作為、作為、作為、無作為、
「――――」
何を言われたのか、分からない。
友人?
レギウルスと、メイセが?
「おいおい、冗談は程々に……」
「……まだ、気づかないんですか」
「――――」
不意に、その瞳が目に入った。
唯我独尊差には定評があるレギウルスでさえ指摘することをはばかってしまう程に哀愁に満ちた、その眼差しを。
それに宿った感情を、神々はどう名づけるのだろう。
だが、生憎杜撰な大脳しか有していないレギウルスには、それを判別することなんてできやしなかった。
「……お前は、誰だ?」
「メイセですよ。貴方が大嫌いな、『賢者』です」
「――――」
ふと、瞼を閉じた刹那にはそれまで顔を覗かせていたその感情は消え去っており、今では冷淡なそれに後戻りしている。
激しい感情の起伏に目を白黒させるレギウルスに頓着することなく、メイセはすっと目を細め、視線を傾ける。
「――で、どうしますか、この女」
「……アリシアか?」
「勿論。というか、逆にそれ以外考えられますかね」
「……まあ、それもそうだな」
メイセにならい、レギウルスもその瞳を横たわるアリシアへと向けた。
「……結局、お前とこの女ってどんな関係なんだ?」
いざこうして落ち着いてみると、互いに口外しなかった関係性にどうしても焦点が向かってしまう。
そんなレギウルスへメイセは一蹴するワケでもなく、淡々と答えた。
「奴隷と、ご主人様みたいな関係ですかね」
「!?」
衝撃の事実に凝然と目を見開くレギウルス。
彼はさながら天界から突如として降臨したいと高き神へ畏敬を抱いてしまった村人Bのような表情をする。
「奴隷って……それって、MS!?」
「脳天割断しますよ!」
「ま、前メイルが言ってた。――『指摘された際、過剰反応するヤツは、大抵図星なのだ』だって……」
「そのゴキブリでも見るかのような眼差しは止めて貰えます!?」
「訂正しろ。変態と、G。どっちが下か、言うまでもないだろ?」
「Gですよね? Gですよね?」
「……俺からは、なんとも」
「目を逸らさないでくださいよ!」
傲然と吠えるメイセであった。
彼はレギウルスと素っ頓狂な勘違いに頬を引き攣らせながら、「はあ」と嘆息する。
「勘違いしないでください。あくまで比喩です。実際の関係性は、もっと現実的に醜悪な代物ですよ」
「ハッ! まさか、逆レイ――」
「バンジージャンプ、体感してみます? 隕石の気持ちがよーく分かりますよ。着地の瞬間まで、とくと味わえます」
「ナンデモナイデス」
発された殺気にヘタレるレギウルスであった。
「……で、実際のところ、どんな感じだったんだ」
「……彼女とは、死活問題を解決するべくさる『誓約』を結んだんですよ。それのせいで、これまでパシリ同然です」
「ほう……それは大変だな」
「(幽霊でも見たような顔)」
「メイセ。喧嘩売ってるのなら爆買いするぞ」
「い、いえ……ちょっと普通のリアクションされて当惑しただけです」
「……茶々入れてスンマセン」
「土下座は?」
「器小ぇ!」
「形だけの、モノなんていらないんですよ……。もう、私はそんなモノでは、きっと満たされやしない……」
「物悲し気に言ってるけど実際は鬼畜の発想!」
「大丈夫。安心してください。私に恭しく首を垂れて、後は靴を舐めてくれれば、許してあげますよ」
「しかもなんか増えてる!?」
「気のせいです」
メイセさん、眼鏡をクイッとする。
何故か光明的に有り得ないというのにも関わらずその瞳は影のベールにより包まれてしまっていた。
「……まあ、真面目な話、結構腑に落ちたな。確かに、お前みたいな皮肉屋、そんな切実な事情でしか動かないだろうし」
「根に持っているんですかね。ちなみに、王国の報酬というのはガぜです。実際は、これでパシリが終わるからこそ、こうして馳せ参じた次第です」
「……だったら、アリシアの計略も把握しているのか?」
