ちてしまっていたのかが不思議なレベルである。
蠅。
それがいっそ親愛な友人のように感じられた。
血飛沫なんて日常茶判事。
それを、■■■■はとくと味わっていたのだから。
否。
■■■■だけではない。
弟――確か、■■■と名付けられたあの子だって、■■■■と同じように――否、それ以上の仕打ちを甘んじてきたのだ。
故に、なのか。
魔獣同然と化してしまった■■■の身体は限りなく魔力因子との適合性が高く――必然、開花してしまうのだ。
「クソッ。また、殺処分かよっ」
「――――」
白い男がそう悪態を吐き――そして、その鎌を振るう。
鮮血が、頬にこびりついた感触は今でも思い出せる。
ただ、■■■■はその情景を見ていることしか、できなかった。
それから、時は流れる。
■■■■はさる男――白衣を羽織った男の手により、それまで培ってきた記憶の一切合切を抹消される。
十中八九、それは万が一の際に情報が漏洩しないためだ。
それが済めば、もはや■■■■などモルモットでしかない。
好々爺への協力、及び『異形』の性能テストという名目を以て、■■■■は数百年ぶりに下界に足を踏み入れたのだ。
「……はあ」
納得、した。
何故自分はそれほどまでに顔も知らない存在のために奔走し、そして体内に魔晶石なんていう物騒なモノが埋め込まれている由縁も。
ならば――。
『――汝、愚劣なる者』
「――――」
ふと、脳内に直接しわがれた声音が木霊する。
そこに宿った感情はなく、さながら機械がプログラムされた声色を淡々と発しているような、そんな気さえした。
振り返り、目に留まったのは霞んだ『龍』。
その全貌は身に纏った瘴気により不明瞭である。
「……お前が、『龍』」
『汝、愚劣なる者よ。――汝が切望するモノは、なんだ?』
「――――」
『答えよ、愚劣なる者』
その瞳には、なんら感情も宿っていない。
だが、『龍』が保有する無尽蔵の莫大なエネルギーがいっそ物理的な圧力と化して■■■■を束縛しているのだ。
畏怖に四肢が使い物にならなくなる。
だが、不思議と脳内はハッキリしていて。
「――あの子の、再生」
『それが、汝の宿願……否、宿業か』
「――――」
ふと、■■■■は目を丸くする。
その由縁は他でもない。
それまではさも機械とでも対話しているような感覚であったのだが――今の一言に、微かな感情が宿っていたような気がしたのだ。
気のせいかもしれない。
だが、■■■■の胸には堪えようのない確信があって。
「……悲しんでる?」
『汝、愚劣なる者よ。――大義であった』
「なっ……」
何故か、あの『龍』が慈母のような微笑を浮かべたような錯覚に陥い、それに目を丸くする■■■■。
だが、その疑念は突如として■■■■のやせ細った身体を眩しい朝日が照らし上げられたことにより中断される。
「これは……!?」
『案ずるな。――汝の切望したモノは、我が真名に誓い、必ず成し遂げると、約束しよう』
「……そっか」
予感は、あった。
これで終点なのだと。
きっと、■■■が生き返ったとしても、彼と固く抱き合うことなんて、それこそ夢のまた夢であると。
だが、不思議と心は凪いでいた。
それでいいのだと、あるいはそう腑に落ちてしまったのかもしれない。
だが、唯一の心残りがあるとするのなら――。
「……あの二人には、わたしみたいになって欲しくないなあ」
そう、■■■■は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「――っ」
一瞬のことだった。
『祠』の最深部へ潜り込んだと思った途端、すぐさま意識がシャットダウンしてしまっていたのだが、目立った外傷はない。
あるいは、それも『儀式』の一環か。
そう、楽観視していたからなのだろうか。
「――ッッ」
「なっ……」
突如としてそれまで深い眠りについていたリーニャの瞳が、本当になんの前触れもなく見開かれたのだ。
それを認知した刹那――彼女の口内から、濁流のように鮮血が噴出されていた。
「――――」
もはや、言葉もない。
余りにも突然の事態に、レギウルスはもちろん、常時平常心が座右の銘な『賢者』たるメイセさえも真面に反応できやしない。
だが、そうして悠長に息を呑んでいる間にも、事態は突き進んでいく。
突如としてリーニャの視界を確保していた眼球が爆ぜ、それからは数珠繋ぎのように臓腑という臓腑が破裂していく。
最終的に残ったのは肉塊とさえ形容できない無惨な代物だ。
死んでいる。
もはや、そんな自明の理を一々確認することもない。
目下の存在――かつてリーニャという少女の形をしていた肉体は、とっくの昔に原型を留めることを放棄していた。
少なくとも、こんな状態で生きていられる生物をレギウルスは見たことがなかった。
「は?」
「――――」
照らし出された光明。
それが、予想だにしなかった方向性から破砕され、それ以上にあんまりな知人の骸にさしもレギウルスも絶句する。
だが、ほとんどリーニャと交流のないメイセは異なったようだ。
彼はこの異常事態に動揺をあらわにしつつも、されどショックを受けた様子もない。
冷静に、生存の可能性を模索する。
が、その可能性どころか、どうも人体における最重要な器官――即ち、『魂』さえも爆裂四散していた事態を看破。
魂は心臓以上に人体の中核を担うモノだ。
魂なき存在はもはやロボットと同義であり、必然如何に高等な魔術で肉体を修繕しようとも、それは意味をなさない。
必死に周囲一帯を探索する。
「っ」
確かに、魂自体は捕捉できた。
だが、それは既に完膚無きままに八つ裂きになっており、標準程度の治癒魔術しか会得していないメイセが諦念を抱くのも無理もない状態であった。
つまり――。
「……間に合いませんでしたかっ」
「――――」
そう、言い切るしかなかった。
レギウルスは、ようやくメイセの一声を契機として現状を受け入れることが叶ったのか、その視線をリーニャへ傾ける。
肉塊でさえない有様の、リーニャへ。
「うぉっ、ばっ」
「――――」
つい先日まで友人……とまでは言わずとも、多少なりとも状の移っていた少女の見るも無残な光景に嘔吐感が留まることを知らない。
胃に収まった消化物を、足りぬので胃液を。
あるいは、口内から臓腑が丸々出てきそうな勢いである。
だが、それも数十秒後には、ある程度収まり、今では、眩暈程度に嘔吐感は鳴りを潜めたのだった。
「これ……これはっ」
「死体ですよ。……そう形容すべきかも定かではありませんが」
青ざめるレギウルスへ、メイセは努めて冷静に返答する。
「考えうる可能性は……やはり、『聖女』関連かと」
「お前……どうしてそんなに冷静なんだよっ」
「虚勢ですよ。実際のところは、これでも結構動揺しています。ですが、ただただ慌てふためくことになんの価値もない」
「――――」
正論で返され、押し黙るレギウルスを一瞥する。
「落ち着いたようですね」
「蘇生とかは……」
「無理です。横たわっている『聖女』ならばいざ知らず、私のような凡愚にはとても。そもそも、私の領分は空間魔術。魂魄にまで干渉することはできません」
「――――」
レギウルスは吐き出した消化液を袖で拭いながら、険しい形相で嘆息する。
「……これが、『聖女』の副作用か?」
「……あくまでも憶測ですが、体内が溢れ出る魔力に堪えうることができなかったのでしょう。限度を超えた魔力は、やがて体内を貪る定めです」
そうメイセはすっと目を細め、「チッ」と心底忌々し気に舌打ちした。