その口振りから察するに、少なくともメイセは今回の一件に間違いなくアリシアの手足となって動いていたこととなる。
ならば、逆説的にある程度は暗躍していたアリシアの真意も把握しているのではないか。
レギウルスはそんな一縷の望みを抱き問いかけるが……だが、返答は期待していたような代物とは異なったモノ。
「……この女は、中々どうして周到です。こうして私と貴方が交わった際に情報を漏洩させないように、そこら辺は探れませんでした」
「そうか……」
アリシアとアキラは存外似ている。
確かに、よく見しったアキラならば妹のような極々限られた存在を除き、一切その真意を口外しないだろう。
ならば。
「……なら、とりあえずこの女を叩き起こして、それから聞き出すぞ」
「……ほう? その方策に心当たりは?」
「あるさ。――ある程度アリシアの策略を把握しているお前なら、こうなることを予期してポーションの類は常備していやがるだろ?」
「……アキラさんみたいで、癪に障りますね」
「?」
メイセが懐からポーションを取り出し、それをアリシアへ口内摂取させる情景を眺めながら、レギウルスはふと生じた違和感に目を見開く。
「アキラさんって……あの野郎とお前、知り合いなのか?」
「いいえ、こちらが一方的に見知っているだけです。ちょくちょくこの女につき合わされ、あなたの監視を担っていましたからね。BⅬかって思える程に貴方とアキラさんよく一緒に居ますから、必然ある程度は把握していますよ」
「ストーカーって……」
「話聞いてました!?」
唇を尖らせるメイセの機嫌を取りつつ、納得するレギウルス。
「つーか、お前ってホントなんなの? いきなり罵倒したと思えば、こうして手を差し伸べる……カルシウム足りてないのか?」
「やかましいですよ! ……まあ、これはあの人の指示と……あとは、単純に私のちょっとした贖罪ですよ」
「……贖罪?」
不可解な言動に目を瞬かせるレギウルスであったが、その疑念を解き明かすことはメイセの眼光に射抜かれ、阻止される。
「……話したくねえのか?」
「人に話すようなモノでもないので。……では、そろそろ本格的に話し合いましょうか」
「……この逆境を、如何に打破するか。だよな?」
「勿論」
――そう、これは逆境だ。
アリシアは倒れ伏し、唯一の出口は十中八九封鎖されてしまっており、おまけに碌に魔術も扱えない。
更に、『剣聖』なんていう刺客もついてくる始末。
「……『転移』は?」
「無理です。結界が展開されていました。私がそもそも潜入していなければ、貴方の救助も間に合わなかったでしょう」
「……潜入してたのか?」
「あー。そこら辺はスルーしてください。あの人の指示です」
「そうか」
あの人……アリシアが一体全体如何なる意図を以てそんな配置にしたのかは依然として不明瞭である。
そんなままならない状況に渋面しながら、レギウルスは目を細める。
「……なあ、メイセ。お前って空間魔術扱えるんだよな。なら、出口の封鎖も空間割断でどうにかなるんじゃないのか?」
「……ああ。確かに、それも容易でしょう。なら、ここからはそれを基軸に進めていきましょうか」
「おっ。いきなり採用かよ」
「元々、模索していましたしね」
「ほう」
何時もまして思わせぶりな口振りにレギウルスは瞼を閉じながら、具体的なプランを考案する。
「出口の封鎖……というと、近衛騎士の精鋭が守り固めているっていうカンジでいいんだよな?」
「否定はしません。後、結界が張ってありますね」
「なら、そこら辺は俺が受け持つ。安心しろ。俺はこれでも魔人国最強なんだから」
「ええ。良く知ってますよ」
「それは良かった。んじゃ、お前は結界を破砕してくれ」
「了解です」
ようやく、逆転の兆しが見えた。
レギウルスはそう確かなる希望を抱いた。
――それと、リーニャが激痛に呻くのは同刻であった。




